第三章 戦槌と衝撃

「それでは、旅のご無事を祈っています」


 リコンドールの町の南門の前。

 フィルと向き合った、グレアム傭兵団のアランソンが別れの言葉を告げてくる。


「わざわざ見送りなんてすまないな」

「いえ。今生の別れではないとは思っていますが、フィルさんには色々とお世話になりましたから」

「こちらこそ。グレアムのところの傭兵団には世話になった」

「これからもお世話になりますよ。早いお帰りをお待ちしています」

「分かったよ。それじゃあ」


 屈託のない笑顔のアランソンから差し出された手をフィルは快く握り返す。


「おいフィル、行くぞ!」

「分かってる。そう急かすな」


 門の前でフィルを待っているゴーシェから声がかかった。

 アランソンとの簡単な挨拶を済ませるとフィルは門の方に向かっていく。


(本当に……世話になったな)


 こちらに向かって手を振るトニや、ゴーシェとディア、トニの横で馬の手綱を持っているカトレアの方に向かって歩いているところで、フィルはそう思った。

 傭兵の稼業を始めた若い時分から世話になっているグレアムは勿論のこと、アランソンとも長い年月を共にした。傭兵のフィルに対して仕事を卸す立場であったが、長い付き合いにより友人だと言っても過言ではないだろう。


 フィルとしても、死地に向かうような旅を気楽に受け取りつつある仲間達に感化されてか、もう一度この町に戻ってこれるように思えてきているが、別れの挨拶がきちんとできて良かったと思っている。


「フィル、早く行こう!」


 合流してくるのを待てないとばかりに駆け寄ってきたトニがまとわり付く。


 トニはいつも跳ねっ返たような短めの明るい金髪であったが、今は少し伸びた後ろ髪を束ねている。

 旅立ちの前に伸びた髪を切ったらどうだとフィルに言われたものの、茶色の長髪をまとめているカトレアに影響されたのか髪を短くすることを拒んだ結果、今の形に落ち着いたようだ。


「お前ら元気だな、途中でバテるぞ」

「だって旅だもん! 山人の国――ミズールバラズだっけ? そこに行くのも楽しみ!」

「そうか。まあたどり着ければ、だけどな」

「きっと大丈夫だよ!」


 周りをちょろちょろと動くトニと話しながら、フィルは仲間達のもとに合流した。

 フィルとトニを含めた五人の仲間は、袖のない暗い色の外套をまとっている。

 まだ肌寒い季節というわけでもないが、ここからの旅では約二月という期間を野宿で過ごすことになる。雨風を凌ぐためと、野宿の際の敷具代わりとなるのだ。


 旅の準備が万端の五人は、魔物の出現から遠出の旅をするものがあまりいなくなった今では珍しい、旅の一団という様相だった。

 カトレアはフィルに言われた通り、自分の馬には荷台を引かせておらず、馬の背に多くの荷物を括りつけている。


「それじゃあ、出発しますか!」

「ああ、行こう。忘れ物はないか?」

「何よ、忘れ物って」

「ないです!」

「ないでーす!」


 フィルとゴーシェの言葉に、皆思い思いに声を返す。


「じゃあ……出発だ!」


 一同がフィルに頷き返すと、五人はリコンドールの門を出て行く。

 山人の国――ミズールバラズへの長い旅が始まるのだった。


***


 旅立ちの直前まで行われたディアとの特訓で、フィルは自身の魔法を制御するまでに至った。

 ゴーシェやトニは、魔力操作はできるようになったものの、フィルのように魔法が発現しているようなことはなく、ゴーシェは残念そうにしていた。

 魔法が発現した際は、何らかの形でそれを自覚するため、そもそも二人に魔法が発現していることはないだろう、とディアから言われていたものだが。


 ディアに促されるままに自身の魔法――フィルの魔剣の魔族であるゲイラファビルが『変質』と呼んだそれを何度も試すフィルだったが、制御こそできるようになったものの、発現し続ける時間に問題があった。

