間章 小川のほとりの休日

 朝早く起き出し、トニは村の近くにある小川に来ていた。

 横にはカトレアもいる。


 山人の国への旅の途中、本当に偶然であったクゥ達の村に滞在し、束の間の休息を取った。替えの服も借りることができたため、これ幸いと言うばかりにトニとカトレアは旅で汚れた衣服を洗いに来ていたのだ。


 大小様々な石がごろごろと転がっている小川の脇で、二人で手分けして全員分の衣服を川の水に浸して手で揉んだり、大き目の丸い岩に叩きつけたりして洗っている。


「でも良かったね! こんなとこに村があるなんて思わなかったよ!」

「ふふ、そうね。お洗濯もできるし、本当にちょうど良かったね」


 昨晩皆で食事を取っている際に何日か村に滞在すると決まっており、フィルとディア、そしてゴーシェはそれぞれにやる事があるようだったので、邪魔しまいと二人で洗濯などの雑務をして今日を過ごすことにした。

 村から少し離れた小川に来ていたため武器などは手元に置いていたが、久々の身軽な格好に二人共ウキウキとしている。


「あっ!!」

「どうしたの、トニちゃん」

「……ゴーシェの服、ちょっと破れちゃった」


 手で揉み洗いをするのを面倒になったトニが、少し乱暴に扱ったところで、ゴーシェの服のわきの下辺りの部分が破れた。


「うーん……まあ、でもこれぐらいだったら……ゴーシェさんは気付かないんじゃない?」

「そっか! ゴーシェだし気付かないから大丈夫だよね!」


 トニはそう言って笑うと、またも荒く衣服の水を絞り、脇にふっと投げる。


「そう言えば、カトレアはずっとゴーシェ『さん』なの?」


 山人の国への旅が決まり、互いを仲間と認め合った際に、トニもフィルやゴーシェへの呼び方を改めていた。そうすることで、ようやく仲間になれたと思えたからだ。

 カトレアだけはトニ以外の他の面々には、元の呼び方を変えなかったため、気になっていたトニが改めてという様にそれを聞く。


「うーん、何と言うか……私は、戦えないし……それに仲間っていうよりお世話になってる人達、って思ってるから」

「ふーん。別に気にしなくていいと思うけどね」

「ま、まあ大分慣れてきたし、フィルさん達も気にしないみたいだし! あっ――」


 まだ旅の面々に馴染めていないカトレアを指摘するようなトニの言葉に、ばつが悪い思いをしたようなカトレアが、話をそらすように強く服を揉み洗いし始めたところで、布が裂けるような音がした。


「破れちゃった」

「……それもゴーシェのだね」

「そうだね……」


 再びばつが悪そうな表情となったカトレアは、ゆっくりと水を絞って横に置く。


「はあ。やっぱり無理言って旅について来るんじゃなかったかなあ」


 うなだれた様子のカトレアは、そう言う。

 道中、カトレアは自身の馬での荷運びと、野営の準備などに徹していた。

 自分にできることが、それくらいしかないことを知っていたからだ。


 フィルに仕事を紹介してもらった恩と、その恩を仇で返すようなことをしてしまった自責の念から、旅についていくと言ったものの、全く役に立てないことをずっと気にしている。


