降ってきた死体

失踪した女

 




「私もう、先生と旅するのは嫌です」

 食堂で、深鈴が溜息と共に呟く。


「俺のせいじゃないだろうが」


 両手を縛られ、落ちてきたのは、一人で宿泊していた若い女だった。


 着衣にも随分と乱れがあった。

 格闘でもしたか、襲われかけたか。


 志貴たちがすぐに、宿帳に書かれていた住所と名前を照合してみたところ、該当する人物は居なかったそうだ。


「偽名?」

と深鈴が呟く。


「うちではよくあることです」

と城島が語り出す。


「やっぱり、樹海ですから。

 そういう目的で来られる方もいらっしゃるみたいで。


 一人旅の方には、特に気を配ってはいるんですが。


 以前も、元気に此処を出られて、また来年きますと言ったのに、自殺された方が居て。


 それで望月さんを」


 望月というのは、あのおばちゃんのことのようだった。


 確かにあのおばちゃんに、バン、と背中のひとつも叩かれたら、

 死にたい、と思っていた人も、正気に返りそうな勢いがある。


 望月はショックを受け、既に帰宅していた。


 彼女はやはり、一人で訪れている客には目を配っていたらしく、死んだ女のことをよく覚えていたそうで。


 帰る前、溜息をつきながら、彼女のことを語っていた。


『細くて元気のない子だったよ。

 いや、今はみんな、そうだけどね。


 あんたもよ。

 しっかり食べなさい』

とそれが口癖らしい望月は、深鈴にも言い、肩を叩いていたが、今までのような覇気は感じられなかった。


 ちょっとしか触れ合わなかった人間でも、まったく知らない人間でも。

 人の死というものは、心を塞がせる。


 志貴たち、刑事はいつもそれを間近に見ているのだろうに。

 辛くはないのだろうか、と晴比古は思った。


 うちなんて、しょうもない依頼がほとんどだからな。


 それも深鈴が拾ってきてくれる依頼だが。

 家の金が消えたら、犯人はご主人だったとか。


 そもそも、猫の失踪に犯人は居ないし、他の猫に追い立てられたのが原因だとしても、人に近寄らない野良猫の手は握れないと何度言ったら……と思わず、深鈴を見たとき、


「あの……」

とさっきまでとは打って変わって、神妙な顔で、OLたちが話しかけてきた。


 前の干からびた死体とは違う、生々しいそれを確認のために見せられたからだろうか、と思っていると、


早希さきが居ないんですけど」

と言う。


「早希?」


「さっき、お腹が痛いって、部屋に戻ったって言ってた友達です」

と言う。


「あの女の人、乱暴されて殺されたのかもしれないって聞きましたけど。


 犯人は捕まりましたか?

 早希は?


 早希は何処に行ったんですかっ?」


 彼女も同じ目に遭わされて、殺されているのではないかと案じているようだった。


「いえ、乱暴されて殺されたとはまだ」

と晴比古が言いかけると、


「たぶん、違いますね」

とやってきた志貴が言う。


 彼の登場にも、さすがの彼女らも騒がなかった。


「着衣に乱れがあったのは、乱闘のせいです。

 殺されかけて、暴れたのかも。


 それと、二階からの転落死でもないです。


 頭を強打したのが死因のようですが、特にそれらしきものも地面にはありませんでした。


 死んだ身体を窓から投げ捨てたか、偶然、窓から落ちたのでは」


 深鈴が、

「犯人がうっかり?

 それとも置いておいたら、死体が自分から落ちたとか?」

と呟いた。


 OLたちは、ゾンビが動き出すような想像でもしたのか青褪める。

 おそらく、そういう意味ではないが。


 そのとき、残りのOLたちがやってきた。


「変なおじさんを見つけましたっ」

と言って。


 おいおい、と言いながら、彼女らに引っ張られてきた中年男に溜息をつく。


「捕獲してくるな。

 それは、中本刑事だ」


 晴比古の言葉に、えっ? とOLたちは手を離した。


「志貴と一緒に来てた。


 お前ら見えてなかったんだろう。

 志貴しか目に入ってなくて。


 さっきから、転落死した女性の身元を照会してくれている」


 あ、そうだったんですか、と彼女らは苦笑いして謝っていた。


 まあ、死体が転がり落ちたり、転落してきたり、友人が失踪したり。


 彼女らも動転しているのだろう。


 っていうか、こいつら、俺以上に呪われてないか? と晴比古は思う。


「はいはい。

 お嬢さんたちは、もう部屋に戻って休んでくださいよ」

と解放された中本が追っ払うように言った。


 そう言われても、仲間が一人居ないままでは落ち着かないだろうが。


 さすがの彼女たちも、警察の、しかも志貴のように年が近いわけでもない中本には文句が言いにくいらしく、渋々、彼女らは引き上げていった。


 深鈴が気の毒そうに見送りながら呟く。


「何処に行ってしまったんでしょうね、早希さん」


「意外とふらりと星でも見に出たのかもしれないが、探してみようか」

と晴比古が言うと、


「僕も手伝います」

と騒ぎで起きてきていた陸が立ち上がる。


 だが、志貴や警官たちも探したが、彼女の姿は何処にも見えなかった。







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