第36話 フェニックス
桜の花の咲きはじめるころだった。長く続いた寒さもようやく明けはじめ、暖かい日が続くようになってきた。
「やっぱり桜っちゅうのはええな。毎年散っても、次の年にはまた満開になるんや。」
毎年同じことを言っているそのセリフに春が来たんだと実感させられる。花見を楽しみにしている伏見さんが今年の花見を計画を始めていた。
「最近、心臓の調子も悪くなってきたので夜桜はやめた方がいい。」
親切心で言ってやっている言葉に耳も貸さずにいた伏見さんは、
「桜は夜桜が最高や。美しくて豪快な桜やからこそ、闇夜の中でも盛大に咲き誇るんや!」
そのセリフも毎年のように聞かされている。おかげで死ぬまで桜の花を見るごとに伏見さんのことを思い出すことになりそうだ。
そんな話をした夜。柚木さんから電話があった。
「さっき、伏見さんが意識を失った。今、救急車を呼んで○○病院へ搬送しているところ。」
もう何年も伏見さんのすぐそばにいたし、それに筋ジストロフィー患者の本を何冊も読み漁っていた僕にとって、伏見さんがそろそろだということは承知していた。
僕は手当たり次第にみんなに連絡をとり、病院へと向かった。
集中治療室の狭い中にあふれるばかりの人が集まった。これでは迷惑だと誰かが言って一同は病院のロビーに移動した。これが今生の別れと口々に今までの思い出話を語り合った。
ちょうど深夜を過ぎたころ、伏見さんのベットの横に張り付いていた吉澤さんから、意識が戻ったとの報告を受けた。僕が代表して病室に向かうと伏見さんの意識は思った以上に元気だったので、みんなにも部屋まで来てもらった。
「なんや、なんや。みんなそろって集まりやがって、まるでこれが今生の別れみたいやないか。」
みんなで笑って話をして、深夜の集中治療室でバカみたいに大騒ぎをした。
「なんや、あの桜がみんな散ったらボクも死ぬんや…… とか、言ういた方がええのかな?」
「だったらその木をゆすって今日のうちに全部花を散らしておくよ。」
「お前、絶対死んだら地獄に行くわ。」
「ああ、そのころには伏見さんは先に地獄に行って待ってくれてるんだろう?」
「あほか! ボクは死んだら天国に行くに決まってるやん。せやからどっちかが死んだらもう会うことはできひんねんでタカシ。たぶんほかのみんなは天国に行くやろうから、また会えるやろうけどな。」
相変わらずの憎まれ口を叩いて、驚くほどに数値もよくなった。
「いやあ。それにしてもほんま。今日はみんなすまんかったなあ。もう、大丈夫やからみんな帰ってくれてええで。しっかり笑わしてもろうたから、今日はゆっくり眠れそうや。」
そう言ってその場は解散した。病院には吉澤さんと及川さんが残った。
家に帰る途中の道で、夜道に咲きはじめた夜桜を見ていると、なんだか無性に酒が飲みたくなった。コンビニで数本のビールとつまみを買って、夜桜の下のベンチでひとりで宴会をした。
「さあ、そろそろかえろうか。」
ほろ酔い気分で腰を上げた時、携帯電話に着信があった……
思えば伏見さんの最後に言った言葉。
「今日はゆっくり眠れそうや。」
あの言葉こそが伏線だった。
病院のベットの上ですでに息を引き取っていた伏見さんを皆が囲んでいた。
その死に顔こそは〝フェニックス一輝〟の名に恥じない立派なものだった。
何よりも立派なのはその握られた拳。もうほとんど自分の意思で動かすことのできなくなっていたその拳は、最後の力を振り絞ってピースサインをしていた……
伏見一輝の棺にはたくさんの桜の花が敷き詰められ、通夜の夜には皆で夜桜を楽しんだ。
葬儀は満開の桜のもとで行われた。
そして出棺。フェニックスのからだは炎に包まれ消えて行った。
しかし案ずることはない。
また来年、再来年。そしてその先永遠と桜の花を見るたびに、おそらく僕らの中にフェニックス一輝は甦る。闇夜の中でも壮大に咲き誇った伏見一輝の思い出は僕らにとって永遠のものだったから。
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崇さんの手記はそこで終っていた。
おそらく崇さんは最後まで真の伝説を知ることはなかったのだろう。伏見一輝が不死鳥としてよみがえる本当の伝説のことを……
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