第十三章 遺されたもの
「行くわ」
「ほら~……」
村の診療所のベッドの上で身を起こしたディアの言葉に、トニが困ったような表情でフィルの顔を見上げる。
「即答かよ……ディア、お前立てるのか?」
「まだ痛むけど、そんなの吹っ飛んだわ。すぐにでも行くわよ」
「無理しない方が……これからも長旅になりますし……」
「こんな面白そうな話に食いつかなかったら、何のためにわざわざこんな珍道中に参加したのか分かんないわよ」
皆の予想通り、ディアは遺跡に同行すると主張した。
傷を負った体を労わる周囲の声にも、とりつく島もないような返答があるのみだ。
フィルとしては体を休めてもらっていたいのだが、遺跡の調査となると何に関しても知識のあるディアにいてもらった方がいいとも思っていた。無理を押してという様子でもないが、何が何でも遺跡に向かうというディアの姿を見て安堵する気持ちもある。
「フィル、どうするの? というか、珍道中って何?」
「……トニ、それはいい。ディアもこうなったら止められないだろ。ゴーシェは置いていくが、この面子で遺跡に向かおう」
「さっすがフィルは話が分かるわね! 急いで行きましょう! ――いたた……」
「治ってないんだから無理しちゃダメだよ、ディア」
(体が心配には心配だが、仕方ないな……しかし、遺跡の調査と言われてもな……)
遺跡での仕事に一段落をつけたトニとカトレアが言ってきたのは、魔物から奪い返した遺跡の内部、そこに
それだけでも雲を掴むような話だが、詳しい話は遺跡の防衛準備を続けているクゥや他の村の人間に話を聞いてくれということだったので、直接赴いて確かめることにしたのだ。
「待たせたわね!」
一人外に出たフィルがそんなことを考えていると、診療所の扉が勢いよく開き、得物の戦槌を手に持って鼻息を荒くした――かつ何故か得意げな顔をしたディアが仁王立ちでフィルに大声で呼びかけた。
準備万端という姿のディアの後ろには苦笑いをしているトニとカトレアがいる。
「……大して待ってはいないが、まあ出発するか」
「上等よ!」
「何がだよ……」
さっきからどこか少し会話が噛み合わないディアの相手はほどほどに、フィル達は遺跡に向かうことにした。
***
道中、やたらとディアが騒がしかった。
元来あまり血の気が多いとは言えないディアだが、旅を始めてからもそうだが、その姿を見て再度フィルの認識が改まる。
「フィルさん! もう体の方は問題ないべか?」
「クゥ、なんだか久しぶりだな。ゴーシェは流石に無理だったから俺達だけで来た。お前の方こそ戦いが終わってから、働きっぱなしじゃないのか?」
「いや、いいんだ。これくらい俺一人でもできないと……親父に怒られちまうから」
遺跡に着いたフィル達一同に声をかけてきたのは、残って仕事をしていたクゥだ。
ファングが死んだかのように言う言葉に突っ込みかけたフィルだが、ファングも重傷には変わらないので気休めは言わないようにする。
「……体を壊しても問題だ、頑張るのはいいが程ほどにしとけよ。それで、俺達に見せたいものってのは?」
「そうだべ! お願いばっかで申し訳ないんだが、こっちに――」
「さっさと案内しなさいよ!」
「へっ? ディアさん、どうかしたんだべか?」
「すまない、興奮してるだけだ。発情期の犬かなんかだと思ってくれ」
「わ、分かったべ? とにかく、早速だけどこっちに来てもらいたいべ」
フィル達を案内しようするクゥに、ディアが待ちきれないというように叫ぶ。フィルの少し危なげなフォローは、幸いにもディアの耳には入っていないようだった。
尻をたたかれるようにされたクゥが慌てて、遺跡の内部へと案内する。
先日魔物との戦いがあった遺跡だが、戦いの後すぐに村に戻ったフィル達は初めて見る遺跡の内部だった。
魔物に奪われる前は砦としても使っていたという建物だ。外から見ると、遺跡と言うだけあってボロボロの外観であったが、内部は砦と言うよりはまるで神殿か何かのような造りになっている。
案内される間に聞いたクゥの話によると村々の祭事に使う建物で、建物内は極少数の関係者のみが知るところであり、村の人間でもその内部を知る者はいないとのことだった。魔物から奪取した後、思ったより建物の損壊が激しかったためファングへの確認もなくクゥ達が内部を改めたのだが、妙な雰囲気のある部屋を発見したということだ。
