第四章 森の中の出会い

 リコンドールの町から南進して三日が経った夕暮れ時、フィル達は以前傭兵団からの依頼で訪れた廃村に着いていた。

 ベルム城攻めに向かう前のことなので、今は記憶も少し古くなっているが、教会の跡地での狼型の魔物――ワーグが襲い掛かってきた時の光景は鮮明に覚えている。


「……さすがに教会跡は使えないだろうな」


 ゴーシェが腰に帯びている自身の刀剣をちらりと見ながら、そう言った。


「一応様子だけは見ておこう」

「フィル、本当にここで夜を過ごすのか?」

「ああ、そのつもりだ」


 フィル達の一行はここまでの道、以前仕事で通った道と同様の進路で来た。

 まさに魔物が襲い掛かってきたこの廃村に向かうことは危険にも思えたが、傭兵団からの依頼――もといアランソンからの頼み事もあったため、あえてこの廃村に滞在することにした。


 フィルとゴーシェの二人が話しているのは、再び来たこの廃村にて夜を過ごすことにしたものの、以前魔物の襲撃を受けた教会跡は流石に使えないため、どこで過ごすかという点だった。


「あんまり気乗りしねえな。あの狼の死体、腐ってんだろうな」

「大分日が経ってるからな……念のためだ、確認だけして夜を過ごす場所を探そう」

「どんな魔物か楽しみね」


 二人の会話に、全く別の興味を持っているディアが酔狂なことを言う。

 フィル達はこの廃村で襲撃を受けたことから、異常がないかだけを確認しようと自分達が魔物を撃退した教会跡に向かっていた。

 外から廃村の様子を伺った感じと、実際に中に入ってみた感じから、恐らく魔物はいないだろうことは分かっていたものの、念のための確認だ。

 恐らく、ワーグが潜んでいればゴーシェが勘付くだろう。


「前のままだな」

「そりゃあな」


 フィル達二人は教会跡の入口から薄暗い建物の内部を見ていた。

 ディアの方はそんなことなど構いもせず、一人建物内へと入っていった。


 予想通り、前回襲い掛かってきたワーグの死体が多数転がっており、巨大な狼のようなそれ――ゴーシェの魔剣となった魔物の死体も勿論あった。

 不審な気配もなかったため、あえて建物の中には入ろうとはしなかったが、建物内からはすえた臭いが漂ってくる。


「……酷く臭うな」


 ゴーシェが顔をしかめながら鼻を抑えて言う。

 確かに腐臭はするものの、建物の入口の手前であるフィルが立っている場所にはさほど強い臭いは届いていなかった。


 中でワーグの死体を調べているディアは勿論、持っていた布で口元を抑えている。


「そんなに臭うか?」

「ああ酷い」

「ゴーシェ、お前鼻が良くなったんじゃないか?」

「俺は狩人だったから元々鼻がいいんだよ」

「そういうもんか」


 そんなことを感じたことはないが、と思いながらもフィルはそれ以上を触れない。


「とにかく、特に問題もなさそうだし夜を過ごせる所を探すか」

「ちょっと待ってよ、凄いわねコレ。本当に魔物だわ」


 ディアはフィル達が以前に魔晶石を取り出した巨大なワーグの死体の所から移動し、他のワーグの死体の肩口を切り開き、魔晶石の存在を確認している。

 建物内はとんでもない腐臭だろうが、ディアは一切気にしていない様子だ。


「こんな臭い所にいれるかよ、早くしろ」


 あくまで廃村の奥にある教会跡の様子を見に来ただけであるため、ワーグの調査を続けたがるディアの襟元を掴み、来た道を戻ることにした。


「あ、フィル! あっちにいい家があったよ!」


 少し道を歩いたところで、トニが声をかけてくる。

