第35話 別れ
別れ
岩手の一時帰郷から半年ばかりが過ぎた。
そのころわたしの恋人になっていた崇さんもいよいよ大学四年生となり、就職活動を開始した。将来的に作家になりたいと言っていた崇さんだが、とりわけ就職となれば話は別だ。首都圏の出版社を中心に日々就職活動を繰り返しながらも、空いた隙間を縫ってボランティアには参加していたが、それでもそれにばかり時間を費やしてもいられなかった。
時を同じくして柚木さんが夜間働いていた仕事(その時はデリヘルだとは知らなかった)をやめて全日制の専門学校に入学した。本気で介護の仕事に取り掛かるために学校で一から勉強し直すそうだ。そのため、今までどおりの割り振りでは伏見さんのボランティアをまわすことは難しくなった。
そのころには新しいボランティアの子も来るようになってはいたが、あまり使えるような子ではなかった。あと一年もすればきっと崇さんは都会へと出て行ってしまい、ここのボランティアの在り方もかなり変わってくることになる。奈緒は就職活動こそ開始したもののどこか思いつめるような節もある。せめて奈緒が就職を取りやめいっそのことボランティアを続けてくれたならどれほどありがたいかなどということまで考えてしまった。
そして事実。奈緒は就職をあきらめた。しかしそれは決して望んでいたかたちではなかった。
「あたしね。大学をやめようと思っているの。」
―――まさか。と思った。なにもここまで来て辞めることなんてない。あと一年、就職をしないにしてもほとんど授業なんてないにもかかわらず、ここで辞めてしまうなんてもったいないだけだと思ったのだ。
「あたしね。妊娠しているの。」
―――最近調子の悪そうにしていたのはこのためかと思った。
「じゃあ、奈緒。結婚するの?」
「ううん。結婚はしない。ひとりで生むつもりよ。ひとりで生んで、ひとりで育てるの。」
はっきりとした意思を感じた。大学をやめてシングルマザーになるなんて…… おそらく誰に言ったところで賛成なんてしないだろう。相手の男性がどう考えているのかということを問いただしたかったが、それに触れる勇気はなかった。おそらくそれを聞いたところで彼女の意思は変わらないだろう。それに普通の人からしてみればそれはいくらか無謀な考えに見えるかもしれない。それでもわたしたちの周りにはそれを無理だなんていう人はいなかった。現に目の前にどんな不可能をも可能にしてきた人物がいるのだ。
これでまたひとり、ボランティアから人が減ってしまう。かつてないほどのピンチが近くに来ているのだと思い、胃に強いストレスを感じ始めた。
―――もう、いっそ。伏見さんが死んでしまえばいいのに……
そんなことさえ考えてしまった。そしてその考えがまるで伏線だったかのようにあの出来事があった。
その日の出来事を崇さんはその手記の中で次のように語っていた。
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