第六章 戦いに次ぐ戦い

 多少の混乱はあったものの、カーティスの言葉で戦意を取り戻した兵達の鬨の声と共に、ベルム城への攻撃は開始された。


 各所の布陣は予定通りの形となっており、中央と右舷にカーティスとティムの部隊が進み、左舷にハワーズとグレアムの部隊が進んでいた。

 左舷と右舷の隊と足並みを揃えてクラークの部隊が攻城塔を操り、しっかりとした足取りで壁に迫っていく。


 兵達の顔にも、もう動揺は見えない。


 ベルム城を囲う城塞の壁は高く、攻城塔の最上部の方がやや高いとは言え、相当の高さを誇るクラークの部隊の攻城塔とそう変わるものではなかった。

 壁上のゴブリンの弓兵達が撃ち出し続ける矢を凌ぎながらも、全隊は前進を続ける。


「さすがに、リオネル砦よりは魔物の数が多いな」


 雨のように振ってくる矢をフィルの体に隠れて凌ぎながらも、そう言うのはゴーシェだ。


「この規模の城だから流石にな。しかし、どうにもならないって数でもない」


 敵の矢は間断なく各部隊に襲い掛かるものの、その足が止まることはなかった。

 後方のクラークの部隊から打ち出される投石も、前進する部隊の邪魔にならないように意識してか、壁上の魔物に向けられているようで、壁上に打ち込まれる巨大な石塊が塁壁を破壊すると共に、弓を持ったゴブリン達を吹き飛ばしている。


 フィル達のいる左舷側は、クラークの部隊の攻城塔が壁に取り付いた後、ハワーズの部隊が先陣となり壁上に突入する手はずとなっており、グレアムの部隊は後発となっていた。


 壁に近づくにつれて激しくなる矢の雨で進行が遅くなるものの、着実に前に歩みを進めている。

 あと少しで壁に取り付く、という所で右舷側の兵から叫びが上がった。


「出ました!! 例の奴・・・です!!」


 フィルが辛うじて視界に入る自軍と逆側の右舷の方を見ると、兵の叫びの後、クラークの部隊が操る一基の攻城塔の上部が砕け・・、上部にいた弓兵や歩兵達が宙に放り出されるところだった。


 リオネル砦で出くわしたものと同じような巨体の魔物が壁上に現れ、投げつけられた巨大な石塊が一基の攻城塔にしたのだ。

 宙に放り出された兵達は、壁の高さと同じくらいの塔から投げ出され、攻城塔と並んで歩く兵の一群を巻き込み、まばらな叫び声と共に地面に落下する。


「また出やがったか……予想はしてたがな!!」


 前を進むグレアムが居ても立ってもいられないというような叫びを上げる。


「隊長殿!! 予定変更だ、俺を前に出せ!」

「グレアム殿……致し方ない、右の塔から上がってくれ!」

「おう!! おい、フィルとそれにライル、付いて来い! 壁上に上がって、あのデカブツを仕留めるぞ!」


 左舷側の壁には巨体の魔物は現れなかったようで、攻城塔の上から、それに壁の下から斉射する弓兵達の牽制により壁上の魔物は押さえられているようで、こちらは難なく壁に取り付いている。


