第25話 親が何と言おうと



しかしながら、すべての障害者の両親がデリヘルを呼ぶことに友好的だというわけではない。ある脳性まひ患者からサービスの依頼があった。事務所のヒトは少し困った表情で

「ティナちゃん、お願いできる?」

と言ってきた。その顧客は今まで別の娘が担当していて、その予約の当日もその娘はフリーのはずだった。

「なんでそのお客さん。○○さんに行かせないんですか?」

「いや…… 実はね……」事務所のヒトはバツの悪そうに説明してくれた。「前回ね、その娘がサービスに行ったとき、両親と鉢合わせしてしまって激しく怒られたのよ。事務所にも連絡があってもう二度と来るなって怒鳴られちゃったわ。」

「それなら、断った方がいいんじゃない?」

「それがね、そのお客さんはどうしても来てほしいって泣いて頼むのよ。その方だって二十六歳だし、親がどうのこうのいうのもおかしいとは思うんだけれどね、親がそこまで怒ってちゃあ話にならないし、事務所としてはせっかくの常連さんなわけだし、かといって○○ちゃんはもう面が割れているからもし、出くわしでもしたらもう、どうしようもないでしょ。だからティナちゃんには別の架空の会社の名刺を用意したから、万が一見つかった場合、その名刺を出してうちとは関係ないってことにしてほしいのよ。そのお客さんが勝手に別の会社のサービスを見つけて勝手に依頼したからうちの会社は関与していない。そういう条件でサービスに向かわせるってことにしたの。だからいい? くれぐれも両親には見つからないようにしてね」


 しっかりとくぎを刺されて現地に到着した。周りをしっかりと確認して、家に両親がいないかどうかを確かめる。駐車場に車はない。家をぐるりと一周周りから眺めてみるが、おそらく照明のついている部屋はひとつだけ。顧客以外は誰もいないと考えてよさそうだ。あたりに通行人や周りの家の窓からこちらの様子をうかがっている者がいないことを確認してドアチャイムを押す。

《デリヘルの方ですね。鍵は開いてます。どうぞ入ってください》

 あっけらかんと、堂々とした声が深夜の玄関口に響く。中に両親がいないことは確信が持てたが、深夜の静かな住宅街の玄関口のインターフォンから〝デリヘル〟という言葉が響き渡っていることに注意ができていないその顧客の不注意さは致命的だと言える。このことだけはあとでちゃんと注意しておかなければならないだろう。もしかするとデリヘルを呼んでいるという事実は近隣の住人も皆知っているのではないだろうか。いくら両親のいない時間を狙ったとしても後で近隣住人から事実を知らされてしまうかもしれない。

 中に入り、話を伺うと、今日は両親は泊まりで家には帰ってこないから大丈夫。と自信満々で言っていた。彼は脳性マヒで両手は完全に使えない。体をひねらせたり、足を少し動かしたりはできるが、歩いたり立ったりはさすがにできない。移動は電動の車いすを使うのだが、特に移動する必要もないので一日のほとんどはベットの上で過ごすらしい。それにしても…… 家の中全体としては清潔で、ちゃんと整理されている印象を受けたが、顧客の部屋に入るなり様子は一変した。八畳ほどの部屋には足の踏み場のないほどごみが散乱している。飲み終わったジュースのペットボトルや食べ物の入っていたであろう袋のカス。ベットの上から動けない彼(動かない)彼はごみが散乱すると寝る場所がなくなるのでその都度邪魔になったものはベットの上から床に落としているらしい。食事は両親が用意してくれていたらしく、皿の上にあったであろう食事はきれいに平らげているが、あたりは乱雑に散らかっていた。口の周りも汚れていて、おそらく手の使えない彼は皿の上に置かれていた料理を犬のように直接口で食べたのだろうと想像できた。果たして彼の両親は身の回りのケアをどれくらい考えながらしているのだろうか。食事を用意しても、こんな風に食べなければならないことに気付いていないのならば、普段から食事の用意をしてもそれを食べている時にそばにいない証拠だ。あるいはそれを知ってなお、身動きの取れない我が子を家畜同然に扱っているのだろうか。……いや、この考えはいくらなんでも。

 本心を言えばまず、あたりの掃除をしてきれいにしてからサービスを始めたいところだ。しかしそれはプレイの時間に含まれているわけだし、そもそも部屋がきれいに片付いていれば、両親が帰って来たとき、何者かが部屋に入っていたことが明白だ。体の自由がほとんど利かない重度の脳性マヒの患者が自分の力で部屋の片づけなんてできるはずがない。アタシはなくなくこのごみの散らかった部屋でのプレイを受け入れる覚悟をした。

