第34話 新たな一歩
崇さんと卓ちゃんと三人でお酒を飲んだ。奈緒との間にあった(あったことさえ忘れていたのだが)わだかまりも溶け、その日は酔うまでお酒を飲んだ。卓ちゃんが「では、そろそろ……」と席を立ち、宴会の片づけを終わらせて崇さんとふたりきりになると、
「じゃあ、そろそろ寝ようか。」
そう言いながら布団を敷いた。二人分、ぴったりとくっつけられた状態でしかれた布団を見ていまさらながらに気付いた。
元々が伏見さんの世話がしやすいようにと四人で一つの部屋に寝ることにしていた。しかし今夜奈緒と伏見さんの二人がいなくなってしまい、今夜はこの部屋で二人で寝ることになったのだ。二人分がぴたりとくっつけられた布団にはまるでどこにでもありがちな温泉旅館の一夜を連想させる。布団の端を掴み、引っ張って離そうとしたわたしの手をふいにつかんだ崇さんはそのまま強くひっぱり、つられてわたしは崇さんの胸の内の方に倒れ込んでしまった。
「ああ、ごめんなさい。」
言うか言わないかのところでその口は崇さんの口で塞がれてしまった。何のためらいもなくわたしの中に入ってきた崇さんの舌をわたしも自分のそれで愛撫する。「だめ、いけない。」微塵も考えてもいないのについそんな言葉を発してしまう。
お酒に酔ってしまったからと言って今更ではあるが、一通りのことを終わらせて崇さんの胸の中につぶやいた。
「奈緒に悪いわ……」
「聞いていなかったのか?」
「なにを?」
「俺達、もうとっくに別れているんだけどな……」
「うそ?」
「嘘じゃないよ。」
「なんでいってくれなかったの?」
「知っていると思ってた。」
「知らなかった……」
「知らなかったのに俺のこと受け入れたんだ。」
「……もう…… 言わないで。」
「言えないよ。」
「奈緒とはなんで別れたの?」
「あいつ、他に好きな人ができたらしい。それで捨てられたんだよ。俺は……」
「だれ?」
「知らないよ。それに興味もない。……もう他人だからな。」
「他人だなんて…… 本当はそんなこと思ってないんでしょ。」
「ああ、思っていない。あいつは家族だ。」
「でも、奈緒ったら崇さんを捨てるなんて、よほどいい男なのね。」
「……興味ないよ。」
岩手にまた必ず戻ってくると別れを告げ、再び岡山に向けて車を走らせた。
帰りの道中、奈緒に聞いてみた。
「ねえ、前に言っていたでしょう。子供のころ、将来何になりたいのか、岩手に帰れば思い出せるかもしれないって…… それで、どうだった?」
「うん、ちゃんと思い出せたよ。」
「じゃあ、改めて聞くけど、奈緒は将来何になりたかったの?」
「あたしはね…… おかあさんになりたいって思っていた。あたしの母親のように優しい笑顔で子供を見守ってあげられるようになりたいって思っていたの。」
「ふふふふふふふふふふ……」
思わずわたしは笑ってしまった。
「ひどいよ。そんなに笑うなんて……」
「だって仕方ないじゃない……
だってそれじゃあまるっきりわたしと同じだもん。」
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