「そんなことないよ! カトレアが作る料理は美味しいし、フィルも野営の準備をいつもカトレアがしてくれるから助かる、って言ってたし!」

「トニちゃん……」


 旅の途中で他の面々には見せないものの、同じように弱音を吐くカトレアだったが、トニはいつだって励ましてくれた。


 トニの真っ直ぐな視線と言葉を聞いて、カトレアの胸が熱くなる。

 トニにしても、この人と決めたフィルに付いて行くことは決定事項だったが、やはり同年代で女であるカトレアの存在は有難かったのだ。


 洗濯をしていた手を止め、目を潤ませて笑いながら手を取り合う二人。


「……邪魔するよ」


 急にかかった声に驚いた二人がそちらの方を向くと、昨晩クゥと一緒にフィル達の夕餉に混ざってきた青年――スールカが一人立っていた。

 手に衣類が入った籠を持っており、トニ達と同様に衣類を洗いに来ているようだ。


「スールカさん、でしたよね?」

「……そうだ」


 ゴーシェと騒ぐクゥやその妹のジャニスとは違い、口数もあまりなかったため、名前もうろ覚えだった。

 スールカの方もトニ達を気にしないようで、既に衣服を洗い始めている。


「あの……昨晩は宿と食事、ありがとうございました――」

「気にしないでいい」

「ス、スールカさんも洗濯とかするんですね! てっきり狩人の人じゃなくて、他の人がするものかと――」

「皆、それぞれに仕事がある。俺達がやらなくていいという道理はない」

「そうですか……」


 昨晩世話になったこともあり、何か話をと声をかけるカトレアだったが、寡黙なスールカの会話を切るような言葉にことごとく阻まれる。

 話も続かないので口を閉ざすカトレアだったが、スールカがその手を止め、一休みしている所の二人に向かってきた。


「な、何か?」

「お前、か?」


 二人の前に立ち、トニの顔をじっと見るスールカ。


「そうだけど?」

「やっぱりそうか、昨日は男かと思ったが。女なのに何でそんな喋り方をしてるんだ?」


 スールカが言っているのはトニの口調のことだ。

 長年男として振舞ってきたトニだったが、トニが女だと分かったフィルなどからは口調を直したらどうかと言われたものの、どうにも今までの癖が抜けないでいた。

 トニ自身としても、別に不都合はないので直す必要はないとも思っている。


「別に、俺はずっとこうだし」

「ふうん……変だな」


 スールカはそれだけを言うと、元の場所に戻っていき、トニ達とは違って手際よく衣服を洗い、すぐに村の方に戻っていった。

 わざわざこっちに向かってきたのに一言二言声をかけただけで、興味なさそうにしていたスールカの姿を、トニとカトレアの二人はぽかんと見ていた。


 トニ達も、すでに洗濯は終えて休んでいたのだが、さっさと戻っていったスールカの後を追うように村に戻るのも気が引け、少しの間喋らずにいる。


「……やっぱり、変かな?」


 先ほどのスールカの言葉を気にしてか、苦笑いのような顔をしたトニが口を開く。


「そんなことないよ! トニちゃんはずっとその喋り方なんだし、変じゃないよ!」

「でも、フィルもゴーシェも俺のこと男だと思ってたしなあ……」


 リコンドールの町でフィルがトニを男だと勘違いしていたことが分かった際、然程気にした様子はなかったトニだった。

 とは言え、まだ齢若いトニなので気にもするだろうと思い、カトレアはトニの様子を見て擁護するように声をかける。


「それはそうだけど、別にいいんじゃない? 気になるんだったら喋り方を変えてもいいと思うけど」

「そっか。普通はどんな感じなんだろ?」

「うーん……ディアさんは大人の女、って感じがするけど」

「ディアかあ……」

「とりあえず『俺』って言うのだけ変えてみたら?」

「わ、『私』とか? なんかむず痒いな」

「ま、まあ例えだから! トニちゃんの好きなようにすればいいよ!」


 トニ自身はやはり然程気にしていなかったのだが、気遣って慌てるようなカトレアの様子がおかしくて、少し笑ってしまった。

 そのトニの様子を見て、カトレアも笑い、暫く二人で笑い合った。


「おかしいね。でも、本当にトニちゃんがいてよかった」

「俺もだよ! カトレア、ありがとう!」

「うん、私も早く役に立てるように頑張るよ……! 下働きも、戦いの時でも!」

「そうだね、俺も早くフィルの横で戦えるようになりたいな!」


 二人共、厳しい旅の中フィル達に必死についていこうという思いであった。

 これからもそれが続くことに変わりないが、似たような境遇の二人であるため、お互いの存在が嬉しい。


 トニは、これまでに得ることがなかった仲間というより友達・・のような存在のカトレアを見て、にっこりと微笑む。


「お前、弓使うんだろ? 狩りにでも行くか?」


 二人で話していることに夢中になっていた所で、背後からまた声がかかった。

 いつの間に戻ったのか、狩人の装備をまとい弓を背負ったスールカがそこにいた。


「え、私ですか? まだ弓は習い始めたばかりなので、狩りなんかしたことは……」

「そっか。じゃあ、教えるよ」


 大して興味のなさそうなスールカは、カトレアが脇に置いた弓を指してそう言う。


「え……そんな、悪いですから」

「いいじゃん! 教えて貰おうよ!」

「弓は、使えるに越したことはない」


 トニがそう言うので、カトレアも言われるがままに弓の扱いを習うことにした。

 淡白な態度を崩さないスールカは、カトレアの構え方や狙い方に淡々と意見を言い、そんな二人の姿をトニが眺めている、というような時間が過ぎた。


 戦いに出たことのないカトレアでも、一生懸命弓の扱いを覚えようとしている。

 そんな姿に頼もしいような気持ちを胸に覚えながら見るトニは、自分も負けないようにしようと思う。


 そうやって一日を過ごしているのだった。

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