第5話 人間というより人外

 石段からまた明かりが昇ってくる。一つ二つじゃない。

 鳥居の下、ヘルメットの頭にライトをつけた男たちが現れた。まぶしさに思わず俺たちは手をあげて目をかばった。

 目を細めながらなんとか見ると、男たちは手にチェーンソーを持っている。全部で四人。

 ――いやいやいや待て待て。さっきからほんとに訳分からない。情報過多だ。頭が追いつかない。

「なんだお前らは。こんな時間にこんなところで何やってやがるんだ」

 ドスのきいた声で、人相の悪い、先頭のごついおっさんが言った。ざわざわと周りの木が風に揺れる。こんな時間にこんなところで何やってやがるんだはこっちの台詞だ。だが当然、そんな言葉を投げつけ返せる空気じゃない。

「参拝しにきたんです。もう帰るところです」

 俺はとっさに言っていた。ほおおーと、先頭のおっさんが顎を撫でる。

「こんなとこに参拝客とか、珍しいな」

「ええっと、工事か何かの方ですか? 神社の修繕とか?」

 へらり、と笑いながら俺はおっさんたちに言った。日が暮れてこんな暗いところで工事なんてするわけが無い。もし修繕なら、地元住民だって知ってるはずだ。うちの会社に依頼してきたりしない。わかりきったことだ。

 おっさんたちは顔を見合わせて、横柄に言う。

「そうだよ」

「へええ、そうですかあ。お仕事の邪魔してすみませんー。こういう寂れたところ珍しくて、ちょっと肝試しに来てみただけなんですよー。もう帰りますねー」

「宮田さん!」

 鈴木、頼むから余計な口挟むなよ。

 ここはいったん離れて通報するしかない。光も音も多分こいつらの仕業だ。チェーンソーの集団とかおかしいやつらに関わりたくない。

「ほら、行くぞ。青年も、もう帰った方がいいんじゃねーかな」

 俺は鈴木の腕を強引に掴んだ。

「どうもーすみませーん、おさわがせしましたー」

 頭を下げながら、おっさんたちの方へ歩き出した。このまま、何事もない風を装って、横をすり抜けられれば……!

「宮田さん!」

 だから、黙ってろって。


 ドゥルン、とエンジン音がした。鈴木が馬鹿力で俺を引っ張る。いきなりの力に、俺はよろけてころびかけた。なんとか立ち止まる。

 ドゥルン、ドゥルン、と次々にエンジン音が響く。

 四人のおっさんたちは、問答無用でチェンソーのエンジンを入れ、両手で構えた。

 エンジン音が木々に木霊していく。なんだこれ、こいつら、どういうつもりだ。

 俺は慌ててあとずさり、青年たちのところに戻った。

「ええっと、そこ通してもらえますか?」

 なるべく腰を低くして言った。鈴木は仁王立ちで拳を握っているが。

「残念だが、見られたからには、見逃せねえ。夜遊びしているのがいけないんだぞ~」

 チェーンソーのおっさんが、間延びした声で言った。まったく悪びれない声だった。しかも、見られたとか何とか言う割に、頭に皎々とライトをつけてて、隠れる気が感じられない。人なんか来ないとたかをくくっていたんだろうが。

 なんだこれ、何事だ。猟奇殺人か。

 どうすんだこれ。

 のどかな声も、薄く笑う顔も、言ってることに対してまるで穏やかで、非現実的で、木霊よりよほどこいつらの方が妖怪みたいだった。モンスターだ。チェーンソーのおっさん軍団が現れた! と脳内で思わず現実逃避なナレーションを唱える。いやいやだからそんな場合じゃねえって。

