屑か勝者か-1

 この国では刀の所有が認められている。それどころか、街中で刀を抜こうが誰も気に止めないし、その刀で誰かを切り捨てようが誰も見向きしない。

 そんなこと、日常茶飯事であるからだ。

 ただし、だからと言ってなんでもやっていい訳では無い。

 刀で斬り合うには、両者のが必要なのだ。突然後ろから斬りつけるというのはさすがに認められておらず、そんなことをすれば、警察の御用となってしまう。

 この社会で警察が機能しているかどうかはよくわからないのだが。

 しかし、本当に合意の上でしか斬り合いが始まらないかと言われればそうでもない。

 死人に口なし。誰にも見られず不意討ちし、「合意の上での戦いだった」と言ってしまえばそれまでである。


 そして今、自分も合意などお構いなしに斬り捨ててしまいたい奴が存在していた。


「ま、待ってくださいよぅ……」


 先程からずっと、後ろの方で必死になってついてくる者がいるのだ。

 大通りから外れた狭い路地で撒こうとしても、逃がさんとするように付きまとってくる。

 ソレは、この真夏の炎天下の中だというのに亜麻色のフードを深く被り、汚れて擦り切れそうな靴を忙しなく動かし、情けない声をあげている。

 身長は低く、せいぜい中学生、下手したら小学生なのかもしれないというほど体つきも貧相だった。

 男か女かもいまいちよくわからない。

 声は女っぽいのだが、変声期が来ていない子供だとしたら男ということも有り得るかもしれない。


 つまり、ソレの正体を何一つとして掴めていない。


 特に敵意があるわけでもなく、会っていきなり「騎士になれ」と言ってくるような頭のおかしい子供と何か関係を持った記憶はない。

 それに、この状況が気持ち悪くて仕方なかった。

 いい加減せて欲しい。


「……おいお前」


 立ち止まり声をかけると、ソレはビクッと体を跳ねさせて驚いたように目を見開いた。


「な、なんでしょうか」


「なんで俺につきまとうんだよ」


 何度も言うが、このフードとは一切面識がない。自分につきまとう理由なんて何もないはずなのだ。

 男の質問に、ソレはこう答えた。


「わ、私の騎士になって欲しいから……です」


 またそれか――男はため息をついて空を仰いだ。

 暫くの間雲一つない晴天を眺める。

 世界はどうしてこうも複雑なのだろうか。この空のように一色しかない単純なものならどれだけ楽できるだろう。


「何考えてんだ俺は……」


 物事が複雑?

 複雑だと感じるのは自分が頭を働かせてない証拠だ。

 これは単純なこと。


 頭のおかしい子供が俺の大切な時間を削ってるだけだ。


 男は目にも止まらぬ早さで刀を抜いた。


「ひゃっ……」


 空気が抜けたような声。

 ソレは怯えたように男をみつめている。


「失せろ。騎士とかなんとか言ってるが……お前に付き合う時間はない」


 男は真っ黒な刀身をした脇差わきさしを左手に持ち、剣先をソレの喉元目掛けて突き立てようとする。

 その雰囲気からして男は本気で刺す気であるとソレは理解した。


「わわっ……ま、待ってください……」


 幸い、今いる場所は人通りの多いメインストリートから少し外れた小さな道。辺りに人は一人もいない。


 幸いなのは、フードを深く被ったソレである。


 不幸なのは男の方だ。


 追い詰められているのはソレではなく、男の方なのである。


「私を守ってくれる……騎士になってくれませんか?」


 パサッ。


 絹のように細やかで栗色をした美しい髪が姿を見せる。フードのせいで見えなかった、まだ幼さを感じさせる顔。怯えを含む瞳。

 しかし。

 なによりも印象的なものが、その頭のうえについていた。


「『獣憑き』っ……!」


 ヒクヒクと動く異形の耳。

 獣の耳が頭についていた。

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Reservoir SAMURAI 翠瓜 @midori_uri

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