 教会跡に向かう途中で、魔物がいそうな気配がなかったことから、近場で夜を過ごせそうなところを探すように、とトニに言いつけていた。

 ワーグの死体を見に行く三人に付いて行くのを少し渋っていたカトレアも同様だ。


「本当か。魔物の死体が転がってたら嫌だぞ」

「大丈夫! きれいだったよ。外に馬小屋もあったし!」


 トニの案内で教会跡から村の中央の方に少し歩くと、比較的大きな家屋が見えた。

 流石に建物の状態はかなり悪いものであったが、トニの言うように建物の横には厩があり、カトレアが自分の馬をそこに繋いでいるのが見える。


「なるほど、悪くないな」

「中も結構綺麗だったよ! ちょっと片付けておいた!」


 見ると家屋の入口から投げ捨てたのであろう、家具の残骸などが散らばっている。


「片付けた……な」


 建物に入ってみると確かに過ごしやすそうに見えた。

 すでに魔物に潰された村であるから、中は魔物に荒らされた跡はあるものの、広い部屋に暖炉があり火も焚けそうだった。村の長かなにかの家だったのだろう。


「中々綺麗ですね」

「そうだな、まだ日も暮れてないが今日はここで夜を過ごそう。ここから先は魔物が多いかも知れないからな」

「分かりました、すぐに支度しますね」


 馬を留めた後なのだろう、カトレアも合流し声をかけてきた。


「おいトニ、今日は準備代わってやれよ。カトレア、日も落ちてないし弓を教える」

「分かった!」

「そ、そんな。私にできることなんかこれくらいですし……」

「教えてもらいなさいよ。戦力になってもらった方が、これから先楽だろうし」

「では……」


 そんなやり取りの後、ゴーシェは弓を教えるためにカトレアと共に外に出て行った。

 これまでの道中、数日ではあるがゴーシェはカトレアに弓を教えようとしていたが、野営の準備を率先して行うため、あまり時間が取れないでいた。

 ディアも言う通り、これから先は完全に魔物の領域だ。自衛ができるようになってもらうのは勿論だが、戦力になってもらった方がいい。そのためにトニの装備を譲って付呪までした、ということもある。


 旅に出てからまだ然程の時間が経っていないこともあるが、皆それぞれに自分にできることをしようとしているように思える。

 フィルやゴーシェが新しい装備に慣らそうとするのは勿論のことだが、トニもまだ不慣れなものの仕立てたサーベルの戦い方を身に付けようと率先して前に出ている。

 剣や弓を持って戦ったことなどないだろうカトレアも、今みたいにゴーシェに剣や弓を習おうとしている。


「フィル、今日も魔法の練習するわよね?」

「あ、ああ……」

「トニも準備終わったら来なさいね」

「はーい!」


 魔法や魔力操作の訓練も、引き続きディアに教えてもらっていた。

 流石にいつ魔物が襲い掛かってくるか分からないため、町の近くでやる時のようにはいかないが無理をしない程度に、ということだ。


 まだこの旅も余裕が持てている、とフィルは思っていた。


***


 結局のところ、廃村では狼型の魔物――ワーグは現れなかった。

 フィルは予定通り南進する道を選び、進んでいくことにする。


 ガルハッド国から見て、山人の国――ミズールバラズは南東側に存在する。

 フィル達が進んでいるガルハッドの南側への道は、進むにつれて深い森が広がっていく。その広い森は南西側に向かって広大な領域を持っており、その深い森の奥は未踏領域でもあった。


 南への道は、その深い森の間に切り込むようにできた道となっており、南に進むにつれて徐々に東へと向きを変える。森の間を道なりに進んでいくと、山人の国に着くと古い地図は言っているのだ。


