第7話 決戦

 全長、全幅、共に島風の三倍以上。銀色の巨大な主翼に四発のエンジンを搭載し、無数の護衛機を従えて進むその姿は、銀翼の怪鳥、あるいは空飛ぶ鯨、と言ったところか。

 史上最大の重攻撃機。難攻不落の空中戦艦。サイレンスの威容がそこにあった。

 その巨体の各所に設置された旋回機銃が島風の方を一斉に向いた。

 ドドドドドドドドっ!

 鯨が一瞬にして火線のハリネズミに早変わり。

 口径自体はアウム軍機に広く採用されている一二.七ミリであるが、その密度が桁違い。弾幕と言うより、もはや弾丸の濁流だ。

 コテツは横転を打ち、その濁流から身をかわした。

 前方に固定機銃しか持っていない単座戦闘機であれば、背後は明確な弱点となり得るが、そこら中に旋回機銃を搭載した重攻撃機には死角と言うモノが存在しない。

 それでもコテツは巧みに襲い来る弾丸をかわしつつ、何とか弾幕がもっとも薄い箇所を探す。

 あまり時間は掛けられない。護衛のタイコンデロガはまだまだ健在なのだ。敵の連携の乱れに乗じ、一気呵成にその防護陣を突破することが出来たが……体勢を立て直し、反撃に転じるのにさして時間は掛かるまい。

 (後ろの弾幕が薄いか?)

 コテツは機速を落としつつ、サイレンスの後ろに回り込む。

 と、尾部に搭載された一際大きな連装砲と目が合った。コテツの頬を一筋、冷や汗が流れて行く。

 刹那、

 ズドォォォンっ!

 機関銃とは比べ物にならないほど大きな轟音を放ち、連装砲から砲火が放たれる。

 「やべっ!」

 コテツは咄嗟に機体を横転させ、側方機動でこれをかわす。流れ弾となった砲弾は、後方から島風を追いすがってきたタイコンデロガの編隊に突っ込んだ。

 ズドォォォォォォンっ!

 砲弾は編隊のど真ん中で炸裂、無数の鉄球を周囲にバラ撒いた。

 「対空榴弾かよっ!?」

 思わずコテツが悲鳴をあげた。

 対空榴弾。

 その名の通り、対航空機用の榴弾だ。炸薬と共に大量の小型鉄球を仕込んでおり、炸裂すると爆風と破片、そして鉄球を周囲にバラ撒く。徹甲弾に比べ貫通力、通常榴弾と比べると破壊力はそれぞれ劣るが、直撃させずとも広範囲の敵機にダメージを与えられるため、高速で動き回る航空機を撃墜するのに向いている。

 だが、弾頭に大量の鉄球を仕込まなければならない関係上、砲弾はそれなりの大きさとなり……少なくとも、通常の航空機に搭載できるサイズではない。

 ネイヴでも対空榴弾は使われているが、それらは全て艦砲、及び地上に設置された高射砲にのみ使われている。航空機で対空榴弾を搭載している機体は一つもない。

 パっと見では、サイレンスの尾部に搭載された連装砲の口径は四〇ミリ。ネイヴの対空榴弾は最小でも一二〇ミリ、最大となると四六〇ミリの大型の砲弾であるのだから、アウムは対空榴弾の小型化において相当進んでいる、と言える。

 それでも四〇ミリ連装砲を搭載できる航空機など、世界広しと言えどサイレンスぐらいだろう。ネイヴで言えば、軽戦車に搭載している戦車砲が三七ミリ。つまり、軽戦車よりも大口径の火砲を搭載しているのだ。しかも連装で。

 その連装砲から対空榴弾が次々と放たれる。コテツは大きく機体を旋回させ、これを回避。

 アウムの対空榴弾には、最新の近接信管が使われている。これは従来の着弾と同時に炸裂する着発信管、予め起爆までの時間をセットして発射する時限信管と違い、目標物に近づいただけで起爆する優れモノだ。この近接信管の開発により、アウムの対空砲撃の命中率は飛躍的に高まった。実際、コテツも以前にアウムの対空榴弾による砲撃に晒されたことがあるが……機動性の低い爆撃機や攻撃機だけでなく、運動性の高さに定評のある飛鷹ですら、まるで七面鳥のように簡単に墜とされていくのを目の当たりにしている。中途半端な回避運動では、榴弾の炸裂から逃れることはできない。現に撃ち落とされた味方機の何割かは、単なる盲撃ちと油断して、中途半端な回避で榴弾の炸裂に巻き込まれているのだ。

 なお、ネイヴではこの近接信管は未だに実用化されておらず、あまりの未帰還機の多さに、当初は撃墜されたのではなく、作戦空域に積乱雲でも発生して、近隣の味方飛行場に飛行隊単位で緊急着陸していたのではないか、と司令が勘違いしていたと言うマヌケなオチすら付いた。もちろん、その凄まじい新兵器の迎撃に晒されたコテツ達パイロットからしてみたら、笑い話では済まないが。

 と、

 ズドオォォォンッ!

