【第3話 魔力開放:ビットリア】
包み込む光は一層その輝きを強めた。
少年の姿が溶け込み消えていく。
舞い上がる風に思わず防御姿勢を取る。
その時、手の持つ剣が私の元を離れていく。
少年の下へと引き寄せられた剣もまた光を放ち、交錯する。
―――尚一層強くなる光に目を瞑った。
地上から鈍い悲鳴のような音。
【幻獣:アイドロン】も先の光でダメージを負ったようだ。
あの怪物はもしかして、光が苦手なのか…。
宙に舞い散る黒い霧はまたも集約し、一固体に成り上がる。
おもむろに顔を少年の居た方へと視線を戻す。
そこに浮かんでいたのは先までのただ象っただけの剣ではなく
柄には柄巻きが施され柄頭も白銀の輝きを放つ。
鍔に埋まった宝石は嘗て妻に送ったブレスレッドの
カルサイトという石に良く似ていた気がする。
様々な色を放つあの石のように多色多様な気配を感じた。
刃は合成樹脂ではなく、鍛え上げられた玉鋼。
街の明かりを映し返す鉛光を思わず目で追う。
少年の姿は、ない。
辺りを見渡すも剣以外には街灯の群れと静寂だけが静かに佇み
風の鳴く音が虚しく駆けただけだった。
先まで共に居た少年を懸命に探すも、私は彼の名すら知らないのだ。
声を出して呼ぼうにも、呼べない虚しさに唇を噛む。
途端、先のコンビニ前の時のような孤独感に覆われた。
1人で戦う恐怖感は、少年の前でこそ強がったがやはり小胆を覚えた。
だが分かる。少年は私に力を託したのだ。
その証にこの剣は先ほどとは明らかに違っていた。
刀身の輝きに呼応するように胸の高鳴りを感じる。
導かれるように剣の柄を取った。
眩いばかりの光は私を包み込み更に強くなる。
剣を介して流れ込む暖かな力と想い。
まるで本当に主人公にでもなったようだ。
(あの少年は…。)
刃の背面に額を当てた。思わず目を閉じ深呼吸する。
少年が戻ってくればいいという希望を込める。
下から【幻獣:アイドロン】が此方へと手を伸ばし飛び跳ねている。
ずぅんと地面を重く沈める音が一層街中に響く。
――――その刹那。
「…い。おい、おっさん!」
何処からともなく聞こえた少年の声に目を開く。
目の前に突如現れる少年の顔。
あわや唇の重なりそうな距離に慌てて剣を投げ出す。
剣は回転を纏って空中を舞うも落下することなく留まり続ける。
そして遺憾なく放たれる輝きはまるで意思を伴っているようだ。
「ちょ、放り投げるなんて酷いじゃねぇか。」
剣はまるで生き物のように動いてみせる。
何処からともなく発せられる声は間違いなく、先の少年の声だ。
姿が見えない彼を探して顔を左右に向け発生源であるはずの彼を探す。
「…おい、こっちこっち。目の前にいるだろ。」
音のする方へと首を向けるも、そこにあるのは剣だけ。
しかし剣は此方へと刃の側面を向け、そこに先程同様少年が映し出される。
変わらず此方を凝視しているその瞳は間違いなく彼だった。
「え、っと、え?」
「あー…そうか魔術も魔法も知らない人間が見たらそうなるのか。」
剣の中で彼は腕を組み苦しそうに口元を歪める。
この状況の説明の言葉選びに悩んでいるのか、呆れているのか。
余計な口を挟むことはせず微か唸り声に耳を傾けた。
「えっと、まずは俺は無事だということだけ伝えておく。
これはれっきとした魔術の1つだからそこは心配しなくていい。」
「そ、そうなのかい?良かった…。」
一番の懸念が晴れ安堵する。
私如きのおじさん1人のせいで若人が命を落としたのでは、と。
杞憂も無くなった所で改めて彼に質問する。
「えっと、それも魔術ってやつなのかい?」
「そうだな、これはスクリーベル魔術書の魔術。
俺たちの世界に現存する魔術書の中でも最上級の魔術書さ。」
嬉しそうに口角を上げて誇らしそうに微笑む。
きっと彼からしたら魔術とは誇るべき術なのだろう。
「今行使している【武器融合:アルマ・フージオネ】は
文字通り武器と人のみを合わせ魔力出力を向上させた魔術さ。」
「へ、へ~…。」
「…っと悠長にそんな事言ってる場合じゃないか。
限界が来る前に早いところ倒してしまおう。」
彼の少年を映し出す剣は【幻獣:アイドロン】へと向き直る。
月明かりに照らされた刃には先までの軍帽もなく、少年の端麗な顔が映し出される。
まるで何処かの国の王子様のように奇麗に整った顔だ。
可憐な少女とも取れる美貌に思わず息を呑み正視する
「…なんだよジロジロ見んなって…。」