まず、彼の口の周りを拭いて、サービスの準備をしながら彼のズボンを下ろすと下には使い捨ての紙おむつを装着していた。

「笑っちゃうだろ。両親は今日泊まりでいないからこれをはいておけっていうんだよ。最初は抵抗があったけど、慣れるとどうってことないさ」

 どうってことないとは言えない。彼の紙おむつはすでにおしっこを吸収してパンパンだ。このまま明日両親が帰ってくるまでそのままにしておくつもりなのかと思うと不憫でならない。続いてあたしも自分の衣服を脱ぎ、それらを置くところを考える。あたりはどこもゴミだらけで脱いだ衣服を置くのに適した場所はない。お気に入りの服だ。軽くたたんだ衣類は部屋の中で唯一の聖域と言える車いすのシートの上に置かせてもらった。

彼はとてもおしゃべりが好きな性格で、サービスが始まるまでの間も、サービスの途中も色々な話をしてくれた。初めて自慰行為を覚えたのは十三歳のときで、両手の使えない彼は芋虫のように体をくねらせながら下腹部を床にこすり付けながらしていた。その後パンツの中はぐちゃぐちゃだったが、そのままどうにか乾くのを待っていたという赤裸々な話までしてくれた。

アタシのことをとても気に入ってくれて、前回見つかった時はショックだったけど、おかげでもっと美人で上手なアタシに巡り会えてラッキーだったと言ってくれた。

プレイが終了し、いざ、服を着せようとした時に戸惑った。今からまた、このおしっこでパンパンな紙おむつを装着しなければならないのだという事実だ。どう考えたって脳性マヒで体の自由のほとんど利かないヒトが一人で新しい紙おむつに履き替えることなんて到底できるわけがない。戸惑っているアタシの心境を察したのか、彼は言った。

「だいじょうぶだよ。僕はそんなの慣れているから、そんなことより後でデリヘルがばれてまたティナちゃんに会えなくなることの方がよっぽどつらい」

 その言葉を聞いて、泣く泣くその紙おむつをつけることを決心したアタシは重く湿ったその紙おむつを……ばりっ!

 無理にはかせようと力を込めすぎたせいか、紙おむつの接着テープ部分がはがれてしまった。紙おむつの粘着テープは一度はがすともうニ度とくっつかない。これではやはりこのままはかせても後で不自然になる…… いっそのこと新しいものに取り換えた方が…… いや、毎日彼の紙おむつを交換しているのは母親で間違いないだろう。今、新しいのに取り替えて古い紙おむつを持ち帰ったとして、母親は紙おむつの在庫が一つ減っているのに気付くかもしれない…… ならばいっそのこと……

「ティナちゃん。そんなに考え込まなくても大丈夫だよ。そのまま無理やりはかせてくれれば問題ない。どうせ僕の親なんかそんな小さな事気になんかしてないよ。僕なんか両親にとってお荷物でしかない。どうせそんなこと気にしてないんだから。それにもしなにかあってもティナちゃんに迷惑は掛からないようにするから安心して。」

 そう言ってくれるのはうれしいが、やはりこちらにもプロとしての意地がある。だから……


「もしもし…… ちょっとお願いがあるんだけど……」


 アタシは近所で待機している送迎係に連絡を入れて彼が使っているものと同じ紙おむつを買ってきてもらった。送迎係の人は「こんな仕事は本来の仕事ではない」とぶちぶちと文句を言い続けていたがあえてそれは無視して、買ってきた紙おむつを顧客に装着させた。古い方は自分で持ち帰り後で処分することに…… これで一応は片が付くのだけれど、これだけは彼に言っておく。


「あなたのご両親は決してあなたのことをお荷物だなんて思ってはいないと思うわよ。たしかに障害を持った子を育てていくのは大変かもしれないけれど、それでもきっとあなたのことを心配しているからこそ、デリヘルを呼んでいたことに怒りもしたのよ。アタシはそのどちらが正しいのかなんてわかりはしないけれど、それでも我が子を愛していない親なんていないと思うわ。月並みな言葉だけど、だからこそそれが嘘偽りのない真実だと思う」


 障害の子を育てる親は大変で、子の気持ちをうまく理解してくれない親というのも大変だ。大切なのはしっかりと向き合って話し合うことなのかもしれない。性の問題を親と向き合って話すことは大変かもしれないけれど、それでもきっと必要なことだと思う。

 


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