第26話 本当に喜んでいる?



 なかには重度の障害を持つ患者もいる。その患者は伏見さんよりもさらに重症。自分自身で動くこともできないし、意思疎通を図ることもできない。さらに周りでケアしてくれる人たちも伏見さんのように恵まれているとは言い難い……

 お宅に訪問するなり、迎えてくれたのは三十代の男性。おそらくヘルパーだろう。

「お邪魔します。私、○○サービスの……」

「あ、はい。存じております。△△さんは奥の部屋にいます。では私はまた時間になるころに帰ってきますので、よろしくおねがいします」

 ヘルパーさんはそれだけを言い残して早々に出て言ってしまった。

 仕方なしに言われた通り奥の部屋に入った。部屋の中央にベッドが置いてあるだけでほとんど何もないに等しい部屋だ。自分自身で動くこともできなければ意思疎通をはかることもできないのでは趣味を持つこともないだろうしものが無いということには納得出る。四十代と思われる男性が寝転がっている。部屋に入ったアタシを見るなり、眼球だけを動かしこちらをギロリとにらんだ。どうしてこんな状態の人がわざわざ自宅でヘルパーの手を借りながら生活しているのかは理解に悩む。いっそのこと病院にでもいればもっと楽が出来るのだろうけれども、そんなことを伏見さんに言えばきっとこるだろう。あ…… もしかすると病院に居ればデリヘルなんて呼ぶことができない…… だからだろうか。

「あ、あの…… 私、○○サービスのティナと言います。本日はご依頼を承り、サービスにうかがいました……」

 いつもはもう少し軽いノリであいさつすることが多いが、こちらを無言でギロリとにらみつける目が怖くて、いつもよりも少し丁寧に挨拶をした…… が、何の反応もない。少しおびえながら改めて、

「私、○○サービスのティナと言います。本日はご依頼を承り、サービスにうかがいました」

 やはり反応がなかった…… いや、口元がごそごそとかすかに動いて何かを言っている。

「はい」

 とりあえず返事だけをして近づき、その声を聞こうとしたがやはりぼそぼそと何かを言っているくらいで何が言いたいのかはよくわからない。

 話では〝寝たきり〟とだけ聞いていたが、寝たきりどころかほとんど会話もできない。慣れたヘルパーさんなら意思疎通が可能かもしれないが、あいにくそのヘルパーさんは今、ここにはいない。せめて連絡先くらいは聞いておけばよかったが今となってはもう遅い。

 なんと言ったのかもう一度聞こうかと思ったが、おそらくもう一度聞いたところで理解する自信はまるでない。

「それではサービスのほう、はじめさせてもらいますね」

 男性は睨むような目つきのまま、口をごにょごにょと動かし、何かをしゃべった。短い言葉だったのでおそらく『お願いします』くらいではないだろうかと勝手に判断した。男性の衣服を脱がせ、続いて自分も同じように全裸になる。お湯で硬く絞ったタオルで全身を清潔になるようしっかり拭き、ベッドのシーツが汚れない程度に少量のローションを使ってマッサージをする。手と口とを使って全身を舐め、今度は男性の手を取り、アタシの胸や下腹部を触らせる。筋ジストロフィーや脳性まひ患者は自分の意思で動かすことのできない四肢でも感覚だけはしっかりある。だから相手を触ればその感触を味わうことはできる。それをすることで本人は興奮し、下腹部はそれに伴って硬くなる。充分に硬くなったのを確認すると今度はそれを口に含み射精させた。本来ならば口内での射精は追加料金が発生するのだが、相手のイクという意思を感じて口から離せなかった自分が悪い。これは無料のサービスとするしかない。

 時間はまだまだ余裕があったのでもう一度可能だろうと判断し、全身を舐めているうちにやはりもう一度硬くなったので、そのまま二度目の射精をさせた。

 障害者のお客さんのほとんどが九〇分という時間でサービスを終了し、時間延長を申し出ることはない。おそらく金銭的な問題もあるのだろうが、その時間内にイケないというお客さんはほとんどいない。むしろ一回で終わるお客さんもほとんどなく、二回三回と連続で射精するお客さんがほとんどだ。もちろん理由としては経験が少ない分、イクまでが早いというのはひとつあるだろうが、それだけではない。ほとんどの障害を持つお客様は、一般のお客さんよりも精力絶倫だ。アタシが思うにそれはおそらく彼らの方が一般健常者よりも〝生〟に執着する意志が強いからではないかと思っている。

