◇2「治外法権の城」
「アイツ『船』って言った。船に乗せて連れ出す気なんだ」
僕に構わず、ずんずんと歩きながら京香が言う。
この街は海に近い。埋め立てが進んでいて新たな土地開発が盛んだ。元々その余波を受けての商店街の取り壊しなんだ。
高層ビルが立ち並ぶ近代的な大都市を作ろうという計画の中で、古くて広く土地を占有する商店街は、景観を損ねる上に土地の無駄使いだと言うわけだ。
だけど船の出せる港は数箇所ある。しかもそこから出る船も一隻ではない。その中からフィオが乗せられる船を探すなんて……、
「今夜って言ってたわ。当然、それまでフィオちゃんを監禁しておく場所が要るはず……」
京香は携帯で地図を出す。
「あたしも商店街を取材してたから、立ち退きの元締めである神無月の事も調べたのよね。この近隣もかなり神無月の息がかかってるけど、その中で……」
京香の示す場所を凝視する。
地図の上ではかなり開けた場所だ。公園……よりも大きい。基地……かな?
「城よ」
「城?」
元々この地域にはたくさんの城跡や古戦場があったらしい。注意して街を歩けば、遺構(いこう)を示した立て看板が見つかるだろう。ただの広場だと思っていたものが、実は結構歴史的な価値のある場所だったりする。
だが現代では城としての形を保った物は残っていない。
神無月は開拓に当たっていくつかの遺構を潰している。その為住人よりも学者やら何やらの方が騒ぎ立てた。それを黙らせる為に、代表的な遺構に城のイミテーションを建てたんだ。
偽者には違いないが、元々城として形を残している物はないんだ。過去の遺物を割と本格的な建築方法で再現すると知ると納得する者も多く出た。
しかしいざ始まってみると、なぜ海沿いの台場に別の場所にあった城を再現するのか、結局一般人の入れない神無月の居城じゃないかなど、悶着があったようだ。
結局今は「神無月の城」みたいになっている。
城へ向かうタクシーの中、手持ちぶたさなのか京香が調べた事を教えてくれた。
僕も元々取材で商店街に入り浸っていたんだけど、京香は僕とは違った切り口で調べていたようだ。
「でも……、ここにフィオがいるの?」
「あのライオンみたいな化物。普段どこに隠してると思う?」
「あっ、そうか」
よくこの辺に出てくるけど、普段は人目に付かない所に飼っておく必要があるんだ。
そこをリオンが居城としている可能性は高い。加えて港も近いとなると、むしろそこ以外の場所に置いておく理由がない。
奴らは別段、僕達の追撃を警戒しているわけではないんだ。簡単すぎると思える場所こそ怪しい。
タクシーを降り、フィオがいるであろう城を見る。
金網のフェンスで囲われていて敷地内を見渡せるが、その大半が草の生い茂った平原で、確かに合戦場を彷彿とさせる。
その平原の向こうに石垣のある城壁が見え、さらにその向こうに小さな城が見えた。サイズ的には金閣寺くらいの建物をいくつか組み合わせたような感じだ。
大阪城みたいな見上げるような城を想像していたが、高さはそれほどではなく横に広い。城と言うより立派な屋敷という感じだ。
ここ台場は湾に侵攻してきた船舶に対する防衛を目的として築造された施設。テレビ局がある事で有名なお台場も同じ由来で、元々砲台が設置されていたんだ。だから平地が大部分を占めているんだろう。
でもここが実戦に使用された事はなく、諸外国の貴賓(きひん)が港に入った際に祝砲を上げていたという。
僕達は少し離れて様子を窺う。たまにジープのような車が通るが巡回しているという感じでもない。敷地内に見張りがいるわけでもない。
それでも入り口と言える場所には人が詰めていて、出入りする人間をチェックしているようだ。
訪ねて行って通してくれるはずはないよね? と一応京香に確認すると、やっぱり進入すると言い出す。
それはまずいんじゃ……、と言っても一人で行くと言い出すんだろう。京香は少なからず責任を感じているんだ。
僕は……、とタカシやミチルの姿が脳裏をよぎる。一瞬迷うものの、拳を握り締めて決意を固めた。
フェンスは乗り越えられない高さではないが、明るいうちはさすがに目立つ。もう日も落ちかけている時間なので、暗くなるまで待つ事にした。
街から離れているので日が落ちるとすぐに暗くなる。街灯のような照明がちらほらあるので真っ暗というほどではないが、それでも僕らが忍び込むには十分だ。
僕達は多少もたつきながらもフェンスを乗り越えた。
四つん這いになるほど身を低くしながら平原を歩く。草が生えているとは言え、放置した芝生程度だ。身を隠せるほどではない。
神王が放し飼いになっているという事もない。この辺はまだ外から丸見えだ。
僕達は難なく城壁に辿り着いた。しかし門にはしっかりと錠が掛けられているし、塀も乗り越えられそうにない。城の資料も調べた事はあるけど、さすがに内部構造までは覚えていない。
どこから進入するのがいいのかなど皆目検討もつかない。もっとも城が簡単に進入できてはダメなんだけど。
「ね、ここから入れるんじゃない?」
白い壁に小さな穴が開いている。中から外にいる敵に矢を射る為の穴だろうか? 確かに僕なら通れそうだ……と思っていると京香が穴に頭を突っ込んだ。
ここまでは大丈夫だったけど、さすがにその向こうは人がいるかもしれない。それに神王も。軽率すぎるんじゃ……、とおろおろしていると期待通りというか、京香が穴につっかえた。
幸か不幸かつっかえたのはお腹の贅肉ではない。でもどうしたらいいのかおろおろしていると、
「何やってるんだ? お前ら」
男の声がした。
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