第七章 鉄の歓迎

 アルカド・ガーファング。


 フィルの記憶がまだ正しければ、彼はアルセイダ国聖騎士団の一兵士だったはずだ。

 と言ってもその記憶はほぼ十年前、フィルがアルセイダ国を後にした時のものである。


 目の前の男は見るからに隊長然とした重厚な鎧をまとい、脱いだ冑を小脇に抱えて凛とした姿で立っている。

 黒というよりは藍に近い色の髪を後ろに撫で付けた清潔感のある髪型をした、痩せ型の割には体格が良く見えるという感じの青年だ。

 フィルの記憶の中のアルカドの面影と、今となっては知る者は数える程しかいないはずのフィルの本名を呼んできたことを見ると、目の前の青年がアルカドであることにまず間違いない。


(……こんなタイミングで会ってしまうもんかな)


 焦燥というよりは哀愁に近い感情を感じ、胸の中でフィルは一人呟く。

 声をかけてきたアルカドは勿論のこと、カーティスやグレアムなどの面々の視線が集まっているのを、フィルは何と答えるのが正解かを考えながら口を閉じていた。


 これまでの仕事でフィルが大規模の戦線に参加しなかったのは、ただ少人数で仕事をするのを好むという理由だけではない。

 ある程度規模の大きい戦場、ましてや国軍関連の仕事ともなると、隣国であるアルセイダ国軍の人間に会ってしまう可能性があるとも考えていた。

 ガルハッド国とアルセイダ国は拮抗するように魔物領への侵攻を行っているからだ。


 全くもって失態だ、という考えだけがフィルの頭の中にある。


「……俺に言っているのか?」


 フィルは、目の前の青年――アルカドにそうとだけ言う。

 考えのまとまらないフィルの選択は、否定・・だった。


「あ、ああ……フェルナンドじゃないのか……?」


 誰が見ても苦しい返答に思えたが、アルカドの方も予想外のフィルの返答に少し戸惑っている様子だ。


「すまないが、そんな名前の人間は知らないな。俺はフィル・・・という名だ」

「そ、そうか……それは失礼をした」


 人違いを謝罪するもののアルカドは全く腑に落ちていないようで、言葉とは裏腹にフィルの立ち姿をまじまじと見ている。


「フィル殿、それにグレアム殿。紹介しよう、こちらはアルセイダ国軍聖騎士団の副団長、アルカド・ガーファング殿だ」

「大隊長殿、一体どういうことだ? その聖騎士団の副団長殿がなんでこんなところに?」


 アルカドとフィルのやり取りで一同の中に変な空気が流れたが、全く状況が分からないことにたまらずグレアムが催促するように問いを投げる。

 周囲の兵達も同じ気持ちなのだろう、今度はカーティスの方に視線が集まる。


「説明をしていなかったが此度のベルム城攻めが決まった際、アルセイダ国軍に援軍の要請を出していたのだ」

「なんだ、そんな大事なことを黙っていたんですかい?」


 少々不躾な問いかけをしていると自分でも思っているのか、グレアムが変な喋り方になる。


「いや、すまない。要請を出したものの、出陣までにアルセイダ国からは返答を得られなかったのだ。変な期待をさせてしまうと逆効果というのもあるし、私自身まさか本当に援軍に駆けつけてくれるとは思わなかったのでな」


 窮地の援軍に、カーティスも驚いたと言う。


「こちらこそ申し訳ない。国内で考えがまとまるのに時間を要したようです。数日前に使いの者をガルハッド国に出したということですが、既に戦いは始まっているはずだったので、前線にいた我々が馳せ参じました」