 ズドオォォォンッ!

 ズドオォォォンッ!

 背後で次々と榴弾が炸裂する。近接信管は目標物に近づかない限り、起爆することはない。つまり、コテツが回避してしまえば起爆することはないはずだ。

 と言うことは……連中は榴弾に近接信管ではなく、時限信管でも使っているのだろうか。

 近接信管がどんな原理で動いているのかコテツには分からないが……それなりに大きな装置であるのなら、対空榴弾としてはかなり小型と言える四〇ミリ弾には搭載できない可能性もある。であるならば、この榴弾に搭載されているのは時限信管の類だろう。対空榴弾に、着弾しないと炸裂しない着発信管を用いる意味は無い。

 時限信管であるなら、至近距離をすり抜けたところで、ほぼ影響はない―もちろん、起爆時間をドンピシャに合わされた場合はこの限りではないが、高速で自在に飛び交う航空機に対し、着弾タイミングを合わせて起爆時間をセットするなど、奇跡に等しい。実際、ネイヴでは対空榴弾に時限信管を用いているのだが……確たる戦果を挙げられてはいない。

 だからと言って、自らの身を使って確認したいとは思わないが。

 と、旋回する島風のコックピットに、榴弾の爆光が飛び込んできた。コテツは目を細めつつ、そちらに視線を向け……思わずその目を剥いた。

 榴弾が味方であるはずのタイコンデロガの編隊のど真ん中で炸裂している。サイレンスの至近でも、だ。

 やはり、アウムはこの小型の空対空榴弾にも近接信管を搭載していた―だが、そんなことがコテツの背筋を凍らせたのではない。

 コテツを心胆寒からしめたのは、味方殺しフレンドリー・ファイア上等の乱射だ。

 戦場に常識や倫理など通用しない、と分かっていても、否、分かっているからこそ、前線の兵士は絶対に最後の一線を踏み越えない。そこを踏み越えてしまえば、戦争は単なる殺戮に変わるからだ。もちろん、そんなモノ、薄っぺらい自己満足、免罪符であることは分かっている。

 だが、それでも引き金を引く兵士にとって、それは己が殺人鬼ではなく、武人であることを証明するための最後の拠り所だ。そして、味方殺しなど、その超えてはいけない一線の最たるモノ。無防備な民間人を虐殺するのと変わらないぐらい、あってはならないことだ。

 と、その榴弾の炸裂の中から二機のタイコンデロガが飛び出してきた。予想外の展開にコテツの思考は一瞬反応が遅れる。が、幾多の戦場を切り抜けた経験が、考えるより早く島風に回避運動を取らせていた。

 一機につき八門。二機で合計一六門の機関銃が一斉に火を噴く。その一六の火線が島風をかすめ……あろうことか、護るべき対象であるはずのサイレンスを直撃した。

 が、火線はサイレンスの機体表面に火花を散らせるのみで、ダメージを被った様子はない。

 「化け物かよ、こいつら……」

 何を今更、と思わず胸中でツッコミを入れる。

 そう、アウム機の装甲が半端なく分厚いのは今に始まったことではない。だが、その装甲の厚さを活かし、まさか同士討ち前提で撃って来るとは思わなかった。

 ネイヴの放った対空榴弾は、アウムのそれと比べて、想定通りの戦果を挙げられなかった、と言われている。その理由の一つに近接信管の有無は当然挙げられるが……そもそも命中するしない以前に、命中しても致命的なダメージを与えられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだ。バラ撒かれた鉄球や破片、爆風程度では頑丈なアウム機には通用しない。

 味方に当たっても、味方が墜ちないのであれば、確かに味方殺しにはならない。禁忌には触れていない、と言えるだろう。もっともアウム側とて、できれば使いたくない、最後の最後の奥の手であることは間違いないだろうが。いくら装甲が分厚いと言っても、風防などの脆弱な部分に命中すればタダでは済まないし、そもそも味方に銃口を向ける、向けられることに対する精神的な摩耗は計り知れない。まさに文字通り肉を切らせて骨を断つ攻撃と言える。

