第二章 光を紡ぐ剣

 リコンドールの南門から少し出た森の中。

 開けて広場のようになっている場所にフィルとディアが二人、向かい合っている。


「こんな感じか?」

「……それでできているとはとても言えないわね」


 ディアは普段の動きやすい作業着のままの格好で、フィルと同じような簡素な直剣を片手に携えている。

 そのディアに観察されるように、フィルも両手に持った刀剣を構えていた。


 山人の国への旅立ちまでの準備の合間に、ディアに魔力操作を教えてもらう約束をしたため、こうして町の外に出てきている。


「やっぱり分からないな。全く魔力が出ていないってことか?」

「そういうことじゃないわ。ただ、意識的に操作できていないわね」


 早朝からディアを叩き起こしてこういった訓練まがいなことをしているが、始めてから三日目となるものの、フィルは魔力操作の感覚を得られていなかった。


 ディアの言によると、魔法の行使と魔力の操作は同一ではない。

 現在までに確認されている範囲内だと、『魔法』はこうすればこういったことができるという体系的に整理されたものではなく、個に依存するものだということだった。

 つまり、仮に魔剣から火を出す魔法があったとして、その魔法の使い方を魔力の操作ができる者が学んだとしてもその魔法を使えるわけではなく、火の魔法を扱えるものだけが使える、というものだと言う。

 かつ、魔法を扱うためには、魔力の操作ができるという前提条件もある。

 ついでに、剣から火が出るような、いかにも『魔法』というものは確認されていないとも言っていた。


 それが故にディアは、フィルに魔力操作ができるようになってもらいたいと思っていたのもある。

 魔法というものが個に依存する以上、その発現の兆しでさえも希少性があり、魔法の研究をするにあたっての好例となる可能性が高いからだ。


「まずは魔力を収束させることからね」

「収束って言われてもな。言われたように、剣先に集中するように意識してるんだが」

「こればっかりは感覚的なものだから……例えるなら、単純に手に力を篭めるのに似ているけど、力っていうのが筋肉を扱う時のものとは全く別のもの、という感じね」

「……全く分からないな」


 フィルが魔法を使えるようになるための初歩として、ディアはまず魔力の操作を教えている。


 魔力の操作――体内の魔力の流れを操るというものは、目に見えたり手に感じたりするものではないが、ディアのように先天的に魔力操作の才能がある森人、それも魔力操作の訓練を経験したものからすると、肌で感じるようにその流れを理解できるものだった。

 先ほどから魔力の操作を試みているフィルからは、魔物との戦いを重ねて蓄えられた、少なくない量の魔力の放出は感じるものの、定着せずに発散してしまっている。


 ディアがフィルにまず初めにと課したのは、自身の魔力を剣に定着させることだった。

 それが初歩であり、全てでもある。


 魔剣はそれ自体が魔力を持つものであるため、意識的に魔力操作を行わなくても魔力保有量の多寡により、その強度や切れ味が増す。

 しかし、魔剣の付呪とはあくまでも使用者が主となる契約であるため、意識的に自身の魔力を刀身に定着させることで、その強化の度合いが著しく増すものだった。


「全く分からないまま続けて、魔力の操作ができるようになるもんなのか?」

「そっちには分からなくても、見れば魔力の流れの変化は私には分かるわ。試行錯誤してみて、変化が起きたときに言うからその時の感覚を覚えていく、って感じね」

「意外といい加減なもんなんだな」

「習うより慣れろ、よ」


 フィルにも、わざわざ時間を割いて教えてもらっているという若干の申し訳なさはあったものの、ディアが言っていることはまるで雲を掴むようなもので、一向に感覚を掴める兆しがなかった。

 

