第十四章 風の語り部

 ピートの言葉の後に続く者はいなかった。

 魂だけの存在、と彼は言った。それが魔法によるものかも定かではないが、横にいるディアが絶句している姿を見ると、それだけピートが異常な存在であるように思えた。


「……さて、色々と聞きたいんじゃなかったかな?」


 誰もが口を閉ざしている中、ピートが再び微笑みながら話す。


「ごめん、フィル。割り込ませて。肉体が無いっていうのはどういうこと? 魔法の一種ってことなの? 霊体が存在する、ってのも信じられない……実際、さわれるし……」


 フィルが何を聞くべきかを躊躇している中、ディアがすぐさまピートに質問を投げかけた。


「そうだね、簡単に言えば魔法だ。僕の専門分野だから他の人――しかも今の時代の人間には簡単には理解できないとは思うけどね」

「本当に霊体なの……やっぱり信じられないわね……」

「ピート、お前は何でこんな所にいるんだ? 霊体の姿と言ったが、酔狂でこんな所にいるわけでもないだろう」


 ディアとピートの会話に、フィルも再び割って入る。


「そうだね、勿論無意味にこんな所にいるわけじゃあない。正直に言うとね、僕は観察者オブザーバーとして、存在し続けることにしたんだ。最後の魔法使い・・・・・・・、としてね」

「最後の……魔法使い……」

最後の・・・、っていうのはどういう意味で言っているの? 魔法の知識は確かに失われているけど、現に私達は徐々にだけど魔法を使えるようになっているわ」

「分かりにくかったね、そこは謝るよ。『最後の魔法使い』ってのは、僕たちの時代での呼称だよ」

「魂だけの存在と言っていましたが……一体どれくらいの時間、ここにいるんですか……?」

「そうだね、かれこれ数百年はいるのかな? 数えてないから分かんないや」

「数百年……」


 ディア、そしてカトレアがそれぞれ質問をしていく中、ピートはあくまで淡々と答えていく。話している姿は、どこか嬉しそうにも見えた。

 対して、ピートが数百年もの年月ここに存在しているという回答に、カトレアは絶句する。


「ピート。あなた達の時代の魔法使いっていうのは、どういう存在なの?」

「ディア、君はさとくていいね。僕がそういう方向に話を促したのは事実だけど、実にいい。僕達の時代の話を少ししよう……少なくとも、君には聞いてもらいたいと思う」


 そうして、ピートが長い話が始まった。


「まず、魔法使いというのは、血統なんだ。魔法を使える人間というものは、単純にその血筋を引いている者に限られるという意味だ。力を持った魔法使いは自ずと高い地位に身を置き、選ばれた者としての自負を持った。そして僕達の時代では、魔法使いの血筋が徐々に絶えていった」

「一体、どうして?」

「君達も認識しながらその力を使ってるように見えるけど……単純な話だ。戦争だよ」


 戦争、という言葉にカトレアが再度息を飲む。

 ピートが言わんとしていることは確かに分かった。魔物という未知な敵の出現により、人間が身に付けた魔力という力、それは今も確かに魔物との戦いのために使っている。すなわち、これも戦争だ。


「力を持ったら使いたくなるのは分からなくもないよね。ただ、君達の時代と違う所は、魔法を使った戦いが、人間同士・・・・で行われていた所かな」

「……まあ、そうなるわね」

「うん。そうして僕達はさっき言った通り、その数を減らしていった。魔法使いの血筋は限られたものに与えられるべきだ、という考えも一因だろうね。僕達は、魔法使いと普通の人間・・・・・の立ち位置を明確に分けるきらいがあった」

「……王族とそれ以外、みたいな考えと同じだろ?」

「その通りだよ。ただ、僕達の時代はもう少しだけ複雑だった。王族と、魔法使いと、それ以外、だ。まあこの話はいいか……つまり、僕達の時代では数を減らした魔法使いの生き残り、それが最後の魔法使い・・・・・・・と呼ばれていた、ってところかな」


