◇5「クローバー」
すっかり涼しい季節と言える日曜の朝。
自室で軽く執筆してみる。フィオを題材にした物語を……と思ってもどうにもキャラクターが固まらない。
最初は僕の力量が足りないんだと思ったけどそうじゃない。僕自身、フィオがどういう子なのか分かっていないんだ。
小公女のような女の子が、状況によって別人格のように変わる話にして、結局小公女も本の影響なんだと気付いた所で、なら彼女の本来の姿というのはどういうものなんだろう? という疑問に行き着いた。
そう。僕はまだ、フィオの事を何も知らないんだ。
日曜で休んでいる店舗の多い中、蓮甘書店は変わらず僕を受け入れてくれた。そして迎えてくれたのは太陽のように全てを包み込んでくれる女の子の笑顔と、……巨乳の美人。
「ハロー。元気にやってる?」
何をしに来たんだろう? まさかまだ本の代金を返せとか?
でもその心配は無く、京香も僕と同じようにこの街に取材のネタを探しに来たようだ。そしてフィオに興味を持った。
確かにフィオは写真に撮っても映える。
こんな可愛い子がいる書店を潰すなんてもったいない、といった記事でも書いてみようかと話す彼女に僕も少し好感を覚えた。
それで抵抗運動になるなら、本当に商店街が生き残れるなら悪い話ではない。
ノリのいい京香に年の差も忘れて歓談していると、突然やや高めの男性声が店内に響いた。
「邪魔をする」
皆で入り口の方を見ると、そこには小さなスーツを着た童顔の男が立っていた。御付の黒服は外で待たせているのか店内にはいない。この人が言うと本当に邪魔しに来たみたいだ。
「いらっしゃいませ、リオンさん。何かお探しですか?」
古本を買いに来るようには見えないけれど……。
「昨日は面白い物を見せてもらったからな」
「あ、あれは……、ちゃんとタネがあって」
「知っている。HP(ホームページ)に載っていたからな」
み、見たの?
探し出したとか解析したとかより、買った客に札を渡して情報をリークしてもらっている所の方が想像し易い。
「だが、それでは最初の仕掛けの説明がつかん」
「もちろん最初のは特別で、それは企業秘密ですわ」
しれっと言うフィオにリオンはふん、と鼻を鳴らして店内を見回す。
だが、童顔の男の背後をトコトコと歩く小さな不思議生物の姿が目に入って、僕の体は硬直した。
リオンは僕の引きつった顔を見て不審に思ったのか後ろを振り向く。だがその時にはもう何もいない。ホシローは本と本の隙間に隠れていた。
童顔の男は怪訝な顔をしたが、構わず言葉を続ける。
「どれだけ考えても分からなかったよ。高度なマジックなのかもしれないが、それもこんな娘にできるとも思えない」
フィオは褒められたような照れた笑いを浮かべているが、多分褒めていないよ。と思っているとまたリオンの背後で不思議生物が歩く。
「あ……、あ」
冷や汗が出てきた僕の顔を見てリオンが片眉を上げる。リオンは目だけを後ろに向け、頃合を見計らったように一気に後ろを振り返る。だがその時には何もいない。
リオンは訝しげに僕を睨み付けた。からかっていると思われたろうか。
「この土地には昔から不可思議な言伝えがある。伝統技術なのか未発見の生物なのか。未開の地なら、宗教的な理由で秘密にしている伝承くらいあるかもしれない」
いや、そこまで未開じゃないと思うけど。
「そこでだ。もし本当にそういう類の物があるのなら、この機会に公表してみないか。場合によっては土地開発よりも収穫かもしれない。悪いようにはしないぞ」
なんか偉そうだけど、要約するとトリックのタネを教えてほしいって事だよね。そんなに気になるんだ。
「せっかくですけど、お友達以外には教えないよう言われてますの」
さわやかに言うフィオに、御曹司は首を伸ばして上から見下ろすように言う。
「じゃあ、オレと友達にならないか」
「いいですわよ」
いいの!? 上から目線って言うけど、この人本当に目線を上げてから言ったよ? リアルに見下しながら友達って言われても……。
「実は描いた物が現実に出てくる不思議な本から出したんです。ホシローって言うんですよ」
あっさり教えてしまった。でも当のリオンは見下ろしたまま表情を歪める。