「ご飯持ってきたよーー!」


 フィルとディアが立つ広場に、街道側の森から声がかかる。


「よっ、朝から精が出るな! もう魔法使えるようになった?」 


 籠を抱えて走り寄ってくるトニに続いて、ゴーシェが二人に歩み寄ってくる。


「わざわざすまんな。でも全然ダメだ、どうしていいのか全く分からん」

「そんな難しいのか。じゃあ俺はやめとこうかな」


 フィルはゴーシェとトニを宿において、ディアから訓練を受けに来ていた。

 魔力の操作をディアから教わることになった際、ゴーシェやトニも同じく教わりたいと主張したものの、流石に魔力操作の心得が皆無な人間を三人抱えるのは厳しい、というディアの主張によりフィルに優先して教えることになっていた。


 そもそも、魔法を発現した可能性の高いフィルを優先したい、というディア自身の気持ちも多分にある。


「フィルだったら大丈夫だよ! それより朝からやってるんだから、休んでご飯食べなよ! ディアの分も貰ってきたよ!」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと休憩にしましょうか」


 トニは胸の前に抱えた籠を開けて、フィルとディアに見て見てと言うように嬉しそうにしている。

 ディアの言葉により、一時の休憩を取ることにした。


 休憩とは言っても、早朝からディアの魔法の説明なんかを聞きながら、静止してたったままの状態で剣を構えているだけだったので、フィルにはさほど疲れたという感覚もなかったのだが。


「しかし、こうも何も掴めないとはな。何かコツはないのか? 流石に心配になってきた」


 宿の食堂で包んでもらったという、パンに燻製の塩漬け肉を挟んだ簡単な朝食をフィルが口に入れながら、ディアに声をかける。


「コツって言ってもねえ……城の戦いで、まぐれだとしても魔法を使えてたって言うし、その時とか……あとは魔力が集中してた時の覚えはない?」

「そうだな……確かに、あるにはあるが……」


 ディアが言うような感覚は、確かにフィルにも覚えがあった。

 リググリーズとの戦いも記憶は確かにあるし、それ以外の戦いでも何度か刀身に魔力が集中しているように感じたこともある。


「しかし、いざ改めてやってみるってなるとな……戦ってる時の記憶はあるけど、その時にどう動いたかなんてちゃんと覚えてないしな」

「その時の感覚を思い出しながら、何度も試してみるしかないわね」

「先は遠いな……」


 急ぐものでもないから気長にやればいいとディアに言われ、再度訓練に戻ることにした。


「とにかくもう一度やってみましょう」

「分かった」


 簡単な食事を終えた後、再度向かい合って立つフィルとディア。

 ゴーシェとトニの二人は、少し離れた所にある平たい岩の上に座って暇そうにこちらを見ている。


(戦ってる時の感覚って言ってたな……なら――)


 ならば、とフィルはリググリーズと対峙した時のことを思い浮かべた。


 荒れ果てた城の中。

 篝火に照らされてなお、青白く浮かび上がるその魔族の顔。

 肌がひりつくような魔力の感覚。


 フィルは汗ばむ両手の中の直剣の柄を握り締め、腰を少し落とす。

 荒ぶるでもなく、それでも嵐のような剣閃で傭兵達と切り結ぶ男の姿が脳裏に浮かび上がってくる。


 ――力を受け入れろ。

 フィルの記憶の中で、別の魔族の男――ゲイラファビルはそう言った。


(そうだ……受け入れるんだ。その力が動こうとするままにするんじゃなくて、自分の意思に取り込むように、その力が動く先の点を取る……)