「あ、あぁごめん。あんまり奇麗だからつい。」
「ば、ばか!んなことはいいから早くあいつ倒すぞ!!」
頬を真っ赤に染めながら剣の中で慌しく顔を背ける。
私は照れている彼にどこか出会った頃の妻を重ね、初々しさにほっこりする。
ゆっくり剣に近づき柄を取る。光はまた輝きだす。
地上の怪物は未だにこちらへと手を伸ばし続けている。
そういえば今この状況、警察や特殊部隊は来ないのだろうか。
怪物と遭遇してから10分ほど経っている。悲鳴を聞いてからだともっと経つ。
遠くを見ても鳴り響くサイレンの音も空を切るようなヘリコプターの音もしない。
不思議に思いながらも地上に視線を戻す。
怪物は飛び跳ねるのをやめるも此方を凝視しているように見える。
目に当たる部分は見て取れない。だが此方に顔が向いてるのは分かった。
私は手に取った剣の柄を強く握り締める。
体は先ほどよりも軽く感じる。剣から力が注がれるようだ。
太陽のような暖かさと目の前の敵を倒す勇気。
重力に沿って再び体を反転させる。眼前に再び【幻獣:アイドロン】を捉える。
「さぁ、再戦の時だ。いくぜ主人公【ヒーロー】!!」
「…あぁ、この戦いに決着をつけよう。」
再び私は空を蹴った。
先ほどよりも加速する体に驚くも制御に負荷はない。
私は脇を締め、剣を寄せた。
狙うは此方に伸ばされている【幻獣:アイドロン】の手。
貫通、もらった。
貫いた刃は手を過ぎ道路へと向かった。
あわや衝突事故になりそうになる所を寸で止める。
体を再度反転させ地面数十センチのところで留まる。
「…やった、攻撃が通った!」
「おう、予想ばっちり!やったぜ!」
刃に映る少年の顔は歓喜に満ちているようだった。
私はその笑顔に素直に共感することは何故か出来なかった。
だが安直にも先程までの不毛な連撃を超えたのは嬉しかった。
これであの怪物が倒せればより被害者が減らせる。
急停止時に少し足のほうから電流のようなものが走った気がしたが
きっとただの運動不足だろうと特に気にしなかった。
ふと見上げるとそこには手首から先が消滅した【幻獣:アイドロン】が
まるで怪我をした子供のように泣き叫ぶように唸っている。
今日3度目のその咆哮は郊外まで響かんとする重低音。
散り散りになった黒い塵が再び象らんと集積し始めた。
「…あれって。」
「どうした、主人公【ヒーロー】。」
1度目の攻撃が右掌、2度目の攻撃が左腕、3度目が再び右掌。
この僅かな間に負わせた3度の傷だが何か違和感がある。
しかし私の気のせいだろうと再び剣を握り締める。
「…なんでもない、大丈夫だよ。」
「そっか。なら、いいんだが…。」
再び空を切り【幻獣:アイドロン】へと斬撃を繰り返す。
次に足元、支えから切り崩す。腕と肩から悲鳴が上がる。
これは家に帰ったら全身湿布まみれだろうな…。
何度も何度も繰り返し渾身の力で剣を振るう。
舞い散る黒い塵を無意識にも避けながら右足を切り続ける。
しかし先のような低い唸り声は聞こえない。
それなりにダメージが入っているはずなのにと疑問に思った。
途端前方の足が飛んでくる。
至近距離過ぎて避け切れず、思わず防御姿勢を取る。
身体全体を激しい振動が伝わる。
勢い付いた身体は若干の回転を帯びながら空中へと放たれる。
思わず意識が飛びそうになるも刃に一瞬映った少年を見て
琴線に触れるような熱を覚える。
回転を制して体勢を戻す。
ざっと50mほど飛んだところだろう。
荒くなった呼吸をひとまず落ち着ける。
切りつけていた足は概ね回復が進んでいる。
いや私の体を蹴りつけたのだ、ほぼ完了しているだろう。
「…まさか。」
「どうしたんだよ、さっきから何考えてるんだ。」
少年は不安そうにこちらを伺う。
瞳の青が陰り表情も暗いが静かな怒りも感じているようだ。
私の思案していることが告げられないためであろう。
曖昧な憶測で物事を口走るのも如何なものだろうと思うも
彼の不安を取り払うためにと心のうちを告白する。
「あいつのその、回復。部分ごとに速度が違うなって。」
「なっ、本当かそれ。何処だ!?」
「え…あ、左腕。あそこだけ回復遅い感じがする。」
「…ビンゴ、左腕だ。あいつの魔力核!!」
いきなり強い力に引かれるように【幻獣:アイドロン】へと向かう剣。
支える腕から筋肉繊維が嫌な音を立てた。ブレーキを掛けるように踵に力を込める。
空中で摩擦抵抗は期待できなかったが地上同様止める事が出来た。
