第14話 ボランティアメンバー

 向井千代丸(むかいちよまる)。

女っぽい名前だが、れっきとした男。色気のある話を全く聞かず、一時はゲイではないかといううわさが流れたが、「オレだってモテたいけど、モテないだけだ! オレだっていつまでも童貞なんて嫌なんだよ!」という身を削った発言でどうにか彼の威厳は保たれた(?)

 

当時大学四年生だったが内定一つもらえず窮地に追いやられていたが、諦めかけていたころにようやく一つの内定がもらえた。どうやら企業に提出していた資料に伏見さんのボランティア活動についての記録を添えており、それが人事部の目に留まったことが原因だったとか。

「それやったらお前、就職決まったのボクのおかげみたいなもんやないか。なんかお礼してくれてもええんとちゃう?」

「オレの童貞だったら差し上げますよ。」

「アホか! ボクはうしろは処女のままで死ぬつもりや!」  

肩の荷が下りて落ち着いたのか、そんな冗談でやりあっていたが到底笑えなかった。

 内定の決まった向井さんは特に受けるべき講義もなく、ほとんど毎日のように伏見さんのボラに参加していた。

「オレ、就職しても土、日くらいだったらボラに参加できますよ。気軽に声かけてください。」

 などとよく言っていたが、さすがにそこまでは頼めないなと思っていた。伏見さんは、

「そんなん言いながら、ボクに会いたいだけちゃうか。そんなんされても君の童貞は受け取る気にはならんで!」 と、相変わらずふざけたことを言っていた。

 そんな向井さんに何故、ボランティアを始めようと思ったのかを聞いたことがある。


「オレ、実は昔事故に遭ったことがあるんだよ。その時一時的ではあるけれど体の右半分が動かなくなった。リハビリを繰り返してどうにか何不自由なく過ごせるようになったけど、もし、あのまま動かないままだったならと考えるとぞっとするよ。それにリハビリに付き合ってくれたいろんな人にもどうにか恩返しをしたいと思っていたんだ。その事をヘルパーさんに言ったら、『恩を返すならわたし達ではなく、助けを必要としている人へ』と言われた。受けた恩は返すのではなく次に送ることが大事なんだと教えられた。その事がきっかけかな。」

 そして、話をきれいにまとめ、なんとなくセンチメンタルな気分になったのか、窓の外の遠くを見つめる向井さんの話を横で聞いていた伏見さんがそんな空気をぶち壊すようにちゃちゃを入れた。

「なあ、知ってるか明歩ちゃん。こいつな、その事故して体半分が動かなくなるかもしれないって話を医者に言われた時、真っ先になにしたと思う?」

「え……」

「あんな、動く方の左手ですぐさまちんこを掴んでそれを体の左側に寄せたんやって……」

「ちょ、ちょっとその話は……」

 向井さんは耳を赤くして慌てふためいていた。決してわたしと目を合わせようとはしない。そんな向井さんが少しだけかわいいと思った。しかし、伏見さんはさらに追い打ちをかける。

「そこまでして大切に守ったにもかかわらず、未だに何のお役にも立ってへんのやで! 偉い気の毒な話やろ!」

しかしながらも、童貞がどうのというくだりは別にしても、向井さんが伏見さんのことを好きだということは間違いなかった。四年間の大学生活という大切な時間のほとんどを伏見さんのボラに費やしていた向井さんは誰よりも努力家で心が優しい人だった。なぜ、こんな素晴らしい人に恋人ができないのか不思議でたまらないくらいだが、こうして毎日を伏見さんにつきっきりで過ごしていれば出会いがないのも当然。そんな向井さんのためにもどうにか早く新しいボラを見つけたいと思っていた。


 白岩ひとみ。

 専業主婦で小学生の男の子の子供がいる。少し歳の離れた旦那さんとは大学生時代に知り合ったそうだ。旦那さんはいわゆるエリートサラリーマンで、毎日遅くまで残業をしている。

大学を卒業とともに結婚して主婦になった白岩さんは社会に出て仕事をしたことがない。子供が手を離れ仕事をしたいと思ったが、今更自分に何ができるのかもわからず、また、働いた経験もない彼女は自分自身に激しく自信が持てなかった。そんな引け目から一時は自宅でうつ状態になったこともあり、また、そのことがきっかけで夫婦仲も険悪になった。

そんな時に、「お金をもらわないのなら」という安易な気持ちで始めたボランティアだったが、そのおかげで自分が社会の中で役に立っている。貢献していると感じることができ、うつ状態を引き起こすこともなくなったという。それ以来いくつもの患者を掛け持ちしながら現在は介護福祉士の資格も取得した。定期的に巡回してくるプロのヘルパーさんを除いたボランティアの中では彼女が実質的には一番のベテランで皆のリーダー役だった。旦那さんとの仲も回復し、「主人のアレがまだちゃんと勃つうちに次の子を。」とは言っているものの、このところ伏見さんのボラがハードすぎて家に帰るとダウンしてしまい、なかなかそういうわけにもいかない。それどころかもし、今妊娠でもして白岩さんにボラを抜けられでもしたらそれこそどうやって回していいかわからない。


吉澤奈緒。

 わたしの大学の先輩で幼馴染……らしい。ちゃんと憶えてはいないのだけれど。

 向井さんと白岩さんが昼を担当していて、残るボランティアはわたしと崇さんと奈緒の三人。この三人で夜間を担当しなければならないのだが、わたしはまだまだ新米で皆からの信頼もなく、夜間ひとりで伏見さんの世話をすることはない。

 ある理由もあって、崇さんが夕方から深夜にかけて担当し、わたしが深夜から崇さんと合流して過ごす。深夜に奈緒がやってくると入れ違いで崇さんが帰り、わたしと奈緒とで引き受ける。メンバーが少ないものだから休日もなくほとんど毎日のように繰り返している。おかげで奈緒は恋人である崇さんと一緒にいる時間もなければろくに話もしていない。この状況を打破するためには少しでも早く自分ができるようになって、一人で伏見さんのケアをできるようになるしかない。とそう考えていた。

 そんなこともあり、わたしは積極的に仕事を覚えるために努力した。さすがに不死鳥と呼ばれる伏見さんも深夜はよく眠っていることが多いので、教えてもらうとなれば伏見さんが起きている間。つまり、崇さんに教えてもらうことが中心になる。なるべく早くに覚えられるよう、積極的に質問をし、わからない事や疑問などをメールでやりとりをしているうちに、〝あまりに崇さんとの仲が近すぎる〟と、奈緒から冷ややかな目で見られるようになった。

 しかもそのころ、わたしとしても親身に教えてくれる崇さんに対し、わずかながら好意を抱くようにもなっていた。このままではいけない。と思いながらも、積極的に仕事を覚えようとすればするほどに崇さんとの距離は近くなり、それにつれてわたしの心も近くなる。

 いろいろなことがうまく回らなくなってきた。もう、みんながいっぱいいっぱいになってき

ていた。


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