◇6「追走」

 僕は頭を押さえて起き上がる。

 うーん、と回る世界に合わせて頭を振っていると運転席の下から京香の声がした。

「もう少しでエンジンかかるから、もうちょっと待って!」

 少し気持ち悪くなって口を押さえながら見ると、京香がエンジンキーの辺りを壊してイグニッション配線を繋ごうとしていた。

「おのれ! 貴様ら!」

 声の方を見上げると、フェンスの向こうでリオンが本を開いていた。また何か出す気か?

 ひょんと空気を裂く音が鳴るとリオンの手から本が離れた。

「わっ!」

 フェンス越しに飛んだ矢が、リオンの持つ本を弾き飛ばしたんだ。矢には矢尻ではなく、札が撒き付けられている。

 本は大きく宙を舞ってジープの座席に落ちた。

「オレの本だぞ!」

「買い戻したよ。ウチは古本屋だからね」

 リオンの言葉にフィオはしれっと答える。本とフィオを奪取。後は逃げるだけだ。

「京香さん! まだ!?」

 二座席タイプで後ろは直ぐ荷台なので、もたもたと荷台に乗り込む。

「もう少し! 映画じゃこれで掛かってたのに……」

 まだ手こずっているようだ。

 夜天を獣の咆哮が轟(とどろ)く。見上げると神王がフェンスをメキメキと押し潰していた。フィオがメアリ・グリードになったから、縫い止めていた槍が消えたのか。

 神王は咆哮を終えると真っ直ぐにこちらを見据える。そのまま斜面を駆け下りて襲う気だ。フィオが戦うにしてもジープを壊されてはマズイ。

 どうすれば? と考えていると視界の横から火の手が上がり、火を噴いた物が神王に向かって飛んでいった。

 飛んでいった金属の塊は重い音を立てて手負いの獣にぶち当たり、炎を上げて炸裂。神王はゆっくりと倒れた。

 隣を見るとフィオが黒光りする鉄の筒を構えていた。

 これはRPG-7。ゲームやアニメでもよく登場する、いわゆるロケットランチャー。でもRPG-7は厳密にはグレネードランチャーに分類されるんだ。RPGのGはグレネードのG。映画なんかではヘリを撃ち落したりする事もあるけど、これは対戦車ランチャーで、誘導性能は無い。だから実際には飛んでる物に当てるなんて至難の技だ。

