◇4「稀代のペテン師」
「いやー、売れた売れた。ほくほくだねー、ですわ」
たはは……、と力なく笑いながら空になった台車を押す。
そうだ……。昨日読みたいと言っていた本だ。
『捕まえてごらん』
実在した詐欺師をモデルにしたコメディ小説。少年の頃から小切手詐欺、車の窃盗を繰り返し、全米を駆け巡った天才詐欺師。
最後は世界的に指名手配されて捕まってしまうが、出所後その技術を買われてFBIに協力する事で億万長者になったんだ。
テレビでも取り上げられ、ドキュメンタリー映画にもなったが、これはそれをベースにした痛快活劇。ルパンのような大泥棒の設定も混ぜられてコメディ要素の強い話になったんだ。
その主人公である、フランキーになりきっているのか。
でも、なりきるって言っても……、限度があるだろう。しかも、不思議な本の力を金儲けに使うなんて……。
「ご苦労様ー、大盛況だったねー」
と言って後ろから声をかけてきたのは、雑誌記者だと名乗ったお姉さん。
「泉澤さん……」
「京香でいいわよ」
京香は気さくに話しかけてくる。
「ねえ、あれ。どうやってたの?」
ホシロー人形の事を言ってるんだろう。最初のホシローは不思議生物がタネだけど、後の縫い包みの方は僕も分からない。
「ホシロー二号買ってない人には教えません、ですわ」
「ええー、ダイエット本買ったじゃない。……これ、ネットで調べたら定価の二倍だったよ」
「プレミア料、ですわ」
僕も仲間だと思われたら困るので、何も知らない手伝いの人を装う。
「でも今夜には公開されますし、プレミア本も買ってくれた事ですから、今回は特別です」
ていうかインターネット使えたんだね。あんな……と言っちゃ悪いけど古い書店にパソコンがあるなんて想像できない。まあ本屋さんなんだから必要な事もあるのかもしれないけど。
「どうやってたの?」
興味津々という感じで身を乗り出す京香にフィオは得意気な顔を向ける。
「簡単です。上から糸で吊ってたん……ですわ」
え? と僕と京香は顔を見合す。
「だ、だって……。上は空じゃないか」
僕も売り手の人間だけど、素直に疑問を口にしてしまう。
上は空、周りは取り囲むような人だかり。糸を張るような物はなかったはずだ。
「上にはなくとも、横に街灯が立っていましたわ」
両脇にある街灯に垂れ下がるように張った糸で人形を吊り上げたというんだ。一方は固定し、もう一方を折り返して手元まで伸ばしておけば、それを引く事で人形を吊り上げる事ができるんだ。夕べのうちに街灯に登って予め仕掛けをしておいたのか。
「イ、インチキじゃないの!」
予想より単純な仕掛けだったからか、京香が抗議するように言う。
「インチキではありません、ですわ。キチンとタネも仕掛けもあるって言った上で、ちゃんと仕掛けは公開するんだから。マジックの種明かし料、ですわ」
不思議生物ホシローで皆を驚かせられるんだから、リオンのような者が現れた時の為の予備策だという事だけど、その為にそこまで?
「使うかどうかも分からないのにそこまでやる? そう思うからこそやる意味がある、ですわ」
僕の考えを察したのかフィオがウインクして言う。
「女の子に手伝ってもらったのにも、ちゃんと理由があるんですのよ」
「え? そうなの?」
「マジックをやる為にお客にスペースを空けてもらいましたけど、リオンの旦那だけは正面に立ったまま動かなかったですからね。人形が動き出した時に、直ぐ手に取られては仕掛けがバレてしまいますから」
そうか。それで女の子を呼んだんだ。さしものお坊ちゃんも、あんな小さな女の子に場所を譲らないわけにはいかない。
「それに吊ってるだけでは複雑な動きができませんから。女の子が大げさに驚いてくれる事で、皆を誤魔化す事ができるん……ですわ」
呆れたように感心する僕達に、フィオは下卑た笑いを向けてくる。
「あら、女はみんな詐欺師なんですのよ」
フィオはハンカチを取り出すと顔を覆うように拭う。
「化粧を落とすとほら」
ハンカチからのぞいた顔は、目も口もないのっぺらぼーの顔。
「うわああっ!」
派手に腕を振り回して尻餅を付く僕に、フィオが顔に張ったマスクを剥がす。
「あっははは。騙されたー」
無邪気に笑う少女に、僕は引きつった笑いをするしかなかった。
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