「それも解せないな。聖騎士団というのは、アルセイダ本国の防衛を担っているのではなかったか?」


 カーティスが言っているのはアルセイダ国軍のあり方について、である。

 アルセイダ国は所謂、宗教国家である。


 アルセイダ国には、アルセイダと呼ばれる唯一神を信じる宗教が存在し、その名を冠した国がまさにアルセイダ国である。

 ガルハッドには国教と呼ぶような宗教は存在しないが、今はなき旧帝国にもまた別の宗教が存在した。


 アルセイダ国はガルハッドと距離が近いこともあり、ガルハッドや隣国の商業国家であるロレンティオにも、アルセイダ教はある程度普及している。

 この三国内であれば、ある程度大きな町にはアルセイダ教の教会が少なくとも一つはあるものだ。


 そんなアルセイダ国には『アルセイダの巫女』と呼ばれる、神に仕える者を奉じる大聖堂があり『聖騎士団』とはその大聖堂の守護を務める騎士団である。

 カーティスが言うように国内の守りが主務なはずであり、ここベルム城などの前線に出てくるようなものではない、というのが共通認識だった。


「近年、我がアルセイダ国でも魔物との戦いが激化していますので、騎士団の体質が変わってきています。魔物領侵攻はもともと国軍のみで行うことが多かったですが、騎士団の増員もあり昨今は我々も前線に出ています」

「そういうことだったのか。九死に一生を得た上に、こんなに嬉しい援軍はないな」


 アルカドの言葉にカーティスも合点がいったようで、それ以上の追及はしなかった。

 来る可能性が低かった援軍が、期待以上の戦力で加わってくれたのだ。


「本城の攻撃にも参加してもらえるのだろうか?」


 カーティスは城攻めの援軍という情報だけしか聞いていなかったため、どこまで協力を貰えるのかを確認する。


「勿論参加させてもらいます。あまり出しゃばらない様にとは言われていますが。国同士の取り決めで、北の砦はアルセイダ国の領土にして良いことになっていますので、現在我々の本隊が向かっています。到着は二日後というところですが、間もなく落ちるでしょう」

「北の砦を攻める、と言いましたか……?」

「ティム、控えろ」


 カーティスの脇には、ベルム城側の城門の守備が一段落ついた際に騒ぎを聞き駆けつけたティムがいた。

 アルカドの砦攻めという言葉にティムが反応する。


 北の砦の魔物との戦闘でルーサーの部隊が敗れた。

 ティムの頭には、あと一歩早くアルセイダ国が動いてくれていれば、アルセイダ国が動く情報が来ていればルーサーが死ぬこともなかったかも知れない、という考えがあるのだろう。

