2幕「伝説の少女」

◇1「戦場の魔術師」

 ビルから漏れる僅かな光に照らされた広場を、けたたましいエンジン音を響かせたバイクが周回する。

 十分に深夜と言える時間に、僕は物陰に身を隠すようにしてその様子を窺っていた。

 バイクが数台、蓮甘商店街の広場にある噴水の周りを回っているが、後から現れるバイクが加わっていき、その数を増していく。

 瞬く間に、広場は集会場と化した。

 くるくると回るバイクのヘッドライトに、目が回りそうになる。

「大丈夫。わたくしに任せてください」

 後ろから声を掛けてきた少女振り返る。

「誠心誠意。チキンと向き合って、分ってくれない人はいませんわ」

 鶏肉と向き合ってどうすんのよ、と頭を振るがそこは突っ込んでやらない。

「ソアラは『わたくし』なんて言わないよ」

 フィオは「バレたか」と言わんばかりに片目を閉じて舌を出す。

 彼女が読んでいたのは『捕まえてごらん』。今詐欺師フランキーになりきっている。

 パン屋の焼失騒ぎの後、家に帰る途中、タカシに呼び止められたんだ。

 あれは自分達じゃないと彼は弁明したが、そんな事をわざわざ言いにやってくるのもおかしな話だ。

 姿を見られれば嫌疑をかけられても仕方ない事。ならこんな所で何をやってるんだ? というのが当然の疑問。

 案の定、言おうか言うまいかと躊躇する様子のタカシに「どうしたの?」と声を落とした。

 そして彼はとんでもない事を語ったんだ。

 襲撃に失敗したタカシのグループは大規模な報復を計画している。

 元々神無月の差し金でやってきて、いい恥を晒して帰ったんだ。そのまま済ますはずはない。

 前の襲撃では何も壊していないので、車両の事故でカタが付き、こってり絞られただけで釈放された。

 乗り物は全て壊された為に神無月に掛け合い、装備を補充してもらった。しかしその見返りとして少し荒っぽい仕事を請け負う事になった。

 彼らが持たされたのは新車だけではない。少々危険な花火。要するにバクダンだ。火炎瓶など比ではない。破壊する為だけの道具。

 それが意味する事よりも、報復を十分に果たせる火力である事と、派手なオモチャを手にした事にしか考えが及ばないようだった。

 その後、自分達がどうなるのかに考えが至るのはパーティが終わった後だ。

 一応、爆弾は拾った物で、そんな威力があるものとは知らなかったと口裏を合わせる手はずにはなっている。しかし、それで傷つく者の事など一切考えない計画に、タカシは恐ろしくなって知らせに来たんだ。

 来たはいいけど、誰に何を話せば……と迷っていた所に僕を見つけて声を掛けた。

 一応天虫には相談したけど、今度は戸締りしただけでは意味がなさそうだし、何より敵の情報だ。悪戯に混乱させようとしているだけではないのか、と言われれば確かにそうだ。

 フィオは爽やかに「自分が何とかする」と言う。

 心配なので、こうして夜中に抜け出して、自転車で駆けて来たんだ。

 そして奴らは本当にやって来た。

「でも、本当にこんなので大丈夫なのかな」

 僕は物陰に隠れながら言う。連中はもう集まっているみたいだけど、広場を回ってばかりで一向に行動を起こさない。

 こんな所で集会を開いていたら警察が来るかもしれないんだ。時間が経つのは都合悪いはず。

「やっぱり何かおかしいと思ってるんじゃない?」

 自分が身を隠している物を見る。

「だからここで見張ってたんだよ」

 フィオは本を開き、何やら描き込み始める。

 本から出てきたのは……バイク? 連中と似たような、と言えばそうだけどもっとコミカルな、雑なデザインだ。派手な髪形をしたマネキンが乗っている。

 本から出てきたバイクはライトを点け、爆音と奇声を発しながら進み始める。エンジンが回っている感じはしない。模型のように軽そうで、スピーカーから音が出ているみたいだ。

 あれもフェイクか。僕達が隠れている、このビルのハリボテと同じに。

 偽者のバイクは蓮甘商店街のアーチを潜り、通りを駆け抜け始める。周回していたバイクも後に続き始めた。

 光りと爆音の列が通りを行進し、爆発が起きる。

「うわっ!」

 想像以上の爆発に思わず地面に伏せる。奴ら自身、その威力に驚いているだろうに、今更暴走が止まる事はない。

 通りの建物が破壊され、その形を無残な瓦礫へと変えていった。

 バイク達はそのまま通りを駆け抜け、いずこかへと去って行く。

 爆風だけの爆弾だったようで火災は起きていないが、通りの両脇に並んでいた建物は見るも無残に原型を留めていない。ご丁寧に奴らはアーチまで壊して行った。

 辺りは束の間、本来の静けさを取り戻した。すぐに人が、警察がやってきて騒がしくなるだろう。

「じゃ、ボク達も帰ろう」

 フィオが僕達が隠れていたビルのハリボテにペンを突き刺すと「パン」という音を立てて割れた。

 割れた巨大な風船の中から、見慣れた蓮甘商店街のアーチが出てきた。そしてその後ろには何事なかったように蓮甘商店街が並んでいる。

 広場の位置から西に伸びる通りが商店街。その入り口に本から出したハリボテでフタをして、北の通りに偽物のアーチを出現させたんだ。

 奴らが破壊したのは既に立ち退きが完了して、神無月が新たに建設中だった建物だ。

 昼間ならばよく見れば分かるのだろうけど、暗い上に奴らもよく知らない土地。それでも「おや?」と思ったんだろう。先頭を切るリーダーは中々行動に移さなかった。

 そこでフィオはフェイクのバイクを先導して走り出させた。

 不良グループ共はリーダーが行動を開始したと思ってそれに続いたんだ。リーダーからは勝手に先走った奴がいたように見えたろうけれど、バイクの音で静止する事もできないし、どの道ずっと回ってばかりいるわけにもいかない。

 なし崩しに誰もいない通りを――正しくは神無月の持ち物を破壊して行ったんだ。

 彼らは自分達などどうなっても構わないと息巻いていただろうけど、これからもそう言えるのだろうか。

 神無月が警察よりも恐ろしい相手である事は、彼らもよく分かっているはずだ。こんな子供のお使いのような失敗をして、彼らがどうなるのかは少しだけ気の毒だ。

 こうして、相手を騙す事にかけては天才的なフランキーになりきったフィオのおかげで、商店街は無事に翌日を迎える事ができた。

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