第3話 曲者しかいない

 そういえば高口青年は、一体何の能力があるんだろうか。聞きそびれた。


 人事課に足を運ぶと、今日は人事課長じゃなくて、一緒にスカウトに来てた黒スーツの若者の方が俺を出迎えた。あからさまに顔をゆがめて俺を見る。

「書類、手続きするんで」

 無愛想に手を出してきた。

 さっさとしろよ、という心の声がダダ漏れだ。

 いや、なんでいきなり敵意むき出しなんだ。明らかに俺よりずっと年下の男の、しかも初対面での態度に、イライラする。そう言えば最初からこいつの態度は悪かった。

 いやしかし、転職してまだ一週間。いきなり波風を立てたくない程度には冷静だし、大人である。

「あ、すいませんね、どうもー」

 なるべく腰低く笑いながら能力検査の書類を出すと、青年はひったくるように受け取り、舌打ちした。なんだこいつは。舌打ちしたいのはこっちだ。イライラが全身を巡って思わず拳を握ったが、ぐっとこらえる。

 こいつこんなんで人事課が務まるのか。どうでもいいけど。

 青年は何も言わずに、デスクの群れに戻っていった。なんだどうすんだ俺は。思っていると、窓際の席にいた課長に印鑑をもらい、コピーをとり、戻ってくる。

「じゃ、こっちです」

 不本意そうに言うと、さっさと歩き出した。俺だってお前の後ろ歩くなんて不本意だ。なんか説明しろよ。



 フロアを移動して、また会議室に案内された。この間の応接室を兼ねたような会議室とは違い、長机とデスクチェアが六つ、ホワイトボードと、壁に液晶テレビの嵌めこまれた会議室だ。

 会議室では、二人の人間が俺を待っていた。悠々と座っていたメガネの中年男性が、やあ、と声をあげる。その横に座っていたスーツの若い女性は俺をちらっと見ただけだった。

 黒スーツの若者は、メガネの男性に資料を渡すと、さっさといなくなった。イライラするから、いなくなってせいせいする。だがその前になんか説明しろ。

 俺は中年男性にすすめられるまま、彼らの向かいに座る。メガネの男性は、にっこりと笑うと、のんびりとした口調で言った。

「例のタバコの人だね。はじめまして。調査事業部、第四実行部の部長の高橋です。よろしく」

 面接でもないし、相手もくだけすぎているし、俺はとりあえず、座ったまま「宮田博敏みやたひろとしです、よろしくお願いします」と頭を下げた。

 人事課の課長もやたらにこにこしていたが、この部長も、顔面にはりついた笑顔の上にメガネが乗っかったような感じだった。ただ、人事課長の妙なテンションの高さとは違って、人の良さそうな感じがあって、ちょっとホッとする。部長の隣に座っている若い女性は、むっつりとした顔で軽く会釈をした。背筋はピンと伸びていて、後ろで一つに結んだ茶色の長い髪が揺れる。

 なんだこの会社は、若者はなんでみんな俺を睨んでくるんだ。

鈴木未澪すずきみれいです。第四実行部、尉官です」

 ――尉官?

 よろしく、とおざなりに応えてから、俺は部長と名乗ったほうに言った。

「あのう、ここ、民間企業ですよね?」

「ああ、半官半民というかね、大昔には国に所属してたみたいなんだけど、今はとっくにそういうんじゃなくなってて、官とかなんとかいうのは昔の名残で、まあ役職とは別の能力階級制度の目安だね。督官・佐官・尉官・志官と、4ランク。それぞれ正と補に二段階に分かれて、8ランクになってるんだ。ちなみに宮田君は一番下っ端ね。まあ一番下っ端でも、知らない人からするとすごい役職に思えるみたいで、うちって結構お得なんだけどね。宮田君はおもしろい能力だから、今後のお役立ち度とかアレンジ次第ではもっとガンガン上に行けると思うから」

 部長はからからと笑う。

「いや別に俺、ガンガン上にいけなくてもいいんですけど……」

「まあまあ、そう言わずに。ガンガン現場に出てガンガン稼ごうよ! 危険手当とか!」

「あ、そういえば危険手当って……」

「手当のついた仕事こなすたびに、査定にも反映するからね。いい年だし、箔付けに役職ほしいでしょ、がんばろうよ」

 危険手当がどんな業務か聞こうと思ったのに、はぐらかされた感じがする。……なんかこの部長もあやしい。

「うちは基本的に、お客様からの依頼に基づいて、二人一組で動くようになってるから、分からないことはパートナーに聞いてね。まあ当分、宮田君は能力を安定して使えるように訓練しつつ、サポートとして出てもらう感じになるようかな。今回の依頼は簡単なものだし、現場で覚える方がいいよね」