 いち早く察したカーティスは、ティムがそれを言葉にする前に制した。


 目の前のアルカドにそれを言っても何にもならないからだ。


「とにかく、北側の憂いもなくなり城攻めの援軍として参加してもらえるのは本当に有難い。ここまでの戦闘で部隊がかなり疲弊していてね」

「そうでしょうね。激しい戦闘だったことが分かります」


 アルカドは城壁の戦闘の跡を見ながら、そう言う。


「本城に攻撃を開始するのは夕刻からとする。どの部隊も限界が近いだろう。城門の守りは輪番とし、各隊で休息を取るように通達しろ。皆、それで良いな?」


 昨日の早朝から戦い尽くめだった各部隊の状態を考えて、カーティスが本城への攻撃は日が暮れてからと周囲の面々に告げる。

 皆それぞれに了解の意を示すと、後の対応は各隊に任せるとしてその場は解散となった。


***


 自身の部隊への通達や本城突入の準備を指示するためにそれぞれが散っていく中、一人城門の戦いの跡を眺めているアルカドに、フィルが改めて声をかける。


「アルカド……おい、アル」


 フィルの声に驚いたようにアルカドが振り向く。


「フェルナンド? やっぱりフェルナンドじゃないか!」


 昔と変わらない愛称で呼ぶフィルを見て、アルカドの表情がぱあっと明るくなる。


「……その呼び方はよしてくれ。今はフィルで通している」

「え? あ、ああ……分かったよ」


 フィルは意を決し、アルカドだけには素性を明かすことにした。

 最も、アルカドの方はフィルが明かすまでもなく『フェルナンド』だと思っているようだったので、その決意にあまり意味はなかった。

 フィルが考えたのは、疑念を残したまま国に帰られたら面倒なことになりそうだ、ということだ。


「それにしても一体何があったんだい。どうしてガルハッドで傭兵なんか……?」

「色々あってな……親父さん――カリスト団長は息災か?」

「え? 父上はまだ現役で騎士団の団長をやってるけど……」


 アルカドの問いを受け流すようにフィルは話す。


 聖騎士団の団長であるアルカドの父――カリストと、国軍の重要な地位にいたフィルの父が懇意であったため、フィルとアルカドは幼少の頃から勉学や戦闘訓練などを共にしていた。

 つまりは幼馴染だ。


 フィルとアルカドは約十年前、ほとんど少年という身でありながらその出自から共に戦場に出ていた。

 フィルがアルセイダ国で最後にアルカドと話したのは、フィルが国を出たその日だった。


「待ってくれ、僕の質問に答えてくれ。フェルナンド、君があの戦場で死んだとばかり思っていたんだ、生きている君にまた会えた。一体何があったのか――」

「すまないが、その話もその呼び方も止めてくれ。俺にもどう説明していいか分からないんだ。事と次第によっては、俺はまた国を追われるかも知れない。アルセイダ国にいた『フェルナンド・シモン』は死んだんだ」


 焦るアルカドの言葉を、フィルが制止する。


また・・、って……何がなんだか分からないよ」

「分からなくていい。とにかく俺が言いたいのは、ここでフェルナンドなんて名前のやつと会っていない。そういうことにしてくれ」

「そ、そんな……」

「それじゃあな、戦場ではよろしく頼むよ」


 フィルは言いたいことだけを言ってその場を去ろうとするが、アルカドは両手で肩を掴みかける。


「待ってくれ、お願いだ! 北の砦にはバズルール様も来ている! 君の父上のこともよく知るあの人だから、きっと事情を話せば――」

「バズルールだと……?」


 話を切り上げようとするフィルを必死で止めようとするアルカドだったが、その言葉にはフィルが聞きたかったような聞きたくなかったような名前が含まれていた。

 自身の父親の敵となる人物の名だ。


 フィルの胸の内で、長年隅に追いやられていた怒りと恐怖が混ざったようなまがまがしい感情が静かに首をもたげる。


「バズルールがここに来るのか……?」

「ど、どうしたんだ。フェ……フィル? バズルール様がどうかしたのか?」


 急に表情が固くなったフィルを見て、アルカドは更に取り乱す。


「いや、何でもない……ここに来るのかどうかだけ知りたい」

「それは分からない……援軍はあくまで僕の騎士団だけで、本隊が北の砦を取った後どうするかは聞いていない」

「そうか……ならいい」


 それだけ言うとフィルは肩を掴むアルカドの手をそっと離し、その場を後にする。


 アルカドはまだ話すことがある顔をしていたが、再三「何も聞くな」と頑なに拒むフィルの表情を見て言葉を飲み、去っていくフィルの背中を見つめるだけだった。


 フィルはゴーシェ達が待つ部隊のところに戻りながら考えていた。


(バズルールがここに来るかもしれない……覚悟を決めなければいけないかも知れないな)


 いつしか考えることをやめていた自身の過去を今更突きつけられ、取るべき二択を思い描いていた。


(まずは目の前の戦いだ……どうするかは、それが終わってから考えればいい……)


 そう易々とは決められない選択に、一度その考えを外に追いやることにした。

 まずは生き残ること。そう割り切ることは、長年傭兵をやってきて得た利点の一つだ。


 そうして、フィルの姿を見つけて手を振るゴーシェ達のもとに戻っていった。


***


 アルセイダ国聖騎士団が援軍に駆けつけたことで、ベルム城の戦陣には多少の混乱があったものの、カーティスからの通達により全軍は交代で見張りを行うことで束の間の休息を得た。