「お、いい感じ……?」


 頭の中で記憶を反芻するように集中するフィルの耳に、ディアの声が入ってくる。


 手に持つ直剣の切っ先に更に意識を集中し、その研ぎ澄まされた意識の中で周囲の音も遠くなっていく。

 掌は熱を帯び、手の中のその熱が、切っ先の点に向かって段々と形作られていくような感覚を覚える。


「驚いたわ、刀身に魔力が集中してる。その状態を維持するようにしてみて……って、ちょっとストップ――」


 ディアの声に段々と焦りが出て静止を叫ぶが、フィルの耳にはもう届いていなかった。


 両手に握る剣の柄、鍔、刀身と、切っ先に向かっていくようにぼんやりと白い光を帯びていく。

 光が切っ先に届き、直剣の全体が光に包まれた瞬間――


「――この感覚か」


 白い光に包まれた剣を、まるで鞘から引き抜くように振るうと、フィルの手の中には白光りした刀身を持った長剣が握られていた。

 ベルム城で目にしたものと同じものだ。


 意識が戻ったように顔を上げると、目を丸くしているディアが目に入る。


「これが……その剣の魔力。魔法。すごい……すごいわ! それ頂戴!」


 初めは放心したようによたよたとフィルに歩み寄ってくるディアだったが、途中から足を速めたかと思えば飛びつくようにフィルが握っている長剣を奪い取ろうとする。


「おい、やめろ! 危ないだろ――」

「すごい、すごいわ! ってあれ?」


 もの凄い力で剣をもぎ取られたフィルだったが、剣がディアの手の内に入った瞬間、長剣の刀身から剥がれ落ちるように白い光が発散し、元の刀身の短い直剣に戻っていた。


「ははっ、残念だったな。俺専用みたいだぜ」

「いや、私用に付呪エンチャントをし直せば……」

「冗談でもやめろ」


 全く冗談を言っているようには見えないディアを嗜めようと声をかけたフィルだが、急な脱力感に襲われて膝をがくんと落とす。


「う、うお……」


 眩暈と共に現れた倦怠感により地面に膝を着くフィルの頭上から、ディアがふふんという顔をして見下ろしてくる。


「急にすごい魔力を使ったからよ」

「そ、そういうもんなのか……」

「魔力の操作に不慣れだと割とよくあることよ。もの凄い量の魔力を放出してたし」


 目の前がチカチカとする感覚を頭を振って払うと、ふらつきながらも立ち上がる。

 胸がつまるような圧迫感にフィルが息を整えていると、離れたところでトニとふざけあっていたゴーシェが近寄ってくる。


「おいおい、魔法使えてるじゃんか。全然ダメじゃなかったのかよ」

「感覚を掴んだらあっという間よ。今だったら魔力操作もできると思うわよ」

「なんだ見てたのか」

「いや、急に空気が変わったから流石に分かるさ」


 どうやらフィルが刀剣に魔力を集中できるようになった所あたりから、様子の変化には気付いていたようだ。

 フィル達が城で出くわしたリググリーズもそうだったが、魔力が集中している状態であれば空気が張り詰めているような肌触りで分かるのかも知れない。


「ちょっとやって見なさいよ」

「分かった」


 未だ全身の疲労感は残っているようだったが、ディアに促されるままに再度魔力を集中する。

 先ほどと同様に、しかし今度は片手で刀剣を握り、魔物との戦闘の際のような緊張感を体に宿す。


 今度はしっかりとした意識の中で、じんわりと熱を掴むような感触を得られ、掌から握っている直剣の刀身の先の方に向かって、魔力が上っていく感覚がある。

 手の中は熱を帯びていくものの、水が凍っていく甲高い音のような、かよわいながらも鋭い音が耳の中で鳴っているようでもある。


「魔力操作は問題ないみたいね。ただ掴んだばっかりの時は、すぐに感覚を忘れちゃうものだから、日に何度も試してみるといいわ」

「おおー、すごいな。三日でできるようになるのか。フィルはできたことだし、次は俺にも教えてくれよ!」


 フィルが感覚を忘れまいと余韻を感じていると、ディアのお墨付きの言葉をもらった。

 すかさず、ゴーシェも「自分も」と主張する。


「今日は勘弁して。でも、明日からは来てもいいわよ」

「おお、やった!」

「ディア、俺も来ていい?」

「ええ。明日からは三人まとめて見るわよ。フィルはトニの面倒も見てよね」

「俺が見るのか? まあ、しょうがないか……」


 わいわいと騒ぎ出すゴーシェとトニの二人。

