◇4「鎖を切った少女」

 僕と京香が連行されている間、童顔の御曹司は部屋で一人本の山に埋もれていたんだ。

 あいつはフィオの事を、完全に道具か何かだと思っている。

 無感情で冷酷無比の殺人者、飼い主に絶対服従な暗殺者の物語なんかを読ませて、思い通りに操ろうとしていたに違いない。

 いい物があっても、その手の話は大抵海外の物だ。

 それには英語が読める主人公の話をまず読ませればいいのか。白紙の本を与えれば簡単に人格をリセットできるのだろうか。電話帳や写真集のような物を与えればどうなるのか。

 彼の興味は尽きなかったろう。

 まるでパソコンにソフトをインストールでもするように、フィオを物扱いするなんて……。こんな言葉は使いたくないけれど、一番適切な言葉を選ぶなら「反吐が出る」というやつだ。

 そしてその間にフィオは黒服達に囲まれて、船に乗せる為に移動させられていた。

 僕達が連れ出された広場から、そう遠くない場所で『それ』は起きていたんだ。


 少女が監禁されていた城は海に近い。

 すぐ近くに港がある。外に連れ出された少女を船の汽笛が迎えたが、少女の耳に届いているかは表情からは分からない。

 仏頂面ではなく、完全に意思と感情のない顔をした少女は黒服の男達に囲まれて歩く。

 少女には自由意志がないため、手錠のようにはめられた手枷に付けられた紐を、引かれるままについて歩くだけだ。

 見張りもいる為、少女が逃げ出す心配はないが、念の為と歩かせるのに手を引くのも何なので付けている。

 だが革製の強固な手枷は、大の男が暴れても有効な本格的な代物だ。本人はもちろん、黒服の男達ですら鍵がなければ開けられない。

 まさに漫画に出てくるような犯罪者でもない限り、外す事は不可能だ。

 一番前を歩く男が立ち止まって無線を耳に当て、何やら話し始めた。

 続く者達も、開けた草地の真ん中で立ち止まる。

 ごっと一陣の風が吹き、男達の髪が乱れ、少女の髪と服もはためいた。

 少女の胸の辺りが、風とは無関係にもぞっと動く。

「よし、いいぞ」

 無線で何やら話していた男が、後ろの者達に告げる。

 少女の紐を持っていた男は、馬を引くようにその「手綱」を引いた。

 だが紐は想定より軽く、男は前につんのめりそうになる。

 ん? と訝しんで紐を持ち上げる。

 その先には確かに手枷が付いているのだが、手枷に付いている筈の物が付いていない。

 男はぶらん、とぶら下がった手枷を見て、という事は……どういう事だ? と少女の方を見る。

 少女は相変わらずの無表情だったが、その顔がギリッと動き、男の方を見た。

 一瞬ぎょっとした男に、少女は「にひっ」と下卑た笑いを浮かべた。

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