五百羅漢
「結構山の中なんだな」
「そうなんですよ。
ところで、仏像がどうかしたんですか?」
「いや、依頼内容についてはしゃべれないな」
と言ったのだが、着いた家の庭先で、爺さんがペラッと菜切にしゃべっていた。
「うちの仏像が、どうも一個足らない気がするんだよねえ」
「そうなんですかー」
と菜切は頷き、聞いている。
麓のスーパーなどに買い出しに行くとき、タクシーを使うらしく、
「話聞いたときから謎だったんだが、その、仏像が足らない気がするってのはなんだ?」
と話し込む菜切と爺さんの後ろで、腕を組み、呟くと、
「仏像がたくさんあって、その中のひとつがないかもってことじゃないですか、やっぱり」
と一緒に爺さん達を眺めている深鈴が言う。
「例のあれだよ、ほら、菜切さん。
こっちこっち」
と爺さんは何故か菜切を連れていく。
ジジイ、俺に依頼したんじゃなかったのか、と思いながら、晴比古は二人のあとをついて行った。
「えー、すごい。
五百羅漢みたいですね」
と深鈴が声を上げる。
爺さんの家の裏山沿いに、ずらりと仏像が並んでいる。
苔むしたものもあり、いい感じだ。
だが、国道に面しているので、夜中に通りかかったら、ライトに照らされた仏像群にぎょっとしそうだ。
「五百羅漢。
僕、島根のは見たことありますよ」
と菜切が言う。
「五百羅漢を見たら、死んだ人に会えるとか。
仏像の中に必ず、自分の知り合いと同じ顔があるって言うんですよね」
晴比古も島根の五百羅漢は見たことがあった。
ちょうど雨の日で、しっとりとした空気に包まれ、ずらりと並んだ羅漢坐像が壮観だった。
「それにしても、よくこの中のひとつがなくなったってわかりましたね」
と菜切が爺さんに訊いていた。
「いや、どれがなくなったかはわからんのだが、毎日端から拝んでるんだが、なにか違和感を感じてねえ」
と爺さんは言う。
「全部で何個あるんですか?」
「いや、知らん」
そんなざっくりとした会話が爺さんと菜切の間でなされていた。
どうも、もともと仏像が放置されていたかどうかした場所に、爺さんが趣味で集めた仏像を並べていったものらしく、間隔も種類もバラバラで、何処の仏像がなくなったのかもわからないようだった。
「草まみれだしな。
掃除しろよ、ジジイ」
と呟くと、深鈴が、
「いやあ、お年寄りに夏の草引きは大変ですよ。
そうだ、先生やって差し上げたらどうですか?」
と言ってくる。
「そうかの。
すまんねえ」
と聞いてないと思われた爺さんが、離れた位置からこちらを振り向き、言ってくる。
「待て。
そんな依頼で来たんじゃねえだろ」
「草餅をつけるから」
「ぼたもちだの、草餅だの。
この集落には、貨幣はないのか」
「まあまあ、いいじゃないですか、先生。
私も付き合いますから」
と深鈴が肩を叩いてくれるが。
爺さんは、
「お嬢さん、虫に喰われるよ」
あんたは中に入ってなさいと深鈴に言う。
「待てっ。
俺はいいのかっ?」
と訴えてみたが、爺さんが意外な素早さで、さっさと鎌を持ってきた。
……動けるじゃないか、ジジイ。
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