第六章 牙の里の守り神

 翌朝、気持ちのいい朝を迎えた面々は、朝食を取った後、思い思いに動いていた。


 カトレアとトニは、全員分の衣服の洗濯のために村の近くの水辺へと出て行った。

 ゴーシェは昨晩クゥと約束した狩りをちゃんと覚えていたのか、朝の早い時間からクゥに呼ばれるままに宿を出て行き、森に入っている。


 フィルはディアを連れ、こちらも約束通りに、昨晩も長々と話をしたファングの待つ家へと向かっていた。


「わざわざ済まないな」


 昨日と同じ卓を囲み、ファングとフィル、そしてディアが座る。

 ファングは客人に応対するように出迎えてくれ、村で作っているという薬草を煎じた、独特な香りがするお茶を出してくれた。


「こちらも色々聞きたかったから気にしないでくれ。魔剣のことを聞きたいということだったから、付呪エンチャントができる仲間を連れてきた」

「付呪、とはその剣を造る技術のことか?」

「そういったものです。森人の出ですが、ディアリエンと言います」


 ファングを村の長だと聞いてか、ディアが言葉使いに気をつけて挨拶をする。


「そうかしこまらないでくれ。昨日はこちらも無礼を働いたからな」

「なら、そうさせてもらうわ。よろしくお願いね」


 昨日とはうって変わった、ファングを初めとした村人達の態度に少しむず痒くなるものの、ファングが望むままにディアは魔剣の説明をし始める。

 以前フィル達にしたような説明をゆっくりと話し終えたところで、それまで黙って耳を傾けていたファングが口を開く。


「――なるほど。魔剣というのか。あの化け物共の力を利用できるとは……都の人間も妙なことを考えるものだな」

「同じように感じる人は多いわ。でも、基本的に魔剣の干渉なくして魔力を行使できる人間は、ほとんどいないから」

「魔力か……その話に思うところがある。恐らく我等も似たような・・・・・力を持っている」


 ファングの言葉に、フィルは少し驚いてディアの方を見るが、ディアの方はさほど反応を示していなかった。


「なんとなく、そんな気はしていたわ。その……ちょっと魔力を調べさせてもらってもいいかしら?」

「儂を調べるのか?」

「ええ。この村の人だったら、誰でもいいのだけれど」

「構わんぞ」


 ファングはディアに言われるままに空いた片手を出す。

 付呪を執り行なう時のように、ファングの手を取ったディアは意識を集中するように目を閉じる。ものの数秒、という短い時間をそうしていたディアが目を開く。


「やっぱり――と言っていいのか分からないけど、ファングさんにはすでに魔力の器が出来上がっているわね。恐らく、この村の他の人たちも同様……」

「魔剣を使っていないのに、そんなことがあるのか?」

「普通は……私達のような森人なんかでも、魔剣を使っていないのにここまで器が出来上がることはないわ。恐らくさっき言ってたっていうのも魔力のことでしょう」


 ディアはやはり驚きのない様子で、淡々と言う。

 昨日の段階でそれに気付いていたようだったディアの態度に、一体何を見てそう思ったのかとフィルは疑問に思うが、口を挟まないようにした。


魔力・・とは呼んでいないがな。我等の力は守り神様に遠い古に授かったものだ」

「守り神から授かった……ね。その辺の話は一旦置いておくとして、基本的には私が説明した魔力を行使するのと同等と考えてもらっていいわ」

「何でそう言い切れるんだ?」


 断定口調で喋るディアに、たまらずフィルが口を挟む。


「昨日見たからよ。弓を構えてた人達、矢の先に魔力が集まっていたわ。ファングさんがフィルの剣を振ったときにも、同じように刀身に魔力が集中してた」

「見えると言ったが、その魔力というものが見えるのか?」


 ディアが言うには、ファングを初めとしたこの村の人間には魔力を扱う素養が元からあるようだったが、そのファングの方もディアが言う感覚は分からないようで、質問を投げる。


「ええ、目に見える感じでもないけど魔力の流れを感じれるから、見えると言っても差し支えないわ。これも見える人と見えない人がいるから、ある程度の適正があるんでしょうけど。それと、昨日ファングさんは、魔力を感じた時に臭い・・と言ってたわね?」

