イケメン手相占い師

 




「ざっとは覚えましたか?」


 二十分後、深鈴がそう言い、テストのようなことをしてきた。


「よし。

 準備万端ですね」


「ひとつも万端じゃないよな」

と呟くと、


「そろそろ下に下りてください。

 もう彼女らが戻ってくる予感がします」

と言う。


「早くないか?」


「いえ。

 イケメンの手相占い師のことが気になっていると思います」


 だから、占い師じゃないんだが。


「早めに切り上げて帰ってくると思いますよ。

 ロビーにも小さな本棚がありましたよね。


 あそこの椅子で、本でも読んでてください。

 こう、知的な感じで」


「どうやったら、知的な感じになるんだよ」


「そのままで充分です。

 さあさあ」

と深鈴に押し出される。


 行ってらっしゃい~と手を振る彼女に、

「お前は行かないのか」

 付いてきてフォローしないのか、と思って言うと、


「女は付いて行かない方がいいんですよ」

とにんまり笑う。


 行ってらっしゃ~い、と繰り返され、追い出された。


 階段を下りていると、志貴とすれ違った。

「どうも」

と挨拶される。


「あ、どうも」


 志貴は上で手を振っている深鈴に気づき、

「すみません。

 深鈴さん、あの手紙、もう一度見せてもらえませんか?」

と話しかけている。


 ……早く済ませて戻ろう、と思った。




 他に人気のない廊下。


 亮灯はいきなり口を塞がれ、近くの部屋に引きずり込まれそうになった。


 下からは、晴比古の声と女たちの楽しそうな笑い声が聞こえていた。


 後ろで開かれた扉に、身の危険を感じ、壁を掴んで抵抗しようとしたが、誰かが階段を上がってくる音がした。


 此処でバタバタしているところを周りに見られるのは嫌だという思いが働いてしまった。


 はっと手を緩めた瞬間、亮灯は暗い部屋に引きずり込まれた。


 目の前で扉が閉まる。









「やや。

 先生、大人気ですね」


 女たちの手相をロビーで見ていると、城島がそんなことを言って通り過ぎていく。


 確かに、手相占いは盛況だった。

 通りすがりの老夫婦まで混ざるほど。


 もう商売替えしようかな、と思ってしまう。


 単に、彼女たちの見たまんまをそれっぽく言っているだけなのだが。


 だいたい、このくらいの年になると、見た目に性格が出てくる。

 そして、長年の生活環境も。


 だから、いいところを更に良く、悪いところをポジティブに語るようにした。


 何故か、女性陣にはウケていた。


 まあ、似顔絵と一緒かな、と思う。


 嘘はいけない。

 似ても似つかない絵を描いても意味がないから。


 現実の彼女たちより、少しいい彼女たちを語ってあげているだけだ。


 自分でも、そう占われた方が嬉しいと思うから。


 そんな感じで、手相占いは、問題なかったのだが、肝心の事件の方の収穫はゼロだった。


 彼女たちの手を握ってみても、なにも見えては来なかったからだ。


 突然、自分の力が潰えたのでない限り、この女たちは無関係だと言うことだ。


 女たちは、自分たちが言われた占いを元に、老婦人も交えて、語り合い始める。


 そのうちの一人が、晴比古が己れの手を見ていることに気づいたようだった。


「あ、先生。

 それなんですか? 変わってますね」


 これか、と手のひらを広げて見せ、

「これは、仏眼相って言うんだ。

 霊感が強い人に出たりする」

と言うと、


「嘘っ。

 私も見てくださいっ」

と自分でも確かめられるだろうに、そう言い、みんなが手を差し出してくるので、笑ってしまった。


 老婦人まで。


 確かに、これならば、握り放題だ。


 しかし、手を見ていて、気がついた。


「君たち、一人足りなくないかい?」


 確か、五人乗りの車に定員いっぱいの人が居た気がしたのだが。

 個別認識はしていないが。


「ああ、さっき、トイレに行って……。


 戻ってきてないねー。

 そういえば」

と他の子の顔を見る。


「ほんとだ。

 お腹壊したのかな?


 見て来ようか」

と言っていたが、


「これが仏眼相だよ」

と実はさっき、記憶していたので、そのうちの一人の手を掴んで、広げさせると、その子が赤くなった。


「いいなあ」

と他の子が言う。


「霊感があっても、そんなにいいこともないよ」

と晴比古が言うと、彼女らは


「いや、そうじゃなくて……」

と笑っている。


「でも、私のと、先生の違いますね。

 先生のは、目の中に、赤い瞳があるみたいに見える」


 はは、そうだね、と笑いながら思い出していた。


 こちらに向かって突き出された手。


 あのときからのような気がする。


 自分にこの力が宿ったのは――。





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