 そう言ってピートは一旦話を区切る。

 それぞれに話を咀嚼しているのか、ディアは顎に手を当てながら一点を見つめており、カトレアはうつむいている。


「それで……ピート、お前が本当の最後の魔法使いってことか?」

「分からない、が正確な答えだけど、恐らくそうだと思う。少なくとも、魔法と思わしき事象を最後に見た後、僕はこの状態――つまり霊体化したんだけど、その後当分は世界に魔法は存在しなかったはずだ。君達のような存在が出てくるまで、はね」

「なるほどな。それと、観察者オブザーバーってのはどういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。魔法という技術を知る者として、その技術を失った世界――その先がどうなるかを見たかったんだ。それだけだよ」


 フィルがピートの言葉に頷いたところで、ディアも沈黙を破って口を開いた。


「確かに、魔法という技術が失われたのも頷けるわね。ピートの話を鵜呑みにするのなら、だけど。ただ、魔法使いの血筋が絶えたとは思えないわね」

「と言うと?」

「明らかに『魔法』と分かる事象は魔物が発生するまで確認されていなかったけど、それでも魔力の扱いに先天的に長けている者はいたわ。私達のような森人・・や、私達が向かっているミズールバラズにいる山人・・なんかがそれね。それ以外でも、同じような人もいた。魔力の扱いと、魔法の行使はほとんど同義よ。それは、魔法使いの血筋が絶えていないってことを意味してるんじゃないかしら?」

「うん、うん。ディア、君が言っていることはもっともだ。ディア、君は森人だね? 少なからず、僕も君達のような存在は認識していた。恐らく、君が言っている通りで合っているだろう。ただし、誰がその血筋の元になっているかは僕には分からない。分かったところで、さほど意味もないしね。最後の魔法使いの中の誰かか、認識されずに残っていた魔法使いがいたか、ってことだろうね」

「そう……」


 ディアの考察にも、ピートは口に手をあてながら嬉しそうに答える。

 ただ、それを横から見ていたフィルの目には、ピートの答え方や眼差しが若干の違和感を含むものとして映っていた。その違和感の正体は分からないが、ディアもそれに気付いたのか、それ以上の追及はしないままでいた。


「ピート、話が変わるがいいか?」

「何だい? 答えられることだったら、何でも答えるよ」

「この森――なのかは分からないが、西の森に村がある。その周辺の森の守り神となっているのことを知っているか?」

「ふうん、なるほど。そっち・・・を聞くのか。君達は本当に面白いね」


 本人が先導する形で、ピートの生きた――過去の時代の話になっていたが、フィルが元々聞きたかった話題に変える。その聞きたかった内容をフィルが意図的・・・に迂回するように話したのを、ピートは面白がっているのだ。


「そうだね。うん、そうだね……あまり触れたい話題ではないけど、正直に答えないのはフェアじゃないね。答えよう、僕は君が言っているのことを知っている」

「そうだと思ったよ。一体奴は何者だ、魔物じゃないのか? 本当に村の守り神なのか? こっちからしたら、魔物にしか見えないんだが」

「うん、魔物ではないことは僕が保証するよ――僕の保証なんてあてにならないと言われそうだけど。僕は彼と、村の人間が交わした盟約のことも知っている。というか、僕が仲介人のようなもんだからね」

「仲介人?」

「そうだよ。あの狼はドゥーガと言うんだけど、彼はもう随分と昔――僕がまだ肉体を持っていた頃、森とそこに住まう人間の守護者となることを約束した。その時に僕が彼に協力をしたんだ。ちなみにだけど、この周辺の村――今では一つしか残っていないみたいだけど、その村々の人間がこの場所で祭事を行うことも、僕が見返りとしてお願いしたことなんだ」


