探索 I

 



 その場を解散し、晴比古は陸と深鈴と階段を上がっていた。


 深鈴が、

「ちょっと事件を整理してみましょうか」

と言ったとき、上からまた、あのOL軍団がやってきた。


「どうした?

 お友達はまだ見つかっていないが、今日はもう寝ろ。


 絶対に俺たちが見つけてやる」


 そう晴比古が言うと、彼女らは涙ぐむ。


「早希、この旅でなにか私たちを驚かすことがあるって言ってました。


 なんだったのか、わからないまま。

 こんなの嫌です……」


「驚かすこと?

 なにか準備してる風だったか?」

と問うと、


「わからないです。

 ずっと一緒に動いてるわけじゃないから、私たち」


 車の移動は共にしていても、買い物や観光などはバラバラに動いていたのだと言う。


 それぞれ行きたい場所が違うから。


 彼女らはお願いします、と頭を下げ、階段を下りていく。


 眠れないので、自動販売機になにか買いに行くと言っていた。


「気をつけろよ」

と晴比古が言うと、はい、と素直な返事が返ってきた。


 彼女らを見送り、溜息をつく。


「なんかさ。

 うるさいOL軍団として、ひとくくりでしか見てなかったが、それぞれの人生があるんだよな。


 当たり前だが」


「ほんと、当たり前ですよ、先生。

 ……もう一度、見回りに行きましょうか」

と言われ、うん? と深鈴を見る。


「あの人たちのあんな顔見てたら、やっぱり眠れません。

 もう一度、辺りを見て回りましょう」


 わかったと、と言うと、陸も、

「僕も行きます」

と言う。


「じゃ、支度をして、十五分後に先生の部屋の前で」

と深鈴が言うので、


「待て。

 十五分もなんの支度をする気だ」

と言うと、


「え?