 にこにこと流れるようにしゃべる部長の言葉に、ひっかかるもんがあった。

「今回の依頼って、どういうことですか? もう現場に出るんですか? あのう、研修とかないんですか」

 ――やばい、ブラックな臭いがする。

「まあ、中途採用だし、即戦力でしょ」

「未経験職種なんですけど」

「大丈夫大丈夫。頼もしい先輩にいろいろ習ってね」

 頼もしい先輩。

 俺は、視線を部長の顔からスライドさせて、むっつりと黙ったままの若い女を見た。もしかして、この女のことだろうか。俺の目線を受けて、女は真っ向からガンつけ返して来た。

「部長、宮田さんは明らかに「もしかして頼もしい先輩ってこいつ?」って顔してます」

「だめだよ、宮田君、人を見た目で判断しちゃあ。鈴木さんはこう見えて三年目のベテランです」

 こう見えても何も、そんくらいの年齢にしかみえないし。ベテランと言われても、新人に毛の生えたような時期じゃないのか。俺は再び部長を見る。部長は俺の戸惑いと不審の目を軽やかに無視して、にこやかに言った。

「基本わが社はフレックスで現場に入ったら直行直帰で。パソコンと通信カードを渡すので、必ず毎日、定時頃には状況の報告をすること。難しい場合は電話でも携帯メールでもいいから。今回の依頼についてはメールしとくから、目を通してから現場に行ってね。社員証ちゃんともらったよね。あれがあると、現場で警察に話が通りやすいので、絶対に忘れないように。肌身離さず携帯して。あれないと会社にも入れないし、各フロアのセキュリティドア通れないから」

 明らかに締めに入っている。

「あと、仕事で使ったタバコと、プライベートで吸ったタバコが一緒にならないように気をつけて。仕事で使ったタバコは経費で落ちるからね」

 部長は、心底うらやましそうに言った。

 仕事で吸うタバコとプライベートで吸うタバコをわけるなんてめちゃくちゃめんどくさいけど、経費でおちるなら仕方ないか。

「前職がデスクワークだったって言うことで、外での仕事は慣れないことも多いと思いますが、がんばってください。鈴木、ちゃんと後輩をフォローするんだぞ」

 はい、終わり、とばかりに部長が締めくくって立ち上がった。鈴木さんはぶすくれた顔で、座ったまま部長に言う。

「このおっさんが後輩ですか? 新卒一年目の子とかなら育てがいもありますけど」

 いやいや、初対面で面と向かっておっさんって、と思っていたら、部長がお茶目に言いきった。

「鈴木に新卒一年目は任せられませーん」

 ……なんか、その口ぶり。嫌な予感しかしない。

 俺の不安な目と鈴木さんの不満な目をうけて、部長はメガネををずりあげた。

「それに、仕事の話をするだけなら、宮田君くらいの年頃の男性は一番警戒されにくいです。スーツを着なれた青年と言うだけで真っ当に見えますので。赤信号をスーツのサラリーマンが渡ると、釣られる人が多いらしいですよ。人は結構見た目で判断するんです。逆に、女性でないと対応できないことあるでしょ。依頼人が女性だったり、依頼現場が女子トイレだったりするとね、警察じゃありませんからね、侵入できないでしょ。子供が関わってたりすると、ぼくら話しかけただけで不審者扱いですからね」

 部長はもっともらしいことを言って、こわい世の中だよねえ、とにっこり笑う。

「で、そんな話になったところで、今回の依頼です。この二人のコンビはとても便利ですよ。メール見ておいてね」

 部長は言い置くと、背中を向けた。俺が渡した能力検査結果の書類の入ったクリアファイルをひらひらさせて、会議室を出る前に、ドアの前で立ち止まる。振り返って、俺に向かって付け足した。