「言ったな。我等は、ディアリエン殿が言うような魔力を鼻で感じる」

「フィルとゴーシェ――黒髪の男ね。二人の持つ魔力が違うこともそれで分かったの?」

「そうだ。フィル殿からは我等が戦っている化け物共と似た臭い、ゴーシェ殿からは守り神様の臭いを感じた。まず間違いないだろう」


 横で聞くフィルには、ファングが言っていることがよく分からなかった。

 臭いで魔力を感じるというのは今までに聞いたこともないし、恐らくそのことをファングに聞いているディアの方も同様だろう。


「間違いないわね。臭いで分かるっていうのはどういう感覚なの?」

「どういう感覚と言われても、そのままの意味で臭いで分かる・・・・・・

「なるほどね……理由は分からないけど、魔力の感じ取り方そのものが違うのかしら」


 暫し思案するような顔で黙るディア。

 その姿を見てか、補足するようにファングが声をかける。


「我等の力は、もう数百年村に続いているものだと伝え聞いている。ディアリエン殿が言う魔力との違いも、そこからかも知れんな」

「数百年……魔物が出始めたのは大体五十年前くらいと言うし、ますます分からないわね」

「……我が村の守り神様を、魔物などという化け物と一緒にされては困る」

「ごめんなさい」


 ファングの話から、村人達が持つ力は魔力と同一のものと見ていいだろう。

 引っかかっているのは、ガルハッド国、そしてアルセイダ国の人間や森人族でも、魔剣という存在をとっかかりとして身につけた魔力を、先天的に持っているのが何故なのかが分からないことだ。

 古の時代――魔法が存在した時代から続く、魔力の扱いに長けた一族の村なのかとも思ったディアだったが、それを考えるとファングの言う『守り神から貰った』という点が繋がらない。


 ディアから見ると、ゴブリンなどの魔物も、村の者が守り神と呼ぶ狼型の魔物――ワーグも大きな違いがないものだったが、ファングの言葉をひとまず信じるとすれば、この村の守り神の狼は数百年存在するということになる。

 魔物の存在が確認され始めたのが、約五十年前であることから、同一視するにはその点も矛盾する。


 あるいは、ゴブリンなどの魔物とワーグは同一の起源を持つものであるが、人間の国を襲う魔物達がたまたま長年認識されていなかっただけなのだろうか、という少し無理のあることをディアが思案している所で、ファングから再度声がかかった。


「それで、魔剣のことなんだが」

「その話だったわね。ごめんなさい、考え込んじゃった」

「構わない。それで我等にも使えるものであれば、製法などを教えて貰いたい。我等も力を持つとは言え、フィル殿などから感じるその臭い――かなり大きな力と見える」


 ファング達が感じる魔力の臭いというのは、力の多寡までを感じ取れるらしい。

 昨日フィル達とクゥなどの村の人間が出くわした時の話でも、村の人間が魔物と戦っていることが分かるため、魔剣を造る技術が欲しいと言うのだ。


「造り方を教えるのは問題ないわ。魔剣を作るのは、普通に剣を打つのとそう変わらないし。ただ、付呪エンチャントっていう工程――魔法に近い魔力行使が必要になるから、それを教えることになるわ。何にせよ鍛冶をやる人に教えた方が早いでしょう」