 同時に通達された夕刻からの本城への攻撃を控え、兵達はいよいよ戦いの本番が刻一刻と迫っているのを肌で感じながら体を休めるのだった。


「いよいよだな、フィル」

「ああ……何やらよく分からないことが多いが、ここまで来たら後はやるだけだ」


 城門の奥、魔物の襲撃が一段落した防衛線の近くで、フィルとゴーシェは作戦の目標であるベルム城を見据えながら会話をする。


「トニ、お前も覚悟をしろよ。敵の親玉――魔族と名乗ったアイツが何なのかも分からない。これから何が起こるかは分からないぞ」

「もちろんだよ! 俺はフィルさんに付いてくことにした時にもう覚悟してるよ!」

「そうか。ならいいが……」


 本城はかなりの大きさだった。

 本城となる石造りの城は、フィル達が立つ真正面からは最後の門だろうと思える重厚な門が存在し、その手前には跳ね橋が架かり本城を囲うように水が張られた堀がある。

 遠くからの目算でしかないが、恐らく外周全てを堀で囲んでいるだろう。城の周りを一周するだけでも相当な時間がかかりそうな規模だ。


 魔物側が何を考えているのかは分からないが、幸いなことに跳ね橋は下りている。

 しかし、本城に突入する経路は目の前の橋だけであることが予想でき、全兵力で一気に突入とはいかないだろう。


 更に門を超えた先には本城への入口の両側に二本の塔が立ち、本城の高さは三階か四階分くらいはありそうに見え、内部の規模は見当もつかない。


「それじゃあ行ってくる」

「ああ、俺達が最前線にならないように言っといてくれよ」

「……それは、グレアム次第だな」

「いってらっしゃい!」


 フィルはゴーシェ達に一時の別れを告げる。

 陽が傾き始めているような時分、本城への突入の最終確認のためにフィルはグレアムと共に話し合いに同席するように言われていた。


 本城手前の防衛線から少し引き返し、自軍が占領した壁と壁の間に一時的に張られた陣へと向かう。

 フィルが向かった先ではカーティスとハワーズが話をしていたようで、自分達の所に向かってくるフィルに声をかけてきた。


「フィル殿、早かったな。じきに皆来るだろう。少し待ってくれ」


 声をかけてきたカーティスは意外にも晴れやかな様子である。

 カーティスの前には恐らくこの後一同に指示を話す時に用いる、城や城下町の簡易図のようなものが広げてある。


「大隊長殿、随分とはつらつとしているな」

「なに、多少の不安は残るが勝ち戦の匂いがするからな」

「それは良かった。俺達が勝ち馬に乗れるように、よろしく頼むよ」

「ははは。任せてもらおうか」


 カーティスはフィルとの軽いやり取りを笑って返す。

 しかし、その目には表情とは違う強い光が宿っていた。


 フィルが陣に到着してからすぐに、その他の面々も集まってくる。

 カーティスのもとにやってきたアルカドがフィルをちらりと見やるが、フィルとの話の通りに知らぬ振りを通してくれているようだ。


「これで全員集まったな。それでは、本城への突入の段取りを話そう」


 集まった顔ぶれは、欠けたルーサーに変わってアルカドが入った形だ。

 ティムの方を見ると、先刻取り乱しそうになった時のような表情はなく、決戦に意識を集中しているようだった。


「最初に肝心な所からだが、私とティムで国軍の部隊を率いて本城に突入する。ここにグレアム殿の傭兵団も参加してもらいたい。双方で選りすぐりの精鋭を先頭に置き、城へは順次突入する。精鋭部隊とその他の兵を挟むようにして、アルカド殿の騎士団が我等の後ろについてくれ。本城への突入に難航するようであれば、道を切り開いてもらいたい」