 フィルを優先して教えるとディアに言われ、少し仲間はずれにされているように思っていたのか、今は手放しに嬉しそうにしている。


「とにかく、今日は疲れたからもう終わりね。仕事に戻るから、明日も朝店に来て」

「分かった。すまないなディア、助かったよ」

「ちょっとの可能性でも、生きてミズールバラズにたどり着くようにしないとね。道中はしっかり護衛してもらうわよ」

「ああ、勿論だ」


 そう言って、少し疲れたような様子を見せたディアは三人を残し、リコンドールの町の方に一人先に戻っていく。

 残された三人は、フィルを挟んでやんややんやと騒いでいた。


***


 フィル達を残して町への帰路を戻るディア。

 その頭の中は、先ほど顔には出さなかったものの興奮しきっていた。


(あんなもの見せられちゃ……たまらない・・・・・わね……)


 先ほどの光景を思い浮かべながら恍惚とした表情を隠せないというように、にやにやしながらディアは歩いていた。


 魔力の操作を教えるとフィルと約束をし、対峙したその初日からフィルの持つ膨大な魔力は認識していた。

 フィルやグレアムのような、一線級の傭兵。それに加えて魔力の器としても十二分な魔剣を持つ者は、対峙して少し意識的に魔力を出すところを見れば、その潜在力はすぐにでも分かる。

 内に秘めた膨大な魔力を発散させているだけでも、その威圧感は相当なものだ。


 しかし、あの光景はディアも生まれて初めて見たと言っても過言ではない。


 フィルの体から溢れ出す膨大な魔力。

 そしてその魔力が刀身にまとわり付くように立ち上っていく。


 その姿だけでも圧倒されそうなものだったが、それが刀身をかたどるように収束していき、高圧縮された魔力自体が刀身を作っていった。


「あれは明らかに魔法ね……」


 ぶつぶつと呟きながら一人歩みを進めるディアは、興奮のせいか自分が足早になっていることにも気付かない。


 フィルが発現させたその魔法自体も異常だった。

 例えば水を凝固させて氷にするような魔法であれば見たことがあったが、一瞬だけ見えたそれは明らかに刀身の体を成していた。

 魔力そのものが物質化するなんてことは話でも聞いたことがなかったが、目の前で形作られていったそれは、疑う余地もなく業物の刀剣と見紛うような見事な刀身・・だ。


 ――変質。


 ベルム城でリググリーズという魔族と対峙した時の話の中で聞いたその言葉。フィルの魔剣の根源となる魔族――ゲイラファビルの言だという。

 言い得て妙だと、ディアは思った。


 一体、何をもって『変質』なのか。

 フィルが手に持っていた直剣の刀身自体が、その形を変えたとも思えない。

 剣にまとわせたその魔力自体の質を変えて物質化したとでも言うのだろうか。


「……何度もフィルに使わせてみせて、詳しく調べる必要があるわね。魔法を一回使っただけで倒れられてもこっちが困るから、まずは魔力操作をみっちりと……」


 興奮覚めやらぬ頭の中は、一方で冷静にフィルの魔法の研究するための段取りを考えていた。

 解を出すまでに十分な標本抽出をするためではあるが、フィルを教育する計画を立てていく。


「なんじゃ、ニヤニヤしながら店に入ってきよって」


 ぶつぶつと、すれ違う者には聞こえないような声で呟き続けながら、ディアはいつの間にかリコンドールの町のヴォーリの店までたどり着いていた。

 店のカウンターを挟んでヴォーリと会話していた恰幅のいい一人の傭兵が、呪詛のような声を漏らしながら店の戸を開けて入ってきたディアを見てぎょっとしている。


「あら、店長?」

「あら、店長? じゃないわ阿呆あほうが。客が減るからやめてくれ。ウチの店を潰す気か」

「ごめんなさいね」


 自分が放心状態のまま店まで戻って来たことにようやく気付いたディアが、ヴォーリの顔を見ながらも悪びれないように微笑む。


「そんなにいいことがあったのか」

「まあね。後で店長にも教えてあげるわ」

「話が長そうじゃな……」


 聞きたいような聞きたくないような、という微妙な表情をするヴォーリであったが、そんなヴォーリと傭兵への挨拶もほどほどに、ディアはすぐに作業場に向かい剣を打ち始める。


(……まずはとにかく魔力操作の訓練。それをモノにさせたら、あとはひたすら魔法の練習させなきゃ!)