「そうか。必要であれば人を集めよう」


 ディアの方も勿論、魔剣の製造方法を教えるのには乗り気であるようだった。

 この村の人間の持つ力や、守り神の存在など、気になる点はいくつか残っていたが、今日のところは早速人を集めてディアが魔剣の製造を教えることになった。


「魔剣というものが我等の力になるのであれば、頼もしいな。しかし、それだけに惜しい。もう少し準備の時間があれば、次の戦いでも使えたかも知れんのだが……」


 ディアの快諾に喜んだ素振りを見せたファングだが、その表情はすぐに曇る。


「次の戦い、というのは何だ?」

「いやな。今日より三日の後、東の森を巣食っている化け物共――魔物の領域に攻め込む手はずになっているのだ」

「三日後? その日に何かあるのか?」

「守り神様からの命だ。戦いに備えよ、と声が聞こえるのだ」


 またも、ファングの言っていることがフィルには分からなかった。

 魔物と事を構えるにしても、準備に時間が必要であれば遅らせればいいだけだろう。それに、守り神の声、というのも分からない。


「守り神からの声っていうのはどういうこと? まさか意思疎通ができる、とかじゃないわよね?」

「それに近い。夜になると守り神様の声が山を越えて聞こえるのだ。我等一族には、その声の意味することが分かる」

「不思議な話ね。魔法の一種かしら」


 確かに昨晩フィル達も、遠くから聞こえる狼の遠吠えが聞こえていた。

 恐らくファングはそれを指して言っているようだが、フィル達には勿論ただの遠吠えにしか聞こえていない。その声の意図が分かると、ファングは言う。


「何にせよ、ディアリエン殿には魔剣とやらの教授をお願いしたい。その次の戦いにも備えねばならないからな。旅の途中ということであったが、身仕度もあるだろう。我等は戦の準備をせねばならないから、応対が十分にならないかも知れないが、村には好きに留まってもらって構わない」

「それは助かるな」


 村に好きに留まり、好きに出てって良いというファングの言葉に安堵した。

 これまでの道程で消費してしまった食料のこともあるし、この村で十分な準備をしてから発つことができる。


 一先ず、ディアはファングに付いて魔剣の製造を村の者に教えるということになったため、フィルは別行動を取ることにし、旅の準備のために村を見て回ることにした。

 村の長であるファングの家の前で、二人に一時の別れを告げるのだった。


***


 フィルは一人、村の中心にそびえ立つ一体の石像の前にいた。


「フィルじゃないか、戻ったぞ。話は終わったのか?」


 聞き慣れた声の方に顔を向けると、狩りから戻ったという様子のゴーシェがこちらに向かって歩いていた。


「ゴーシェか……これを見たか?」

「朝見たよ。マジかよ、って感じだよな」

「あっさりした感想だな……」


 フィルが顎で指し示す先は、目の前の石像だ。

 そこには巨大な狼の像が立っている。狼型の魔物――ワーグと同じ姿であり、昨日フィル達が見たワーグより更に二回りほども大きい、大して高くもない台座の上にあるものの顔の位置ですら見上げるような高さだ。

 台座には文字が刻まれており、『牙の里の守り神』と書かれている。


 これを見て分かるのは、やはりファングなどの村人達が言う守り神が、フィル達がワーグと認識する魔物と同一であることだ。


「狩りをしてる時にクゥとも話したんだが、どうやら本当に村――というか、森の守り神らしい。この近辺の森にいるってことだが、村を襲うこともないってよ」

「まさか……そんなことがあり得ると思うか?」


 信じられない、と言うような態度のフィルの言葉だが、ゴーシェの方も同様だ。

 ワーグの生態は詳しくは分からないが、少なくともフィルとゴーシェはそのワーグからの襲撃を受けている。魔晶石を持つことから、魔物であろうこともほぼ間違いないはずだが、その魔物が人間の村を襲わない、というのが分からない。


