第5話 幼なじみと彼氏候補の比較衡量

「困るんですよ、こんなことされると」

「すみません、本当にご迷惑おかけしました」


わたしは図書館司書にただひたすら謝った。本当は何も言わないつもりだったのだけれども、やはりつい訊いてしまった。


「あの、本当にこれ、彼がやったんですか?」

「・・・はい、そうです」


簡潔な司書の返し。現行犯で押さえたそうだから、それ以上の返事のしようもないのだろう。わたしは証拠の品にまじまじと見入っていた。


特別閲覧室にセエトは昨日、いつもの時間に1人で来たそうだ。そしていつもはわたしがやっている作業を彼1人で始めたらしい。

双輪市の分厚い郷土史資料や仏教に関する辞典などを机に山積みにしてページを繰り始める。30分ほどしてこの司書さんはあることに気づいた。

彼は何やら熱心にメモをとっているようだったが、ノートや手帳を開いている様子がなかったのだ。資料閲覧に限って許されるPCやタブレット端末を使っている様子もない。


何気なく覗いたところ、こういうことだったのだ。


わたしが今目にしている証拠の品。

びっちりとページの余白に細かな図や英文が書き込まれた郷土史資料や辞典。


「ペンではなくシャープペンシルで書かれてはいますが、これらの資料はとても薄くて繊細な紙を使っているんです。ですから消しゴムで安易に消す訳にもいきません。専門の業者に送って消すための費用が発生し、すみませんが私どもからあの方に請求させていただくことになります。一応、あの方に了承を取ろうとご登録いただいた電話番号に連絡したのですが昨日から繋がりません」

「すみません」

「いえ、あなたを責めているわけではありません。ただ、あの方と連絡を取れないかと思いまして、仕方なくあなたにお聞きしているだけです」

「あの・・・差し支え無ければ彼の登録した電話番号を教えていただけませんか?」

「え?」

「それと、できれば、彼のフルネームも」

「ご存知ないのですか?」

「はい」

「え・・・でも、あなた方は、その、恋人同士ではないんですか?」

「・・・もしかしたらそれに近い状態ではありますけれども、わたしは彼の下の名前と、高校生であるということしか知りません。連絡先も知らないので、この図書館に来るしか会う方法がないんです」

「そうですか。困りましたね・・・」

「お教えいただくのは無理でしょうか」

「普段のご様子からお二人が親しい間柄だということはわかっていましたが、今のお話ではちょっと・・・個人情報ですからね。他人様にお教えするわけには・・・」


他人様・・・

客観的には確かにただの他人だと理解はしていたけど、こうはっきりと言われると、かなりショックだ。


セエトは幼なじみでも、同級生でも、ましてや恋人でもない。


ただの、他人。


せめて彼氏候補、とわたしは思い込みたかった。




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