「分かりました。我々は城には突入しないということですか?」


 重要な点から説明を始めるカーティスの言葉に、アルカドが返す。


「ああ、先に城門に突入するようであれば、散開して本城周辺の魔物を相手して欲しい。流石に我等の戦いで他国の騎士団が一番乗りとあっては、私の顔が立たないからな」


 カーティスは笑いながらそう返す。


「分かりました、異存はありません」

「ティムにグレアム殿もそれで良いな?」

「承知しました、カーティス様」

「おうよ、先陣切ってもいいんだよな?」

「無論だ」


 アルカドにティム、そしてグレアムが異存がないことを示す。

 同時に、ゴーシェに頼まれたことはグレアムのいらぬ一言で不可能となった。


「次に、今回も両側からも攻める。これはハワーズとクラーク殿の隊をそれぞれ半分に割り、両側から攻めることととする。中央に戦力を寄せているため、少し厳しい戦いになるかも知れないが、我々に向く魔物を散らすように動いてくれ」

「我等も城攻めにご一緒したかったですが仕方ありませんな。承知しました」

「了解」


 ハワーズとクラークもそれぞれの言葉で同意する。


 ベルム城は城塞都市であったがため、本城の周囲には今は廃屋となった建物が並ぶ。こちらの戦場は動きづらい市街地戦になることが予想できるため、戦いにくくもあるだろう。


 ここまでのカーティスの言葉で、中央にはカーティスとティムの軍勢の一千の兵にアルセイダ国聖騎士団の五百、そしてグレアムの傭兵団の五百で、計二千という兵力となった。

 対して、両側にはそれぞれ七百五十の兵力となり、中央にほとんどの軍勢を寄せていることが分かる。


「問題がなければこの編成でいく。本城に乗り込む際は私の隊とグレアム殿の隊で先陣を切るが、どちらが先に乗り込むかは競争だな」

「大隊長殿には悪いが、一番乗りは俺が貰うぜ」

「それはどうかな。此度の本城攻めは私も前に出る。ここが山場だからな」

「大隊長殿が? そいつはお手並み拝見させてもらわないとな」


 ベルム城攻めの最終決戦となる本城への突入で、カーティスが前線に出る意を示した。

 ここまで軍の指揮を取ることに専心していたカーティスであったため、前線に出ることはほとんどなかったが、流石に今回ばかりは前に出るようだ。


 国軍の大将とも言えるカーティスの手並みに、フィルも興味があった。


 グレアムとカーティスのやり取りに生じた面々の笑いが収まったところで、カーティスは少し空気を引き締めるような表情になり、その場を絞めるように喋る。


「それと最後にだが……先の城門攻めの時に現れた、魔族・・と名乗った者についてだが……今はあの事は忘れ、目の前の敵に集中してくれ」


 緊張感を共有するように引き締まった顔で、皆が頷く。


「では、各自心の準備は良いな! 全霊で挑むぞ、部隊の配置に移れ!」


 カーティスの気合の入った号令に、一同は「おお!」と力強く応える。

 簡易的に張った陣幕を全員で出ると、外を囲むようにして多くの兵達が集まっていた。


「カーティス様!! ご命令を!!」

「うおおおお!! 魔物共を殺せ!! 殺せ!!」

