クビカリゾク

 

 



 食事後、晴比古たちが、人の居なくなった食堂の本棚近くのテーブルで、陸と歓談していると、ボロボロになった志貴が現れた。


 OLたちに聞きたいことがあって来たようなのだが、此処では話せないと言われて、部屋まで引っ張り込まれたようだった。


 随分と長かったが、恐らく、質問していたのは、彼女らの方だろう。


 志貴は聞きたいことも聞けなかったのではないかとなんとなく思う。


「……大丈夫か?」

と思わず訊くと、


「ええ、なんとか」

とは言うが、憔悴していた。


「あの、貴方がたにもお話を伺いたかったんですが」


 事件のことだと察した陸が立ち上がり、

「じゃあ、僕はこれで」

と行こうとしたが、志貴に引き止められる。


「すみません。

 ホテルの裏に駐車してあった車のことでお伺いしたいので、貴方も少し。


 本当は個別に伺った方がいいんですが……」


 もうそんな気力もないのだろう。


 そうですか、と気の毒そうに志貴を見て、陸はまた、腰を下ろした。


「他の刑事さんて、来てないのか?」

と哀れに思って、晴比古が訊くと、


「来てますよ、もう一人。

 裏の方で話聞いてます」

と言う。


 居たのか、と思う。


 ガラス越しに志貴を見つけた女には、彼の姿しか目に入らなかったようだが。


「あんたが裏に回った方がよかったんじゃないのか?」


「それが……署で話を伺ったとき、他の刑事さんじゃ、信用できないから話せないとか言われまして」


 では、初対面の志貴を信用できるというその根拠は、とか誰も突っ込まなかったんだな、面倒臭いから、と思いながら聞いていると、深鈴が、


「でも、あの人たち、日下部さんを前にした方がとんでもないことを言い出しそうだわ」

と口を挟んでくる。


「ありもしない証言を始めたり」


「いえ、大丈夫です。

 最初から、話は多少、差し引いて考えてますから。


 彼女たちに限らず、滅多に見ない現場を見ると、混乱したり、頭の中で、誇張されてしまったりしますからね」


 疲れているのだろうに、穏やかに微笑む志貴は、誰のことも悪くは言わないタイプの人間のようだった。


 なるほど、まさしく、女性陣が憧れる王子様だな、と思った。


 自分に足りないのはこれか、と思う。


 自分は、無遠慮に話を聞き出すだけじゃなく、手を握っただけで、隠しておきたい闇まで暴いてしまうのだから。


 ふと深鈴が言った言葉を思い出した。

 即身仏なら、衆生を救わなきゃ、と。


 まあ、無理だ、と思ったとき、城島がやってきた。


「コーヒーお持ちしましょうか?」

と微笑んで、志貴に訊く。


 志貴は城島を仰ぎ見て、

「あ、まだ、オーダーストップじゃないですか?」

と訊いていた。


 一息つきたかったようだ。


「はい。

 でも、これは、ホテルからのサービスです。


 みなさんもどうぞ。

 飛んだことに巻き込んでしまいまして、申し訳ございません」


 いや、巻き込まれたのは、貴方がたでは、と思ったが、城島はコーヒーを用意してくれるようだった。


「城島さん、あの、貴方にも、もう一度お話を伺いたいんですが」

と志貴が言うと、


「先程、中本さんという刑事さんに訊かれましたよ」

と微笑む。


「どうぞ、ごゆっくりなさってください。

 日下部様」

と言って、城島は居なくなった。


「なあ」

と晴比古は志貴に呼びかける。


「あんたらも、あの赤い紐、たどって来たのか?」

「いえ、車で違う道から」


 だよな、と思った。


 陸が後ろを振り返り、

「更にOLさんたちの襲撃があるかと思いましたが、ないですね」

と呟いている。


 深鈴が、

「今夜はこれで気が済んだんじゃないですか?

 これからは、日下部さんのことで、女子トーク炸裂タイムですよ。


 そんなとき、本人はいりませんから」


 むしろ、邪魔なのだ、と深鈴は言った。


「邪魔ってなんだ」


「女ってそんなものですよ。

 旅先で事件に巻き込まれるわ、やたら美形の刑事さんに会うわで、舞い上がってるんです」


「じゃあ、日下部さんは話のネタにされてるだけですか?」

と陸が苦笑いする。


「そんなもんじゃないですか?


 あ、失礼。

 でも、日下部さんもその方が気楽でしょう?」


「そうですね。

 あ、僕のことは、志貴でいいです」

と彼はみんなに向かって言った。


「日下部って呼びにくいので」


 深鈴が深く頷いて言う。


「クサカベ ケイジって、確かに言いにくいですね。

 クビカリゾクみたいな感じで」


「ひとつも合ってない気がするが……」

 こいつの感性はわからん、と思っていた。


「ま、あのOLたちも、既に名前で呼んでるしな。

 で、例の干からびた死体、身許は割れたのか?」


「まだです。

 すみません」

と何故か志貴は謝ってくる。


 口癖なのかもしれないと思った。


「でも、かなり古いもののようですね」


 何故、今頃、車のトランクなんかに乗っていたんでしょうね、と首を捻っている。


「掘り出した即身仏なんじゃないですか?」

「離れろ、即身仏から」


 晴比古は、深鈴の言葉に、溜息をついて言う。


「ああ、聞きましたよ。

 ちりんちりんの話」

と陸が笑った。


「此処らでは有名な話らしいですね」


 しばらく話していると、陸が、昼間この辺りを散策したので、もう眠くなったと言う。


「散策?

 死なないのか?」


「大丈夫ですよ。

 樹海だからって、即迷うわけでは。


 ああでも、道からは外れない方がいいですよ。

 樹海の植物を痛めてしまうかもしれませんしね」


 それでは、と上がって行ってしまう。

 それを見送ったあとで、晴比古は少し迷って、深鈴に言った。


「深鈴、あれを」


「そういう言い方されると、はい、ご主人様、とか言いたくなりますね」

と言いながら、なんのことだかすぐわかったらしい彼女は例の手紙を出してくる。


「これは?」


「いや、実は、ちょっと前にこれがうちの事務所に届いて。

 金と一緒に。


 消印はこの辺りなんだが」


「ちょっと前に届けたら、私たちがすぐに来られる、と知っているということは、うちの事務所の流行らない具合をご存知の方ってことですよね」

と相変わらず、一言多い深鈴が言う。


「すみません。

 失礼して。


 ああ、素手で触っても大丈夫ですか?」


「うちの有能な秘書が既に指紋付けまくってるから大丈夫だ」


 誰が秘書ですか、と言ったあとで、深鈴は、

「だって、開けてみるまで、なんの手紙かわかんないでしょー。

 そんなこと言うのなら、先生宛の手紙は、ご自分で処理されてくださいよ。


 請求書とかもーっ」

と文句をたれ始める。


 志貴はそれを一読し、

「いつ殺す、とか日付がないですね」

と言う。


「だが、このホテルから確認の電話がかかってきた。

 今日から二泊三日で予約してあるらしい。


 で、来てみたら、程よく死体が転がり出てきたってわけだ。

 まあ、あれがこの手紙と関係あるかはわからないが」


「いえ、あると思います。

 だって、あの車、このホテルのですし。


 ただ、死体が古すぎるので、止めてみろって言われても、阿伽陀先生には無理でしたよね」


「晴比古でいい。

 俺もあんたのこと、志貴って呼ぶし。


 クビカリゾクって呼びにくいもんな」

と小馬鹿にしたように言うと、深鈴は、自分で言ったくせに、


「もう~っ」

と腕をはたいてきた。






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