 が、少なくとも護衛として随伴しているタイコンデロガ隊に関して言えば、島風をサイレンスに取り付かせた時点で既に任務に失敗している。最終的に絨毯爆撃に成功すれば、戦略レベルでは作戦成功と言えるが……戦術レベルでは敗北した、と言われても仕方あるまい。

 もはや背に腹は代えられない。肉だろうが骨だろうが、それと引き換えにこの小うるさい敵戦闘機を叩き落とせるなら安いモノだ。正攻法で墜とせる相手ではない。それはホークアイ小隊が全滅したことでも明白だ。邪道だろうと禁忌だろうと使える手段は全て使わねば、こちらが殺られる。

 対空機銃が弾幕を張り、対空榴弾が炎と鉄球の花を咲かせる。炸裂する業火の中、爆散する鉄球などモノともせず、タイコンデロガが島風を追い回す。

 「呆れた頑丈さだな、おいっ!?」

 荒れ狂う弾丸と鉄球を巧みにかわしつつ、コテツが毒づく。

 もともと七.七ミリ程度ではびくともしない頑丈な機体だ。直撃ならともかく、対空榴弾の炸裂に巻き込まれた程度で、さしたるダメージを受けないのは、分からなくもない。

 だが、島風の方はそうはいかない。コテツは背後からの攻撃の気配を感じ、咄嗟に左へ半横転。主翼を弾丸がかすめる。

 島風の機動は無差別に撃ち放たれる弾幕に遮られ、大きく制限されるが……タイコンデロガは自慢の装甲でこれを弾くことにより、その制限を受けることが無い。これでは、島風の最大の武器である機動性は半減。まさに片翼をもがれた鳥だ。

 と、九○度傾いた視界の中、左端に二つの機影が見える。タイコンデロガの援軍だ。新しく現れたタイコンデロガもまた、流れ弾など気にせず、上昇旋回しながら島風の前方に回り込もうとしていた。後ろから追いかけてくる二機と連携して挟撃しようと言う腹づもりなのは考えなくても分かる。

 垂直旋回で逃げる島風を捉えんと、四機のタイコンデロガが十字砲火を放つ。

 四本の火線が獲物を串刺しにしようとしたまさにその時、島風の姿が忽然とかき消えた。

 必中の間合い、必殺の包囲網の中で敵を見失ったタイコンデロガ達は、茫然自失となって互いの機体を宙に交差させる。

 刹那、

 ブオォォォォォっ!

 後方から三○ミリ弾の束が疾風のごとく襲い掛かる。四機のタイコンデロガはなす術もなく粉々に砕かれた。恐らく、中のパイロット達は我が身に何が起きたか理解する間も無く、その身を空に投げ出されたことだろう。

 左捻り込み。それを再び、水平面旋回中に強引に放ったのだ。

 爆砕したタイコンデロガを尻目に、島風が空を駆ける。狙うはただひとつ。空の王者、空中戦艦サイレンス。

 島風は一気にサイレンスの下方に取り付く。生物であれば腹部、艦艇であれば艦底に当たる位置。

 ブオォォォッ!

 機首の機関砲が唸りを上げ、三○ミリ弾を機体下部の爆弾倉に叩き込むっ!


 ドガアァァァァァァァァンッ!


 内部の爆弾が誘爆。爆光が空を灼き、爆風が空を揺るがす。視界も計器も麻痺した世界の中、コテツはカンだけで、機体を上昇させる。高度を取ったところで一転、島風は一八○度反転すると、そのまま背面逆落としで急降下。その行く先に巨大な影が現れる。

 この空域で、否、この世界の空でこれほど巨大なシルエットを持つ存在など他にはいない。コテツはそのバカデカい上面に躊躇なく砲弾を撃ち込んだ。


 ドオォォォォォォォォォンッ!


 二機目のサイレンスが爆発、再び空が灼熱に塗りつぶされる。

 こうも強烈な光を立て続けに浴びせられては、視覚など全く役に立たない。荒れ狂う爆風で計器も狂い、真っ直ぐ飛ぶことすら困難。いつ空間失調症に陥ってもおかしくはない。

 だが、コテツにとってはまたとない勝機。この混乱を利用しない手はない。

 もちろん、コテツ自身も空間失調症に陥る危険性はあるが、もともとコテツはアクロバティックな機動で天地がひっくり返る感覚や、雲中、夜間飛行等の視界が利かない状況の飛行にも慣れている。積乱雲に出くわしたのも一度や二度ではない。その諸々の経験がコテツの感覚を鍛え上げている。そう簡単には狂いはしない。