「城攻めの命令を下さい!! ルーサー隊長の弔いを!!」


 外に出てきたカーティスの顔を見て、集まっていた兵達がわっと思い思いに叫び出す。

 一時の休息を取ったということもあるが、何度も襲ってきた窮地を乗り越えた兵達は目の前の戦いのことしか見えていないように十分過ぎるほどの気合だ。


「皆、決戦だ!! 剣を取れ!! 城を取るぞ!!」


 カーティスも兵達の想いに応えるように、腰の鞘から抜いた剣を掲げて叫ぶ。

 陣中は兵達の叫びで満たされ、興奮冷めやらぬそのままに各部隊は本城に向き合うような形で布陣に移るのだった。


 目標の本城に対して、各部隊が横一線に並ぶ。

 魔物は鳴りを潜めているのか、布陣を終えた軍勢に襲い掛かってくることはなかった。


「行くぞ!! 各部隊、全速で前進だ!!」


 カーティスの合図で、各部隊の兵達は同時に走り出す。

 号令を出した当のカーティスも、部隊の先頭を駆けていく。


 本城に向かって一直線に伸びる道、先陣をきって走る部隊はカーティスとグレアムの部隊から集められた精鋭の約二百の兵だ。

 先頭のカーティスに少し遅れるところにグレアムが走っており、それにフィルやライル隊の面々が続く。


 部隊が少し進んだところで、前方の廃屋の中や上からゴブリンの弓兵たちがわらわらと出てくるのが見えた。伏兵だ。


「雑兵は捨て置き、後続に対応させろ!」

「了解!」


 前方の左右からまばらに弓が飛んでくるが、それぞれに剣や盾で払い突き進む。

 進行方向のかなり前の方に、市街地が切れて開けたような空間が見えたと同時に、そこで突撃する部隊を待ち構えるように並ぶオーガの軍勢が見える。

 オーガの一群は軍隊の兵よろしく、盾や鎧などの武装を身に着けている。


「カーティス様、我々で突入をかけますか?」


 カーティスやフィル達などの先頭の部隊に足並みを揃え、すぐ後ろに控えていたアルカドがカーティスに追い付いて並走し、声をかける。


「頼む! アルカド殿の隊を先行させろ!」

「分かりました! 皆、続け!」


 先頭集団が走りながら左右に別れるように道を開けると、その中央を通って縦に伸びたアルカドを先頭にした騎兵達が前に出ていく。

 フィル達などの歩兵を追い抜かすと、騎兵達は徐々に鋭利な三角のような陣形を整えていき、その様はアルカドを先頭にした一本の矢のようだった。


 全速で駆けて行くその矢が、腰を据えて防御姿勢を取る魔物の軍勢に突き刺さる。


 ぶつかり合う騎兵と魔物だったが、怒涛の勢いで突撃をかます騎馬隊を止めるには適わず、中央のオーガから順に崩れるように騎兵達に踏み潰されていく。


「我等も続くぞ! アルセイダ国軍にだらしない姿を見せるなよ!」

「おおおおおおおお!!」


 カーティスと続く兵達が雄叫びを上げながら、防衛線を突き破られたオーガの集団に襲い掛かる。


 集団の先頭を行くカーティスは長剣を両手に持ち、流れるような動きですれ違いざまに襲い掛かってくるオーガに斬撃を浴びせていき、一刀のもとに切り伏せられたその全てが、金属の鎧ごと裂かれていった。