「この森か――それとも、村人が特別ってことなのかね」

「だが、昨日俺達の前に現れたワーグも、確かに襲い掛かってこなかった。あながち間違っていないのかも知れない」

「まあ難しいことはディアに任せとけばいいだろ」


 未だ納得など到底できないフィルだったが、ゴーシェの方はあっさりしていた。厄介なことや難しいことに直面すると、早々に考えることを放棄する癖がある。


 大して興味のなさそうなゴーシェは「獲った獲物の加工があるから」と言って、来た道を戻っていき、フィルは再び一人になった。

 堂々と立っている石像は気になるものの、フィルも村の様子を確認しようと、見て回るためにその場を離れる。


 村を見た感じを一言で言うと、普通・・の村だった。

 森の中に存在する村であるから、狩人を生業としているような者が多かったが、その数は大体普通の村人と狩人が半々といったところだろう。

 狩人の姿をしている者も、狩りをするというよりは、戦士のようにも見える。


 クゥ達の言うことも考えると、恐らく魔物と交戦するからだと思うことにした。

 いずれにせよ、村人達は村の中を歩くフィルを見ると、興味ありげに視線を向けてくるものの、声をかけてくることはなかった。


 ファングの態度が軟化したとは言え、まだ油断できないと警戒する気持ちもある。


「さて、どうしたもんか」


 村に一人ぽつんと佇み、特にすることがないための言葉である。


 村長であるファングの相手をしているディアの所に行っても良かったが、あまり気乗りがしなかった。

 その理由は、昨晩から感じている視線のような気配である。


 最初は違和感を感じたものの、村に突如現れたフィル達を見る村人の視線の気配だと思っていた。

 しかし、いざ村をぐるっと回ってみると、フィルに向けられる村人の意識は別の気配として認識できることが分かったため、ずっと感じているこの気配はやはり村の外から投げかけられているものだろう。


(本当に、どうしたもんか……)


 村に来てからというものの、どう対処するか困ることが多い。

 村人達の手荒い歓迎といい、ワーグを信仰していることといい、ゴーシェが言っていたようにディアに全て任せてしまいたいような気分だ。


 気配の正体が分からないため、他の面々には伝えていなかったことだが、ディアくらいには相談してみた方がいいかも知れない。

 そんなことを思いながら時間を潰すように過ごしていると、すぐにまた日が暮れ、昨晩と同じような夕餉にあやかり、再び静かな一晩を過ごす。


 ――というようには、ならなかった・・・・・・

 フィル達に宛てがわれた空家で皆が寝静まった頃、日中帯からずっと感じている気配が、ことさらに強くなったからである。


 寝静まる他の面々を起こさないよう、静かに自身の装備を身に付けてこっそりと建物を出ると、暗い村の中を気配がする方に向かってフィルが歩いていく。

 ゴーシェくらいは起こして二人で行動をしても良かったが、なんとなくとしか言いようがない。強いて言えば、感じる気配に、敵意のような感情が薄っすらとしか入っていなかったからである。


 月の明るい晩だった。

 村の中に灯りという灯りはないが、満月まであと一歩というような欠け具合の月の明かりにより、足元はしっかり見える。


 フィルに刺さるような気配は、村の外――森の中に続いていた。

 村を訪れた時に来た道とは違うが、村の外に向かって続く道があり、そちらの方を選ぶ。月の明るい晩とは言え、流石にその明かりすら届かない森の中を進むことはできない。


 耳に届くのは、木々のざわめきと、梟のような鳥の声、虫の音くらいの本当に静かな夜をフィルは一人歩いていった。

 しばらく歩くと、かなり高さがあると見える丘が絶壁となっている所にぶつかる。


『汝は何者か』


 耳に届く音とは違った感覚で、フィルに言葉が届く。

 まるで、ベルム城で対面した魔族――リググリーズが城門の上で話していた時と似たような感覚だ。


「なんとなく、そういうことだと思っていたよ」


 フィルは声の方――正確には、声が投げかけられる気配の方、絶壁となっているように見えた丘の、上方にある小道のような所に佇む存在を見た。


 月明かりに照らされ、白銀というような毛色をした、巨大な狼がそこにはいた。

 その違いは明確には分からないものの、雰囲気から昨日出くわした狼とは異なる存在であるように感じられる。


『我は、何者かと問うたのだ』

「すまなかった。俺はフィルという者だ。北の国――ガルハッドから山人の国に向かっている」

『人間か』

「そうだ。あんたは村の守り神様ってやつか?」


 目の前にいるのは明らかに強い力を持った魔物であったが、フィルは不思議と自然に会話をしてしまう。相手から向けられる意識に、やはり敵対するような感じがなかったからだ。


 しかしその圧を感じるに、一度ひとたび敵意を向けられでもしたら恐らく萎縮して一歩も動けないだろう、という思いもある。

 ゴーシェなどを連れてこなかったのも、無意識的に仲間を連れてきても意味がないことを理解していたからかも知れない。


『間違いではない』

「そうか。何で守り神をやっているんだ? あんたは魔物――最近出始めた化け物のような奴らとは違うのか?」

『森を守るのは、古い盟約のためだ。魔物、が何かは知らぬが、メグレズの小賢しい眷属のことを言っているのだろう。あれと我等は根源を同じにして、異なるものだ』


 まさかとは思い聞いてみたが、目の前の狼が言うことを信じるのであれば、本当に村の守り神であるようだった。

 魔物とは違うと言っているが、狼の喋る言葉が何を意味しているのか分からない。


「魔物と違うとはどういう――」

『あれこれと言うな、小さき人間よ。我が交わした盟約はこの森と村の人間達に対してだ。汝はその限りではない故、その体をここで噛み砕いてやってもよいのだぞ……分かったら我が問いを黙って聞け。そして答えよ。汝が森に入った時より我は気配を感じていた。それを確かめにきた』


