第7話 ブラック・アンド・ホワイト
第四調査部のフロアはがらんとしていた。ちらほらと人がいるが、誰もいない辺りは電気も消されていて、暗い。その中に、ぽつんと窓際の電気がともっている。窓の前の席に、部長が残っていた。
やあ、と部長はパソコンから顔を上げて手をひらひら振った。
「そろそろ君たちから連絡くるかなと思って待ってたんだ。直帰しなかったんだね」
意外と面倒見のいい部長だ。
鈴木はツカツカとまっすぐに部長のところへ行く。姿勢を正して部長に報告した。
「夕方いったんご連絡した通り、事故の被害者の霊でした。生き霊だったので、体に戻るよう手伝って、解決です。明日も念のため現場の様子見て、もう出てこないかと、別口の可能性を確認してから、改めて依頼人に報告と警察への連絡をする予定です」
「分かりました。今日の分の報告書は明日の日中に作ればいいから、今日はもう帰ったら。あと明日は夜どうせ残らないといけないし、フレックスでいいよ」
ホワイト。なんてホワイトな会社だ。
「宮田君、初めての現場どうだった?」
部長は、メガネの下の顔を人懐っこい笑顔にして、俺に言った。本心が見えない。
とりあえず俺は当たり障りのない返答をする。
「疲れました」
「元デスクワークだしね~。でも、現場を味わうにはほどほどのお仕事だったでしょ。そんなに危ない目にもあわなかっただろうし」
「危ない目って言うか、原因のジャージの三十代男性はともかく、この人が危ないです」
隣の鈴木を指さす。
「部長に変なこと言わないでください! あと指ささないでください!」
鈴木が俺にくってかかる。いや、本当のことだし。
「あーうんうん、でもほら、ちょっと濡れてるくらいで怪我とかしてなさそうだし」
いや、その返答。怪我とかって、ちょっと。
「鈴木はどう思う?」
部長は涼しい顔で鈴木に言った。鈴木は俺をにらんでから、むっつりと答える。
「技の発動までのブランクがありすぎます」
「まーそのへんは、訓練と工夫次第だね。わかりました。鈴木はもう帰っていいよ、あとは宮田君と話があるから」
鈴木は不満そうな顔で俺を見てから、はい、と返事をして、席に戻らずそのまま出て行った。あっさりしてんな。
俺はその後ろ姿がガラスのセキュリティドアの向こうに消えて、エレベータのボタンを押すのを確認してから、部長の方へ顔を戻す。
「鈴木さんの言う通り、依頼人の言う不審者は生き霊だったみたいなんですけど。あのジャージの三十代男性はどうなるんですか? 意識取り戻せても、轢き逃げにはかわりないですよね。犯人は見つかっていないわけで」
こちらは片付いても、あちらはなにも片付いていない。
部長は背もたれに背中を預けて、なるほど、と笑う。
「言いたいことは分かるよ。でもこっちもビジネスだからね。今回の依頼は、不審者の調査だから。お金を払ってくれる依頼人からの依頼が最優先だし、鈴木が言ったように、その事後確認もする。でも、その過程で気がつくことがあっても、会社としては何もできないよ」
そんなことは百も承知なのだが、釈然としないものがある。
「宮田君が自分で助けてあげるなら、話は別だけど。あんまりおすすめはしません」
冷たいようだが部長の言う通りなのだろう。俺の思っていることはただの通りすがりの偽善だし、偽善で俺が何かしてやれるとしても、ビラ配りくらいだ。俺の能力はこのことには何の役にも立たないし、調査のたびに周辺の事情を気にしていたら、何もかも手に負えなくなるだろう。
部長は、笑いながら飄々と言った。
「それに、君たちの報告書が早ければ、あした中には、うちの営業が名刺を持って病院にお邪魔してると思うよ。轢き逃げ犯の捜索お手伝い、警察も手を尽くしてはいるだろうけど、うちも得意だからね」
あー、なるほど。おすすめしない、という言葉にはそういう意味もあったのか。どうせ別案件として会社が動くから、と。
それなら最初からそう言ってくれないかな。まわりくどい言い方して、人が悪い。
胡乱な目で見る俺を、にこにこと部長は見返す。この人はなんかどうも、食わせ者の気配がする。
「で、どうだった? 初現場」
変わらず明るい声の部長に、俺はげっそりとため息をついた。
「なんであの人と俺を行かせたんですか」
もうちょっとちゃんとした人は他にいないのか。新人の指導に向いてそうな人。
「何でだと思う?」
人員不足なんですか、とは言えない。
「依頼人が女性だったから?」
「そう。依頼人が既婚女性だったので、男ばっかり向かわせるのってちょっとね。昼も言ったように、うちの会社ただでさえちょっと胡散臭いところあるから、人によっては警戒むき出しになるし、後からあることないこと言われたら困るしね」
俺が自分で鈴木に言ったように、胡散臭い会社の男が集団で押しかけたら、不審がられるのは間違いない。押しかける前から警戒されてるんだし。
今回の依頼の内容からして、こんにちはと声をかけただけで不審者扱いだから、まあ判断は間違ってない。しかも当の不審者はジャージの三十代男性。俺も自分で昼言ったように、鈴木がいなければ、奥様たちの目は厳しかったに違いない。怖い。
「いやでも、俺が聞きたいのは、そういうことじゃなくて」
「あー、鈴木ね。今回はそんなに大きな事件ではなさそうだったし、原因が何か分からなかったから、オールマイティーな鈴木さんと、社会人経験が豊富な宮田くんをセットにして送り出したわけ。相手が本当に不審者だったとしても、撃退できたと思うよ~」
それって。
俺は、部長に向けて、あからさまに胡乱な顔をした。
「鈴木さんに俺の面倒をみさせつつ、俺に鈴木さんの面倒を見させてたってことですか」
「正解! 宮田君、ほんとに察しがいいよ~。よかったよかった。思ったより鈴木をあしらえそうで」
そっちか。俺の教育じゃないんかい。
「鈴木は神職の資格も持ってて、この業界の知識はそのへんのおっさんたちよりもあるんだよね。能力もあるんだけど、野心強すぎてね。年上と組んだりすると、前に出すぎて嫌がられたり引かれるし、下の面倒見る器量はないし。宮田君はこの業界の知識はないけど、社会人スキルあるでしょ。お互い上手に補い合って、成長してください。あ~よかった~有望な新人で~~」
あ、丸投げする気だ。
前言撤回だわ。面倒見良くないわ。ブラックだわ。少なくとも部長はブラックだわ。腹の中が。
「良かった~。即戦力の子が入ってきて。大人の包容力で何とかお願いしますよ」
その即戦力ってなんかすごい語弊がある。
「それって、能力者としての能力のことですか? 文字通り戦う力のことですか? 鈴木をあしらう大人スキルってことですか?」
俺の胡乱な目に、部長は、ただただにっこり笑った。
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