 弾む心をそのまま金槌にぶつけるように、金属音と呪詛の調和を奏でながら楽しそうに仕事を始めるディアであったが、ヴォーリと運の悪いタイミングで店に来た傭兵は、その背中を苦虫を噛んだような表情で見つめるのであった。


 仕事が一段落し、夕暮れ時に片付けに入っていた時にディアに首根っこを掴まれたヴォーリが、フィルとの訓練で見た光景やディア自身の見解、今後はどうやってフィルに教えていくか、という所まで嬉々として話し込まれ、家路についたのが最早酒を飲んでる傭兵も数少なくなった夜深い時分であったのは言うまでもない。


***


 フィルがディアとの訓練で魔法を発現した日。

 その日以降、ゴーシェとトニの二人も加わり、四人での訓練を行っていた。


 初日はフィル同様、魔力操作の感覚を全く掴むなかった二人だったが、結果的にはトニがフィルと同じ三日、ゴーシェは五日という期間を経て、刀剣に魔力を集中するという所までの魔力操作を無事覚えることができた。


 期間中、商人とのやり取りの合間を縫って、カトレアも町の外の訓練をしている場所まで差し入れなどをしに来たが、流石にフィル達に混ざって訓練をするということはなかった。


 やる気のなさからか若干覚えが悪かったゴーシェが魔力操作を習得した日には既に、フィル達がヴォーリの店に依頼をした武具の準備と、カトレアに任せた物資の準備が整っており、残すところは出立の日を決めるだけ、という段階になっていた。


 準備も万端という状態となったフィルは、ゴーシェとトニの二人と共に、グレアム傭兵団の支部――アランソンが常駐しているであろうそこに訪れる。


「ついに出立ですか」

「ああ、装備も物資も整った。もはや町に留まっているのも限界だろう。ここ数日だが、恐らく国軍の人間にずっと見張られて・・・・・いる目線を感じる」

「そうでしょうね。カーティス殿もそのように言っていました」


 支部の建物内の客間でアランソンと向かい合って座っていた。

 困ったような微笑をたたえたままのアランソンの横には、こちらは仏頂面のグレアムも座している。


「まあ、何だ……」


 フィル達とアランソンが談笑をしている中、黙っていたグレアムが口を開く。


「お前らが死ぬとは到底思えないが、国軍の隊がいくつもやられてるんだ。気をつけろ」

「なんだオッサン、心配してるのか?」


 珍しく神妙な表情で話すグレアムを、ゴーシェが茶化・・す。


「お前なあ、人が珍しく神妙に門出を祝おうって時に……」

神妙・・なんて言葉知ってたんだな、驚いた」

「どこに驚いてんだよ」


 ゴーシェと同じく、フィルもからかうようにグレアムの話の腰を折る。

 何を言ったものかと考えて口を開いたら、軽口を利いてくる顔見知りの二人の姿に辟易とするような表情を浮かべたグレアムだが、次いで出たフィルの言葉にふっと微笑む。


「全部ぶっ倒して終い、だろ?」

「……ああ、そうだったな。忘れてたぜ」

「山人の国に行ったら土産買ってきてやるよ」

「それも忘れてた。聞いた話だと、火酒かしゅってのが有名だったらしい。そいつを頼んだ」


 それぞれ一言ずつを交わすと、先ほどまでの重い空気が流れていくようであった。

 気心の知れたそんな三人の姿を、トニは黙ってニコニコしながらただ見ている。


 グレアムとアランソンへの挨拶も済み、町を出立する日を二日後の明朝と決めて三人は支部を後にした。


 もう十分にフィルの傷も癒えたため、その夜はいつものように馴染みの酒場で酒を酌み交わし、その次の夜は珍しくゴーシェも騒ぎ立てようとせず、それぞれが思い思いに静かな夜を過ごした。


 ――そうして、出立の日がやってきた。

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