第二章 夜はざわめく

第1話 新兵器か、ただの嗜好品

「宮田さん、あれ試してみました?」

 能力開発課の高口青年は、小さい顔にあわないデカいメガネをずりあげて言った。手にしたクリップボードを見ながら。

 会社の地下の、防火設備のある広い部屋で、俺たちはぽつんと立っている。

「電子タバコってあるじゃないですか。最近はやってるやつ」

「ああ、臭いがしないとか、タールが入ってないとかいうやつ。なかなか手に入らないんだよ。本体が、大手メーカーが開発した肝いりのやつだろ」

「なんとか会社の力で手に入れてみたんですけど、使ってみます?」

 顔を上げて、もさもさの前髪の下でにんまり笑う。

 高口青年は白衣のポケットから、タバコくらいの大きさの黒い棒のようなものを取り出した。あとタバコの箱くらいの大きさの黒いプラスチックケース。さらに、タバコの箱みたいな青い箱。

「こっちのケースみたいな箱は、ポケットチャージャーといって、充電用のケースです。このホルダーって言う細い棒を、この中に収納して充電します。ポケットチャージャー自体はUSBで充電できます。」

 高口青年は、棒をケースに入れて、蓋をしてから電源ボタンを押した。ランプが点灯する。

「へえー。ずいぶん簡単だなあ」

 今まで他のうさんくさい電子タバコを試してみたことはあるけど、充電めんどくさいし。これは、専用ボックスを充電に入れとくだけだしラクチンだ。さすが大手メーカーの開発したものは、気合いの入り方が違う。

「これ厳密には可燃式タバコと言うらしくて、熱で葉を蒸らしているだけみたいですよ。燃やしてるわけじゃないんで、宮田さんの能力に合うかわからないんですけど。煙じゃなくて水蒸気が出てくるらしいです」

 ……水蒸気。

 普通の喫煙者なら、間違って火事にもなることもないし、喜ぶところだ。だが、水蒸気か。

「煙じゃなかったら幽霊に効果ないんじゃないのか。それ以前に爆発するのか」

「そこなんですよね。でもほら、呼吸に霊力がこもるんなら、タバコにこだわる必要ないと思うんですよ」

 ……前もそんなようなこと言ってたな。シャボン玉とか。

 微妙な顔をしていると、高口青年は、淡々と続ける。

「ほら、バブルリングって知ってます?」

「……水系? 」

「知らないんですか? イルカが空気を吐き出して輪っかを作るんですけど」

 嫌な予感しかしない。プールに放り込まれて散々練習させられる姿が思い浮かんだ。

「それ役に立つタイミングなさすぎねーか。入社直後の検査の時も、水の中で息吹いてみたけど何にもならなかったし。それに俺、火気と相性がいいんじゃなかったっけ」

「でもほら、鈴木さんが水系の能力だし」

「嫌すぎる」

 何で協力技を考察せねばならんのだ。

 話をそらそう。俺は手元の電子タバコを指さした。

「ちなみにこれって中身改造とかしてんの? なんか術発動しやすい感じとか増幅とかの感じに」

 ああ、変な会話してる。違和感もなくなってきた。すっかりこの環境に慣れてきてしまった。

「とりあえずこれは正規品のままです。今度現場で幽霊に遭遇したら、試しにやってみてくださいよ」

「いやお前、そんな悠長なことやってられるか」

「まあまあ、幽霊はともかくとして、とりあえず能力発動するか試してみましょうよ。うまくいったら、改造するとか、こういうの開発するとかで、宮田さんの能力をアレンジできるかも知れないですよ。」

 メガネの奥の目がワクワクと俺を見た。

「希少品ですよお。吸ってみたいでしょ~」

 怪しい商人みたいだなお前。

 高口青年は、青い箱の中から短いタバコのようなものを取り出して、棒に刺した。

「この短いの、ヒートスティックっていうんですけど、これがタバコのかわりみたいですね。このホルダーにさして、こっちの棒のボタンを押して、可燃させたら吸えます」

 高口青年は、ポケットチャージャーから棒をとりだして、そこについてるボタンを押した。

 使い勝手が良さそうな気がしたが、結構手間だ。

 でもせっかくだし、高口青年もすすめてくるし、仕方が無いので試しに吸ってみた。

 しかし最近やっと輪っかを習得したばかりだというのに、しかも成功すると爆発するから練習もままならないというのに、新しい得物でいきなり煙を――じゃなくて水蒸気だが、輪にするのは難しい。水蒸気はなんか軽いし。

 でもこれは健康被害少ない上に臭いも少ないし、残らないし、なによりちゃんと喉にくる。前に他の電子タバコを試したときは、そのへんもいまいちだった。操作性が悪くて、味もいまいちなんて、続くわけが無い。