 魔法の光により長剣を形作ることに成功するものの、初めの頃は数十秒維持するだけで手一杯だったのだ。


 さらに魔法を行使すると、耐え難い脱力感がある。

 魔力操作だけであれば維持し続けられるが、魔法によって剣を作り出した後は、その日は魔力操作をするだけでもやっとであり、再度魔法で剣を作ることはできなかった。

 訓練にいそしむフィルを見ていたディアによると、膨大な魔力を消費し、体に宿る魔力が枯渇しているからだと言う。


「しかし何で魔力を使い切っても、翌日には使えるようになってるんだ?」


 歩きながら、これまでの訓練を反芻していたフィルが、ディアに疑問を投げる。

 今まで聞いていた中では、人は魔物の魔力を奪い取る魔剣の存在により初めて魔力の行使が可能となるものだった。

 ここ最近、フィルはディアに言われるがままに魔法を使っていた。その魔力が、魔物から奪い蓄積されたものだとすれば、使い切ってしまえば再び魔法が使用できるのは何故か、という疑問だ。


「ちゃんと説明してなかったけど、体内の魔力は時間経過で戻るのよ。魔力はあらゆるものに宿るわ、それこそ大気中にも存在するの。普通に生活していれば、空気や水、そして食べ物を摂取すれば魔力が戻るってわけ」

「そうなのか? でもそれだと全ての人間が魔力を持っていることにならないか?」

「持ってるわよ。普通の人間でも微量の魔力ならね。フィル達みたいに魔剣を長いこと使っている――魔剣と同調している傭兵は、魔力を蓄える『器』が大きくなってるのね。基本的にはその器の大きさに応じた魔力しか保持できないわ。排出されるの」

「うんこか」

「……うんこよ」


 フィルとディアが会話する中、どうでもいい部分だけ入ってくるゴーシェに、辟易したような表情をしたディアが一応の返事をする。


「ということは、一日で使える魔力量が限られてるってことか。そうなると俺の魔法は使い物にならないな」


 訓練でフィルが魔法を維持できた最長の時間は約百秒程度、というところだった。

 それも体内の力がどんどん失われていく感覚の中、ディアに限界まで魔力を出し続けることを言いつけられた末のことだ。その時魔力を使い切ったフィルは、魔力切れと同時に昏倒した。


