第5話 チームワーク
「纏いて来たれ」
唐突に呪文が響いた。鈴木の横、あいつが吹き飛ばした黒スーツだ。あいつも魔道士なのか。
またゴウと音を立てて風が動く。薄暗い街灯の明かりの下、風が鈴木へ向かって歪むのが分かった。
見えない塊が動く。
「こんなもの」
鈴木は、一升瓶を抱えたまま、静かに目を閉じた。すう、と空気が澄んだ気がした。
そしてさらに空気が歪んだように見えた。いや、空気じゃない。薄い水の膜のようなものが、鈴木の前に現れた。向かってくる風の塊を受け止め、包み込み、もろとも四散した。
「恐るるに足らずですね」
キラキラと水滴が街灯に光る。
「わたしもバッチリ飲んできたので準備万端ですよ!」
鈴木は目を爛々とさせて、一升瓶の首を持ち上げる。マジか。
DV男は、唖然として鈴木を見た。黒スーツがわめきたてる。
「お前はなんで来てんだよ!」
拳を突き出した。鈴木は一升瓶を抱えて、時々グビグビ飲みながら、ふわふわよれよれと妙な動きで男の拳をかわす。
「人相手に、水の術を使うのは本意ではありませんから」
言いながら妙なバネで強烈な一撃を食らわした。
「酔拳でお相手します!」
それも立派にチートな術だけどな。
相手も武道の心得があるようなのはわかるが、明らかにパワーもスピードも鈴木が上回っている。
「なんなんだよ、お前は!」
スーツの男がわめく。いや、気持ちは分かる。
「なんだって、宮田さんの相棒ですけど!?」
だからなにか。という調子で鈴木が言った。
くるりと体をひねって、まわし蹴りで黒スーツをふきとばす。すたん、と着地して、両手を捻るようにして構えながら続けた。
「不本意ながら」
「うっるせー! 不本意なのはこっちだ!」
俺は思わず叫んだが、鈴木は珍しくガン無視した。
「あなたこそなんなんです? 魔導で人を襲うなんて!」
「ひっでーな鈴木」
襲撃犯ともみあっていた栄が言った。
「お前そいつ知ってんだろ」
「知ってるわけないじゃないですか、こんな卑怯で卑劣で得体の知れない人!」
「お前、いい加減にしろよ!」
殴られて腫れ上がった顔で、黒スーツがわめく。
「お前誰だよ」
俺が三本目のタバコに火をつけながら言うと、黒スーツの男はよれよれになって立ちながら、怒りをぶつけてきた。
「はああ? 会社で会ってるだろうが!」
「知らねーよ」
眉間にしわを寄せて煙を吐き出す。
いや、言われてみれば、見たことあるような。気がするようなしないような。いやもう元の顔、わかんなくなってきたけど。
つーか、こいつか。会社の人間は。このDV男に栄と俺の情報を流したのは。
「お前ら、ほんとに、いい加減にしろよ!」
ごう、とまた風が動いた。
栄がもみ合っていたDV男と、黒スーツが声を上げる。
「飄の風よ!」
「炎獄の車輪!」
DV男と声が重なった。
相手の魔術が発動する。風と炎が渦巻いて、巨大な豪風が巻き起こった。辺りが真昼のように明るくなる。熱い!
鈴木は水の塊を出現させて、炎の塊にぶつけた。だが、勢いが衰えただけで、どういう相乗効果か、風を巻き付けた炎は消えない。
「宮田さん!」
鈴木は迷わず一升瓶を逆さまにした。するすると透明な液体が落ちて、一本の刀に変わる。
言われずとも、俺は鈴木に向けて煙を吐き出した。
鈴木の刀にぶつかった煙がはじけて、青い炎が吹き上がった。あおられた鈴木の顔が青く染まる。
「どっせええええい!!」
鈴木は気合いとともに、向かってくる炎の塊にむけて、フルスイングした。
赤い炎と青い炎をまとった刀がぶつかる。
暴風が巻き起こった。
炎がかき消えて、鈴木の持っている青い刀が残った。
「チームワークにはチームワークで! わたしたちの方が上だったようですね!」
「なんか恥ずかしいからやめろ」
言ったときだった。ものすごい急ブレーキの音を立てて、黒スーツの後ろでタクシーが止まった。
黒スーツが固まる。俺たちも固まって、タクシーを見る。
ゆっくりと、後部座席の扉が開いた。
ヒールのサンダルと、黒いストレッチパンツをはいた足が、地面におりる。それから、黒いシャツを着て、髪をぐるぐるにひっつめた女が姿を見せた。タクシーを降りて、仁王立ちした。
その後ろで、バタンと音を立ててドアが閉まる。逃げるようにタクシーが走り去っていく。
女は不機嫌そのものの顔で、そこにいる人間を見回した。
「何時だと思っている」
低く抑えた声が、その場に落とされた。
女王様、もとい松下さんが、腕組みをして立っていた。栄ともみあっているDV男と、鈴木と組み合っていた黒スーツを見て、眉をしかめた。
不機嫌な空気がビリビリと伝わってくる。さっきまでいきり立っていた皆が、いっせいに口をつぐんで、おとなしくなった。すみませんすみません、と意味もなく謝りたくなる。鈴木の持っていた一升瓶から、ぱしゃんと音を立てて刀が消えた。
なんで松下さんが。栄が呼んだのか。
「何を夜中に騒いでいるんだ、君たちは」
松下さんの指先が、不機嫌にトントンと腕を叩く。
「警察が来るまで、そこに正座して反省していなさい」
怒りのオーラを纏った声が、しっかりと命じた。
DV男と、黒スーツの顔が、さあっと白くなった。ゴツと音を立てて、アスファルトの上に、唐突に正座する。――痛そう。
「はい!」
「すみませんでした!」
鈴木と栄がいきおいよく返事をして、地面に正座する。
……いや、お前らはいいから。
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