 能力開発課に通って三日目、うっすらと輪っからしきものができたが、ふわっと広がって消えた。要するに、爆発らしきものは起きず、ちっとも成功しなかった。高口青年は、あからさまにがっかりして、失望の目で俺を見た。

「あーだめかあ。もうちょっと頑張ってくださいよ。なんとかならないかなあ」

「しょーがねーだろ、家で練習できねーんだから。万が一また壁に穴開いたらどうすんだよ。さすがに追い出されるわ」

 高口青年は首をかしげている。

「火気がいるのかなあ。火の上にあれを飛ばしたらいいのかなあ。宮田さん、あれやってみました? 口にお酒含んで、火にふっかけて、口から火を噴くやつ」

「やったことあるわけねーだろ、あほか」

「えー今度やってみましょうよ。また防火設備おさえときますから。すっごいことになるかも。昇格試験のときに評価あがりますよ。攻撃力って大事ですからね」

 新しい思いつきにワクワクした顔でメガネの青年が言う。

 攻撃力って何だよ。

「いや手に負えないものこれ以上増やしたくないし」

「とりあえずそれあげるんで、現場で色々試してみてくださいよ」

「せっかくだからもらってやるけど、無理だったら使わないからな!」

 実際に吸うには煙草に火をつけるよりもずっとタイムラグがある。何より爆発しないし。仕事で使える気がしない。せっかくだから、練習をかねてプライベートで使ってやろう。

 俺は高口青年から受け取ったポケットチャージャーに棒――ホルダーを収納してから、スーツの内ポケットにしまった。



 俺がこんな実験――もとい訓練に付き合わされているのは、立て続けに現場を三件ほどこなしたあたりで、部長からお達しがあったからだ。

 ついでに言うと、鈴木が公休でいないからだ。今日の午後には復帰してくるようだったが。

 コンビかそれ以上かで現場に向かうのが基本だから、鈴木がいないと俺も仕事ができない。普通なら他のチームの補佐とかをやるんだろうが。部長はペーペーの俺をそっちに回すより、未発達の能力を解析する方が先だと判断したらしい。慣れない仕事をひとやすみするには、ちょうどいいタイミングではある。

 他のチームの仕事ぶりとか見たかったけど。鈴木ぜんぜん参考にならねーから。ほとんど俺が、なし崩しに依頼者の話聞いてこなしてるから。営業職とか客商売やったことないのに。

 昼休み、自分の机でコンビニのパンを食べていると、部長がふわーっとやってきた。

「鈴木、昼にはこっちに来る予定だったんだけど、難しいってさっき連絡があってね。休憩終わったら、鈴木を迎えに行ってから、一緒に現場に向かってくれる?」

「あいつ体調悪いんですか」

「いやーあの子無駄に元気だから、そのへんは心配ないんだけど、忙しいみたいでね~。お祭りだから」

 顔に疑問を乗せた俺に、部長は、にこにこ笑いながら続けた。

「鈴木んとこって、実家が神社でしょ。今お祭りをやってるみたいで、忙しいんだって」

「家業手伝いですか」

「基本は副業禁止なんだけど、職業柄実家とか血縁が特殊な人が多くてね~。そういう手伝いの場合は、事前申請しておけば、公休とれることになってんの。お給料は出ないけどペナルティーはなし」

「はあ」

「お寺が実家のとこは、お盆時期とか大変でさ~。卒塔婆書くの手伝うのに休む人もいるよ。お盆時期はね~うちの会社も忙しいから、他の人にしわ寄せ行っちゃったりするけど、まーその辺は持ちつ持たれつで」

 はあ、なるほど。

 鈴木がちらりと言っていたが、やはり実家が神社とかだと、こういう能力を持って生まれる人が多いようだ。

 いや、それよりも、お盆時期忙しいって。それって、あれか。霊関係か。

「待機になるかもしれないから、総務に行って寝袋とか手配してもらうといいよ」

「あ、寝袋持ってるんで、大丈夫です。途中で家に寄って自分の持ってきます」

「あれ、宮田君、意外とアウトドア派なんだ」

「いや前職でたまに使ってて」

「でも前職って、システムエンジニアだよね。……あっ」

 やめて。そのわざとらしい「……あっ」やめて。言っちゃいけないこと言っちゃった顔やめて。

 そうですよ、徹夜で仕事してる時に仮眠する時に使ってましたよ。椅子並べて寝たりするよりも寝袋ですよ。

「いやー世の中には不思議なこともあるものだよねえ」

 部長はそんなことを言いながら、来たときと同じように、ふわーっといなくなった。

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