「確かに今のままだとね。道中でも訓練は続けましょう。きっと魔法を使う感覚に体が慣れれば今よりマシになるはずよ」

「……ぶっ倒れない程度に、頼む」


 魔力が切れた状態で目を覚ました際の、眩暈や手足の先が痺れるような感覚を思い出し、フィルが顔を引きつらせる。


「あーあ、俺もフィルみたいに魔法が使えるようにならないかな」

「別にそんなのなくたって、何も問題はないだろ」

「分かってないなお前。単純にかっこいいだろ。誰もできないことができる、って」

「そうよ分かってないわ。すごい貴重な存在なのよ!」


 珍しくゴーシェと気を合わせたようにディアがフィルに詰め寄ってきた。

 訓練の時もそうだったが、こういう時のディアは対応が面倒だ。まず、目が血走っていて怖い。


「わ、分かったよ。ちゃんと訓練は続けるから……」

「私が何でも教えてあげるわ! 腕が鳴るわね!」

「ディア、俺達も訓練続けた方がいいのかな?」


 三人の会話に歩調を合わせながらトニも混ざってくる。


「そうね。魔力が上手く使えるに越したことはないから一緒に続けましょう。ちゃんと魔力の操作ができれば普段の戦いでも絶対に役に立つわ」

「カトレアはどうする? 付呪エンチャントもしたことだし、一緒にやった方がいいんじゃないかな?」

「わ、私? 私はいいよ……戦えないし――」


 四人の少し後ろを、馬の手綱を引きながらついてくるカトレアに向かって、トニが声をかけたところで、茂みの奥から魔物の咆哮が聞こえた。


「――ゴアアアアアアアアアア!!」

「えっ、魔物?」


 カトレアの後ろの方から魔物の咆哮が聞こえ、フィル達は咄嗟に身構える。


「ちょうどいいし、私の実力も見せておくわ」


 町からさほど遠くない森に挟まれた道であったため、魔物への警戒が弱かった。

 フィル達の方に手綱を引きながら小走りで駆け寄って来るカトレアとすれ違うようにして、ディアが一人前に出る。

 森の茂みから、三体の巨体の魔物――オーガが出てきた。


「おい、ディア一人で大丈夫なのか? というか、お前本当に戦えるのか?」

「先に実力を見てもらった方がいいでしょ。ここは私に任せて」


 そう言うと、ディアは手に持っていた布に包まれた長物を握りなおした。

 町を出るときからフィル達もそれが何かを気になっていたが、「内緒」とディアが言うので恐らく武器の類だろうと思って放っておいたものだ。


 茂みから現れた三体のオーガは、飛び出した勢いでディアへと向かっていく。

 布を被ったままの長物ながものを構え、ディアは魔物を迎え撃つように腰を落とす。


「お、おい――」


 先頭のオーガがディアの頭に掴みかかろうとする時、笑みを浮かべるディアに少し不安を覚え、フィルとゴーシェがやはり前に出ようと動き出したその時だった。


 ――破裂音。

 その音と共に、先頭にいたオーガの頭部が弾け・・飛んだ。


「……は?」


 急に頭部を失ったオーガを見て、ゴーシェが間の抜けた声を出す。

 ディアの方を見ると、手に持った長物を振り抜き、すでに後に続く魔物に向かって構え直しているようだった。


 手に持った長物は包んでいた薄い布が取れ、金属部が剥き出しとなっていた。

 戦槌せんついだ。


 恐らくそれも金属であろう長い柄の先に、片側のみが広がった金属の槌頭が取り付けられている。

 少し意外だった武器に目を奪われるフィルとゴーシェの二人だったが、ディアは身をひるがえすように戦槌を振るう。


 残った二体のオーガは、その一体がディアに向かって金属の塊を振り下ろすが、打ち合わせるように振るわれた見るからに重い槌頭を受け、弾き飛ばされる。

 剛撃に身を仰け反らせたオーガと入れ替わるように、もう一体がディアに襲い掛かるが、再度振り下ろされた巨大な刀剣を半身で避わすと、ディアがオーガの足を掬うようにまた戦槌を振るった。


 片足を弾かれたオーガは前傾になって転ぶように倒れこむが、その体が地に堕ちる前に文字通り畳み込まれたディアの戦槌に頭を割られる。


「グルル――」


 更に、上半身が仰け反った勢いで尻餅をついた最後の一体のオーガが立ち上がろうと上げた唸り声をかき消すように、オーガの頭部があった所を槌頭が通り過ぎていき、立ち上がりかけた所で頭を失ったその体が地面にどさっと落ちる音を最後に、静寂が訪れた。


「……す、すごい」


 フィルの横で馬をなだめていたカトレアが息を飲むように、かすかな声を上げる。


「どう、これでも力不足かしら?」


 手に持った戦槌をぶんぶんと振るって、槌頭についた魔物の血を煩わしそうに払いながら、ディアがフィル達の方に戻って来る。

 ゴーシェとトニはふるふると首を横に振り、フィルはぽかんと口を開けてその姿を見るのだった。


***


 リコンドールの町を出たその日の夜。

 あまり魔物に遭遇しなかったからか順調に歩みを進めたフィル達は、道中で見つけた水辺の近くで野営を張っていた。


 野営の準備を一手に引き受けるとカトレアが主張するため、その準備を任せていたが、ゴーシェやトニなどは食料になる獲物や森に自生している山菜を探しに出て戻って来たところだった。