「ここね。確かに妙な魔力の流れを感じるわ」
クゥに連れられ遺跡の内部を進んでいった先、小部屋のようになっている空間に入ると、ディアがすぐに真面目な表情になりポツリと呟いた。
先ほどとはうって変わって、冷静な目線で部屋の中のあちこちを見ている。
「確かに、何か妙な肌触りの空気? みたいなものがあるな」
「そうだべ? 村の連中と部屋の中をあちこち見たんだが、特におかしいところは見つからなかったべ。けど、この変な感じは皆感じてるんだ」
「確かにじめっとした感じがしますけど……古い遺跡だしこんなものじゃないですかね……?」
「いや、明らかに何かあるわ。調べてみる価値はあるでしょうね」
「そう、ですか……変なことを言ってしまって、すいません……」
部屋に入った時点で何かにピンときたような顔をしたディアは勿論だが、フィルも似たような感覚を感じている。クゥが言うには村の人間も同じ考えのようだ。
カトレアはそういった雰囲気を感じていないような物言いだが、確信を持っているようなディアの言葉に口をつぐむ。
「と言っても、ある程度の広さはあるが目ぼしいものは祭壇くらいだな……おい、トニどうした?」
「……え? ううん、何でもない。ちょっと疲れてるのかな」
「無理するなよ。お前もずっと手伝いで働いてたろ」
「うん……」
ディアはさっさと部屋の奥にある祭壇周辺のあちこちを探しているが、隣に立つトニがふらふらしているような動きをしたのでフィルが気をかける。戦いの後、遺跡での手伝いや村との往復をしているので、疲れているのも無理はない。気にしないでいいと言うトニだが、ぼうっとした表情で依然体を横に揺らしている。
「おい、ディアもあんまあちこち触るなよ。祭事用の部屋らしいぞ」
「そんなの気にしてたら調べられないじゃない。ねえクゥ、ここでやってた儀式ってどんなものだったの?」
ぺたぺたと不遠慮に祭壇を触っているディアに声をかけるが、本人は遠慮する気など毛頭ない様子だ。
「ディアさん、それがよく分かんねえんだべ。年に一回の祭りはこの遺跡でやってたみたいなんだが、この部屋での儀式は限られた
「つっかえないわねえ。手がかりもなしに調べろって言うの」
「お前、失礼なこと言うなよ。ファングさんがあんな状態なのに――」
「えっ――ちょっちょちょちょ、なんか勝手に……」
あまりに不躾なディアの態度に、フィルが少し苛立った声を出すが、突然の何か大きな物が動くような音でそのやり取りが遮られる。
慌てて声を上げるディアだが、見ると祭壇が奥へとゆっくり滑るように動いている。
「ディアさん、何かしたんですか?」
「な、何にもしてないわよ! 勝手に動き出して……」
「とは言ってもな……一体何なんだ。階段があるな……」
祭壇の下には、地下へと続く階段があった。
奥には暗闇が続いており、何故急に開いたのかは分からないが『入って来い』と誘っているような雰囲気すらある。
「階段ですね……」
「いかにもって感じよね」
「こんな場所があるなんて聞いたことないべ。やっぱ親父に確認した方がいいべか?」
「だが、このタイミングを逃して『戻ってきたら閉まってました』なんてこともあるかも知れないぞ?」
「その時は祭壇をぶっ壊せばいいんじゃない?」
「いや、流石に壊されちゃ困るべ……」
「……ディア、お前クゥの村に何か恨みでもあるのか?」
「危険があるかも知れないが、ここは素直に入ってみるか。この部屋自体、何でかは知らないが魔物に荒らされた形跡もない。ディアに祭壇をぶっ壊されちゃファングさんに顔向けもできないからな」
「何よ、冗談に決まってるじゃない。でも私は賛成。さっすが、フィル分かってるわ~~」
「冗談には聞こえなかったぞ」
意を決して奥に進もうというフィルの言葉に、異を唱える者はいなかった。
トニは依然焦点が合っていないような目をしているが、クゥとカトレアもフィルに頷き返す。
「よし、行くか!」
「村の恩人に何かあっちゃなんねえ。変なことがあったらすぐに出るべ」
祭壇の奥、地下に進む道にはフィル達四人と、クゥのみで進むことにした。
まだ魔物がいるかも知れないため村の人間を何人か連れて行く考えもあったが、奥へと続く階段は狭く、少数で進んだ方がいいだろうという判断だ。
先頭を行くフィルが、クゥから手渡された
***
階段はさほど深くなく、手に持った灯りでは奥の方までは見えないが、階段を