 ゆっくりとした喋りでフィルの言葉を遮る狼は、喋りながらもその圧力を段々と増しているようだった。怒っている、というより不用意に口を挟むなと言っているのが分かる。

 明らかな実力差を目の当たりにして、フィルも聞きたいことが多々あったが大人しく口を閉ざす。


『汝の魔力からもメグレズの眷属の臭いを感じるが……面と向かって見れば、そういうことか。その腰の剣、それは眷属そのものだな。人間がそのような物を持つとは――それはアルセイダの術か』

「……それとは、魔剣――この剣のことか?」

『そうだ』

「であれば、恐らくそうだ。アルセイダの術、というのが何かは分からないが、魔剣の製造はアルセイダ国から伝わったものだ」


 狼の言葉が魔剣を指していることから、恐らくは付呪のことと思い、答えた。

 フィルの答えに、狼は嘆息するように間を置き、そして言葉を続ける。


『やはりそうか。アルセイダ、勝手な真似を……まあ我も人のことは言えぬか。たれも全く愚かしい』


 狼は構いもなしにフィルの分からないことを一人ごちるように喋るが、口を挟むことを許されていないフィルは質問に答える以外は声をあげないようにしていた。こんな所で訳も分からず死ぬのはごめんだ。


『それと、汝の連れから我が眷属の臭いがした。それも汝が持つものと同様か』


 どう答えたものかと、フィルは少し悩む。

 目の前の狼が言っているのは、恐らくゴーシェの魔剣のことだろう。


(くそっ、あの狼の魔物をぶっ殺したからって、逆恨みするのは勘弁しろよ)


「恐らく……そうだ。北の――森を抜けた所の町で、あんたと同じような狼の襲撃を受けた。あんた程でかくはなかったがな。その時にそいつをって取り出した結晶で、あんたの言うアルセイダの術を使って造った剣だ」


 ままよ・・・という勢いで、フィルは偽りなく答える。

 何と答えるのが正解かは分からないが、下手に隠し事をするよりはマシだろうと判断した。


『その我が眷属は不肖にもメグレズの眷属に降された者だ。気にせずともよい。全く……あれも愚か者よ』


 再び黙るフィルから視線を外し、狼は中空にある月を見上げる。

 フィルから見ると魔物であるはずのその狼が、少し寂しげに見えたのは気のせいだと思うことにした。


 その哀愁のような感覚は瞬きの間に消え去り、狼はすぐにフィルに視線を戻した。


『さて、汝がどういった者であるかは分かったが、汝の言を鵜呑みにする訳にもいかない。我等と我が森に仇なす者でないことを示せ』

「示せと言われても、どうしたらいいのか――」

『村の人間に加わり、戦え。東の森を荒らし、我が子等を屠ったメグレズの眷属を残らず噛み殺す。その戦いに――戦列に並ぶのだ。さすれば汝も我が盟約の相手と認め、我がを殺めたことも手打ちにしよう』


 フィルにはやはり狼が言っている言葉の真意が分かっていなかった。

 しかし、ここは恐らく言葉に従うのが正しいだろう。断れば、フィルだけでなくゴーシェ達も残らず噛み殺さんという勢いだったからだ。


「あんたが言ったことは分かったよ……多分。とにかく魔物との戦いに加われば、全てチャラにしてくれるってことだな」

『然もあらん』


 簡潔に答えると狼はすぐに、それ以上の口を挟む間もなく、踵を返して丘の上の道を駆けていった。


 夜闇の中に一人残されたフィルは目の前で起きた夢のような出来事に呆然とし、少しの間夜風にあたった後、村への道を引き返していったのだった。

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