探索 II
床に叩きつけられるように落ちたてきたのは、陸の身体だった。
それを見ながら、晴比古は呟く。
「なんで、冷凍庫に入れたんだろうな。
こんなすぐ見つかりそうなところに入れるのなら、冷蔵で良さそうなのに」
腐らないだろ、と呟いた晴比古の足許で、冷え切った身体で、床に叩きつけられた陸がうめいていた。
「せんせー……ひどい……」
「いや、ひどいのは、お前を冷凍庫に詰め込んだ奴だ。
大丈夫か」
「大丈夫かを先に言ってくださいよ~」
と差し出した手に触れてくるが、本当に冷えていた。
「なにがあったんですか、陸さん。
待ち合わせ場所に来ないから、心配してたんですよ」
と呼びかけた深鈴に、
「深鈴さん~。
寒いですっ」
と抱きつこうとして、逃げられている。
「みんな薄情なんだからもう~っ」
いや、薄情とかいう問題じゃねえだろ。
どさくさ紛れになにをするっ、と思っていた。
後ろから蹴ってやろうかと思ったが、怪我人だから、遠慮しただけだ。
「いや、先生のところに行こうとしたら、後ろから殴られたんですよ。
なにか硬いもので」
「それは災難でしたね。
なにかまずいものでも見たとか?」
と訊く深鈴に、
「そんな覚えはないんですけどね~」
と陸は首を傾げ、
「でも、ほんっと、いきなりだったんですからっ」
と憤っている。
深鈴が、
「まあ、ゴミ袋に入れられてなくてよかったですよ」
と言い出した。
「ゴミ袋?」
と陸が訊く。
「いや、冷蔵の方に村指定の燃えるゴミ袋が押し込まれてたから、もしかして、誰か死体でも詰めたあと、慌てて、突っ込んだのかと」
「パソコン、エアコン、死体は回収しないと、何処の自治体の注意書きにも書いてあるだろうが」
「あれは動物の死体ですよ」
「人間ならいいのか?」
「……あのー、すみません。
僕、部屋帰って、風呂入ってきてもいいですかね?」
これ以上は付き合っていられない、という口調で陸が言った。
「ああ、すみません。
陸さんが、生きてたことに安心して、つい、軽口を」
と深鈴が苦笑いしてなだめる。
「お風呂入るのなら、気をつけた方がいいですよ。
頭、血は出てないようですが。
血の巡りがよくなりますからね」
深鈴がそんな話をしているのを聞きながら、晴比古は裏口の戸を開けた。
鍵はかかっていない。
外の壁沿いには、大きなポリバケツがたくさん並んでいる。
生ゴミ用のようだった。
端から開けてみる。
「先生?」
と深鈴が顔を覗けた。
「なにかありました?」
と言いながら、深鈴は、手許をひょいと覗いてきた。
そこにはゴミ袋に詰められた食品があった。
触ってみると、かなり冷たい。
凍っているようだった。
「なるほど」
と呟き、蓋を閉めると、
「なにが、なるほど、なんですか?」
と訊いてくる。
「待て。
推理するのは、お前の仕事だろ」
と言ってやると、深鈴は肩をすくめたあとで、
「わかりましたよ」
と言い、喋り出した。
「犯人は、陸さんをすぐに見つけさせるつもりはなかったようですね。
冷蔵庫ではなく、冷凍庫に彼を押し込めたのは、そちらが位置が低くて入れやすかったからだけではなく。
意識を失ってる間に、凍死してくれないかな、と犯人が思ったから。
まあでも、気がついて出て来るか、叫ぶ可能性もありましたから、絶対的に殺そうというのではなかったかも。
懲らしめる程度だったんですかね。
例えば、私たちと一緒に、うろうろしてて、犯人にとって、邪魔だから。
ともかく、すぐに発見させるつもりはなかったんでしょう。
だから、陸さんを入れるために出した冷凍食品をすぐにはわからないよう、外のゴミ箱にゴミ袋に入れて出した。
ところが、我々が、二階からわあわあ喋りながら下りてきたので――」
「待て。
わあわあなんて、喋ってたか?」
「喋ってましたよ。
私も先生も声が大きいから。
気をつけた方がいいとは思ってるんですけどね、つい」
「それで、慌てて残りの冷凍食品を冷蔵庫に押し込み、ついでに、ゴミ袋を突っ込んだ。
とりあえず、目の前のものを片付けようとしたんでしょうね」
そう言いながら、深鈴はポリバケツの後ろから、外された冷凍庫の棚を引き出してくる。
「なるほど」
「で、陸さんを冷凍庫に詰めた犯人は、ホテル内の何処かに隠れたか、裏口から外に出た」
そのとき、突然、晴比古たちは、暗闇からの明かりに照らされた。
「先生、深鈴さん。
なにかあったんですか?」
建物の角から現れた志貴が、懐中電灯をつけて、こちらを確認したようだった。
「いや、陸が冷凍庫から発見されただけだ」
「陸さんが!?」
「生きてますよ~」
と声がして、中から陸が出てくる。
志貴がほっとした顔をするのが見えた。
「殴られて、冷凍庫に詰められてたんです。
志貴さん、誰か見ませんでしたか?」
と深鈴が訊くと、
「いえ。
周りを一周してたんですが、特に誰にも出会いませんでしたよ。
中本さんは、中を回ってるはずですが」
と言ってくる。
「そうですか。
じゃあ、志貴さんが犯人です」
と深鈴が言い、ええっ!? と志貴が叫んだ。
「いや、犯人が外に逃げてたらの話ですよ。
だって、志貴さん、誰も見てないんでしょう?」
と深鈴が言うと、志貴は詰まる。
「それに、犯人は、上の階にいた陸さんを殴って、一階の冷凍庫まで運んでるんです。
我々に見咎められずにやるのは、女の力では」
「男の協力者が居るのかもしれないじゃないですか」
と志貴が反論する。
「じゃあ、志貴さんがその協力者ですか?」
「待ってくださいよ、もう~っ。
ホテルの中を逃げたのかもしれないじゃないですか」
「じゃあ、犯人は中本刑事だな」
と晴比古が言うと、
「手近なところで犯人決めるのやめてくださいよ」
と苦笑いした志貴が言うが、
「いや、此処は陸の孤島みたいなもんだろ。
外から犯人が現れるとは考えづらいんだよな。
誰かが此処に外から来たら、見咎められるんじゃないか?
他に人、居ないんだから」
「樹海があるじゃないですか」
この訳のわからない二人組に、犯人にされそうだ、という顔をして、志貴は必死に言ってくる。
「あそこに潜んでいるのかもしれませんよ。
道を外れなければ迷わないですから」
「しかし、一人ずつ死んでくな。
大丈夫か、このホテル」
なにかのデスゲームのようだ、と言った晴比古に、陸が、
「いや、僕死んでないですからね」
と訴えていた。
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