「トニちゃん、大丈夫?」
「……ん? 大丈夫だよ。なんかでもここ、息苦しくない?」
フィルの後ろを歩く、カトレアとトニが話している。
「地下だからかな? そんな感じはしないけど……」
「トニ、体調が悪いなら無理しないでお前だけでも戻ってもいいぞ」
「へーきへーき、ちょっとふらふらするだけだから――」
「トニちゃん!」
先ほどから調子が悪そうなトニに足を止めて声をかけるが、フィルに返す言葉も途中という所で、トニがカトレアにもたれかかるように倒れた。
「おいトニ、大丈夫か」
崩れるように倒れたその姿にフィルが心配して声をかけるが、完全に意識を失っているようだ。
「フィルさん、トニちゃんが……」
「分かってる。どうする、戻るか?」
「俺が外におぶってくべ。トニもずっと疲れてるみたいだったし、悪いことしちまったかなあ……」
「それは有難いが、俺達だけで進んじゃっていいのか?」
「魔物がいそうな感じもないし、大丈夫だべ。フィルさん達には面倒かけちまうけんど」
「分かった。じゃあ悪いが、頼んだ」
ごく少数で遺跡内に潜っているため二人が抜けるのは少し心もとないが、クゥが言うように危険もなさそうなので、その場で別れを告げてトニを任せることにした。それに、トニを地上の村の人間に任せれば、すぐにクゥも追いついてくるだろう。
トニをおぶったクゥを見送り、改めて先へと進む。
「しかし、陰気な場所ねえ……地下にこんな空間を作る必要があるのかしら」
「何だかじめじめしますね……」
「古い遺跡だから仕方ないだろ。とにかく進むぞ」
ディアとカトレアを後ろにフィルが前へと進むが、地下の道はどうやら一本道のようだった。遺跡の規模からすると、思ったより長い道が続いているが、ほどなく突き当たる。
「扉ですね……」
「ここまで来て入らないってのはないだろうな」
金属の扉が松明に照らされた。躊躇なく扉を押し開くフィル。
扉の先には真っ暗な空間が広がっていたが、フィルが扉を開けることに反応したかのように、その空間内にいくつかの明かりが灯る。
「――何だ?」
暗闇から浮かび上がったのは、石造りの部屋の両側に備えられた灯り。それも火の光ではなく、何らかの結晶のようなものが発光している照明がある。
それらに照らし出された部屋の中には、不可思議な紋様を床に描いた魔法陣のようなものと、部屋の奥に石造りの椅子が存在するのみだ。
「……何もないな」
「魔法陣のようなものがあるわね。ここが本当の儀式の間、ってことかしら」
「不思議な……場所ですね……」
フィル達を出迎えるように急に明るくなった空間だが、部屋の中に魔物などはいないことが分かり、ディアなどはすでにずかずかと足を踏み入れている。フィルもそれに続いて部屋に入り、カトレアも続く。
「何の魔法陣か分かるか? ディア」
「分からないわよ。魔法に関してはいくつか古い文献が残ってるけど、魔法陣はほとんど情報がないから。一体何のための魔法陣なのか分からないけど、書き留めておきたいわね……」
「そういうもんなのか」
「そうよ、とっっっても貴重なのよ! 他に何か残って――きゃっ!」
「どうした、変な声を上げて――」
フィルが魔法陣の周りをぐるっと回るように部屋の中を見て回っている時、ディアのらしくない甲高い声が上がる。何事かとそちらを見ると、部屋内にそれまで存在しなかった
「驚かせてしまって申し訳ない」
「ディアッ! 離れろ!」
「きゅ、急に出てくるんじゃないわよ!」
フィルが声を上げると同時にディアが後ろに飛び、手に持っていた戦槌を構える。
急に部屋の中に姿を現した人物は、魔法陣の中から現れたようにも見える。
「誰……なんですか?」
「驚かせてしまって申し訳ないと言ったけど、ここは僕の部屋だ。ずかずかと入ってきているのは君達の方なんだから、そんなに警戒しないでもらいたいな」
まるで
線の細い男だ。静かに揺れる青みがかった長い銀髪、中性的な顔つきをしているが、落ち着いた声は男のものだった。ゆったりとしたローブの裾をふわりと浮かせ、うやうやしく一礼をしてくる。
「僕の名前は、ピーテル。ピーテル・ケイサーだ。ピートと呼んでくれても構わない」
「……お前は、一体何だ。魔物の――魔族なのか?」
「魔族、ね……分かるよ。メグレズの眷属達のことだ。僕は
