第4話 真打ち

 口にためた煙を輪にして吐き出す。

 追いついてきた男が何かをわめいた。また風がごうごうと動いて、俺の吹いた煙にぶつかる。瞬間、爆風が巻き起こった。看板やら何やらがなぎ倒され、ちょうど出てきた人たちが悲鳴を上げる。

 まずい、ここは人が多い。

「小林、走れ!」

 俺は小林の腕を引っ張り上げながら走り出した。居酒屋の店先から少し離れて置いてあった灰皿に、吸い殻を放り投げる。袖も皮膚もボロボロになった腕を押さえながら、高口が追いかけてくる。

「なんなんだよこれ! なんだあいつ!?」

 わめきながらよろよろと走る小林と高口を行かせて、俺は立ち止まる。握ったままだったスマホをポケットにしまい、かわりにタバコとライターを取り出した。すぐに火を点ける。

 また何か術を放ってくるのに向けて、煙を吐き出した。空中で爆発する。爆風に押されるように、俺も二人を追って走った。

 くそ、電子タバコ持ってくるんだった。目くらましになったのに。

 俺は時折、牽制するように振り返って煙を吹き出しながら走った。

 酒で息がきれるし、体力なくて息がきれるし、タバコのせいで息がきれるし。

 逃げ切る前に貧血でぶったおれるわ。



「宮田さん! やっと見つけた」

 路地の向こうから、呼ぶ声がした。

 慌てて見ると、栄が走ってくるのが見えた。

 なんだあいつ、サイコメトリーしなかったのか!? なんで駆けつけてくるんだよ!

「栄のやつ、帰ったんじゃなかったのか?」

 ぜえぜえと息をしながら小林が言う。

 しまった、こいつは栄が狙われてるのを知らなかった。

「てめえ!」

 後ろで男がわめく。やっぱり聞かれたか。

「てめえが栄か!」

 俺は足を止める。立ちふさがろうとしたが、男が早かった。頬にガツンと衝撃が走り、俺は不意を打たれてよろけた。血の味が広がる。手からタバコが落ちる。

 まさか拳で来るとは。ヤバイと思ったときには、蹴りが俺の顎をとらえていた。衝撃に頭が揺さぶられる。男は地面にひっくり返った俺を蹴飛ばし、高口を突き飛ばし、ズカズカと栄の方へ向かった。

「お前、何やってやがんだ!」

 小林が叫ぶ。

「やめろ小林!」

 頼むから、手を出すな。

 俺はなんとか起き上がろうとしたが、脳天がくらくらする。

「邪魔すんじゃねーよ!」

 掴みかかった小林を、男はいとも簡単に突き飛ばし、蹴飛ばした。小林は地面に尻餅をつく。男は小林に見向きもせずに、ズカズカと栄の方へ向かっていく。

 酔っ払ってたいした抵抗できなかったのが幸いした。変に術をぶっ放されるよりはずっといい。

「てめえが栄か、俺の女のとこに名刺おいてったのはてめーか!」

 男がわめく。

 あいつやっぱり女関係でなんかめんどくさいことに。思っていると、栄は俺たちに向かって言った。

「違いますからね! プライベートで女の子に会社の名刺ばらまいてないですからね! 万が一、会社に押し掛けてこられたら面倒なんで!」

 何気に前提がひでえわ。

「前にそういうことがあったから用心してるんです!」

 そうですか。

「聞いてんのか!」

 ガン無視していた栄の襟首を男が掴む。勢いのまま殴りかかった。

 だがその前に栄が叫ぶ。

「お前は!」

 男の鼻面に頭突きをかました。

「何を!」

 今度は顎を額で打ち付ける。

「やってくれてんだ!」

 最後は拳で男の腹を殴りつけた。男の手が離れて、うめきながら地面に膝を突いた。

 のらりくらりとした現代っ子だと思ってたら、意外と喧嘩っ早いのね……。

「同僚に怪我させやがって、しかも俺の信用ガタ落ちじゃねーか!」

 力いっぱい拳を握って栄は叫んだ。

 男はよろけて、栄から離れる。クソッと悪態をついた。

「てめえらが先に余計なことしやがったんだろうが! てめえらがなんかやりやがったせいで、あの女に近づけねえし」

 なんか、よくない話の気がする。

「ああ、思い出した」

 栄は、ぽんと掌に拳をのせた。

「DV元彼から逃げたらストーカー化して困ってた人からの依頼のか。俺が証拠集めして、接近禁止命令のうえ、松下さんが彼女に近づかないように命令した」

 暗示をかけたとか、洗脳したとかじゃなくて、命令か。さすがと言うべきか。

 しかしそれは、どう考えても正しい対応に思える。誰にでも魔導ぶつけてくるようなDV男って危なすぎるだろう。

 狙われていた理由はそうだとして。

 ――こいつはなんで栄がここにいるのわかった? しかもなんで俺の能力のこと知っていた?

 栄は、普段は人畜無害そうな顔を怒りに染めて、怒鳴った。

「逆恨みしてんじゃねーよ!」



 突然、ガツンと言う音がして、栄が崩れ落ちた。頭を抑えて地面に倒れ込む。

「なに手こずってんだよ」

 いつの間にか、栄の後ろに男が立っていた。黒いスーツを着て、夜に溶け込んでいる。最初の襲撃者に向けて、見下したように言った。

「さっさと片付けろよこんなやつ」

 栄に殴り倒された男が立ち上がる。

「うるせえ、自分じゃなんもできねーくせにガタガタ抜かすな!」

「お前がグズグズしてるから、俺が手を出さなきゃならなくなったじゃねーか! 応援がくる前にさっさと……」

 黒スーツの男が怒鳴ったところだった。



「でいやああ!」

 ものすごい声が聞こえたのと同時に、スーツの男がふっとんだ。

 横から何かに突き飛ばされて、塀に真正面からぶつかってひかれたカエルみたいになった。

 なんなんだよ、と思うまでもない。

 足を蹴り上げた格好で、そこに鈴木が立っていた。

 ――いや、早いなお前。



「宮田さん、無事ですか!?」

 鈴木は、ぐしゃぐしゃの髪を後ろに束ねて、ヨレヨレのTシャツに短パンに、かろうじて足元はスニーカーで、一升瓶を抱えていた。緑色の瓶に白い紙が巻かれて「鍋島」と書いてある。

「夜遅くまで飲み歩いてるからこんな目にあうんですよ!」

「飲み歩いてたせいじゃねーけどな!」

 開口一番の説教に思わず言い返した。なんとか立ち上がる。

「ワンカップにしろって言っただろうが」

「家にあったのを持ってきたんです!」

 まだ色々突っ込みたかったが、それ以上は言葉が出てこなかった。

 取るもとりあえず出てきたという明らかな部屋着で、急いで駆けつけてくれたのは明らかだった。

「お前、そんな格好でうろつくな」

「しかたないじゃないですか、宮田さんが、助けてって言うから!」

「言ってねーけど!」

 似たようなことは言った。

「よく場所が分かったな」

「だから、術が発動してる場所を探って」

「家からか」

 どんだけ距離が離れているんだか。すげーな。

「それは栄からも連絡がありましたので、近くまで来てから」

 まぎらわしいな。ビックリしたの返せよ。

「栄も、何をやっているんですか! 要領いいのが特技のくせに、やられるとは情けない!」

「うるせえ、デカい声だけが特技のやつに言われたくねえ!」

 栄が珍しく鈴木に怒鳴り返す。最初の襲撃者が再び襲いかかろうとするのを踏みつけ、背中を押さえつけていた。

 あーもう鈴木が出てきた途端にめちゃくちゃだ。

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