 なんて作家流のウンチクを考えている場合じゃない……。

「そんなキャラあったっけ?」

「ううん、そこにあったよ」

 ガランと無用になった砲筒を地面に投げ捨てる。元々このジープの荷台に積んであったようだ。

「お姉さん。わたしが代わるよ」

 フィオが運転席に滑り込むと、いとも簡単にエンジンを掛け、ギアを操作する。

「鮮やかね……」

 呆れたように感心する京香に、

「昔よく車盗んでは売ってたからね」

 詐欺師か……。もちろん、それは小説の中の話で、実際にフィオは盗みなんてしないよ。

 フィオが車を発進させると、振り落とされないよう僕達はシートに掴まる。アクセルに足を伸ばすと前が見えないんじゃ……、と精一杯首を伸ばして前方を確認するフィオ見る。

 城跡の敷地を出る頃、二台の黒いバンが後を追って来た。リオンが無線で呼んだのか。

 相手はかなり乱暴な運転で後を追ってくる。人通りはないものの。駐車中の車や看板などお構い無しにぶつけて追ってくる。

「逃げ切れる?」

「パトカー相手ならね。でもあいつら、ルールなんて気にしない。ちょっと無理かも。なんとか追っ払って!」

 そんな無茶な。

「京香さんと運転代わった方が……」

「ダメ! あたし二輪しか持ってない」

 たはは……、と乾いた笑いを漏らしながら、どうしたものかと布の被せられた荷台を見る。ここにRPGがあったんだ、と布をめくると京香が怪訝な声を出す。

「何これ?」

「AK-47。……マシンガン」

「詳しいわね」

 作家志望だからね。でも撃った事なんてない。それが二丁ある。

「いい物あるじゃん。ソイツで蹴散らしてよ」

 運転しながらフィオが簡単に言う。それにしてもあいつら何をやらかすつもりだったんだ? と安全装置を外す。

 資料用にと触ったモデルガンと同じだ。

「よーし、いっちょやるか」

 京香も一丁手に取り、僕の操作を真似ながら安全装置を外す。

 彼女は荷台に伏せるようにして銃を構え、狙いを定めて引き金を引いた。

 激しい銃声と閃光。

 追っ手のバンの前面に串で突いたような穴が開く。フロントガラスも割れ、タイヤが大きな破裂音を立てた。

 バンはハンドルを大きく切ったようにバランスを崩し、道を逸れて建物に接触。しばらく火花を散らしてから止まった。

 鳴り響くクラクションの音が遠ざかっていくのを聞きながら、銃口から煙を流しているAKを持った京香を見る。なんて大胆な人だ。

「あーびっくりしたー。ホントに弾が出るんだもん」

 なんだよそれ。でも、もう一台いるんだ。

「あれ? もう壊れたよ?」

「弾切れだよ。三十発撃ったでしょ?」

「三十発!? 映画じゃもっと撃ちまくってるじゃない」

 それは映画だからね、と僕の持っていたAKを渡し、代わりに弾切れになった方を受け取る。

 他に武器は積んでないようだ。予備の弾装が二つだけか、と弾装を入れ替える。走っている車の上で、初めてな事もあってうまくいかない。

「きゃっ!」

 軽い銃声に京香が身を竦める。向こうも拳銃を撃ってきたようだ。タイヤに当てられるとマズイ。

「京香さん! いっぺんに撃たずに少しずつ撃って!」

 京香は言われたように撃ち返すが、相手の反撃にすっかり臆してしまってあさっての方向だ。

 荷台に身を伏せながら弾装を入れ替えるのは思ったよりも難しい。

「うわっ!」

 突然の急カーブ。弾装を車の外に落としてしまった。残りは一個。

「ちょ、ちょっとマジ!?」

 京香の震える声に「そんなに怒らなくても……」と思ったが、京香の視線は後方に向けられている。

 その視線の先を見るため、僕も荷台から顔を出し、そして絶句した。

 後ろから追って来る黒いバン。そしてその後ろを追って来る巨大な獣。

「神王!?」

 まだ生きていたのか。凄い勢いで追って来る。そしてバンに後ろから追突し、バンが蛇行する。

 そのままバンを踏み潰すようにして越えてきた。ペシャンコにはなってないから、乗っていた人達は無事だろう。だがこっちは無事じゃない。

 ほとんど目の前に迫ってくる人外ならぬ獣外の姿は、想像以上に恐ろしい。

「こ、来ないでよ!」

 京香が迎え撃つが、神王は少し驚いたように距離をあけただけだ。

 体制を立て直すと、神王は再び迫ってくる。

「ダメだ! もっとスピード上げて!」

「無理だよ! 直線じゃないんだから」

 大通りではないので、道は必ずしも真っ直ぐではない。路肩に車もたくさん停まっている。ヘタに速度を出して運転を誤っては返って危険だ。

 神王は近づいては銃弾で押し返され、を繰り返している。このままでは直ぐに弾切れだ。

「くそっ! 無くなった!」

 京香がAKを放り出す。

 僕は装弾の済んだAKを差し出した。

「またあたし? 少年の方がゲームとかで慣れてるでしょ」

「でも、このAKは反動が大きいから体重がある方が安定して撃ちやす……わあ! ごめんなさい! こっち向けないで!」

 京香は神王に向かって発砲し、少し距離をあける。

「よーし、じゃあこれでどうだ?」

 京香は路肩に停めてある車に向けて発砲。燃料タンクを狙っているのか。だが、給油口周辺に弾痕は残るものの、爆発するなんて事は無い。

「どうなってんのよ! ガソリン入ってないんじゃないの!?」

「京香さん、それも映画だから。弾は当たっただけじゃ簡単には火花散らないし、ガソリンってのは気化したものが爆発するんだ」

 フィオが撃てば爆発するかもしれないけど……。

「あーん、もう!」

 まったく、無関係の車をキズつけて……。もっとも神王の走った後は、車も道路もメチャメチャだけど……。

「掴まって!!」

 フィオの声に、はっとする間もなく体が浮く。

「きゃっ!」

 京香の悲鳴と共に元々暗かった辺りが更に暗くなった。地下鉄!? いや、地下連絡通路か。

 入り口につっかえて、悔しげに雄叫び上げる神王が遠くなっていく。

 激しく車体が揺れ、壁との接触点に火花が散る。

 ガリガリと壁を擦りながらもジープは登り階段へ。そのまま外へ出た。

「撒いた?」

「大丈夫。いないみたい」

 フィオは道幅の狭い道路にジープを突っ込ませ、通りに出た所で止まる。

 しゅ~、とジープから煙が噴いているような気がした。実際あちこちぶつけたからかなりガタガタだ。

 だけど、いつもの商店街の通りまで来られたようだ。

 僕は本を手に取り、足をガクガクさせながらも車を降りる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る