第24話 親には秘密で



また、ある顧客は年齢は二十歳。バイクで事故を起し、半身が不随になってほとんど寝たきりの患者。自宅で家族と共に暮らしているが、「家族には秘密にしてほしいのでそっと入ってきてほしい」との依頼だった。顧客の話によると両親は毎日十一時には二階に上がって就寝するのでその時間であればバレることはないとのことだった。サービス初日、言われた通りに深夜十二時ちょうどにうかがった。深夜の住宅街で他人の家の裏口へとまわり込む姿はどこからどう見ても怪しい。もし、近所の誰かにでも目撃されて通報でもされたらいったいどうやって弁明してよいものか…… ましてや警察が様子を見に来たときにプレイの最中だった場合、その時にどう対処すればいいのかを頭の中でシュミレーションしながら裏口から侵入する。家の裏口は玄関わきの猫走りを通り抜けて行ける。裏口の周りは物置状態になっていて、歩行スペースは狭く、歩いて裏口に廻るのも困難なくらいだった。おそらく顧客の使っていたものであろう四〇〇㏄のバイクが事故に遭ったその時のまま、完全に壊れていると言っていい状態でおかれてある。本人が持ち帰ってほしいと頼んだのかどうかはわからない。が、少なくとも誇りと油をかぶったそのバイクのせいで通路が狭く、おかげでその時着ていた白いワンピースにうろい油染みをつくる結果となってしまった。

裏口を入るとそこはキッチンになっており、併設されているダイニングのすぐ隣に明かりのついた部屋がある。顧客の部屋はそこで間違いない。部屋の中はこじんまりとしているがきれいに整頓されている。大きな箪笥や棚があり、おそらく以前は納戸として使っていた場所だろうが、顧客のけがに伴い、急きょケアのしやすいこの場所を新しい部屋にしたんだろうと想像がついた。

顧客は到着するなり早くしてくれと言わんばかりにまくし立ててくる。彼の下半身はそのときすでにギンギンで軽く手を使っただけであっという間に射精してしまった。その時は会社のサービスも始めたばかりだし、特別懇意な客でなければ本番の交渉はしない。サービス時間は90分で、その間、最初の手コキ一回と口で二回、合計三回の射精をした。

無理もない。彼も多感な二十歳という年頃、事故に会う前はほとんど毎日のように性行為にふけっていた事だろう。にもかかわらず突然体が動かなくなり、自分の力では自慰さえ行えなくなった。おそらく念願のデリヘルサービス、たまりにたまったものを吐き出すのは三回くらいでは足りなかったくらいかもしれない。サービスを終えてまた裏口からそっと帰ったのだが、どうやら気に入ってくれたらしい。彼はその後も何度か利用してくれた。

本人には言っていないのだが、完全に両親にはバレている。何度目かうかがった時には裏口はきれいに整頓されており、とても通りやすくなっていた。ほとんどの荷物は取り払われ、壊れたバイクだけはそのまま、隅の方に鎮座している。おそらくここに置かれていても、修理されることもなければ乗ってもらうことだってあり得ないだろう。それでも捨てるに捨てられない気持ちはわからなくもない。ある日にうかがった時、予定通り深夜十二時に到着した時には二階の照明はついていた。カーテンから両親らしき人物がそっとこちらの様子をうかがい、慌てて二階の照明を消した。その日は両親が下りてくるのではないかとドキドキしていたが無事、何事もなかったようにサービスは終了した。またある時などは裏口にまわって勝手口のドアを開けようとした時、何と鍵がかかっていたことがあった。さて、まさか玄関にまわってドアチャイムを押し、裏口の鍵を開けてくれというわけにもいかない。携帯で連絡を入れたところで半身不随の彼がまさか歩いて裏口の鍵を開けてくれるわけもない。

しばらく考えた末、諦めて帰ることにしようと思った頃、二階からものすごい勢いで誰か人が下りてくる足音が聞こえた。そしてその足音はまっすぐに裏口の内側へ…… 勝手口のドア一枚隔てた向こう側で内側からサムターンをまわすかちゃりという音、ヤバいと思ってももう遅い、狭い住宅街の裏口で、急いで逃げるところも隠れるところもない。もうだめかと思った時、内側から鍵を開けた人物はまた急いで二階へと駆け上がっていく足音…… 確信した。

初めから両親はデリヘルサービスを呼んでいることに気付いていながら、わざと気づいていないふりをし続けてくれていたのだ。

その日も何事もなかったようにサービスを終了し、帰る時によほど彼に両親の気遣いのことを話してやろうかと思った。両親がいかに自分のことを気遣って、陰ながら支えてくれる気の利いた人物なのかを教えてやりたいと思った。しかしそれはやはり無粋なことなのだろう。きっと両親にばれているとわかれば彼はデリヘルを呼ぶのをやめてしまう。おそらくそれはアタシの事務所にとっても、彼にとっても、またその両親にとっても望まない結末だ。この両親の思いやりはアタシの心の中だけにとどめておくことにした。



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