 フィル達は廃村を出てから約五日という日数を南進し、そこから深い森が広がる道に入っていった。その深い森の道を進み始め、もう数日が経っている。


「しかし、段々と森が深くなってくわね」

「地図によると、こっから先は大体こんな感じだな。比較的道が広いのが幸いだが」


 木々に囲まれた道とは言え、森と森が分断されるような広い道が続いていた。

 流石に人の往来がなくなってから数十年の時が経っているため、ぼこぼこの土の道は歩きづらく、やはり馬に荷台を引かせなくて正解だったとも思う。


「いよいよ逃げ場がなくなった感じだな」


 森を歩くのが得意なはずのゴーシェはここ数日、常に警戒しながら歩いている。

 どこまで続くのか分からない森の中の道をもう数日も歩いているが、日の光も入りにくい道を進み続けると気が滅入ってくるのもある。


 幸か不幸か、これまでに出くわした魔物は大概が大した力を持たないゴブリンであり、たまにオーガが出てくるくらいのものだった。

 リコンドールの町を出てからもう結構な日数が経っているはずだが、魔物の勢いが予想外に大したことがなくて拍子抜けしたことと、同じ風景がずっと続くことによる疲れからか、ゴーシェ以外の面々は若干緊張感もなくなってきている。


(しかし、山人の国に向かって戻って来た者はいないと言う……何かあるはずだ)


 フィルはそう思うことによって緊張の糸を緩めないようにしていたが、連日歩き詰めであること、野営の見張りで睡眠が足りないことで、徐々に疲れも見えてきた。


「――止まれ」


 そんな惰性で歩くような面々に、先頭を歩くゴーシェが低く声をかけた。


「どうした?」

「道の先で戦闘の気配がする……血の、においだ」

「また魔物かしら。でも、戦闘……?」


 警戒中のゴーシェの感覚を疑う者はおらず、指示通りに歩みを止める。

 言葉は疑わないものの、疑問の声を上げるのはディアだ。

 それもそのはずで、魔物くらいしかいないはずのこの辺りで自分達以外の何者かが戦闘をすることは考えにくい。しかし、目の前のゴーシェの雰囲気からは、魔物が野生動物を襲っているだけとも思えない。


「分からないな……どうする、進むか?」

「警戒して進もう。どちらにしろ一本道だ。進まない選択肢はないだろう」

「了解」


 フィルの指示により、ゴーシェは再び前に歩き出す。


「ディア、カトレアについて後ろを歩いてくれ。トニは俺とゴーシェのサポートだ」

「……分かったわ」

「分かった!」


 先頭を歩くゴーシェの一歩後ろを、両側を警戒するようにフィルとトニが進む。

 それに馬を牽くカトレアが続き、その後ろを警戒するようにディアも続く。


 まずは状況を把握しないと始まらないというように、ゴーシェは前方に気を向けながら早足で進む。そのゴーシェも、少し進んで静止した。


「ワーグだ……ワーグと、ゴブリン共が戦ってる」

「本当か」


 何日も前に通過した廃村。

 以前、フィル達が仕事で廃村を訪れた時に見た風景、ゴブリンなどの魔物が食いちぎられて絶命している風景が広がっていた。


 魔物同士が争うことなどあるのか、とその状況を疑ったものだが、ゴーシェが言うには前方の道の先で今まさにその状況が起こっているのだと言う。


「フィル、どうする?」

「俺達からしたらどっちも敵だろう。争ってるとは言え、さすがにそこに飛び込んでいくわけには――」

「おいフィル、左から来るぞ!」


 どう行動するかをフィルに問うたゴーシェだったが、フィルを遮って警戒を叫ぶ。

 フィルも一瞬遅れて魔物の気配に気付くが、ゴーシェが声を潜めないで警戒するということは、もう魔物はこっちに気付いているということだ。


 ゴーシェはすでに抜剣し、左方に向けて構えている。

 フィルとトニも自らの得物を抜き、ゴーシェにならった。


「出て来るぞ!」

「ディア、カトレアの方は任せたぞ!」

「分かってるわよ」


 ゴーシェの叫びとほぼ同時に、進んでいた方向の左側の森の奥から、十数体の魔物がわらわらと出てきた。


(数が――少し多いな)


 先頭にいる三人は、森から出てくる魔物を出迎えるように進んで切りかかり、カトレアの方に向かわないように位置取って剣を振るい始めた。

 互いをフォローできる距離感でありながら、後方にいるディア達の方に魔物がいかないように広がって対応をする。もっとも、数体が向かったところでディアがどうにかするとも思っている。


