先生、チャンスですっ

 



 志貴と別れたあと、晴比古は、深鈴と二人、情報を整理しながら、部屋へと向かう階段を上がっていた。


「車はホテルの裏に止められていた、昔からあるホテルの車。


 今回みたいに、ちょっと入り用だという客にタダで貸したりもする。

 普段は従業員が使っている。


 中の干からびた死体は、まだ身許は不明。

 三十代から五十代くらいの男性。


 身長は干からびて、百六十八センチくらい、と」


「いつも思うんですが、範囲広いですよね。

 三十代と五十代って、すっごい違うと思うんですが」


「そりゃ、生きてりゃな」

と晴比古が言ったとき、その一団が出てきた。


「あらー、こんばんはー」

とOL軍団の中で、一際派手な女が挨拶してくる。


「こんばんは。

 何処かへお出かけですか?」


「此処は灯りが少ないから、星が綺麗だって聞いて。

 ちょっと出てみようかと」


「へえー、そうなんですか」

と女子トークが始まったので、部屋に先に戻ろうかな、と思ったとき、深鈴が言うのが聞こえてきた。


「そうなんですか。

 実は、うちの先生、手相占いも出来るんですよー」


 待て。

 お前ら今、マンションを買うとか買わないとかいう景気のいい話をしてなかったか!?


 何故、そこから占いにつながるっ、と思ったのだが、女子的には違和感のない流れだったらしく。


 へえー、と感心したように、彼女たちはこちらを見る。


「部屋で一休みしたら、また下に降りるので、よろしかったら、どうぞ。

 先生、美人のお姉さま方はタダで見てくれますから」


 いや、待て。


 俺は占いの先生じゃないから、そもそも、金は取らんだろう、と思ったのだが。


 深鈴は単に、美人のお姉さま方、というフレーズを言いたかったらしい。

 効果はてきめん、みな、満更でもない顔をしていた。


「それじゃあ、あとでー」


「あとでねー」

とすっかり彼女らと馴染んだらしく、深鈴は手を振り合っていた。


 部屋に戻り、深鈴に、


「深鈴、俺は手相なんて見られないぞ」

と言うと、はい、とタブレットと本を渡される。


「さっき、下の本棚に程よくありましたよ」


 もしかしたら、浅海か、さっきのおばちゃんの子供のものかもしれない。

 かなり読み込んだ痕跡のある古い小学生向けの手相占いの本だった。


「そのふたつで今から勉強してください。


 大丈夫です。

 雑学王の先生のこと、手相のことも、ある程度はご存知でしょう?」


「雑学王じゃないし。

 知ってるのと、見られるのとは違うぞ」


「そこはそれ、いつものハッタリで」


「……お前、俺の力をハッタリだと思ってんのか?」


「そうは思ってませんよ。

 でも、みんなの手を握るチャンスですよっ」


 だから、お前、言い方を気をつけろと、と思っていると、


「ほら、此処でもまた、先生の顔が役に立ちましたよ」


 まるで、子供を指導するように、そんなことを言って褒め始める。


「これがイケメンじゃなかったら、あら、この人、私たちの手を握りたいだけなんじゃないかしらって思われますが。


 先生や志貴さんが、手相見せてくださいと言ったら、みんな喜んで差し出しますよ」


「お前、微妙に彼女らをバカにしてないか?」


「いいえ。

 素直で可愛いなあ、と思ってます」


 可愛いって、明らかにあっちの方が年上だが、と思っていた。


「私は素直でないので……」

と呟いたとき、なんとなく、彼氏のことかな、と思ってしまった。


 だが、普段会ってる様子もないし、片思いなのかもしれない。


 別れてしまえ、と呪いを送りそうになる。


 いや、深鈴を好きとか、そういうわけではないのだが。


 いやいや……本当に。

 


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