「ちょ、ちょっと君!?一旦落ち着いて…!」
「何でだよ、止めてくれるなおっさん!!」
「あ、の。せめてどういう事か説明欲しいんだけど…。」
刃の奥に再び少年の姿を映す。
子供のように頬を膨らませ不満を表している。
予想外の表情に困惑が隠しきれず冷や汗が流れる。
こちらの内心が読めたのかハッと驚いた表情を見せそっぽを向いた。
「…あいつ抑えながら教えるから、とりあえず戻らねぇ?」
「あ、はい。」
若干上ずった声にしまったと思いながらも空中移動で
【幻獣:アイドロン】へと距離をつめる。
剣から少年がこちらへと話始めた。
「あくまで俺の推測だがあいつ、【幻獣:アイドロン】は魔力核を中心に
魔力の施された塵が集約してる。その全てを統合する魔力核を破壊すれば
もしかしたら倒せるかもしれない…。」
「…それがあるのが左腕なんだね。」
ここまでの話と私の憶測を合わせる。
少年は首をひとつ縦に振り神妙な面持ちでこちらを伺っている。
「ご明察。だから…あの左腕を早急に破壊し、この戦いを終わらせる。」
地上15m、破損した窓ガラスと外壁。
僅かに残るガラスの欠片には黒き外装を鈍く映る。
闊歩する音はビルからビルへと振動する。
私の住み慣れた街並みにそぐわない怪物【幻獣:アイドロン】。
対峙する私も普段のトレンチコートも無し、不可思議なローブと
魔法の剣一振りと異世界のからの来訪者、謎の少年。
腕を持ち上げ胸の前へと剣を構える。
刃の中に映りこむ少年が口角を上げて微笑む。
「最大出力をご覧にいれてやるよ、主人公【ヒーロー】!!」
「頼むよ、少年。」
剣が再び光を点した。
まるで炎のように舞い踊る光の束を見つめる。
何も言われなくても分かる。力の集束する。
不思議な感覚に目を閉じて力の流れに身を任せる。
この一撃で全てが終わるのだと、強く願った。
「魔力出力安定。目標補足、【幻獣:アイドロン】人型左腕。
契約魔紋【コントラット】の紐帯、相互移送完了!!」
目を開き剣に力の集まる感覚を覚え振りかざす。
迫りくる怪物は光に怯えながらも手を伸ばす。
伸ばされた左腕に狙いを定める。
「…決めるぜ。魔力開放【ビットリア】、発動!!」
「いっけぇぇぇぇ!!!!!」
振るった剣から解き放たれた強い力のある光線は
真っ直ぐ【幻獣:アイドロン】の腕を貫き暗闇を照らし出す。
光の照らされた部分から不思議な文字が浮かびだし空中へと散る。
まるで星の海原の如く都会の黒いキャンパスを彩った。
消え行く敵を目の前に私も力が抜け、ふと視界を広くする。
映る街並みは大海の輝きに照らされた。
まるで本当に世界を救う主人公にでもなった気分だった。
空中へと座り込み、腰を落とす。緊張の糸が切れたのだ。
剣から少年が再び姿を現した。
「お疲れ様、主人公【ヒーロー】。」
「あ、ありがとう…おじさんみたいなのでも役に立てて何よりだよ。」
少年から伸ばされた手に一瞬と惑うも手を差し出すと強引に引っ張られる。
全身から脱力感を感じ足に力が入らず、一瞬よろめきながらも
空気の世界に立ち上がり改めて自分が救った街へと視線を落とす。
既に破損している箇所は感傷に沈み、残されたビル街へは安堵を覚える。
逝ってしまった人々への弔いをと手を合わせる。
「…おっさん、何してるんだ?」
「え、あ。あぁこれ?亡くなってしまった人が
天国で安らかに眠れますようにってお祈りしてるんだよ。」
「ふーん…。」
そっけない返事と共に少年は私の真似をして手を合わせた。
荒い素行、というか世間知らずな一面を持ち合わせているが
至って根は真面目なのだろう。
「…さて、戦闘中にいろいろ話し損ねたこともあるし
こちらに聞きたいことも山ほどあるだろう。
どこか落ち着ける場所でもあればいいんだが、おっさんの家行っていいか?」
「あ、えっと因みに拒否権は?」
「ないな。」
「そ、そうですか…。」
強い風の音に紛れて遠くで今更聞こえてきたパトカーのサイレンと
慌しく掛けるパトランプの明かりを捉える。
このまま此処に居て、ありのまま伝えたとしても恐らく信じてもらえないのと
この少年の説明も大変説明に困るのとで私はこのまま空の散歩に興じながら
遠い異世界からの不思議な少年と共に随分遅くなった帰路へとついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます