第8話 伏見の恋人と革命1
伏見の恋人と革命
母親を失った伏見は仕方なく施設に入ることを決心した。日増しに悪化していく未成年の筋ジストロフィー患者が自宅で一人暮らしをするなんて当然不可能としか思えない。
学校。という名のつけられたその施設は全寮制で、場所は市街地から遠く離れた山の奥にある。閑静な自然に囲まれた場所と言えば聞こえはいいが、要するに一般人の社会から隔離するための施設だともいえる。現にその施設の敷地をぐるりと囲むように高い金網のフェンスで囲まれているうえ、フェンスの上には御丁寧に有刺鉄線まで貼られている。このフェンスを見て、監獄だと思わない人がどこに居るだろうか。そして彼ら障害者がそのフェンスをどうにか乗り越え、自由な世界へ羽ばたいたとしても、市街地まではかなりの距離の山道を歩かなければならないだろう。それは生涯を抱えた人間では尚更困難なたくらみであり、誰もがそのフェンスを乗り越えることの無意味さを感じるだろう。その意味で言えばそのフェンスの高さは充分な効果を得られるだけのものだと言える。
このフェンスについて、施設の職員に言及すれば、間違いなくこう答えるだろう。
「そのフェンスの高さは患者たちを閉じ込めるためのものではなく、外からの侵入者から患者たちを守るためのものだ」
では、一体どこの誰がこんな山奥の施設に新入しようと試みるというのだ。それにそのフェンスの存在自体が施設内の者にとって大きな障壁だと感じていること自体は変わりのない事実だ。
施設内では様々な症状の患者が全部いっしょくたにまとめられて簡単な教育や、仕事を請け負っていた。知能障害の患者と一緒に受ける授業はあまりにも簡単すぎてつまらないし、給料を得る為の実務的トレーニングだって、今はこなせるが、日々悪化していく筋ジストロフィー患者にとって、それがいつまでできるかもわからず、なんのためのトレーニングかもわからない。毎日が退屈で生きることに希望が持てないと嘆いていたころ、伏見にとって衝撃的な体験が起きた。
伏見達のいる施設ではそれぞれ別の障害を持つものが六人で一つの部屋を使っている。ある程度年齢は似たり寄ったりでまとめられてはいるが、それは同時に伏見達の部屋には多感な思春期の男が六人、薄いカーテンで仕切られただけの場所で暮らしているのである。彼ら思春期の男子たちにとってプライベートの空間がいかに必要とされるか、それは想像にたやすい事であろう。当時、比較的に自由に行動ができた伏見はともかく、障害が重度で自由に歩き回れないものや手が上手く使えないものなどにとってはそこは監獄のような場所である。
ある深夜、プライベートな場所を求める伏見は深夜部屋を抜け出しトイレへ向かっていた。誰もいない深夜の廊下に蟋蟀の鳴き声と、古くなってきた伏見の車いすの軋む音だけが響いていた。
その時、廊下の反対側からこちらに向かてやってくる電動の車いすの女性があった。伏見のものとは対照的に最新型の電動車いすは深夜の廊下に音ひとつ立てず忍び寄るかのようにこちらに向かってきた。施設内で何度か会話を交わしたこともあり知らない相手でもない。彼女は伏見より二つ年上で脳性まひの患者。名前を間由愛(はざまゆあ)という。両手がもうまるで動かない。もうずっと使っていない両手は不自然に小さく骨と皮だけの貧相なもので、それぞれの関節を曲げて両脇に小さく収納されるように縮こまっている。その姿は一度だけクリスマスに食べたことのある丸焼きのチキンを連想させる。彼女は両手が使えないため、彼女の操る電動の車いすは首の動きに連動して操作ができる。
いつものようにそれぞれが左わきによりすれ違う……ハズだったが、その日彼女は右へとよけた。二人はお互いに正面でぶつかりそうになり互いに車椅子を止めた。伏見が急いで車椅子の向きを変えようとした時、由愛はあたりをきょろきょろと見回しながら「ねえ、ちょっとまって」といった。
言うやいなや由愛は車いすに座ったまま、右の足で左のスニーカーを脱がせると、今度は左の足で右足のスニーカーを脱がせる。そのまま右足の靴下まで脱がせると、あらわになった美しく長い素足をそのまままっすぐと伏見に向けた。初めて間近で見る若い女性の足指の先に伏見は激しい興奮を覚えた。その下半身に血流がたぎるのを感じ、そのまま大きく、堅くなって、ズボンの中で窮屈を感じ始めた。
「あら、かわいそう。」そう言った由愛は首を傾け、車いすを前進させた。二人の車いすは正面で軽くぶつかり、カツン! という金属音が静まり返った深夜の廊下に響き渡った。
由愛の足の指先は伏見の目の前で求愛する蛇のようになまめかしくひねった。そしてそのまままっすぐと下の方におろされる。「もうこんなになってる。今、助けてあげるから。」そう言って由愛の足指の先は器用にズボンのジッパーをつまみ、するりとおろした。そのままなされるがままに彼女に従う伏見はその下腹部で彼女の足裏の感触を味わった。それまでほとんど性体験のなかった伏見が果てるまでにそう時間はかからなかった。
その日、伏見は人生で初めて生きる喜びを味わったのかもしれない。
それからというもの、伏見は人気の少ない時間、早朝や深夜に施設内をうろつくようになった。理由は語るまでもない。
「あら、いけない子。こんな夜中に出歩いたりなんかして。それともだれか探しているのかしら。」
音の静かな電動車いすがいつの間にかすぐ後ろまで忍び寄っていた。冷たく妖艶な声をふいにかけられた伏見は背筋に蛇の這うような感触を覚え、全身が粟だった。車いすを180度回転させ、伏見と由愛は向かい合った。由愛はいつも化粧こそしていないが、それでも十分に妖艶で美しいと言えた。彼女は無言のまま両足のスニーカーを脱ぎ、右足のソックスを脱いだ。素足になった右足を車いすに膝だてた。膝にかけていたストールが冷たい廊下にはらりと落ち、短いスカートの隙間から下着が見えそうで見えない。障害者の施設内の女性で、わざわざスカートをはく女性はほとんどいない。由愛にしても日中見かける時にスカートをはいていることなんて一度も見たことがない。それをわざわざこんな深夜に丈の短いスカートをはいて施設内をうろつくのはやはり不自然で、つまり彼女はこうして夜な夜な徘徊しながら獲物を探し回っているのだろう。
「ねえ、君。……してほしいんでしょう?」
コクリ、伏見は無言のままうなずいた。
「あら、残念。前回はちょっとしたサービスよ。そう何度も何度もただでしてもらえるなんて考えないでよ。いい? してもらったらやり返す…… 恩返しよ。その…… わかるでしょ。」
コクリ。伏見は黙ってうなずいた。生唾を呑みこみ、車いすを前進させ、すれ違うように由愛の真横に並んだ。静かに見つめあい、伏見は由愛に顔を近づけた。あともう少しで唇と唇が触れ合いそうになったところで由愛は顔を右へと反らした。それに連動して彼女の車いすが伏見から遠ざかる。
「え……」
裏切られたと感じた伏見はショックを隠し切れなかった。少ししてもう一度伏見と向かった由愛は刹那なまなざしで伏見を見つめた。
「ちがう…… ちがうのよ。いやとかそんなじゃないの…… そ、その…… ごめんなさいね。アタシみたいな脳性まひ患者はね、緊張で筋肉が収縮すると体が変に沿ってしまうだけなの…… ねえ、おねがい。こんどは逃げてしまわないように顔を抑えていてくれる?」
コクリ。伏見は黙って頷き、両腕で由愛の頭部を抱え込むように抱きしめ、口づけを交わした。初めは軽く、次に強く、そして深く、何度も何度も繰り返し口づけを交わし、伏見はその手を彼女の下着に中へと滑らせた。その時すでに彼女は驚くほどに濡れていた。
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