 ともかく、九〇分というサービスの時間を終了し、意思の疎通もままならないので延長はなしと判断し体を拭いて衣服を着せた。

 ―――で、これからどうしたものか。

 ヘルパーの人は依然戻ってくる様子はない。しばらく待っていたら近隣で待機している送迎係の人から連絡が入った。

「なにやってんの? 延長? もう、時間とっくに過ぎてるでしょ。早く出ておいでよ」

「あ、あの…… それが……」

 アタシが事情を説明すると、送迎係の人は事務所に連絡してくれたようだったが、あいにく聞いている連絡先は顧客の自宅の番号だけでヘルパーの連絡先はわからなかった。しかし、事前の打ち合わせでキャビネットの上に置いてある封筒に料金を入れておくということになっていたらしいので、その封筒の中身を確認して出てくるようにとの指示を受けた。

 たしかに言われた通りの場所に封筒は置いてあり、中身を確認するとぴったりの金額が入れてあった。もちろん時間延長分や口内射精の追加料金分は含まれていない。

 で、これを受け取って帰れという指示だったが…… 果たして本当にこれでよいのだろうか…… 家の中に不用心に置かれている現金を持って出る。たしかに打ち合わせをしているのだから間違いないのだろうが、やはりこちらとしては罪悪感が残る。しかもお客さんが満足できたのかどうかもわからない。やはりヘルパーさんが帰ってくるまで待機しておいた方が良いのではないか。そう思ってそのまましばらくその場で待機していたが、送迎係から再度連絡が来て、

「おい、何やってんだよ。早く出てこい!」

 アタシが事情を話すと送迎係は、「そんなこと知ったこっちゃねーだろ! こっちだって次の仕事が控えてんだ! いつまでもそんなことしてられるか! さっさとでてこい!」と怒鳴られてしまった。仕方なしにその場は帰ることにして、翌日に改めてその顧客の自宅に電話をかけ、ヘルパーの人に確認を取った。あれでよかったのかと尋ねるアタシの心配をよそにヘルパーさんは「ものすごく喜んでいた。また次からもティナさんにお願いしたいと言っている」という言葉を聞いて安心した。

 しかし、事務所は激怒した。所属スタッフが勝手に顧客に連絡を取るということは事務所を通さずにサービスを実施して個人的に収益を得ることを疑われるとくぎを刺された。そして当然ながらそのお客さんの担当を外されることになった。たしかにその言い分はわかる。……が、このことがきっかけでアタシは事務所に対して不信感を抱き始めた。

 たしかにそのころ事務所はとても繁盛していた。伏見さんの宣伝のおかげもあり、そしてそれ以上に障害者の多いこの町で障害者専用デリヘルの需要は高かった。元々が後ろめたい企業であるにもかかわらず、障害者に性体験の機会を与えるこの企業に対し、社会は一種の慈善事業的な解釈を持つようになった。しかし、事実として一般客よりも高い料金を取っている企業のどこに慈善事業としての価値があるのかは理解できない。しかし世間の目は暖かい。今までひっそりと広告をしながらひっそりと営業していたにもかかわらず、盛大に堂々とした立派な広告看板が大通り沿いのビルに掲げられ、子供たちの行きかう路上で白昼堂々ビラを配布し、宣伝活動に力を入れ始めた。風俗営業の堂々たる宣伝に対し、さすがに警察も口を出したこともあったが、事務所は警察官に対し、障害者に対する迫害だと意味の解らないことを主張したが、世間の反応を恐れたのか警察もそれきり文句を言うことはなくなった。

世間の指示を受けながら事務所は次々に顧客を獲得し、所属している女性スタッフも大幅に増やしていた。しかし、それでもサービスの依頼は増え続け、事務所は障害者に対するケアの研修の不十分な女性スタッフを次々に現場に送り出すようになった。

そのことに対し事務所に対し、何度か進言したこともあったが、事務所は決まって「仕方がない」で通した。それどころか、そのことを見ていたほかの女性スタッフは〝ちょっと自分がケアの経験が豊富だからと言って自分の立場を守ろうと必死だ〟という陰口をたたかれるようになった。

いつのまにか事務所は慈善事業どころか、徹底した利益主義に向かっているようにも見えた。そしてさらに、「これなら女性専用のデリヘルサービスだって可能じゃないのか?」という声も出始めた。彼女たち障害者は国からの支援金ももらっているし、施設で仕事をもして、しっかりため込んでいる。にもかかわらずできるあそびなんて限られているし、そんな女を抱いてくれる男なんていないんだ。だからその金を有効に使わせるサービスが必要だ」と言っている。

たしかにこの町でならそんな事業もかのかもしれない。しかし、そんな事務所の中の会話に〝愛〟は微塵も感じられなかった。しかしながらこんなサービスでもそれを求める顧客は多くいる。それもまた事実だ。


 しばらくしてアタシはデリヘルの仕事から足を洗うことにした……



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