 カーティスに併走するように長槍を操るグレアムも、いつものように大降りのその槍で難なく魔物達を薙ぎ倒していく。


 カーティスの凄まじい立ち回りに兵達も目を見張ったが、続々と次いで突入していくと共に、先頭の二人に続くように魔物を切り伏せていく。


「敵はなで斬りにして全速で前進を続けろ!」


 先頭のカーティスから怒号のような指示が飛び、兵達は揃った声で応じる。

 防衛線を張っていた魔物の軍勢はあっという間に一丸となった軍勢にちぎり飛ばされ、市街地内の広場には後続の兵達が続々と入ってくる。


 敵の防備の中心を破っていったアルカドの騎兵達は広場をぐるりと回るように動いており、広場内の魔物の掃討を行っていた。


「カーティス様、我々で前に出ますか? 本城までの道を切り開きます!」


 本城に向かって真っ直ぐ走る集団の方に、単騎のアルカドが近寄り声をかけてくる。


「アルカド殿、すまないが頼む! 城門まで行ったら散開して周辺の魔物を掃討してくれ!」


 カーティスの返事に「承知しました」とだけ返すと、アルカドは騎兵の集団に戻っていき、指示を出して本城の方に向かっていく。

 広場から本城は目と鼻の先だ。


「カーティス様、伏兵です!」


 広場に突入した兵が叫ぶ。

 見ると、広場の周囲の建物内からわらわらと魔物が出現し、広場の中央にいるカーティス達の一群に矢の斉射が降り注ぐ。


「弓隊に応戦させろ! 我等は真っ直ぐ本城に向かうぞ!」


 カーティスの声に、矢の雨を凌ぎながら部隊は前進を続ける。

 周囲の魔物を捨て置いて前進を続けるその姿は正に強行突破だが、カーティスには後方の戦力で十分に相手取れる目算があった。


 依然カーティスを先頭としたままの一群は全速での前進を続け、すぐに本城への架け橋へとたどり着く。


「皆、気概は十分か! 一気に攻め落とすぞ!」


 本城への道は既にアルカドの騎馬隊が切り開いており、そこを駆け抜ける勢い、そしてカーティスの叫びと共に、城内へと突入していった。


 カーティス、そしてグレアムと共に城門をくぐるフィルだったが、城の中はいくつもの篝火が焚かれこうこうと明るかった。


 城内の入ってすぐの天井の高い大広間にはかなりの数の武装した魔物がいたが、本城に続々と突入してくる兵の規模に比べると物の数ではない。

 が、流石にその空間にいるオーガやゴブリンはかなり魔力を持った固体揃いと見え、各々に手にした得物を光らせ、こちらに容易に襲いかかってくることもない。


 大広間の先にさらに木製の巨大な扉が見え、先の道が続くように見える。


「各自全力を持って当たれ! 抜かるなよ!」


 そう言ってカーティスが真正面に駆け出し、最も近くにいたオーガに切りかかる。


「おお!! てめえら男見せろや!!」


 カーティスに続くようにグレアムも長槍を振るい、カーティスに肩を並べるように別のオーガに打ちかかった。

 フィルやゴーシェ、ライル隊の面々もそれに続く。


 フィルがグレアムの左奥に見えるゴブリンに向かって飛び掛るように切り込むが、フィルが切り下ろす斬撃は両手に持った剣で防がれる。


「ギギギ……」


 重い一撃を受け止めたゴブリンは、しゃがれた声で唸りながら少し笑ったようにも見えた。

 自らの攻撃を難なく防がれ、フィルの頬には一筋の汗が流れる。


 乱戦の中での硬直状態を嫌い、フィルは相手の腹に前蹴りを入れて距離を取る。


(……これを受けるか)