「しかし、ディアがあそこまで戦えるとは驚いたな」


 カトレアが食事を準備する横、焚き火を挟んでフィルと向かい合わせになっているディアに声をかけた。

 ディアは自身の得物である戦槌にこびりついて固まった魔物の血を拭うように、手入れをしている。


「町でも言ったじゃない」

「まあ聞いたことは聞いたが……しかし戦槌というのも珍しいな。重くないのか?」


 焚き火に照らされて、ディアの手の中の戦槌の金属部が光る。

 間近で見ると、金属でできた槌頭はさほど大きくないのだな、とも思う。


「比較的軽い金属を使ってるからね。私でも振り回せるわ」

「でもお前……オーガの頭が粉々になってたぞ……相当重いんじゃないのか?」

「持ってみる?」


 そう言ってディアは立ち上がり、フィルに自身の戦槌を渡してくる。

 柄の部分を手に受け取るが、想像したほどの重量はなかった。


 フィルが持つ刀剣に比べると確かに重いが、両手で取り回す分にはむしろ軽いのではないかと思えるほどのものだった。


「確かに、軽いな……でもあの威力はどういうことだ?」


 フィルが言っているのは、日中にオーガと遭遇した際、ディアが振るったこの戦槌の威力についてだ。槌という武器は当たり前だが、その重量が威力に比例する。

 骨や肉は分厚く、身につけた魔力で硬質化された肌を持つオーガだが、そのオーガの頭部を易々と破壊していた。

 真っ向からオーガの頭を叩き割るなんてことは、それこそグレアムくらいしかやっている者を見たことがない。


「それが私の魔法・・よ」

「……魔法?」

「どういうことだ?」


 ディアから急に魔法の話が出て、先ほど森の中から戻った際に手にしていた野鳥の羽を毟っていたゴーシェも、その手を止めないまま会話に入ってくる。


「だから、言った通り魔法よ。私も昔、魔法が発現してるの」

「どんな魔法なんだ?」

「目の前で見てたじゃない。魔物の頭がバーーンってなったの」


 ディアは手を広げる素振りを見せ、物騒なことをあっけらかんと言ってのける。


「頭が弾ける魔法か。おっかねえな」

「アンタ、本当に馬鹿なのね。そんなわけないじゃない。簡単に言うと、威力を上げる魔法よ」

「そんな魔法があるのか」

「何だそれ……反則だろ」

「どこのルールよ」


 フィルでも違うと分かることを言うゴーシェを遠慮のない言葉でディアが嗜める。

 町で魔力や魔法の説明する時は、自身も魔法を扱えるようなことを仄めかしていたディアだったが、やはり魔法が発現しているようだった。


「なんだか曖昧な魔法だな」

「そんなことはないわ、単純よ。例えば戦槌でも拳でも何でもいいけど、何かにぶつかると衝撃が生まれるじゃない。単純にその力が増幅されるというものよ。フィルの魔法が『変質』って言ったかしら。だとしたら私の魔法は『衝撃』の魔法ね」

「簡単に言うが、とんでもないように思えるけどな。武器と一緒に使えるんだったらいいことしかないじゃないか」


 ディアが言った通りであれば、単純に攻撃の威力が上がるというものだ。

 しかし硬いオーガの頭部を吹っ飛ばすほどの威力の向上であれば、傭兵だったら喉から手が出るほどの代物だ。


「そんなことはないわ。衝撃の力が強くなるってことは、武器自体も消耗するのよ。例えば私が魔法を使ってゴーシェの顔面を殴るとするじゃない。多分顎を吹っ飛ばすくらいの衝撃が出るだろうけど、私の拳の骨も粉々になるわ。私も魔力量は少なくないけど、手に魔力を集中して拳を固めた、としてもね」

「なるほど、分かりやすいな」

「分かりやすいのはいいが、物騒な例えに俺を登場させるなよ……」


 取ってきた獲物の羽を毟る手を止め、げっそりしたような顔をしたゴーシェがお返しとばかりに、嗜めるように言う。


「それに私達――森人であれば、比較的発現しやすい魔法みたいよ。私以外に使えるのは数人しか見たことないし、微妙にその特性も違うみたいだけど」

「そういうもんなのか」


 前にもディアのような森人の方が魔法に長けていると聞いたが、魔法なんていうものは日常的ではない傭兵に身を置いていたフィルからすると珍しい話だった。

 感心するフィルとは異なり、ゴーシェは少し気に入らないというような表情だ。


「けっ、どいつもこいつも魔法魔法って……大道芸人じゃなくて傭兵だぜ、俺達は」

「私は傭兵じゃなくて、ただの魔法の研究が好きな女の子よ」

「うるせえな、俺達の仲間になったんだから傭兵なんだよ。でっかい戦槌振り回しといてよく言うぜ。すぐに筋肉ムキムキの女傭兵になるだろうよ、お前は。大体、女の子ってとこからおかしいだろ。俺達と大して齢も変わらないし、どっちかって言うともうバ――」