独特な喋り方をする人物――ピートと名乗った男は、敵ではないと言う。
こんなにも怪しい場所、そこに急に現れた人物を前に警戒を解くわけにはいかないが、気が抜けるようなおっとりとした喋り方に拍子抜けする気持ちにもなる。
「ピート、と言ったな。俺はフィルと言う。それでピート、何でお前は急に現れた。こんな所で、それも魔法陣から出てくるような奴を怪しむな、と言われても無理だ」
「現れたんじゃない、僕はずっとここにいた。君達が来たから姿を現したんだ。君達が余りに躊躇なく部屋に入ってくるもんだから、少し出るのが遅れたけどね」
淡々と話し続けるピートに名乗りを上げ、警戒心を正直にフィルが伝える。それに対するピートの言葉は変わらず淡々とした回答であるものの、その意味を図るのが難しい。
フィルとピートのやり取りに、ディアも一旦は黙っていたものの堪らず口を挟む。
「ずっといた、ってどういうことよ。魔法の類?」
「君は……」
「ディアよ」
「そうか、ディア。質問に答えよう。文字通り、ずっとここにいたって意味だよ。今僕が立っているこの魔法陣の上に、同じように立っていた。だから、君達が扉を開けて入ってくるのも見ていた」
ピートは丁寧な喋り方で答えるが、やはり言葉の意味が分からない。少しの間の沈黙があり、顔を伏せて細かく震えていたディアがようやく声を出す。
「す……」
「す?」
「す……す……すごいわ!! すごいすごい!! こんなの歴史的発見よ! フィル、コイツ連れて帰りましょうよ!」
「落ち着けディア、瞳孔が開いてるぞ」
真横にピートがいるにも関わらず、自分の興味しか頭にないというディアの物言い。フィルが眉をひそめながら言葉を返すが、ディアの横にいる当人のピートは口に手をあててくすくすと笑っている。
「これは本物の魔法よ! 私達が使うようないい加減なものじゃない、知識として体系化された本物の魔法! この魔法陣も理解はできないけど、見ただけで考えられて作られたものってことが分かるわ!」
「ディア、君はすごいね。見る目がある。この時代に、僕が書いた魔法陣の良さが分かる人間がいるとは思わなかったよ。連れてかれる訳にはいかないのが残念だけど、何だか嬉しいな」
「これ、アンタが作ったの? すごいすごーい! 教えて! アンタが知ってることを全部教えて!」
「――待て。悪いがディア、お前の話は後だ」
普段の冷静な装いとは異なり、興奮しきったディアは子供のようにぴょんぴょんと跳ねてピートに掴みかかっている。そんなディアを止めるのは忍びないが、フィルは先に話すべきことを切り出した。
「ピート。お前さっき、メグレズという名前を口にしたな。その名前は聞いたことがある。何者かは知らないが、その名前を知るお前は一体何者だ――」
ピートに対しての言葉が終わろうとする時、フィル達が入ってきた扉の先、通路の奥の方から何か重いものが動くような音が聞こえた。
「すまないが、扉を閉めさせてもらったよ。危害を加えるつもりはないから安心してくれ」
「……罠にかけるようなことをする奴の言うことを信じろと言うのか?」
「何度も言うけど、そんなつもりはないよ。ただ――これから先の会話は、誰もが聞いていい内容じゃあない。僕の方も、良かれと思って姿を見せたんだ。疑うのは分かるけど、少しは譲歩して欲しいな」
脅しているようでもないようだが、ピートは声の調子を落としつつ言葉を続ける。聞こえた音は、恐らく階段の上にある祭壇が動いたのだろう。ピートの言葉からもそれが分かる。
「それで、何を話そうっていうんだ?」
「僕は君達とは違う時代に生きた人間だ」
「なっ――」
ピートの雰囲気から横で黙っていたディアが息を飲む。
「先に言っておかないとフェアじゃないかな、と思ってね」
「俺達の時代、ってのはどういう意味なんだ?」
「簡単に言うと、僕が生きてたのは随分と昔、ってことだよ」
「言ってることがよく分からないな。じゃあ、今のお前は何なんだ?」
フィルの言葉を聞いて、どう話すべきかを考えているようにピートは少し俯いて
「僕は――そうだな、魂だけのような存在だ。肉体はもう遠い昔に失くしている」
ピートは少し微笑んで、そう言った。
顔を上げた拍子にピートの髪は揺れ、その足から伸びる影も同じように動いた。
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