 ピートは悪びれのない様子で話す。

 フィルとしては、村の守り神――ドゥーガという名前だというそれや、ピートの存在に胡散臭さしか感じていないため、昔話とは言えそれらが密約のようなものを交わしていたという事実にいい顔はできない。


「随分ぺらぺらと喋るもんだな。見返りだと? 何のためにそんなことをさせていたんだ」

「簡単なことだよ、情報収集さ。僕はこんな体になったけど、自由とはかけ離れた存在なんだ。僕は半永久的に存在し続けられるけれど、この場所を出ることができない・・・・・・・・・。僕の求める情報を集めるための、足になってもらったってだけだ」

「お前が言う、観察者オブザーバーに必要な情報ってわけか?」

「その通りだよ。理解が早くて助かるよ。ただ、何のことはない。世界がどうなっているかを、教えてもらっていただけだよ」


 ピートは、フィルの苦い表情など気にならないように振舞っている。

 その屈託の無い微笑みに、フィルの警戒が緩みそうになるが、まだだと思いなおす。


「では、もう一つ聞くが、メグレズ・・・・とは何者だ? あの守り神の狼――ドゥーガと言ったか? 奴も自分達の仲間ではないと言った。お前もだ。しかし、お前らはその名を知っている。存在を知っているんだろう?」

「ああ、知っているよ。さっきはちょっと失言かもって思ったけど、ドゥーガを知ってるんだったら、そういう流れの話になるよね。しかし、彼も中々にうっかり者だなあ……」


 会話の中で、ピートの目線がフィルの腰辺りに向かうのが分かった。

 フィルが腰にぶら下げている鞘に収まった刀剣と、同じく腰につけている革袋に、だ。


「知られちゃまずい、という意味か?」

「いやあ、そういうことじゃないんだけどね。ただ、そっちの話は単純だ。メグレズ――彼は、君達の時代の人間の敵の親玉だ、ということで間違いない。君達のところにも、彼の配下の眷属達が攻め込んで来ているんだろう? この遺跡が奪われたことも、僕は認識していたよ」

「それを黙って見ていたのか?」


 敵の存在を知っていながらも傍観していたようなピートの物言いに、フィルの目つきが鋭くなる。敵の行動を何もせずに見ていた奴の、どこが仲間と言うのか。


「無理言わないでよ。さっきも言った通り僕はこの場所から出られないんだ。それにこの姿になってから、魔法の行使――というか、使える魔力に限りがある」

「ふん、そういうもんかね」

「私もちょっと納得いかないけどね。魔物なんて言うのは、私達人間からしたら魔力の塊よ。あなたが言ったように魔法使いが世界からいなくなったのなら、あんな魔力を持った奴等が出てくるなんて、どう考えてもおかしいじゃない」

「……そうだね。確かに僕はメグレズのことは知っているけど、あれ・・は魔法使いじゃあない。大量の魔力を持った存在、という感じだよ」

「何よそれ、全然納得いかないわ」

「すまないが、僕からはそれ以上は言えないな」


 ピートの言葉はやはりどこか、本質に踏み込まないように話しているようで、フィルもピートの口から出てくる言葉に不満気に鼻を鳴らす。それでも強く出ないのは、強く出たところでピートがそれを回避するだろうことが、その様子からありありと分かるからだ。

 そんなフィルの態度を見てかは分からないが、ピートも足りない言葉を補うように話す。


「僕だって――って言い方が正しいか分からないけど、僕の方も困っていたんだ。僕自体は動けないし、この辺の村々を奪われたら僕も困る。何も知れないんじゃ、存在理由がなくなってしまうからね。その点、フィル。君達には本当に感謝しているんだ。君達の前に姿を現したのも、それが理由だ。僕は自分のことを観察者オブザーバーだと言っただろう? 君達――この時代の人達に干渉することは、僕の方も本位じゃないんだ。本来、僕達のような存在は消えて無くなっているはずだからね、自然じゃない」

