第10話 彼の素性が判明したところで、わたしは次の行動に出るべきかどうか熟慮せずに反射で判断し行動した、だって、哲学じゃないもんこれって

「どうもすみませんでした」

「ほら、もっと頭下げて‼︎」

「い、いいですよ、もう」


わたしはセエトを市立図書館の特別閲覧室に連行し、司書さんの前で腰を90度折り曲げさせた。


「わたしと彼と2人して資料の落書きの修復費用は弁償しますので。ただ、少しお時間をいただきたいんです。バイトで稼がないといけないもんですから。あるいは分割にしていだくか」

「え、いいよ、僕が払うよ」

「ダメ‼︎ 連帯責任だし、セエトのご両親に迷惑かけたら嫌だし」

「あの、修復費用のことなんですけど」


司書さんが微笑して切り出した。なんだろ。


「一応保険で賄えましたので、ご負担いただかなくても大丈夫になりました」

「え? 保険なんてあるんですか」

「ええ。貴重な資料もありますので。ですから大丈夫です」

「なんだ。よかった」

「『なんだ』じゃないよ。反省しろ、セエト‼︎」


わたしが怒鳴ると司書さんがたしなめた。そしてこう言った。


「その代わりといったらなんですけど、セエトさんですか? 教えていただきたいんです。純粋に私の個人的な興味なんですけど」

「は、はい。なんでしょうか」

「資料に書き込んでいた図はまあ調査にあたってのメモだってわかるんですけど、あの英文はなんなんですか?」

「え、いや、あれはその・・・・」

「黙秘権ないよ、セエト」


わたしは彼に追い込みをかける。とうとう観念した。


「その・・・ラブレター、っぽいもの」

「え? 彼女さん・・・ミスミさんへのですか?」

「はい。まあ、そうです」


司書さんとセエトのやり取りを隣で聴きながら、一番恥ずかしい思いをする羽目になったのは結局わたしだった。


「本っ当にすみません‼︎」



「なんだ。場所変えるって結局強制連行だったんだ」


セエトが自分の立場もわきまえずわたしにぼやいた。わたしは白眼視してこうつぶやく。


「違うよ。これから更に移動するから」

「え。どこへ?」

「いい所」


とことこと2人して市立図書館を出た先の中央通りとなるアーケードを歩いた。突き抜けて幹線道路を横切り、更にその先のアーケードを歩く。


「どこまで行くの?」

「アーケードの一番端っこ」

「げえ。まだまだ先じゃん」

「歩いただけのことはあるって思うから、まあ、我慢して」


『喫茶とりっこ』


店の前に置かれた看板を見てセエトはこう言った。


「なにこの名前。センス悪」

「やかましいよ」


カラン、とドアを開け、さっさと店内に入る。


「マスター、お久しぶりです」

「おー、ミスミちゃん久しぶり。受験勉強どう?」

「まあまあです」

「お。その子はもしかして、彼氏?」

「それほどのものではないです」

「ちょ。ひどい言い草だな」


セエトがこう言うと、マスターはけらけら笑いながら、わたしたちが席に着く前にオーダーを訊いた。


「ミスミちゃん、何にする?」

「とりラーメン、2つ」


セエトが目を丸めて反芻した。


「とりラーメン?」


そして、更に疑問形を続けた。


「なんで、ラーメン?」



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