まあ、可愛くないこともない……
それにしても、いい雰囲気の食堂だ。
阿伽陀晴比古は既に食べ終え、暖炉近くの本棚を見ている。
近づいてきた、一人で此処を訪れているらしい若い男が、晴比古に話しかけている。
晴比古は本を一冊取り出しながら、笑顔で答えていた。
あの男の手を握ってはみないのだろうか、と亮灯は思った。
手を握った相手の罪を暴く仏眼探偵。
まあ、闇雲に握ってみない方が無難か、と思う。
知らなくていい人の闇まで覗いてしまいそうだから。
そんなことを考えていたとき、バン、と背中を叩かれた。
殺られた!
と感じるくらいの勢いだったが、振り返ると、こんなサイズがあるのか? と問いたくなる大きさのメイド服を着たおばさんが立っていた。
「あんた、細いわね~。
ほら、もう残すの?
もっと食べなきゃ」
その辺のおばちゃんのような雰囲気だ。
「はあ……すみません。
いえ、まだいただきます」
と言うと、先程まで、給仕してくれていた城島が苦笑いしているのが見えた。
後から来て、教えてくれる。
「あの方、ご近所さんで、時折、人手が足りないときには手伝いに来てくださるんですけど」
すみません、と言う城島に、気にしないで欲しいと伝える。
「私はああいう感じの方、嫌いじゃないので」
と言うと、城島は、ほっとしたように、
「ありがとうございます。
アットホームで嬉しい、と仰るリピーターの方もいらっしゃいます」
と言う。
確かに母親に叱られているような感じがあった。
「そういえば、樹海にも近所ってあるんですね」
と亮灯が言うと、城島は微笑み、
「ま、五キロは軽く離れてますけどね。
車ならすぐですよ」
と笑ってみせた。
「先生ー」
晴比古が本棚の前で、意外に博識な若い男、佐藤
「先生、デザートが来ますよー」
と言う彼女に、
「やっとか。
お前、給食残されて食べてたクチだろう」
と眉根を寄せてみせる。
先にお出ししましょうかと言われたのだが、それも味気ないかと思い、深鈴が食べ終わるのを待っていたのだ。
その間に、来たときから気になっていた本棚を見ていた。
そして、同じく本棚を覗きに来た陸と話し出したのだ。
「なに言ってるんですか。
女性陣はみな、まだまだ食べてますよ」
と深鈴は後ろを振り返る。
「ほら、男の方も。
先生が早すぎるんですよ。
あっ、すみません」
と同じく早くに食べ終わっていた陸に気づき、深鈴が謝ると、
「いえいえ」
と陸は笑って言った。
「えーと。
阿伽陀先生のお連れの方ですよね」
と少し照れたように美鈴に話しかける陸に、彼女はすぐさま、
「ああでも、仕事で一緒に来てるだけですけどね」
と言う。
てめえ……と睨んだが、まあ、真実なので、仕方がない。
「ああ、そうなんですか」
と言う陸の声が少し弾んでいるように聞こえた。
「いや、なんか絵になるカップルだな、と思ってみてたんですよ。
そうなんですか」
と確認するように、繰り返す陸を遮るように、
「深鈴、此処の本、やっぱり借りられるらしいぞ」
と教える。
「そうなんですか?」
と嬉しそうに覗き込んだ深鈴は、
「わあ。
ミステリーが結構ありますね。
読んだのも多いけど」
と喜んでいた。
三人でミステリー談義をしていると、デザートが運ばれてきた。
「あ、溶けちゃいますよ、アイス」
と陸が教えてくれる。
デザートプレートにはアイスも載っているようだった。
「はい。
じゃあ、また」
と深鈴はご機嫌で、テーブルに戻っていく。
「可愛い助手の方ですね」
と深鈴の後ろ姿を見送りながら、陸は言った。
「まあ、可愛くないこともないですが」
と呟くと、陸は笑い、
「ちょっと小生意気そうな感じがまた可愛いですよ」
と爽やかに言って、じゃ、とテーブルに戻っていく。
コーヒーのおかわりを城島に頼んでいた。
テーブルに戻ると、深鈴がデザートプレートに狂気していた。
「やはり、素晴らしい料理のあとには、これですよね。
と言いますか、幾ら料理が良くても、デザートがないと、なにか残念な締めになってしまう気がするんですが」
「そんなのは、お前ら女子だけだ」
「じゃ、先生の分くださいよ」
「……太るぞ」
食べるくせに、と深鈴が笑ったとき、それは来た。
女というのは、何故あんなに目敏いのだろう。
目に見えない触覚でも生やしているのかもしれないと思った。
誰も居ないかのように見えるガラスの向こうを見たOLの一人が立ち上がり言った。
「あっ、志貴様よっ」
……志貴様?
様ってなんだ、と思っていると、なるほど、しばらくして、玄関ホールの方から、あの美貌の刑事、日下部志貴がやってきた。
落ち着いた老婦人まで、ぼんやりと彼を見ている。
OLたちは既に大騒ぎだ。
それにしても、反応が早かったな、と思う。
離れていても、近づいてくる志貴のフェロモンを触覚で感じるのだろうか。
昆虫に例えては申し訳ないのだが、そのくらい動物的な直観力と素早さだった。
「まるで芸能人ですね。
可哀想に」
と深鈴は志貴に同情的に語る。
確かにあれでは、仕事がやりにくいだろう。
よく刑事になれたな、と思った。
交番にあんなお巡りさんが居たら、女子高生とか詰めかけて大変なことになりそうだが。
志貴は城島たちに頭を下げたあとで、OLたちに話しかけていたが、まともに話は出来ないようだった。
やはり、事件のことが気になり、そちらに聞き耳を立てていると、深鈴がいきなり、手に触れてきた。
どきりとしてテーブルの上に置いていたそれをすぐに引っ込める。
深鈴が大真面目な顔で言ってきた。
「大丈夫ですよ、先生。
顔だけなら、全然負けてませんから」
「誰が慰めろと言った……」
そんなやりとりをしている間、話でもあるのか、志貴が、ちらちらとこちらを窺っていた。
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