 懐中電灯とか。


 あと着替えたり」

と言う。


「何処まで行く気だ、お前は。

 樹海は無理だぞ」

と言うと、はあい、と残念そうに言っていた。


 いっそ、ちりんちりんと何処かから聞こえて来ないだろうかな、と晴比古は思う。


 自分たちを真実へと導くように。


 深鈴たちと別れたあと、死体が降ってきた空き部屋の扉をそっと開けて窺う。


 中に入ったら警察に怒られそうだな、と思いながら。


 室内に荒らされた形跡はなく、遺体が落ちた窓は、今は閉まったままだった。




 もう遅いので、志貴たちも此処に泊まることになった。


 中本と別れた志貴が部屋に入ると、暗がりに誰かが居た。


 椅子に腰掛けている。


「疑われてるじゃないの、志貴」

 月明かりの中、亮灯が立ち上がった。


「これじゃ、予定と逆じゃない」

と言われ、


「すまん」

と志貴は謝る。


「ともかくもうボロ出さないようにしてよね」


「……仏眼探偵って、手を握らないとなにもわからないと聞いていたのに」


 鋭い、ともらす志貴を亮灯は鼻で笑う。


 情けないことを言うなと思っているのだろう。


 女たちの話し声がドアの向こうを通り過ぎていくのが聞こえた。


 亮灯は顔を上げ、

「戻るわ、みんなところに。

 疑われると困るから」

と言った。


「その仏眼探偵は、これから夜の散策をするようよ。

 合流するもよし、知らんぷりして寝るもよし――」


 そのとき、誰かがドアをノックした。


 まさか、今の一団が戻ってきたのか? と志貴は身構える。




「本当に懐中電灯持ってきたのか」


 時刻通り、晴比古の部屋の前に現れた深鈴の手には、しっかり大きな懐中電灯が握られていた。


「いけませんか?」

「それ、部屋のやつだよな」


 各部屋に備え付けられている懐中電灯のようだった。

 古いせいか、結構ごつくて大きい。


「陸さん、遅いですね」

と深鈴は辺りを見回している。


「しょうがない。

 迎えに行くか」

と晴比古たちが陸の部屋に向かおうとしたとき、志貴が来た。


「何処に行かれるんですか?」

と訊いてくる。


「いや、深鈴がやはり、このまま眠るのは抵抗があるって言うんで、ちょっと見回ろうかと」


「先生だって、ほんとは一人でも回る気だったくせに」


 さすが、よくわかっているようだった。


「そうだ。

 寝てるみんなの手を握って回ってはどうでしょう」


「……不法侵入だろう」

と言ったとき、志貴が、


「僕も行きますよ。

 中本さんにも声かけてみます」

と言ってきた。


「貴方がたが起きているのに、我々だけ寝てはいられませんから」


「ああ、いえ、いいですよ、別に」


 深鈴は悪いと思ってか、断っていたが、志貴も落ち着かないのだろうと思い、


「じゃあ、俺たちは、陸を呼んでから、ぐるっと館内を回るから、気が向いたら、合流してくれてもいいし。


 中本刑事と別に回ってくれててもいいから」

と晴比古は言った。


「わかりました」


「だから、なんで、先生が仕切るんですか。

 ねえ、志貴さん」

と深鈴は言ったが、志貴は相変わらず、人の良さそうな顔で笑っているだけだった。


「じゃあ、後でな」

と言うと、志貴は、


「わかりました」

と素敵な笑顔を残していく。


 晴比古はちらと深鈴を見て言った。


「お前、本当に志貴にビビらないな。

 俺だって、あいつに間近に見られると、どきっとするのに」

ともらすと、真顔で、


「……先生、大丈夫ですか?」

と心配される。


 そういう趣味が、という目で見られていた。


「そうじゃない、そうじゃない」

と慌てて否定する。


 深鈴はひとつ溜息をつき、

「なんかときめかないんですよね、志貴さんには。

 それに、もともと私は顔には惑わされない人間なんですよ」


 まあ、人は己れにないものを求めるというから、深鈴的には、相手が美形でなくともいいと言うことだろうか、と思っていると、


「だから、先生の助手も出来るんですよ」

と深鈴は言い出した。


「先生、今までの助手の方は、先生に間近で話しかけられても平気だったんですか?」


「お前の前に助手は居ない。

 お前の後にも助手は居ない」


「なにかの詩みたいなこと言わないでくださいよ」


「いや、あんな妙な張り紙見て、来てくれるのは、小学生とお前くらいだ」


「小学生は来たんですね」

 屈託無く笑う深鈴にどきりとしていた。


「先生」

「なんだ?」


 思わず緊張して答えたが、

「通り過ぎてます。

 陸さんの部屋は確か此処です」

とただの業務連絡のような言葉が返ってきた。


 深鈴は灯りのついていない懐中電灯で、ドアを示している。


「開けたら、死体になってたりしてな」


 そんなこともないだろうと思い、軽く言ったみたが、

「また縁起でもない」

と深鈴は自分をたしなめ、ドアをノックする。


「陸さーん、行きますけど。

 どうされますかー?」


 深鈴の呼びかけにも、返事はない。


「寝てんのか?

 ……開けてみるか」


「死体になってたら困りますもんね」


 縁起でもないと言ったくせに、さらりとそう言い、深鈴はノブに手をかけた。


「手袋やって開けた方がいいですかね」


「お前、その設定だと、確実に、陸、殺されてるだろう」


 陸の部屋に、鍵はかかっていなかった。


「陸さーん」

と深鈴が呼びかける。


 返事はない。


 部屋は真っ暗だったので、灯りはつけてみた。


 雰囲気ある間接照明しかないのだが、何処かに隠れていたら、さすがにわかる。


 陸は此処には居ないようだった。


「変ですね~。

 先に下りちゃったのかな」


「物騒な奴だな、鍵かけとけよ。

 こんなときなのに」

と言って、


「先生は鍵かけてますか?」

と言われる。


「俺は探偵だからいいんだ。

 深鈴は?」


「じゃあ、私は助手だからいいんです」


「……かけとけよ、女なんだから、違う意味で」


「嘘ですよ、かけてますよ。

 じゃあ、何処から回りましょうかね」


「三階も見てみるか。

 三階は空き部屋と例の老夫婦。


 それと、死んだ女の部屋か」


「早く身許がわかるといいですね」


「偽名な上に、所持していた荷物にも、なにも身許を証明するものがなかったようだからな。


 ……自殺するときって、そんなもんか?