 島風もまた、この荒ぶる風の中でも翻弄されることなく、コテツの操縦に応えていた。時として不安定さが顔を出す機体特性であるが、一度そのクセを把握さえしてしまえば、パイロットの手足であるかのような応答性、比類なきほどの高い機動性を発揮してくれる。クセのある欠陥兵器であるかもしれないが……コテツにとってはこれ以上ないほど、頼もしい翼だ。

 そして、サイレンスは何より巨大だ。その巨体は確かに空中戦艦の二つ名を持つほどの高い戦闘力の原動力となっているが……皮肉にもその巨体が故に敵からは発見しやすい。視界がろくに利かず、他の機体が視認しにくい状況では、ことさらにその巨影は目に付きやすい。

 コテツは急降下の勢いのまま増速しつつ、高度を下げて一旦編隊との距離を取る。この混乱の中ではさすがに護衛のタイコンデロガ隊も島風の姿を見失っているだろう。それに爆炎は一瞬だが、爆煙はしばらく空間に残る。雲ひとつない、クリアだった視界は急激に悪くなったはずだ。

 であれば、一旦距離を開け、死角に回りこんでからの一撃離脱戦法に徹した方が被弾の可能性は少ない。

 いかにコテツが歴戦のパイロットであり、いかに島風が卓越した機動力を有していようと、あんな弾幕の嵐を一切被弾せずに切り抜けられたのは幸運と偶然の産物でしかない。続けていれば、いずれは被弾する。そして、被弾すれば敵と違ってこっちは一巻の終わりだ。

 と、コテツの視界が先の白光とは比べ物にならないほどの白熱に塗りつぶされる。

 「何だっ!?」

 反射的にコテツは操縦桿を倒し、回避運動に移行。だが、そんな島風の動きなどお構いなしに、立て続けに白熱が、そして爆風が空間を押しつぶさんと連続して炸裂する。

 「くそっ!」

 大きな旋回機動を取って何とか機体姿勢を立て直すコテツ。その目が洋上を動く黒々とした影を捉えた。

 「……まさか、戦艦かっ!?」

 空中戦艦、などと言う比喩ではない。

 正真正銘、まごうことなき戦艦だ。その主砲が立て続けに火を噴く。

 パンジャンドラム級戦艦。

 四一センチ・・・三連砲を前甲板に二つ、後甲板に一つ搭載し、さらに並みの巡洋艦ならば主砲として搭載されるような大口径連装砲を副砲として、さらにさらに山のような対空機銃を装備したアウム最強の超弩級戦艦。

 防御力も比類なき随一のモノで、自らの主砲を叩きこまれてもびくともしない、と言われている。実際、ネイヴ軍戦艦の四一センチ砲をまともに食らったにも関わらず、砲弾は装甲を貫通することはできなかった、と言う記録もある。

 その単艦戦闘力はネイヴ連合艦隊の旗艦である富獄にも匹敵すると言われ、現代における最強であり最凶の戦略兵器の一つとして数えられる。

 なるほど。こんなモノが後方に控えているなら、島風の位置を割り出すことなど、造作もないだろう。組織戦を重視するアウムは、艦隊の目である電探と偵察機、そして艦隊を手足のように操るための神経である通信設備を充実させている。とりわけ艦隊旗艦としても使われるパンジャンドラム級戦艦ともなれば、その目の索敵範囲は一○○キロをゆうに超えるだろう。その目から得た情報を手足である航空部隊に通信で逐一送られているとしたら……タイコンデロガ隊が目視外距離にいる島風の正確な位置を掴んでいることも説明がつく。

 パンジャンドラムは、主砲から対空榴弾を次々と放ってくる。はっきり言って単座戦闘機一機を相手にするはやり過ぎ、オーバーキルもいいところだ。

 もっとも、タイコンデロガが構築した防護陣を引き裂き、難攻不落の空中戦艦サイレンスを二機も墜とした戦力を相手にする、と考えれば妥当と言えなくもない攻撃ではあるが。

 「……あんなモンまで出張ってくんのかよ……」

 戦艦の攻撃力は重攻撃機の比ではない。

 艦隊戦でもその戦闘力は如何なく発揮されるが……今次大戦では、その対地攻撃能力の高さを改めて見直される形となった。皮肉なことに、ネイヴが高速戦艦疾風、飛燕からなる艦隊の対地攻撃において、その有用性を世に知らしめることになったのだ。