「このオレが……、わざわざ出向いて来ているんだぞ」
普通信じないよね。彼にとっては、自分から友達になろうと言うだけでも結構な譲歩だったんだろう。
「あなたねぇ。どこの御子息だか知らないけど、もう少し礼儀ってモンを覚えなさいよ。大体幾つなの坊や」
呆れたように傍観していた京香も堪りかねたように口を挟む。
「二十四だ」
「あたしより年上!?」
正直驚きだ。多少目付きは鋭いものの、背丈は僕と大して変わらないのに。この態度……小さな体をバカにされて、金の力で相手に思い知らせて生きてきたであろう事は容易に想像できる。
「本当の事を言うつもりはないのか?」
「本当ですわよ」
にこやかに言うフィオに、リオンのこめかみが引きつる。そしてその背後の本棚を登る星型の頭。
リオンは気がつかないが、京香が「ん?」と怪訝な顔をする。
ま、まずい……。
京香は僕の顔を見る。明らかに「あなたにも見える?」という顔だ。僕は冷や汗を流し、引きつった笑いを貼り付けて目で合図する。
どんな合図になっているのか正直僕にもよく分からないが、とにかく「何も言わないで」と懇願したつもりだった。
京香は通じているのかいないのか微妙な反応だったが、リオンがそれに気が付いたように言葉を止める。
更にまずい。今振り返られたら……。
「オレはな……。舐められるのが一番キライなんだ」
ギリッと音がするぐらいに歯を食いしばる。またからかわれていると思ったのか、もう振り返る事はしない。
「もう一度だけ聞くぞ。まだ本から出てきたとか言うつもりか」
フィオはにこやかに笑顔で肯定する。
「後悔するぞ」
リオンは踵を返す。ホシローは既に本棚のてっぺんまで登っていた。京香は本棚の上を覗き込むように首を伸ばしているが、糸で操っていると思ったろうか。
リオンは足を止めて僅かに振り返ると、捨て台詞のように呟く。
「前にも立ち退きの時に、オレを舐めた奴がいてな。次の日、偶然暴走族に蹂躙されるという不幸な事件が起こった事がある。あれは気の毒だったな」
な、なにそれ?
「これは親切で言っといてやる。明日の夕方までに避難しておいた方がいいぞ」
童顔の男はそのまま出て行った。
「何あれ。感じ悪い」
京香は吐き捨てるように言うが、ただの脅しとは思えない。見た目は若いが、あんな黒服を引き連れて歩く奴だ。本当に何かやるかもしれない、と青くなる僕に構わず京香が詰め寄る。
「そんな事より今の何? あれも仕掛け? アイツ未発見の生物とか言ってたけど、まさか本当に?」
とやや興奮している京香に、フィオが水をすくうように両手を差し出す。そこには星の頭をした不思議生物がちょこんと乗っていた。
京香は目をしばたたかせると、手を伸ばしかけては、触れるのを躊躇する素振りを繰り返えす。ホシローが伸ばされる京香の手を握手でもするように触れると、京香が驚いて手を引っ込めた。
「何これ? 新種の生物?」
まあ、そんなとこです……と僕は苦笑いするが、
「わたしのお友達です」
フィオが屈託のない笑顔で言う。本から出てきたというのは信じていないだろうけど、目の前の生物にはただ驚くしかない。
「ねぇ、あたしにくれない?」
フィオはホシローに「どう?」と伺うように顔を見るが、ホシローは笑顔のままフィオにひしっと抱き付く。
京香は語らずに拒否されたのを察したような素振りをするが、諦めきれない様子だ。
「どこで見つけたの?」
「いやあ、そこら辺で……、たまたま」
「これ一匹だけ?」
「そうですね。まあ……、四葉のクローバーみたいなもんかな」
運がよかった……と適当な事を言うと京香は意気込んで出て行く。探しに行ったのだろう。少し悪い事したかな……、と思うもそれどころではない事を思い出した。
「そうだ。さっきの……、暴走族をけし掛けるみたいな事を言ってたけど」
「大丈夫。誰が来ても、わたしがちゃんと話をします」
フィオは涼しい顔で答えるが、そんな事が通用するとは思えない。
「誠心誠意。きちんと向き合って、分ってくれない人はいませんわ」
太陽のような笑顔で笑う少女だけど、僕は目の前が真っ暗になるのを感じた。
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