第9話 あの子と2人で屋上にいるシチュエーションってありがちなのに、わたしたちのはなんか新鮮だな、これは
「セエト、だよね?」
「え、誰ですか、それ」
「・・・じゃあ、キミは、誰?」
「個人情報なので氏名は言えません」
「じゃあ、質問を変えるね。キミは図書館の特別閲覧室に行ってたよね?」
「ノーコメントです」
「・・・なんで敬語使うの?」
「僕、1年生ですから」
「関係ないよ。だって、キミはわたしのこと、『かわいい』って言ってくれたんだから」
「ノーコメントです」
「メガネ、外しなよ」
「いやです」
「ねえ、何をどうしたいの?」
「特に希望とかありません」
「はあ・・・ちょっと疲れてきたから、座ってもいい?」
「別に、僕に許可を取っていただく必要はないです」
「じゃあ・・・よっ、と」
わたしはスカートを折りたたむようにして、足も折りたたみ、正座をちょっと崩したような格好で熱で温まったコンクリートの上に座った。
「キミも座ったら」
「いえ、いいです」
「よくない。じゃあ、3年生の命令。座りなさい」
「・・・はい」
彼はなぜか体育すわりでわたしの隣に並んだ。いや、隣というにはちょっと隙間があいたコンクリートのスペースに位置取った。
2人のファーストコンタクトは15cmだった。なのに今は腕一本分の距離。
ただし、今のわたしには好都合の距離。
モーションなしでわたしは左ジャブを放った。
「わ!」
殴られる、と思ったのだろう。当然だよね。彼はのけぞった。
わたしの左拳は彼の鼻先数センチをかすめ、放ったのと同じスピードで戻す時、わたしは握った拳を少しだけ緩めた。そして、小指と薬指でなんとかメガネのフレームを引っ掛ける。彼の顔が晒された。
「ほれほれ!」
「わっ、わっ!」
メガネを奪った後、今度は彼の髪の毛を右手でワシワシする。
「ほら。セエトの出来上がりじゃない」
「・・・無理だったか」
「無理に決まってんじゃん! ラブコメみたいに校内チェイスしたりして。どこからどこまでが本気だったのか、人格を疑うよ」
「別に逃げるつもりはなかったんだけど」
「なんなの、このメガネは?」
「変装道具」
「はあ?」
「学校じゃ変装してるんだよ」
「いつから」
「入学式の時・・・っていうか、小学校からずっと」
「・・・ちょっと尋問しようか」
わたしはあぐらをかく。当然、スカートは姿勢に応じた仕様の折りたたみ方に変えて。
「カツ丼、出前取ってよ」
「やかましいよ」
じゃれるように冗談を繰り出す彼を制したり恫喝したりしながら、事情聴取は30分にも及んだ。
「で、最初に変装したのが小学校?」
「小4の時」
「なぜ」
「クラス替えをきっかけに、いじめに遭うようになってさ」
「うん」
「それで、変装すれば自分だってわからないだろうって思ってさ」
「なにそれ。本気でそんな風に思ったの?」
「うん。その時たまたま読んでた小説にそういうエピソードが出てきたもんだから、藁にもすがる思いで。でも、ほんとにいじめがなくなったんだよ」
「え? まさか!」
「いやほんと。もともとはメガネかけてたんだけどさ、次の日からメガネ外して、髪の毛もロックバンドののヴォーカルみたいにして」
「・・・どんなの」
「ネットの動画でたまたま観たんで名前とか覚えてない。やかましいバンドだぜ、みたいな歌を歌ってて、化粧してて髪の毛がツンツンで。かっこいいなあ、って思って」
「それ、別人に変装できた訳じゃないよね。ただ単に不良デビューしたって思われただけだよね」
「だいぶ後で気づいた。まあ、結果オーライってことで」
「ところでメガネ外したって、コンタクトに変えたってこと?」
「ううん。視力0.2ぐらいだったんだけど、裸眼で頑張って生活してたら回復して1.5になった。まあ、焦点合わせるのに目つき悪くてそれが威嚇になってたんだと思うけど」
「よくわかんないけど。それで、中学は?」
「1年の初めまでは小学校のイメージを継続してた。けど、途中から伊達眼鏡をかけた」
「? なんで? 別にもう変装なんかする必要なかったでしょ」
「いや、それは、まあ」
「黙秘権はないからね」
「まあ・・・ちょっと成績上げようと思って」
「成績上げるのになんで変装するの」
「ほら。内申とか結構危なかったから僕の場合は。見た目で判断されちゃってて」
「自業自得だけどね」
「特にこの高校は内申の比重が重かったから」
「へえ。じゃあ1年の内にこの高校に絞ってたんだ。すごい思い入れだね」
「まあ、一応」
「なんで」
「え」
「嘘は言ってないけど嘘をつかづに隠してることあるでしょ。この高校の志望動機、ズバッと言いなよ」
「う・・・」
「黙秘権ないよ。ていうか言わないとキミの基本的人権も無視した手段とっちゃうよ、わたしは」
「ミスミがこの高校受けるって聞いたから」
「ん?」
「だから、ミスミがこの高校に入ったから!」
「え!? キミ、同じ中学!?」
「そうだよ」
「あ、あー。そうだったんだ・・・」
「引いた?」
「いや。ちょっとストーキングされてたっぽい嫌な感じは残るけど、女としては悪い気はしないよ。へえー」
「何?」
「へー、ふ・ふははっ!」
「なんなの?」
「ううん。だって、いつもそっちから『かわいい』とか『結婚するなら・・・』とか言われてさ。ぐいぐい引っ張られるような感じだったけど、なあんだ」
「なんなんだよ」
「主導権、わたしにあったんだね」
「・・・まあ、ね」
「しかも、3年前から。でも、この3年間はどうしてたの。わたしに会いもできないのに」
「や・・・だから、その・・ここの運動会とか文化祭とか観にきたりとかして」
「わ、意外。年下の男の子丸出しじゃん」
「だから嫌だったんだよ」
「じゃあ、要約するね」
「しなくていいよ」
「するよ。つまり、セエトは先輩のわたしに憧れてた、と。で、先輩後輩じゃなくて対等どころか主導権握った付き合いをしたいから高校に入っても変装を続けて素性を隠してわたしに近づいた、と」
「ああ。恥ずかしい」
「まだやめないからね。それで半分ストーキングのようにわたしの行動分析をして、図書館のファーストコンタクトにこぎつけた、と」
「ちょっと待って! あの日図書館で見つけたのはほんとに偶然だから」
「はいはい。もう別にどっちでもいーよ。それで、どっちのセエトが本物なの。学校で変装してたセエトと、今のセエトと」
「・・・今が本当の素の自分・・・だと思う。多分」
「まあいいや。ところで、セエトってまさか偽名じゃないよね」
「いや、これは、本名。っていうか、本名に準じるというか」
「なにそれ」
「国語的には『セイト』っていうのが正しい読みなんだけど、ミスミの前では『セエト』っていうか」
「それはまあいいよ。『セエト』にもう馴染んじゃったし」
「ごめん」
「謝るのはまだ早いよ。図書館の落書きの件が残ってるから」
「ほんとにごめん」
「心がこもってない。場所変えるよ」
「え」
わたしはするっと立ち上がり、セエトにおいでおいでをした。
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