「タバコが経費で吸えるなんて、うらやましいなあ。タバコ値上がっても吸えるねえ」

 それですか、あえて言うべきことは。

 鈴木さんはますますむくれた顔を俺に向けた。この人のまともな表情まだ一回も見てないな。

「宮田さん、14時には会社を出ますから。それまでパソコンのセットアップ終わらせて、依頼の内容に目を通しておいてくださいよ」

 つんけんした声で言う。俺何にも悪くねーんだけど。




 依頼の内容はこうである。

「子供に「こんにちは」と声をかける三十代くらいの男性が出る」


 4月17日19時ごろ、帰宅途中の小学生女子に「こんにちは」と声をかける三十代男性。服装はパーカーにジャージに裸足。さらに4月18日19時ごろ、4月20日19時ごろ、それぞれ子供たちが複数声をかけられ、目撃している。

 部長から送られてきていた依頼メールを見て、俺は思わず「なんだこりゃ」と声をあげてしまった。

 意味が分からない。

 それぞれの細かい状況、場所が記載されていたが、何を調査しろというのか。

 部長はもっともらしいことを言ってたけど、これって俺が行っちゃいけない案件なのでは。三十代男性の不審者調査に、不審な会社の三十代男性が行くとか。

 意味のわからないまま俺は、ガンガン歩く鈴木さんについていく。電車とバスを乗り継いで、建売のかわいらしい物件の並んだ新興住宅街を歩いていた。ロボットみたいに無言で突き進んでいく鈴木さんに、俺はなんとか場を和ませようとあれやこれやと声をかけていた。

「こういうのさ、昔からありましたよね。こんにちはおじさんとか、じゃんけんおばさんとか、近所にいなかった?」

「いません」

 ジェネレーションギャップ、と鈴木さんは顔で語っている。うるさい。

 鈴木さんは淡々と続ける。

「今回の依頼は、三名の方からの共同の依頼です。代表者の佐々木さんのお宅に15時にうかがうことになっています。15時30分には皆さんお子さんが帰宅し、塾への送り迎えがあるそうですので、手短にお話を伺います」

「これ、この依頼の犯人て、ジョギング途中のサラリーマンでは」

 俺の言葉に、鈴木さんは前を見たまま、つんけんと返してくる。

「それにしては時間が早いです」

「色んな仕事の人がいますし。俺たちだって、外回りだし。帰宅途中の勤め人と言うことも。ジャージ着る仕事だって色々あるし。帰宅がてらジョギングするつもりで着替えて帰ってきてるのかもしれないし」

 おかしなところと言えば19時にこんにちはと声をかけていることくらいだ。あと裸足。

「もちろん世の中、スーツのお仕事ばっかりではないですけど! もーぐちぐち言わないでください! 調査してほしいと言われたら調査するんです」

 鈴木さんは、ピシャリと言った。ピシッと伸びた背筋が折り目正しいが、あからさまに俺のことを見下している。

 つまらないことだと思われても、調査してほしいと依頼があったら、調査をする。そりゃ正論だが。

 こんなん見つけてどうするんだ。

「こういう地味な仕事もうちの仕事です。しかも今回の依頼は一応警察からのお声掛かりです。お母様方から警察へ通報があって、パトロールも増やす予定らしいけど、警察が捕まえちゃうと大袈裟になっちゃうから、うちでも調査してみて、問題なさそうな人物ならうちから注意して穏便に済ましてよってことです!」

 あーなるほど。

 スカウトマンは異能力者を集めて怪奇現象の調査、と言っていたが。俺はこの会社がどういう仕事をメインにしているのか、よく知らないままだった。そういう研修してくれなかったし。せいぜい危険手当が必要なことがあるっていうくらいだ。そもそもこの女がどういう技持ってるのかも知らない、そう言えば。

「宮田さん、デスクワークでこういう対応したことないかもしれないですけど、お客さんに失礼なこと言わないようにしてくださいね! パソコンが相手とは違うんですから!」

「いや、エンジニアだってね、現場に行ってお客様先での作業もありましてですね。打ち合わせとか、現場テストとか、作業取り扱いのご説明だとか、オープン立ち会いとか……」

「わたしだってもっと派手な仕事したいんですから! 怪盗捕まえたり、妖怪ふっ飛ばしたり! なんで右も左も分からないおっさん新人の面倒見てこんな地味な調査しないといけないんですか!?」

 鈴木さんは、俺の言葉をガン無視して、己の野望を叫んだ。拳を振り回して。

 そうですか。

 自分だって意味分からん調査だと思ってんじゃないか。つーか、恥ずかしいからそういうこと大きい声で言うのやめてください。っていうか、妖怪って何だ。

 そもそもお前が失礼だ。色々と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る