第13話 苦悩するボランティア




苦悩するボランティアたち


 

そのころ先輩のボランティアが一人、痴情のもつれで辞めてしまった。元々がギリギリの人数でやっていたため、残されたメンバーは交代しながらかなりの無理をして伏見さんに付き添っていた。日が経つにつれてだんだんと皆の疲労はたまっていき、このままではいつ、だれが止めると言い出してもおかしくないと思い始めた頃。伏見さんは相変わらず呑気な素振りでテレビばかり見ている。テレビで行われている東京パラリンピックでは日本人選手が大活躍をしている。伏見さんはそれを見ながら興奮しているが、ぼそりと小言を言う。

「なあ、パラリンピックのルールって特殊やと思わん? 障害者がプレーできるように各種目によっていろんな特別ルールがつくられてるやん! 車いすがOKやったり、義手や義足がOKやったりするやろ。たとえばその義手ひとつとってもいろんな研究開発される中、ここまでなら使ってOKとか、結構細かいルールが決められてるみたいなんや。それやるんや鱈普通の種目かて細かい部分決めて行けば何もパラリンピックみたいにわけんでも、義手もここまでなら使ってOKのルールで普通の選手とおんなじように参加させたらええのにな。」

 わからないでもないが、今はそんな話の相手をしている余裕なんてなかった。みんな伏見さんのためにあくせくしながら毎日を過ごしている。また、背中が少しだけ疼く……

 いつのころからか、わたしの背中には消えない痣がある。いつできたのかはよく覚えていないが、とにかく何かに腹をたてた時、その背中の痣が少しだけ疼くことがある。



「よっしゃ、ほんなら新しいボラ募集にでも出かけるかー。」

 と伏見さんは言いだした。当然その準備をさせられるのはこっちで、ただでさえ負担が大きいにもかかわらずさらにビラ作りなどで余計な時間を割かねばならず、今にも寝を上げてしまいそうだった。たぶん崇さんが隣で励まし続けてくれなかったら、崇さんに迷惑がかからないんだとしたらまずわたしがボラをやめると言い出していたかもしれない。


 牛蒡のように痩せ細った伏見さんを車いすに乗せ、一歩屋外に出ると通行人はまるで水族館の得体のしれない深海生物を見るような目つきでこちらを見やる。もちろんこちらとしてもそれが目的で、そのような同情の視線を集めることでひとりでも多くのボランティアを集めたいのだ。そんな中伏見さんは、

「ほらな、ボクは一歩町へ出たら人気者やで、みんなボクのこと見たらかわいそうやかわいそうやって同情してくれる。ホンマこんな体に生まれてラッキーやったわー。ほら、ボクからしてみたらあそこにいてるあの嬢ちゃん。あの子かてあんなに太っとたらミニスカートはけんやろ。はいたらはいたで犯罪や! まあ、かわいそうなもんやで、障害者年金少しくらいはもらえるようにボクが講演会で進言してあげた方がええかな? まあ、言うたら世の中の人間なんてみんななにがしかの障害者みたいなもんや。それなのに認定障害者とかなんとかその線引きいい加減すぎちゃうかー」

 などとのんきな冗談を言ってくる。たしかに伏見さんのような筋ジストロフィー患者は見た目でわかりやすい障害者で同情も集めやすいし、できることとできないことが他人の目から見ても解りやすい。おかげで認定障害者という色々とラッキーな立場を主張できる。

 たとえば背が低いと言うだけでかなりの種類のスポーツ選手になることをあきらめなければならないこともあるだろうし、ある特定の性格の都合上できない仕事の種類だってあるものだ。そんなことを言い出せばほとんどの人間が選べる仕事を限定されることになる。偽善者たちはそれを〝努力さえすれば補えるもの〟などと区別したがるかもしれないが、認定障害者にしても『努力さえすれば』を言い出せば大概どんな仕事だって選べなくもない。現に伏見一輝という人物はそんなことなどものともせずに普通にあきらめてしまいそうなことを〝できる〟と主張して歩き回っているほどだ。考えようによれば確かに認定障害者はラッキーだと言えないことはない。

だがしかし、街に出れば障害者は注目こそ浴びるものの、こちらから微笑みかけると相手は決まって気まずそうに目を反らす。いくら注目を浴びたところでそう簡単にボランティアを集めることは容易ではない。ましてや障害者の施設の多いこの町ではたかだか障害者くらいではボランティアを簡単に集められるほど甘くはない。


一日あちこちで伏見一輝という〝珍生物〟を見世物にしながら歩き回ったにもかかわらずこれといった成果は得られなかった。

「なんや、この町ではボクはもう、そんなに興味を惹く生き物でもなくなって来たかなー。そろそろ引越しせんといかんのかなー。」

 などと弱気な発言が混じり始めた。たしかにこれまで伏見一輝はその町々で馴れられ、飽きられ始めたらまた新しい土地に転居し、そこを拠点に公演をして回ってきたのだった。だがそれは今よりももっと体の自由がきいていたころの出来事で、病状が悪化している現状で引っ越しをして新たな新天地で新たにボランティアを集めて活動を再開することができるほど伏見一輝の体は健康体だとは言い難い。たぶん本人だってそのくらいのことはわかっているだろう。

 何度か繰り返し行われたボランティア募集作戦も空振りで終る毎日を繰り返し、誰もが音を上げはじめていた。


 繰り返されるボランティア募集活動にもかかわらずなかなか成果が得られない毎日にみんな心身ともに疲れ切っていた。今まではわずかながら動いていた手もいよいよ動かなくなり、車いすから寝たきりのままで移動できるストレッチャーに替わった。肺の力も弱くなり、自力の呼吸の困難になった伏見さんはストレッチャー下に設置された酸素のタンクをチューブで枕下まで引っ張り、呼吸の補助を受けるようになった。

 自力で呼吸のできなくなった患者は最終手段として首から下を丸ごと機械の中に入れ、その圧力で呼吸をする、通称〝鉄の肺〟を使うことになる場合もある。

「あれだけはつかいたないなあ。なんや体を真っ二つにする手品の道具みたいや。」

 伏見さんはそういうが、あれに入ってくれればボランティアの手は随分楽になる。もうみんな、結構限界に近かった。

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