 いや、城島さんが言っていたように、彼女が自殺しに此処に来たから、偽名を使っていたというのが正解ならの話だが」


 偽名ねえ、と懐中電灯を持っていない方の手を、名探偵よろしく顎にやった深鈴は呟き、


「私なら、なにか犯罪を犯す前に使いますけどね、偽名」

と言った。


「この樹海のホテルでなんの犯罪を犯すんだ?」


「……殺人とか?」


 予告状も来てたことですし、と言う。


「死んでんじゃねえか、本人が」


「だから、殺そうとして、逆にやられたんじゃないですか?

 先生に予告状出して、偽名で此処に宿泊したんですよ。


 でも、逆に殺したい相手に殺されてしまった。


 ……そういえば、先生の方、ちらちらと窺っていたような。

 此処へ来るときも見たような気がしますし」


 深鈴、と溜息をついて言った。


「俺の方見てたのは、単に、お前が俺が探偵だとバラしたから、物珍しくて見てたんじゃないのか?


 来るとき見た気がするのは、単に、あの女も此処に宿泊するために来るところだったからだ」


 そうなんですかね~、と深鈴は不満げだ。


「これでもう事件解決だと思ったのに」


「待て。

 それが真実だったとしても、あの被害者の女性は殺されてるんだ。


 その犯人を探さないといけないだろうが」


「向こうが殺そうとしたのなら、正当防衛ですよ」


「正当防衛だろうが、なんだろうが、殺人は殺人だろ」


「そりゃそうですけど」

「なんだか早く結論つけたがってるみたいだな」


「だって、事件がもう起こらない方がいいじゃないですか。

 この中の誰も死なない方がいいです」

と干からびた死体を見たときと同じことを言う。


「先生、あの被害者女性の手を握ってみてくださいよ」


 そう言われ、あの死体が落ちてきたときのことを思い出してしまう。


 彼女はこちらに向かい、縛られた両手を差し出してきた。


 まるで、自分に、罪を暴けとでも言っているかのように。


 ああいうときは、世界に自分と相手の手しかないように感じられる。


 他から隔絶された世界に吸い込まれるような感覚に襲われて。


 そんなことを考えながら、上の階の見回りを終えた。


 とは言っても、宿泊客のある部屋に入ることはできないので、空き部屋やリネン室などしか見られなかったのだが。


「三階も二階も異常はないですね」

と深鈴が言った。


「後は一階か」


 深鈴は腕時計を確認し、

「もう遅いので、あんまり音立てられないですね。

 さすがに、OLさんたちも静かになってるし」

と彼女らの部屋を見る。


 全員が同じ部屋ではなく、何部屋かに分かれて泊まっているようだった。


 まあ、静かだからと言って、眠れているとは限らないが。


 なかなかそういう気分にはなれないだろうし。


 一階に下り、食堂を見たあとで、厨房に向かった。


 そんなに大人数が宿泊できるようなホテルではないので、普通のキッチンより、少し大きいくらいだ。


 深鈴は棚にある大きな鍋の中を覗いている。


「入るか。

 猫じゃないんだから」

と晴比古は言った。


「猫はこういうとこ、好きですよね。

 あと、壺の中とか、コタツとか。


 冷蔵庫……はないか」

と深鈴は大きな白い冷蔵庫を見て言う。


「だから、探してんの、猫じゃねえだろ。

 そんなとこ入ってたら、死んでるし」


「寝てるのかもしれませんよ。

 それこそ、猫みたいに」


 また、暇なことを、と言いかけ、ん? と見る。


 冷蔵庫の前まで行って気づいた。


 足許の床が濡れている。


 深鈴はまだキョロキョロと辺りを探していた。


「なに見てる?」


「いえ、やっぱり、厨房がいろんなものがあって、隠れやすそうだなと」


「隠れやすそうならいいが、隠しやすそうでもあるな」


 そう床を見て呟くと、

「どうかしましたか?」

と深鈴が側に来る。


「床が冷たい」


 晴比古は冷蔵庫のドアを開けた。


 上が冷蔵のようだ。

 中にぎっしり物が押し込まれている。


 何故か、村指定のゴミ袋まで。


「……冷凍食品が入ってるな」


 そう言うと、深鈴は慌ててしゃがみ、下の扉を開けた。


 すると、ごろん、と中から男が転がり出てくる。


「陸さんっ」





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