「それはお前の意思で、そういう存在になったからだろ」

「そう言われちゃぐうの音も出ないけどね……ただ、これだけは信じて欲しいな。本位ではなかったけど、それでも君達の進む道を、少しでも照らすことができたらって思ったんだ」


 感情に訴えてくるという感じでもないが、ピートはさっきまでの態度とはうって変わり、申し訳なさそうにそう言う。

 先ほどの会話の中で、ちらりちらりと見えた含みのようなものはそこになかった。


「あの……ピートさんは嘘を言っているようには見えないんですが……それに、敵だとも……」

「カトレア、アンタ人が良いわねー……そういうとこ、結構好きだけどね。それに、私はピートが怪しかろうが何だろうが、面白いからいいけどね。色々教えてくれそうだし」

「あの……なので、フィルさん……」

「ああ、分かってるよ。ピート、態度を悪くしてすまなかったな。俺もお前が敵じゃないと思うよ」


 それまで黙っていたカトレアがおずおずと話し出したのを見て、フィルも少しやりすぎたかなと反省する。正直、これまでのやり取りで、ピートは何かを隠しているような様子はあったものの、基本的にはこちらの質問に忠実に答えてくれた。言うことを全て信じるわけにはいかないが、それでも疑い続ける態度を取るのは、確かに良くはない。


「そう言ってもらえると、ありがたいよ。他に聞きたいことはないかな――」

「はいはいはーーーい! じゃあ私から質問! フィルはもう質問ないのよね?」

「あ。申し訳ないけど、次で最後の質問にしてくれないかな。もう僕には時間がないみたいだ」


 珍しく空気を読んでいたのか、フィルの質問が終わるまで待っていたディアが意気揚々と手を上げると、ピートからの断りが入った。


「ちょっとお! 時間がないってのはどういうことよ!」

「ごめん、先に言っておくべきだったね。僕がこの姿を保っていられるのは、勿論――と言うのもなんだけど、魔法の、そして魔力によるもの。僕自身はもう生き物とは言えない概念の存在だから、魔力は持っていないんだ」

「あ、それ! それも気になってた!」


 俄然元気になったディアがピートにまとわりつくようにキャンキャンと吠えるが、苦笑いを浮かべるピートはそれを抑えるように話す。


「――ごめんよ、ディア。僕の話を少しさせてもらうよ。僕がこの姿になる時に使った魔法は二つだ。一つは、僕自身を霊体としてこの場に繋ぎとめるもの。そしてもう一つが、この場所の周辺から魔力を少しずつ集めるものだ。僕が今みたいにこの場に姿を現せるのは、後者の魔法によって集めた魔力のおかげだ。時間がないって言ったのは、この場に存在するための魔力がそろそろ尽きる、ということなんだ」

「何よそれ。先に言いなさいよ、舐めてんの?」

「だから、ごめんって……ディア。君は賢いけど、感情の波が凄いなあ……」


 のらりくらりと問答を避わしていたピートも、ディアの態度の豹変にここにきて驚いた顔を見せた。


「ディア、すまないが俺にはまだ聞かなきゃならないことがある」

「何よう、フィルまで! もういいわよ!」

「ごめんよ、ディア。魔力が満ちた時に僕は姿を現すことができる。月が満ちた時が、それだ。次会うときに、君が望むことを話すことを約束するよ」

「ならいいわ、絶対よ! 答えられないなんて言ったら承知しないからね!」

「ははは……」


 ディアはずっと文句を垂れているが、その場をフィルに譲っていることは分かる。

 ピートはディアをなだめ終わると、改めてフィルに向き直った。


「それで、最後に聞きたいことは何かな?」

「ああ。これが最後だったな。あと一つ、と言いたいところが二つある。まず一つ目は、ヴァルドル・・・・・だ。この名に聞き覚えはあるか?」

「フィル、すまないがその名に覚えはない。誓って、本当だ」


 フィルが一つ目に投げた問いは、ベルム城での戦いの最中さなかに敵の魔族――リググリーズが口にした名前だ。確かにあの時、あの魔族は、自分の王をヴァルドル・・・・・という名で呼んでいた。

