『談論風発』

「彼女が君の言う協力者かい?」

「はい」


 その返答に一切の逡巡はなく、同時に場の空気を引き締める。


「どこまで話している?」

「蘇生薬を造る、という目標まで」

「実行の前に詳細を語らないのは、昔からの悪い癖だね」

「それでも美影は付いて来てくれた。力強い肯定と共に。十分に信頼に値すると思いますが」

「単なる妄信かもしれないぜ」

「美影はそこまで愚かではありません」


 間断なく交わされる切れ味鋭い言葉の応酬に、私が割って入る隙はない。視線を2人の間で往復させるのが精一杯だった。


「残念だけど、間近で見ていた君と違って僕はそこまで彼女の事を知らない」


 社長はそこで言葉を切り、私の方へと目を向けた。その射抜くような視線に晒され、思わず体がぶるりと震える。


「美影さん」

「は、はい」

「僕の性分でね。美恵と違って何もわからずハイハイ言う輩は信頼しないことにしているんだ。君が美恵を信じてついてきたその気持ちは本物だろうけど、一応僕の方からも確認を取らせてもらうよ」


 私は確固たる決意をもとにここにいる。

 その思いを疑い、試すようなその口ぶりに、思わず腰がソファから離れた。


「美影」


 止めようとする美恵にかまわず喉を震わせる。


「私は――」

「しっかりと説明を聞いてもらったうえでね」


 しかし、差し挟もうとした口は厳しい口調と目で遮られ、勢いを失った私の体はやがて力なくソファに戻る。それを見て社長は一度大きく息を吐いた。


「……君も知っての通り、美恵は一度死んでしまった人間を蘇らせる薬を造ろうとしている。普通ならまぁ、そんなものはあり得ないの一言で終わるよね。でも、僕は超・多忙な身分でありながらこうして話の場を設けて耳を傾けている。何故だかわかるかい?」

「実の子が本気で取り組んでいるから?」


 私の返しに彼は乾いた笑いを一つ。


「親としてならそれが正解なんだろうけど、ここでの僕は多くの社員の生活を握っている。出社中に子育てにかまけるようでは社長失格だよ。僕はあくまでこの組織の代表として、彼女の話を聞いている」


 親子ではなく、あくまで会社にプロジェクトを持ち込んだ人間として美恵を見ているということだろう。その言葉はこの部屋に入った時に垣間見えた、2人のよそよそしさに対する回答でもあった。

 顎に手を当てしばらく考え込むそぶりを見せるが、その間社長も美恵も話を進める様子はなく、急かしもしてこない。2人とも、ただ私が正答を導き出すのを待っているようだった。

 この場とそれまでに散りばめられた要素を、今一度頭で整理してみる。

 社長がこの話を会社の案件として捉えているなら、実現の望みがないと分かることに時間を割きはしないだろう。

 そして、美恵から発せられる常人とかけ離れた感覚――


「……実現の目途めどがついている、ということですか」


 突拍子もないことを口走っている自覚はある。

 しかし自分でも意外なほど、声は平静を保っていた。私にとってこの話が進捗しているという事実は、夢物語が現実になり得る驚きよりも、彼女を信じた自分の判断はやはり正しかったという安堵をのほうを多くもたらしていた。


「その通り……基礎理論はあらかた組みあがっているようだよ。って、あんまり驚いてないね」


 そこで初めて、社長は顔に僅かな驚きを表した。私がその理由を語る前に、彼は口の端をわずかに上げる。


「これだけ信頼を寄せられるのは、いい経営者の素質がある証拠だね」


 その顔のまま美恵を見やるが、褒められた当の本人はそれを喜ぶ素振りすら見せず、むしろわずかに迷惑そうな表情を浮かべた。


「うちは安泰だよ」

「美恵、ここの社長になるの?」

「私は――」

「そう。問題はそこだ。そして、君を美恵が選び、ここに連れてきた回答もそこに集束している」


 一瞬言いよどみ、迷いを孕みながら切り出した美恵の声を社長の対照的に弾んだ声が遮り、彼女の顔が僅かに曇る。行き場を失った言葉を戻すようにグラスの氷を口に運ぶ美恵へ、気遣いの文句を掛けようと思わなかったわけではない。

 しかし私の中で長く待ち望んていた答え、その輪郭を目の前でちらつかされたことが、口を差し挟むことへの一瞬の躊躇を生んでいた。


「君の察しの通り、美恵には将来的にここを継いでもらおうと考えている。長が男性たれなんてマチズモは遥か過去の遺物だ」


 そして、社長はその一瞬を見逃すほど迂闊な人間ではなかった。


「美恵にはここを十全に回していけるだけの才覚も、人を纏め意のままに動かすカリスマもある。それでいてその態度に刃向うものを生まない……ここは僕じゃなくて妻に似たのかな」


 そこに反論の余地はない。組織規模の大小はあれど、学校でその実例をまざまざと見せつけられている。無意識に縦に動いた顎を美恵にも見られたのか、彼女も謙遜は意味なしとして口を噤んだままでいた。


「まぁ何が言いたいかって、贔屓目を抜きにして美恵の持つ社長としての器は僕より上回ると、そう踏んでいるんだよ。っと……」


 そこまで得意げにまくし立て後で、彼は自分の勇み足を制するかのように頭を掻いた。


「ヒントを出しすぎたかな。答えの前に美影さん。君の考えが聞きたい」


 突如名を挙げられ戸惑う私を見て、彼は少し頬を緩めたようだった。

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