 状況に頭がついてこない。だが、なんとかしなくては。


 俺はとにかく、相手をこれ以上刺激しないようへらへらと笑いながら、両手を挙げる。降参のポーズだ。

「ちょっと、落ち着いて話し合いましょうよ。何をしに来たのか知らないですけど」

 エンジン音に負けないように、でも威圧的にならないように、俺は声を上げた。

 さりげなく懐に手を突っ込む。

「おい」

 先頭のおっさんが見咎めて、ブンブンと振動する刃をこっちに向けた。刃がヘッドライトに反射してギラリと光っている。

「何をする気だ?」

 俺は内心冷や汗をかきながら、愛想笑いを浮かべる。

「ちょっとびっくりしたんで。気付けにタバコくらい吸わせてくださいよ。ね、そちらも吸います?」

 へこへこしながら、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。

 ――なんか固い。

 見ると、黒い四角いものを持っていた。どうみてもタバコじゃ無い。なんかのバッテリーのような……。

 しまった電子タバコしか持ってない。

「タバコ忘れた」

「何やってるんですか!」

 鈴木が馬鹿でかい声で俺を叱責した。おっさんたちもちょっとびっくりした顔で見る。

「うるせえ、しかたねーだろ、昼間実験につき合わされたせいだ」

「仕事の道具忘れるとか、社会人の自覚足りないんじゃ無いですか!?」

 鈴木に社会人の自覚とか言われるとか、すごい屈辱。しかし今回ばかりは正論だった。

「来る途中に買うつもりだったのに、このへんコンビニがねーから!」

「さりげなく人の地元けなすのやめてもらえますか! あんたたちが来た道になかっただけだから! これ見ろ!」

 青年が割り込んできて、さっき投げ捨てたコンビニの袋を指さした。

 そうこうしている間に、おっさんたちはエンジン音を響かせ、ヘッドライトをギラギラさせながら、鳥居をくぐってきた。

 やばい、このままだと――バラして捨てられる!

 電子タバコじゃうまくいかなかったんだが。ものは試しだ。とりあえず何でもやってみるしかない。

 俺はバッテリーケースから細長い棒を取り出して、スーツのポケットから、別の箱を取り出した。短いタバコのようなスティックを刺す。小さなスイッチを押した。あー、やっぱ起動に少し時間がかかる。


 ふと、木の精が青年から離れた。凜と立って、おっさんたちを静かに見る。俺たちの騒ぎなどどこ吹く風という様子で、厳かに言った。

「こやつらは盗人だ。今日は直紀が泊まりこみで見張ってくれると言うておったところだった」

「いや無謀だろどう考えても」

 低いエンジン音を響かせるチェーンソーを持ったおっさんたちを見る。あの集団に、若者一人で、どうするっていうんだ。

「誰も真っ向から立ち向かうとか言ってないだろ。奴らが現れたら警察に通報するつもりだったんだ! それをあんたらが騒いでるから鉢合わせたんだろうが!」

「あなたが境内を散らかしているから!」

 鈴木がくってかかる。それはこの場合、あっているようないないような。その二人を尻目に、木の精が言う。

「昔から強盗は、人を殺して盗んでいくものだ」

 冷静に言うのやめて。

 防犯は、自分が家に居るときの方が、ちゃんとした方がいいという。留守中に盗まれても命に危険は無いが、家に居るときに押し込まれたら、殺される。

 おっさんたちは、どんどん境内に踏み込んでくる。後ずさりしながら、俺は焦れて手元のホルダーを見た。

 ――やっと、LEDライトが点滅する。



 俺は電子タバコのスティックをくわえ、息を吸い込んだ。煙を口の中にためこむ。頬いっぱいに。

 人間に吹きかけるのはためらわれて、近くの賽銭箱に向けて白い煙を吐き出した。ふわんと塊が飛んだが、輪にならない。

「こんな時に何やってんだよ、あんた」

 青年が怒りのにじんだ声で言ったが、無視する。

 ――やっぱこれじゃだめだ。タバコでないと。

「ほんと、宮田さん、トロい上に使えないってどういうことですか!? くさいし!」

「うるせー! 使えないとか、お前に言われたくねえ! くさいのは我慢しろ!」

 鈴木は拳を固める。エンジン音は迫ってくる。俺はやけくそになって、もう一度電子タバコを吸う。ダメだと言ってる場合じゃ無い。ダメ元で、とにかくやるしかない。他にどうにかならないか、考えながら息を吸い込んだ。

 俺はふたたび、煙――白い水蒸気を慎重に吐き出す。くっさい、と鈴木がまた叫んだ。うるせえ。

 水蒸気は輪になって、飛んでいく。会社で成功したときよりも、きれいで大きい。

 やった、と思ったときだった。

 賽銭箱にぶつかって、爆発が起きた。

 いや、爆発のようなもの。白い蒸気がはじけて、辺りを覆った。霧だ。辺り一面に靄がかかる。目の前がほとんど見えない。真っ白だ。

 おっさんたちのどよめきが聞こえる。くっさい、と鈴木がわめいた。

「おい、逃げるぞ!」

 俺は声を潜めて、近くに居た青年の腕を掴んだ。

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