第33話 大船戸祭り


 シャトルバスは会場近くの駐車場で停車した。夏の夕暮れは日も長く、夕方六時はまだまだ明るいが、長い間西日本に住んでいたからすっかり忘れていた。東北地方の夕暮れは早い。日本はどこに行っても同じ標準時間を使っているが、それでも中国地方からしてみれば子午線は一時間分ぐらいの差がある。そのことをすっかり忘れてしまうくらいにわたしはすでに東北の人間ではなくなっていた。祭り会場に向かう道中の脇には震災復興を願うかがり火が並ぶ。わたしの知る閑散とした街並みはそこにはなく、縁日ににぎわう人込みでごった返す中、崇さんは浴衣の袖口に腕を突っ込んだかたちで腕組みをし、堂々と胸を張って歩いていく。わたしはこのあたりの道順をすっかり覚えていない。はぐれないように崇さんの背中にぴったりとくっつくようについて行った。

港の突端では大きな獅子舞が勢いよく舞を踊っている。父親に肩車された状態の小さい子供が獅子舞の踊りにはしゃぎ、大きな声をあげてわらっている。

「あの子供は、ここで会った震災のことを知らないのよね……」

 不意に呟いた言葉を自分の中で反芻し、果たしてそれがいいことなのか、あるいは悪い事なのか判断ができない。

「でも、語り継がれるだろうさ……」

「そうね。こうしてここにいるみんな、忘れていいなんて思ってなんかいない。」

「ああ、いくら祭りではしゃいでいても、この祭りはあの悲劇を忘れるためのものじゃない。忘れないためのものだ……」

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