「フィル、どんどん出てくるよ!」


 トニが声を上げる。

 勿論フィルも気付いていたが、最初は十数体が出てきた魔物達であったが、どこにそんな数が隠れていたのか、切っても切ってもその数が増え続けるように、森の奥から出てくる。

 一体一体は、さほどの力を持っていない魔物だが、数が問題だ。


「急にどういうことだよ! これまで大した魔物が出てこなかったのに……」

「知るかよ、とにかく全部切るぞ!」

「――フィル!」


 ぼやきながらも淡々とゴブリン達を切り捨てていくゴーシェに声を返すフィルだったが、後方のディアから声がかかった。


 相手取っている魔物への警戒をしながらも、後方に視線をやると、フィル達が対応している道の左側の反対側――右方から二体のオーガが出てくるのが見えた。

 すでにディアの方にも左側からの魔物が群がっており、ディアはその対処でカトレアから少し離れた所で戦っていた。


「ゴーシェ、カトレアの方に――」

「きゃああああああああ!!」


 森に響き渡るカトレアの声。


 ゴーシェをそちらに向かわせようと視線を外したフィルが、再度カトレアの方を見ると、右方の森から出てこようとする二体のオーガは、片方が地に伏し、もう片方は――巨大な狼の牙と牙の隙間から、半身をぶらさげている。


 フィル達が以前に見た巨大な固体より、更に一回りも二回りも大きい狼型の巨体の魔物――ワーグがそこに立っていた。


「――ここは頼む!」


 その魔物を見た瞬間、フィルは弾かれるように走り出していた。

 オーガならば数秒待ってゴーシェにでも行かせれば、と思ったが、急に現れたその魔物はそういった類のものではない。


 カトレアと、怯えた様子の馬を追い抜き、ワーグの目の前に立つ。

 未だ森の木々の奥に立ち、距離のある状態ではあったが、その大きさと威圧感は以前見たもの以上だ。


(……どうするか)


 距離を取ったまま対面するフィルとワーグであったが、ワーグはその近くに伏したままぴくぴくと動いているオーガを、前足・・で勢いよく踏みつけて止めを刺す。


 ――静寂。


 ワーグと向かい合うフィルの後ろでは、ゴーシェやトニ、そしてディアが群がる魔物を相手しており、依然魔物達の唸り声が響いているが、対峙した状態で静止したままのフィルには周囲が妙に静かに感じられた。


(襲ってこないのか……?)


 目の前の魔物――ワーグからは、攻めあぐねているような気配はない。

 ただ、眼前のフィルを見据えているように佇んでいる。


「おい、フィル大丈夫なのか!」


 ゴーシェもこちらの様子には気付いているため声を上げるが、フィルにはどう返していいか分からなかった。

 こちらを値踏みするような狼の目。魔物のものとは思えない、かつ威嚇しているようにも見えないそれをどう判断していいか分からなかったからだ。


(こっちから攻めるか――)


 フィルが声にせず魔物に向かって駆け出そうとしたその瞬間、動きがあった。


 巨大な狼の魔物――ワーグは、咥えていた魔物――恐らくとうに絶命しているであろうオーガをふいっと放り出し、視線を残しながら森の奥へと向きを変え、音もなく去っていったのだ。


「……どういうことなの」


 同じく魔物の様子を伺っていた、丁度フィルの後ろにいたディアが、フィルの気持ちを代弁してくれた。

 魔物が魔物を殺し、そしてこちらには襲い掛からずに去っていく。そんな現実味のない光景を指した言葉であることは、疑う余地もない。


 しかし現実に、直剣を握り締めたまま動けなくなってしまったフィルの目の前には、森の木々とその奥の暗闇が広がるだけだった。

 最早、魔物――ワーグの気配もない。


「ちょ、ちょっと数が多いよ!」


 トニの叫びにより、フィルは現実に引き戻される。

 蘇った意識で後方を見ると、依然森の奥からは魔物達が際限なく出てくる光景が広がっていた。


「くそっ!」


 ディアとトニの丁度中間の所に向けて駆け出し、数体のゴブリンを切り捨てる。

 先ほどの魔物の不可解な行動は心に残るが、この状況を対処しなければならないことには変わりない。


 唾棄するような叫びと共に、フィルも再び戦列に加わり魔物をなで斬りにしていくが、確かに数がどうにも多い。

 抑えきれず、カトレアの方に向かいそうになるゴブリンをフィルやディアがなんとか止めているようになってきていた。


「お前らそんな所で何やってんだべ! 早くこっち来い!」


 後方から声がかかる。

 見ると、先ほど狼の魔物が消えていった所あたりに、狩人然とした男女が三人、いつの間にか立っていた。


(――人?)


