どれも本当じゃないんじゃない?

 



 ようやく解放された晴比古は、外に出てみた。


 女たちに囲まれて、むせかえるような匂いがしていたので、澄んだ空気を吸いたくなったのだ。


 星が綺麗だと聞いたが、もう少しこの建物から離れた方がいいようだな、と思う。


 此処はまだ灯りが強い。


 そう思ったとき、

「先生」

と声がした。


「手相占いの先生、こんばんは」

 私服に着替えた浅海が立っていた。


「占いの先生じゃない」

と言うと、彼女は笑い、


「でも、それっぽかったですよ。

 私も見てもらおうかと思ったくらい。


 ただ、……子供の頃見てた本と内容そっくりだったけど」

と何処からか眺めていたらしい彼女は言う。


 やはりあれは、浅海の本だったのか、と思った。


「先生って探偵なんでしょ。

 なにしに此処に来たの?」


「なにしにって……」


 おっと、余計なことを言うところだった。


「避暑にだよ」

「街中もまだそう暑くはないでしょ」


「バカンスだよ」

「じゃあ、あの秘書の人は愛人?」


 助手だが、と思いながら、

「社員旅行なんだ」

と言う。


「どれがほんとなんだか。

 ねえ、どれも本当じゃないんじゃない?」

と浅海は楽しそうに言った。


 夜で解放感があるからか。

 自分が赤の他人だからか。


 浅海の雰囲気は昼間とは随分違って見えた。


「先生が来て、干からびた死体が現れた。

 偶然?」


 猫のように細まった目で自分を窺うように見て言う。


「逆だろ。

 干からびた死体が此処の車に乗って、朝、出発した。


 後から、俺が来た。

 まあ、死体が乗ったのが、この場所なら、の話だが」


「先生は他所じゃなくて、此処で乗ったと思ってるの?

 どうして?」


「……突っ込んでくるなあ」

と呟く。


 あの手紙のことは、まだ彼女らには伏せておきたかった。


 ただ、この中の誰かが被害者になるのだとするなら、教えておいた方がいいのかもしれないが。


「私、ミステリーが好きなの。

 ママと城島さんの影響で」


「そうなのか」


 やはり、城島とは仲は悪くなさそうだと思った。


「そういえば、ママはどうした?」

と訊くと、浅海は、にやりと笑い、


「先生も美人マダムとやらに会いに来たクチ?

 出回ってる写真ほどじゃないわよ。


 普段は、普通のおばさんよ」

と言い出す。


「ちなみに、いい家具が入ったって言うんで、見に行ってまだ帰らないわ。

 鉄砲玉みたいな人だから」


 鉄砲玉……。


 だいぶん、マダムのイメージが変わってきたな、と思った。


「城島さんもママの何処がいいのかしらね?」

と小首を傾げている。


 城島の恋は娘公認のようだった。


「先生、ママと私と、どっちが美人だと思う?」


「すまないが、ママの写真、俺は見てないんだ」


「先生、つまらない人ね。

 そこは、見てなくても、君だよ、くらい言わないと。


 あの助手の人に逃げられちゃうわよ」


 ……恐ろしいな、女ってのは、と思っていた。


 自分でさえも気づかない気持ちまでいい当てる。


「莫迦なこと言ってないで、もう入れ。


 冷えてきた。

 風邪ひくぞ」


「はいはい。

 お邪魔しました。


 じゃあ」

と浅海が昼間、城島に言われた通り、裏口から戻ろうとしたので、晴比古もまた、彼女に背を向け、玄関に向かおうとした。


 そのとき、目の前に、何かが降ってきた。


 地面に叩きつけられたそれは僅かにバウンドし、静かになる。


「先生、今、なにか……」

と暗闇から、浅海の声がした。


「浅海、こっちに来るな」

と抑えた声で言うと、なにかを察したように、浅海は立ち止まった。


 あのOL軍団でなくてよかったと思った。


 今頃、大騒ぎをして、此処らを踏み荒らしているだろうから。


 それにしても、危ないところだった。

 鼻先すれすれに、女の身体が落ちてくるとは。


 長い髪が地面に広がり、見覚えのある女が倒れている。


 先程、身体が地面で跳ねた弾みでか、女の縛られた両の手が持ち上がった。


 自分に向かって、両手を突き出してくるように。


 晴比古は女を見、上を見た。


 二階の部屋の窓が開いている。


 カーテンが風にわずかに揺れているのが見えた。

 

 


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