お前が犯人だっ!

  




 上で話すと、彼女らに心配をかけるので、晴比古たちは、再び、食堂に戻り、それぞれが報告し合った。


「先生がおっしゃっいたように、星でも見に出て、樹海の中に入り込んでしまったんじゃないでしょうね」

と城島が心配そうに呟く。


「困りましたね。

 樹海の中となると」


 窓から暗い外を見ながら志貴が言った。


「このまま出てこないようなら、朝、捜索隊を出してみるか?

 なにかくだらない理由で出てこないんならいいんだがな」

と中本が溜息まじりに呟いていた。


「くだらない理由ってなんですか?」

と問うた深鈴に、


「気に入った男が出来て、みんなに内緒で二人でどっかしけ込んででるとか?」

と言うが、ざっと見ただけだが、ホテルの中には居ないようだし、そんな場所は、あと、樹海くらいしかない。


「あの、此処に宿泊している若い男性はみな、此処に居ますけど。

 あとは、年配のご夫婦しか」

と深鈴が苦笑いして言った。


 だが、確かに、そういう結末をみな、望んではいた。


「まさか、殺されたりとかしてないですよね」

と陸が呟く。


 深鈴が縁起でもないという顔をしたが。


 この状況だ。

 その可能性は困ったことに、そんなに低くはない。


「でも、早希さんが殺される理由があるでしょうか?」

 そう問う志貴に答える。


「あの名前のわからない女が死んだ理由もわからないから、なんとも言えないな。


 一人で何処かに頭をぶつけて、転落したとか言うのなら、犯人も居ないから、早希って女も無事だろうが」


 あの着衣の乱れ具合ではそれもない気がする。


「なにかを見て、殺されたとか?

 殺人現場とか」

と陸が言い出す。


 みな、よくない想像ばかりが膨らんでいるようだった。


「そうだな。

 他に殺される理由はないかな。


 あの女どもの他に此処には知り合いも居ないだろうし。


 あいつら、グループで動いてたみたいだから、一人が特別、誰かに恨まれるってこともそうないだろうし」


 晴比古は、そこで、ちょっと考え、言ってみた。


「敢えて、殺す理由がある奴というと……


 志貴かな?」


 ええっ? と側でメモを取っていた志貴が振り向く。


「なんでですかっ」


「だって、あの女どもに付きまとわれて、迷惑してたじゃないか。

 早希って女だけが上に居た。


 深鈴と別れたあと、その女に言い寄られ、うるさくなったので、殺したとか」


「筋が通ってますね~、先生」

と中本が笑う。


「また先生、出来もしない推理を」

と深鈴が小莫迦にしたように言うので、ムキになる。


「なんでお前、志貴をかばう」


「かばってんのは、先生ですよ。

 迷走して評判落とされたら、私の推理も意味なくなりますし」


「それ、俺をかばってることになるか……?」

と薄情な助手を睨んだ。


「じゃあ、先生、志貴さんの手を握ってみればいいじゃないですか。


 手を握った人が悪事を働いているかどうかわかるんでしょう?」

と深鈴が言うと、志貴は逃げ腰になり、


「ええ~っ?

 嫌ですよ~っ」

と言う。


「なんでだ。

 やっぱり、お前が犯人か?」


 そう晴比古が詰め寄ると、志貴は、

「そんな恐ろしげなこと言われたら、誰だって、握りたくないですよっ」

と訴える。


 まあ、ごもっともか。


 俺だって、他人にそう言われて、手を握られそうになったら、逃げる。


 深鈴が、

「まあ、それが普通の反応ですよね。


 人間、誰しも、しょうもない悪事のひとつやふたつ、犯してますからね。


 コーヒーショップで、ミルクをひとつ余計にとって、結局、使い切れなくて、家に持って帰ったとか」

とくだらないことを言い出したので、


「それ、犯罪じゃねえだろ」

と言うと、


「人によって、犯罪の捉え方が違うということですよ。


 先生のような人には、なんでもないことでも、繊細な人には心の重荷になることもあるって意味です」

と言う。


「それはあれか。

 志貴は繊細だが、俺は繊細じゃないという――」


「そうは言ってませんが。

 実は、私、志貴さんが犯人じゃないことを知ってるんで」


「は?」


「残念なお知らせですが、先生。

 私、犯行当時、志貴さんと一緒に居ました」


「……なんだって?」


「志貴さんと話してたんですよ。

 あの手紙見せて、此処に至るまでの経緯を」


「それは知ってるが。


 偉く長いじゃないか。

 俺が手相見てる間、ずっと話してたのか?」


「いえ、私の部屋でですよ。

 みんなには聞かれたくなかったので」


「みだらに部屋に入れるなよっ」

「みだりにでしょっ」


「先生、落ち着いてください」

と陸が苦笑いして止める。


「別に私には、志貴さんをかばわなきゃならない理由はないですから。

 志貴さんに関しては、アリバイ成立ですけど。


 えーと、陸さん……」


「待て」

と話を遮る。


「わからないじゃないか。

 それまでなんとも思ってなくとも、部屋に二人きりで居る間に、志貴に本気になって、かばう気になったとか」


「被害者と揉めたり殺したりする時間も必要ですよ。

 短時間過ぎませんか」

と呆れたように言う深鈴に、低い声で、


「……いや、男と女のことはわからないからな」

と言うと、


「先生、私怨が過ぎますよ」

と陸が言う。


「陸さんは、アリバイは?」


 最早、こちらの話は流したらしく、深鈴はひとつ溜息をついて、陸にそう訊いた。


「えっ?

 僕ですか?


 寝てましたよ。

 眠いって部屋に上がったじゃないですか」


「よし。

 アリバイ成立だな」

と晴比古が言うと、


「寝てたとか、一番怪しいでしょーっ」

と深鈴が叫び出す。


 すかさず、陸が抗議していた。


「深鈴さん、ひどいですよっ」


「お前、引っ込みがつかなくなったのか。


 なんで、陸を攻撃する。

 やっぱり、志貴をかばってんのか?」


「志貴さんだからかばってるんじゃなくて。

 私を信用してくれないからですよ」


「お前が一番信用できんわっ。

 信用して欲しいなら、推理しろ、助手っ」


「もう私が探偵で、先生が助手でいいんじゃないですかねっ」


「あのー、お二人とも、いつもこんな調子なんですか……?」

と志貴が聞いてきた。


 まあ、それでも、いつもなんとなく解決しているから不思議だ。


 まあ、解決してるのは、深鈴で、自分は犯人の手を握って、確かめているだけなのだが。


「志貴」

と晴比古が振り返り、言う。


「確認しておくが、お前、本当に深鈴と居たんだな?」

「はい」


「他に証明できるものはないのか?」


 志貴は少し考え、

「ないですね」

と言う。


「じゃあ、信用しよう」

と晴比古は言った。


「つらつらアリバイが出てくるようじゃ逆に怪しいと思ってたんだ。


 それにお前が無実かどうか決めるのは俺じゃない。

 この中本さんだ」


「おう。

 覚えててくれて嬉しいぜ」


 完全に晴比古に仕切られてしまっていた中本が苦笑いして言う。


「あのー、そもそも、志貴さんを疑ってるの、先生だけですから。


 早希さんも、ひょっこり出てくるかもしれませんし。

 そもそも、そっちは事件でもないかもしれません。

 諦めずに、明日も探してみましょう」

と深鈴は言った。






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