 自分に魔法が発現していないゴーシェがぶつくさと文句を言う中、いつの間にか立ち上がっていたディアが拳を固めて振るい、明後日の方に向かって悪態をついていたゴーシェが木々の茂みを破って森の奥へとふっ飛んでいった。


 フィル達の近くでゴーシェと同じように野鳥の羽を毟っていたトニが、手の中の獲物を落とす。


「まあそういうことだから戦力になると思うわ。これからよろしくね」

「お、おう。たった今、戦力が一人減ったけどな……」


 ゴーシェが飛んでいった方に顔を向けながら、フィルが一歩引いたように言う。

 茂みの奥に消えたゴーシェが戻って来る気配はなかった。


「そ、それはそうとしてカトレアは大丈夫そうか? 今だったらまだ町に戻れるが」

「は、はい。役に立てなくて申し訳ないですが……行商をやっていたので、旅も野宿も大丈夫です!」

「……それは良かった」


 ディアの顔を正視できないので、会話に入っていなかったカトレアに話を振るフィルだったが、仁王立ちのディアを黙って見ていたカトレアもぎこちなく返事をする。

 はっと正気を取り戻したような顔になったトニが立ち上がり、ゴーシェが消えていった方に走っていく。


「しかし長い旅になるからな。しんどくなったらすぐに言えよ。こっから先は魔物だらけだろうが、ゆっくり進むこともできる」

「はい。でも本当に大丈夫です。ありがとうございます」


 鉄鍋に火をかけながら、カトレアが笑顔で声を返す。

 道中どうなるかは分からないが、女手一つで商売をしていただけあって、カトレアも意外とタフなのかも知れない。


「カトレアに弓を教えるってのもあるしね。長旅だし、ゆっくりいきましょう」

「そ、そうだな。一番弓を教えられそうな奴が、さっきふっ飛んでいったけどな」


 殴り飛ばしたゴーシェについて全く触れようとしないディアにそれとなく伝えようとしたフィルだったが、ディアにじろりと視線を向けられ思わず目を逸らした。

 駆けていったトニがまだ戻らず、焚き火がぱちぱちと立てる音だけが鳴る。


 町を出てからまだ始めての夜とは言え、一部を除いて互いの関係も悪くない。


 山人の国――ミズールバラズはガルハッドの南東方面にあり、フィル達は以前傭兵団から依頼された仕事の時と同じ道を辿ってきている。

 フィル達が少し前にいたベルム城はリコンドールの東に存在するため、そこまで行ってから南下するという道もあったが、ベルム城より東方面は森が切れた平原が広がっている。

 どちらも魔物侵攻以降は未踏の地であるため、魔物勢力がどうなっているかも分からないため、比較的森の木々に隠れるようにして移動ができる現在の進路を取ったというわけだ。


 これから本格的に未知の魔物の領域に入るとなると、不安も多々残る。


(しかし……まあ、なるようになるか)


 焚き火に照らされる、平然とした表情のディアや、視線に気付いてにっこりと笑い返すカトレアを見ると、これからの旅を不安視しているのが自分だけなのではないかと思え、少し馬鹿馬鹿しくなる。

 そんな思いでフィルが仲間達を見回していると、先ほどゴーシェが羽を毟っていた獲物の野鳥を抱えてトニが戻って来た。


 トニの方もさっきまで自分がいた定位置に戻ると、何事もなかったようにまた羽を毟る作業に戻る。


「おいトニ……ゴーシェは?」

「え? あ、そっか!」


 フィルの言葉に一瞬動きを止めた動きを止めたトニは、はっとして立ち上がる。


「いや、俺が行ってくる……お前はカトレアを手伝ってやってくれ」

「分かったよ!」


 そうしてフィルは森の奥へと進み、倒れて物言わぬゴーシェを見つけ、引きずって戻って来ると、息をしていることだけを確認して焚き火の近くに置いた。

 カトレアとトニの仕度が終わって四人で食事を取ると、旅に慣れていないだろうカトレアのことを考え、早めに休むことにする。


 その晩はゴーシェが起き上がってくることはなかったため、トニに先に火の番をさせることにし、フィルは外套に身を包み休むのだった。

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