 疾風、飛燕は共に三六.五センチ砲が八門。火力においては一線級の超弩級戦艦と比較して劣るモノの、それでもこの二艦が敢行した対地攻撃はアウムの航空基地を一夜にして完膚なきまでに叩き潰したのだ。

 もし、それら高速戦艦をはるかに上回る攻撃力を持つ超弩級戦艦パンジャンドラムが周囲の島に無差別に攻撃を始めたら……焦土と化すのは確実、ヘタすれば小さな島の一つや二つ、比喩抜きで物理的に消滅しかねない。

 そして……当然ながら、海上戦力における要、虎の子の戦艦が単艦で殴りこみを掛けるなんてあり得ない。

 上空から俯瞰する限り、パンジャンドラム級が二隻。それを囲うように、ソードフィッシュ級正規空母、シーファイア級軽空母、ヘルキャット級重巡洋艦、ワイルドキャット級軽巡洋艦、コルセア級駆逐艦が十重二十重の輪形陣を組んでいる。その全ての主砲が上空に向けられ、対空榴弾を撃ち放っていた。閃光と爆煙に遮られ、それより小さな艦は視認できないが……気配だけで判断すれば、もっと小さな水雷艇、そしてこの陣容であれば、潜水艦も海面下には潜んでいるだろう。

 強襲揚陸艦の類はいないことから、作戦目的は敵地への上陸、占領ではなく殲滅、即ち純粋な破壊であることは間違いない。

 対空榴弾の斉射の間にも、空母艦隊から次々と艦上戦闘機が上がってくる。

 さらに頭上の編隊からもタイコンデロガが次々と降りてくる。

 島どころか、小国一つを灰塵に帰すことすら容易いであろう大戦力。ネイヴ連合艦隊が総力を持ってしても止められるかどうか。そんなモノにたった一機で立ち向かうなんて、正気の沙汰ではない。

 おまけに、コテツは一ヶ月ぶりの実戦であるにも関らず、激戦の連続。切り札とも言うべき大技を乱発し、心身ともに疲弊していた。しかも機体は飛び慣れた飛鷹ではなく、初めて乗る、しかも過激な機体特性の島風。

 その島風とて、負荷の高い不知火を何度も使用し、いつエンジンブローしてもおかしくない状態だ。機体の方も直撃こそ受けてはいないモノの、飛び交う榴弾の破片によって、既に傷だらけになっていた。

 共に満身創痍。万全の状態ですら絶望的だと言うのに、この状態コンデションでは、万に一つ、億が一つ、兆が一つにも勝ち目は無い。それどころか、逃げ切ることですら奇跡無しにはあり得ない。

 だが、それでも……それでも……。

 コテツの顔には苦みこそ浮かんでいるが……絶望など一切ない。

 島風は翼を翻し、敵艦隊へ突っ込んでいく。

 操縦桿を握った両手、フットペダルに載せた両足、そして全身の神経を極限まで集中させる。

 操縦桿は補助翼と昇降舵に、フットペダルは方向蛇に、それぞれ操縦索で繋がっている。航空機を一つの生物と例えるならば、翼は手足、操縦索は神経、そしてパイロットは……魂。

 まさに一心同体、人鳥一体。コテツと島風は融け合い混ざり合う。操縦桿を通し、翼を通し、コテツの感覚が風を掴んで無限に広がっていく。

 

 もはや考える必要もない。

 ただ、羽ばたくのみ。

 コテツと島風は一陣の風となって戦場の空を吹き抜ける。

 

 雷鳴が轟いた。

 驚き、ハルナはその方向に視線を向ける。

 だが、そこにあるのは鮮やかな蒼天。南洋特有の積乱雲も、今日は見当たらない。雷鳴が轟く要素など、何一つ見当たらない。

 「……一体、何が……」

 無意識の呟きが零れる。

 と、蒼天に、雷雲など欠片も見当たらない空に、稲光が走る。

 いや、これは稲光などではない。陽光すら霞むほどの強烈な光を放つ光球。あえて言うなら……真昼の星、いや、小型の太陽、と言うべきか。

 その光の球がまるで華のように、次々と大空に現れる。光は次々と加速度的に生まれ出で……やがて、帯状に大空を塗り潰すほどに咲き乱れた。まさに白光の百花繚乱。

 ザっ!

 一際強い風が巻き起こり、ハルナの黒髪を梳る。

 「……コテツ……?」

 我知らず、呟きが漏れた。

 あそこに……あの光の中にコテツがいる。吹き抜ける風の中に、コテツの息吹を確かに感じる。

 ハルナは再び目を閉じて、風の翼に祈りを捧げる。

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