何故、怪談っ!?


 蒸し蒸しするな。


 汗を拭いながら、晴比古が草を取っていると、深鈴がカゴを手に現れた。


「はい、お茶です。

 先生、意外と几帳面ですね。


 雑草を絶滅させたいのかと思いました」

と言いながら、冷たいお茶とお年寄りの家でよく見る和菓子の詰め合わせをカゴから出してくる。


 斜面の方は刈ったが、下の地蔵が置かれている辺りの草はみな抜いた。


 草というものがこの世から消えたかのような地面を見ながら、

「二度と生えないよう、根絶やしにしてやる」

と呟くと、


「終わらんじゃろう、それじゃ」

と声がした。


 深鈴の後ろから、定行爺さんが現れた。


「だが、まあ、わかった」

と晴比古は立ち上がり言う。


「なくなったのは、此処の仏像だな」

と草がなくなったので、土に窪みがあるのがわかった場所を指差す。


 ほほほ、と爺さんが笑い、

「あんた、名探偵じゃのう」

と言う。


「いや……なんであんたがわからなかったのかの方を訊きたいよ」


「ほれ。

 とりあえず、草引きの報酬じゃ」

と爺さんは、深鈴から受け取り、和菓子の袋を丸ごとくれる。


「……草餅じゃなかったのか」


 手抜きだな、と言うと、

「今、婆さんがおらんからの」

と言ってくる。


「何処か出かけてんのか?」

「ま、五年前からな」


 和菓子を落としそうになった。


 死んだのか?


 病院か?


 てか、作れるあてなんて最初からなかったんじゃねえかよ、と思いながら、

「一個でいいよ。

 深鈴にも少しやってくれ」

と袋を渡すと、爺さんの手に触れた。


 年寄りのわりに、体温が高いのか、温かい手だった。


 爺さんは黙って、こっちを見ている。


「もうその辺でええよ。

 何処かに仏像が並んでる写真があったから取ってこよう」

と言って、爺さんは家に戻っていった。


 写真と照合してみれば、どの仏像が消えたのかわかるだろう。


 また草を刈ったり抜いたりし始めると、深鈴が、

「あら?

 おじいさん、もうやめていいって言ってらしたじゃないですか」

と言ってくる。


「いや、あそこの仏像までやる」

と意固地に言うと、笑っていた。


「先生凝り性ですもんね。

 私も手伝います」


「やめろ。

 手が荒れるだろ。


 ……お前の手が荒れたら、志貴に殺されそうな気がするからやめてくれ」

と言うと笑っていた。


 それでもやると言うので、軍手を貸してやると、深鈴は横に並んで、抜き始める。


「最近、おかしな夢を見るんだ」

 草を抜きながら、晴比古は言った。


 仏眼相に呑み込まれる夢だ、と言うと、

「そんなご大層なもんですか?」

と深鈴は言ってくる。


 おい……と思ったとき、爺さんが色褪せた写真を持ってきた。


 何枚もあるそれと照らし合わせて、消えた仏像がどれかを突き止める。


 小ぶりな木製の仏像だった。

 かなりの年代物のようだ。


「これは……。

 うーん。


 誰かが持ってきたんじゃなかったかな。

 思い出せんなあ。


 始末に困ったのを勝手に置いてったりする人もおるからのう」


「なんだか、猫飼ってる家に勝手に猫捨ててくみたいな感じですね」

と深鈴が言うので、


「ありがたさもなにもなくなるだろうが」

と言い、晴比古は仏像群を見る。


 天気が悪くなってきた。


 雲を抜けた夕日が天使の梯子のように地上に降り注ぐ。


 振り返ると、爺さんは仏像たちに向かい、手を合わせていた。




「そろそろお帰りじゃないですかー?」


 爺さんの家に上がってお茶を呼ばれていると、ふらりと菜切がやってきた。


 この商売上手め、と晴比古は睨んだが、菜切は、

「いえいえ、雨も降ってきましたしね」

と笑っている。


「仏像を探すくらいと簡単に考えてたが、今日一日で片がつくような話じゃないじゃないか」

と晴比古がもらすと、


「それなら、少し走ったところにいい宿がありますよ」

と菜切が言ってくる。


「こんなところにか」

 先生、先生、と深鈴が苦笑いして止めてきた。


「泉質のいい温泉が近くにあるからですよ」


 そう菜切が言っている側から、深鈴は、へー、そうなんですか、とスマホをいじり始める。


「いちいち、志貴にメールするなーっ」

とそれを取り上げた。




 結局、その宿を予約し、菜切に連れていってもらうことになった。


 一度、帰ってまた明日来るのも大変そうだったからだ。


 幕田にあとで請求してやる、と思いながら、晴比古は灯りのない山道を眺める。


 少し雨が降って来ていた。


「そういえば、知ってます?」

と菜切が突然、口調を変えて話し始めた。


「この辺り、幽霊が出るんですよ。

 傘を差した男の霊。


 雨も降ってないのにですよ。

 それで、乗せると、住所と番地を言うんですけど。


 それをナビに打ち込むと、そこ……


 霊園なんですよね」

 

「雨の日は?」

と晴比古は、菜切に訊いた。


「は?」


「雨の日は傘どうしてんだ? その霊」

「さ…さあ、どうなんでしょうね?」


「雨の日差してたら、普通だから、雨の日は傘閉じてんのかな?」

 知りませんよ、そんなこと~、と菜切は文句をたれる。


「それで……実は僕も見たんです」

と菜切は話し始めた。




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