 フィルが放った斬撃は大降りであったものの鋭く、それを難なく受けた相手の固さに純粋に驚いた。


 気を取り直すまでもなく、再度ゴブリンに肉薄するフィルが右から左からと剣閃を振るう――


 が、これも防がれ、お返しとばかりに振るわれたゴブリンの横なぎの斬撃にフィルは距離を取ることを余儀なくされる。

 グレアムの方をちらりと見るが、そちらでも最初にうちかかった魔物をまだ崩せないでいた。


「グオオオオォォァァアアアア!!」

「はあああっ!」


 気合の声と共に、カーティスが相手取っていたオーガと切り結ぶ。

 一瞬の先を取ったカーティスの長剣はオーガの肩口から腰までを裂き、兵と魔物が打ち合う空間内で、ようやく一体の魔物が地に伏した。


 自ら先頭で剣を振るうカーティスの姿に気を引き締められ、フィルも再度敵に打ちかかる。


 先ほどと同じように右、左、と振るっては防がれる応酬を目の前のゴブリンと繰り返すが、フィルの剣閃は次第にその速度を増していく。


 何度も振るわれる剣に合わせるように防御に回るゴブリンだが、その動作が一瞬遅れた際に受けたフィルの剣で少し体勢を崩す――


 その隙を逃さないとばかりに左手の小盾で殴りつけるように相手の剣を跳ね除けると、腰の回転と共に横に振りぬいた一閃でゴブリンの首を跳ね飛ばした。


 ようやく一体とフィルの気が少し緩んだ最中――


 首を失い横に倒れるゴブリンのその奥から、また新たなゴブリンが襲い掛かり、フィルは剣を掲げるようにしてそれを受ける。


 飛び掛った勢いで振り降ろされた剣を受けるフィルだが、その膂力に膝が少し沈む。

 更にその横からも襲い掛かってくる固体が見えた。


「フィル!」


 注意を促すような叫びを上げるゴーシェが、横からの攻撃を受ける。


 ゴーシェに剣を受け止められたゴブリンは静止の束の間に、後方から襲う矢――トニが放ったのであろう攻撃を肩口に受けて怯み、ゴーシェもその隙を見逃さず一度、二度、そして三度と剣を振るい敵を沈めた。


 フィルもゴーシェが動いたその時に、敵の顔面を側面から小盾で殴りつけて敵からの拘束を外し、その衝撃で捻った体の胴の部分を狙って掬い上げるように切る。

 わき腹を深く切りつけられたゴブリンも、一瞬のよろめきの後に石造りの床へと倒れた。


「中々に手強いがやれないこともない! 慎重にあたれ!」


 新たな敵にあたっているカーティスから大広間内の兵に向けられた声がかかる。

 いつの間にか大広間の奥の方で複数の魔物の相手をしているグレアムもそうだが、ライルやアランソン、クレールなども善戦しているのが見えた。


 最初の一合こそは持ち前の力で対処してきた魔物達だったが、大広間に続々と突入してくる兵達は、その数の圧倒により次々と魔物を沈めていく。


 魔物がその数を目に見えて減らしてきたところで、カーティスが再度声を上げる。


「ティム、奥に突入するぞ! グレアム殿にフィル殿、続いてくれ!」

「承知しました!」

「おうよ!」

「ああ!」


 大広間内には多くの扉が見えたが、城内に入ってから真正面奥に見えた重厚な扉が、敵の大将が待つ場所に続くものだろうと、カーティスがそちらに向かっていく。

 返事と共にすぐにカーティスを追う面々。


 未だ乱戦が続く大広間を突っ切り、カーティスが扉を破って更に奥へと足を踏み入れる。

 扉を開け放った先に進んだカーティス、それにすぐに追いつく面々だったが、奥には先ほどと同様――いや、それ以上に広い空間が待っていた。


 先頭を行くカーティスがすぐにその足を止める。


 後ろに続いていたフィル達が何事かと空間内を見たところ、だだっ広いその空間は魔物がひしめいていた先ほどの大広間とは異なり、がらんどう・・・・・だった。


 正確に言えば、その奥の玉座のような石造りの巨大な椅子に座る者・・・を除き、空間内には一匹の魔物もいなかった。

 先程まで戦闘を行っていた大広間から魔物がこちらに向かってくるのを警戒しながら進んだが、どうやらその様子もない。


 玉座に背を預け、顎に手をやりながら落ち着き払った様でこちらを見つめるその者は、ベルム城と相対した時に目にした、魔族・・と名乗った男だった。


 その姿につい足を止めたカーティスだったが、ゆっくりとそちらに向かって無言のままに歩き始める。

 グレアムやフィルも、そのカーティスの背を追った。


「まずは……」


 広い空間内に、男が放った声が低く響く。


「繰り返しになってしまうが……よくぞここまで、と言っておくべきだろう」


 男はゆっくりと、そして淡々と確かな言葉をつづっていく。

 カーティスは依然無言のまま、その足を止めない。


 男と、カーティス達との間にはまだかなりの距離があり、空間内の篝火に照らされる男の顔が徐々に見えてくる。

 透き通るような白い肌を持ったその男は、その所作や言葉と共にその見た目も、人間と何ら変わらないように見えた。


 再度、男が口を開く。


「せっかくの機会だ。諸君らを歓迎しよう」


 男の声は、広間の中で低く響く。


 距離を少しずつ詰めていくように歩くカーティスは、未だ口を閉ざしたままだ。


 大広間の篝火は、ゆっくりと時が流れるその時間に合わせるように、静かに燃えていた。

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