 魔物に蹂躙されたはずのこの土地で、あり得ない光景にフィルはまた戸惑う。


「いいから来い! 早く!」


 一体どうしたものかと考えるフィルに、ゴーシェからも声がかかった。


「フィル、引こう! このままじゃどっちにしろジリ貧だ!」

「……そうだな! ゴーシェと俺は後ろを行くから、お前らは先に行け!」


 フィルの叫びを号令として、トニは戦列を抜け出すようにして、カトレアは馬を引いて狩人達の方に向かい、ディアはそのカトレアの後ろに続き、追いすがってくる魔物を打ちながら後退する。


 先に行かせた面々が森の中に入っていくのを見て、ゴーシェにも声をかける。


「俺達も行くぞ!」

「ああ!」


 そうして、森の中に入っていった後を二人で追うように駆け出す。

 魔物達は当然、森の中にまで追ってくるが、走っては振り返って切り、走っては振り返って切り、を繰り返して追ってくる魔物を散らしていく。


 先導する狩人然の者達は、迷いなく森の中の獣道を進んでいくため、森を進んでいくうちに後方の魔物もまばらになっていた。

 かなりの時間そんな逃走を続けていると、森の中の少し開けた空間に出る。

 後方に迫る魔物も、もういない。


 魔物の対処をしていたフィル達を待つように、狩人然の男女、そしてトニ達が肩で息をしながらそこで待っていた。


「はあ……はあ……助かったが、一体どういうことだ。お前らは何だ?」

「何だとは何だ。俺達はここらの人間だ。お前らの方が一体なにもんだべ」

「だべ?」

「あ? 何だ?」


 狩人のような姿をした者達は、男が二人に、女が一人。皆、齢若い。

 前に立って声を返す男は、フィルより少し齢が下に見える青年だ。返ってくる言葉使いや声の上がり下がりも、あまり聞きなれたものではないものだ。


「ここらの人間ってのはどういうことだ。俺達はガルハッド――北の方から来た」

「ガルハッド……? ガルハッドねえ」

「兄ちゃん、あたし聞いたことある! 北の森を抜けたとこにある国の名前だ!」

「ば、ばっか、おめえそんなこと知ってるに決まってるべよ! 馬鹿にすんでねえよ!」

「ご、ごめんよ兄ちゃん!」


 青年と、恐らくその妹だと分かる女が気の抜けた会話をする。

 どちらも獣の皮で作った物を被っており、その下に見える顔は、確かにガルハッドであまり見ない類の顔つきをしていた。


「おい質問に答えてくれ。ここら辺には人がいるのか?」

「だから何だっつーんだよ。いるに決まってるべよ。俺たちの村がある」

「村があるのか……?」

「当たりめーだろうが。何だおめえ、馬鹿みたいなことばっか言いやがってさ。都会もんはみんなこんな馬鹿なのか?」

「兄ちゃん……そんな言い方ダメだべ……」

「お前はうるせえーっつーんだよ!」


 山人の国――ミズールバラズに向かう道、その全てが魔物に蹂躙されたものと思っていたが、思わぬ所での人に出会ったことでフィルは少し混乱していた。

 ゴーシェをはじめとした、他の面々も同じ心持ちなのか、口を閉ざしている。


 そんなフィル達をよそに、二人の兄妹はつまらない言い争いを続けており、残ったもう一人の齢が少し若そうな男は黙ってそれを見ていた。


 静かな森の中で、兄妹の罵りあいが響くのだった。

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