 メグレズという者。それが何かは分からないが、ピートはそれを明確に人間の敵――魔物達の親玉と言い切った。それに対して、魔族が名を呼んだヴァルドルという名は知らないという。どこか納得しきれない部分は残るが、ピートの目は嘘を言っていないように見える。


「分かった、信じよう。じゃあこれが本当に最後だ。ピート……アルセイダ、という国のことは知っているか?」

「なるほど……なるほど。フィル、君は僕が思ったよりずっと多くのことを知ってしまったんだね。それに続く質問も分かる。質問に質問を返すようで申し訳ないが、君がそれを僕に質問した理由を聞いても?」

「俺は何も知っちゃいない。単にあの狼――ドゥーガがその名を呼んだ。俺はアルセイダ国の出だ。そしてアルセイダというのは、俺の祖国の神だ。だが奴はまるで人のように――顔見知りの名を呼ぶように『アルセイダ』と言った。俺は国を出て、今となって別に信仰心があるわけじゃないが、ただ奴のその言い様が気になる」


 フィルはピートの答えを待たずに、一息に喋った。

 ピートの方はその話を聞き、この場所で出会ってから一番複雑な表情をしていた。ため息をつくでもなく、苦い顔をするわけでもなく、視線を外してただ物思いにふけっているような顔だ。


「……知っているよ、ああ知っている。だけど、それが何であるかは、僕から話すべきではないとも思っている」

「またそれか。そんな答えを、許すとでも?」

「許すも許さないも、僕がどう答えるかは最初から僕の自由だからね。それでも答えるべきではないと判断したことくらいは理解して欲しいな。それに、いじわるでそれを教えてないってわけじゃないんだ。僕がそれを答えることはフェアじゃない・・・・・・・と、そう思うからだよ」


 フィルが『アルセイダ』という名を出したのは、さほどの意味はなかった。村の守り神の狼――ドゥーガがその名を出したことが理由だ。あくまでもその関連性を知るためであって、それを知ってどうする、というつもりもなかった。


 何故ピートがそれほどまでの反応を示すのかは分からないが、その真摯な眼差しからは『それ以上を聞くな』と言うような圧もある。


「フィルさん……」

「……まあ……そうだな。理由があるってことだろ。カトレアもそんな目で見るな。別にとって食おうって訳じゃない――というか、油断したらこっちが食わそうな気もするしな」

「納得してもらえたってことかな?」

「納得は……できるもんじゃないがな。ピート、お前の気持ちは分かった気がするよ」

「それは良かった」


 フィルが質問を切り上げると態度で示したことにより、ピートの顔にも笑みが戻った。

 本人もまたフィル達と話すことを約束している以上、この場で追求する必要もないだろうという考えもフィルにはあった。


「それじゃあ、お喋りはそろそろお開きかな」


 ピートが改めてにこっと笑うと、ピートの全身の輪郭をなぞるように光の粒が溢れ出す。


「出てきた時とは違って、派手な去り際ね」

「いかにも、って感じだろう? それじゃあ追い出すようで悪いが、外に出てくれないかな。僕の意識があるうちにここから出てもらわないと面倒だ。ディアが祭壇を壊しそうな気がするしね」


 ディアの皮肉にも、ピートは皮肉で返す。


「ああ、色々聞かせてもらってすまなかったな……また来る・・・・ぞ」

「今度は驚かせないようにするよ」

「次はみっちり聞かせてもらうからね!」


 早く出て行けと催促するピートに、フィルが声をかける。

 フィルが部屋を出て行こうとする後を、ディアもぶつくさと文句を言いながら追った。


 最後に残ったカトレアが続こうとした時にピートと視線が合い、光の粒に包まれたピートが手招きする仕草を見せる。


「ピートさん、何でしょうか?」


 カトレアが後ろを見ると、フィルとディアはもう部屋を出て通路の方に行ってしまったようなので、小走りでピートのもとに寄って行った。


「君はあんまり喋らなかったね。カトレアと言ったかな?」

「はい、カトレアと言います。私は……フィルさん達と違って、物を知りませんから……」

「ふうん、そうかい。でも君からは……とても微弱だけど、いい魔力を感じるよ。言ってなかったけどね、僕は魔力の質で人の本質・・・・を知ることができるんだ。すごいだろう?」

「は、はい……すごいと思います」

「なんだかフィルやディアと違って、君は反応が薄いなあ。そこがいい所でもあると思うけどね」


 ピートに呼ばれて何事かと思ったカトレアだったが、何だかよく分からない世間話のようなものを始めた。どこか褒められているような気もして、カトレアもむず痒く思う。


「あの、ピートさん……さっき時間切れだって……」

「あれは嘘さ。ああでも言わないと、帰ってくれない気がしてさ。ほら、フィルもディアも凄い剣幕だろう? ちなみに、このいかにも・・・・な去り際も演出だよ。無駄な魔力を使わされちゃって、困ったな。あ、フィル達には内緒だよ」

「そんな……何でそんなことを?」


 あっけらかんとした様子で、嘘をついたと言うピート。

 カトレアもピートの物言いにどう反応したものかともじもじとしてしまう。


「冗談はこの辺にしておこう。カトレア……君を呼んだのには勿論理由があってね。君は彼らと比べて、どこか不揃いな感じがする。君自身、そう思っているんだろう?」

「それは……」

「いいんだいいんだ。それを悪いと言っているわけじゃあない。それでも、カトレア。君が彼らと行動を共にし、ここを訪れたことにはきっと理由がある。運命ってやつさ。僕はそういうのを大事にしたいと思っていてね」


 ピートの言葉に、カトレアがフィル達と行動していることが分不相応と言われているような気がして、カトレアはぎくりとする気持ちになる。

 そんなカトレアの反応を見透かしているようなピートは言葉を続け、そして人差し指をカトレアの額に載せるようにして、優しく触れた。


「これは……そんな君への贈り物だ。君に、僕に残された魔力と魔法の知識を授けよう……授けよう・・・・なんて大層なこと言っちゃったよ、おかしいね」

「あっ……」


 ピートがしまらないことを言うのと同時に、ピートの指先が少し熱を持ったような感覚、そして自分の頭の先に何かが触れたような感覚を、カトレアは感じた。


「魔法……ですか?」

「うん、そうだよ。これで君に渡せた。すぐには実感しないと思うよ。体が思い出すように、段々と馴染んでくるはずだ。きっと時間と――そうだな、風が教えてくれるはずさ」

「風……ですか……」


 今度こそは決まったと満面の笑みを浮かべるピートだったが、カトレアの反応の薄さを見て首を傾げている。


「君は本当に欲がないんだなあ。嫌いじゃないけどね、そういうの。さあさあ、君もここを出てっておくれ。実は本当に、そんなに時間がないんだ」

「あ、はい……なんか、すいませんでした」

「いいよ。大変なことが多いと思うけど、気をつけてね。それと、カトレア。大事なことだからもう一度言うけど」

「はい」

「君の……出会い・・・と、運命・・を大切にね。そして運命との結びつきが強い、彼らを助けてやってくれ」

「はい……」


 ピートの言葉は、カトレアにはやはり何を言っているのかよく分からなかったが、最後の言葉は何故か腑に落ちたような気がした。

 ほらほらとカトレアを追い出すように手の動きで示すピート。


 言われるがままに部屋を出て行こうとするカトレアがちらりと後ろを振り返ると、笑顔で手を振るピートの姿が消えていくのが見えた。

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