「分かった! おい、ライル行くぞ!」

「はい!」


 こちらの返事などお構いなしに、壁に取り付いた攻城塔に向かって走っていくグレアムを追って、隊の面々が走り出す。

 脇目も振らずに猛進するグレアムを追うのはこれで何度目かとも思うが、相手の頭を押さえようとするグレアムの判断は最善だろうとフィルも思う。


 攻城塔の下部から中に入ろうとしていたハワーズの部隊がグレアムの手で押しのけられ、何の罪もない兵達がひょいひょいと左右に放り投げられる。

 フィルとゴーシェ、そしてトニと共に、ライル隊の主だった面々が続き、グレアムを先頭として木造の塔を一気に駆け上がっていった。


 塔の上部から、すでに跳ね橋が壁上に掛けられているようで、百ほどの兵達が壁上で魔物達と剣を交えているのが見える。

 その跳ね橋を駆けていき、砦上に飛び乗ると共にグレアムが長槍を振り回して周囲の魔物をなぎ倒す。


「おらあああああ!! お前ら雑魚に構うなよ、付いて来れる奴だけ付いて来い! デカブツの所に一直線だ!」

「ああ!」


 城壁上の通路を右舷側に突っ切っていくグレアムは、目の前の魔物を足を止めることなくなぎ倒していき、言葉通りに一直線に走っていく。

 その勢いや、止められるものはまずいないだろう。


 グレアムに続いて壁上を走るフィルだったが、進んでいる右方向は断崖絶壁という様相で、壁の高さが窺い知れた。


 長く続く城壁とは言え、真っ直ぐに向かっているとすぐに目当ての巨体の魔物が見えてくる。

 先ほど魔物からの投石を受けた攻城塔は、辛うじて最上部を残した半壊という状態だったが、魔物から投げつけられた石塊が再度直撃し、なすすべもなく倒壊していく所だった。


「いたぞ!! 俺に続け!!」


 後方など確認もしないグレアムが声を張り上げ、持ち直した長槍を振りかぶって巨体の魔物に打ちかかった――


 が、直前に接近を気付かれたのか、グレアムの槍の一撃は片手で防がれる。


 防いだ魔物の片手は、金属製と見える巨大な篭手のようなものを身に着けていた。

 グレアムは狭い城壁の上での接近戦を嫌がったのか、打ち込んだ後すぐさまに距離を取る。


「はっ、ご丁寧に武装してやがるぜ。綺麗なおべべ・・・を貰ったもんだな!」


 対峙した巨体の魔物を見ると、先ほどグレアムの長槍を防いだ両手の篭手、それとどうやって作ったのかも分からないが、胴体に巨大な金属製の板金鎧のようなものを身に着けていた。


「趣味の悪いオーダーメイドだな。これだけデカいと、鎧など必要なさそうだが」


 フィルの後ろでクレールがぼそっと呟く。

 クレールの言葉で後ろを見ると、フィルの他にはゴーシェ、ライル、クレール、とそれにトニが付いて来ているようだった。

 ルードやロニキス、他の団員などは自らを戦力外と判断したのか、ついて来てすらいない。


「ライル……お前の隊の奴らは薄情だな……」

「なんかすいません……」

「まあいい、俺たちも加勢するぞ!」


 一瞬の変な空気に構うことなく、フィルが巨体の魔物に向かって走りこんでいく。


 前回、目の前のものと同じ巨体の魔物に対峙した時には完全に萎縮してしまったものの、二度目となっては覚悟も決まるものだった。

 走りながら、フィルは手に持った刀剣の柄の感触を再確認するように握りしめる。


 前方で、珍しく長槍をきちんと取り回して連続で突きを入れているグレアムの横を通る際に、フィルは飛び上がり・・・・・、グレアムからの攻撃を対応する敵の隙を縫って、相手の顔面に向けて剣を振り落とす。


 フィルの縦の一閃で、左目から顎あたりまでを切りつけられた魔物は顔から血を噴き出し、苦悶の声を上げる。


「クオオォォ……」


 剣を振りぬいた後すぐに空中で体勢を整え、着地とほぼ同時に、魔物の右足の腱を狙った斬撃を振るう。

 しっかりと腰の回転が入った剣撃は、魔物の堅い皮膚と共にその肉をしっかりと切り裂いた。


 手応えありと感じたフィルだが、切り抜いた後すぐに、魔物の後方側に向けて転がるように回避行動を取る。

 グレアムもそうしたが、足場の悪い場所であるため敵の不意の一撃を貰ってはかなわないためである。


 受け身の後すぐに巨体の魔物に向き直るフィルだが、フィルの一閃で片足の腱をやられたのかバランスを崩す魔物を見て、怒号と共にグレアムが打ちかかるところだった。


「ぶっ潰れろや、うおらあああああぁぁああ!!」


 バランスを崩した魔物が傾く方向に向かって、グレアムが一撃、そして二撃と畳み掛けるように長槍を叩きつける。

 巨体の魔物は不意の一撃をモロに顔に打ち付けられ、たまらずと二撃目以降の攻撃を掌で受ける。

 が、崩れた体勢ではその体重を支えるに至らず、石造りの柵を乗り越えて壁の内側の方に落下していく。


 城壁の内側に落下する巨体は、城壁の内部に降る石の階段にその体を一度打ちつけられて弾み、地面に叩きつけられた。


「おいおい、俺たち来る必要なかったんじゃねえの……?」


 グレアムとフィルの一瞬の攻防を見ているだけだった、ゴーシェ達の面々が少し距離を置くように佇んでいる。


「おいゴーシェ馬鹿野郎、気の抜けたこと言ってんじゃねえぞ。あの程度で死ぬ奴かよ、すぐに下に降りるぞ」


 グレアムはゴーシェをたしなめているのか、ただの悪口言っているだけなのか分からない言葉を置いて、すぐに石段を降り始める。


「アンタにだけは馬鹿って言われたくねえよ……」


 グレアムに続くようにして、何とも言えない表情をしたゴーシェやライル達が階段を降りていく。

 フィルは回避行動を取った先で、後ろから襲い掛かってくる二体のゴブリンを振り返りざまに切り捨てる。

 改めて壁上を見ると、一基残っていた攻城塔からティムの部隊であろう兵達が次々に突入してくるのが見えた。


 壁上は大丈夫だろう、とフィルもゴーシェ達を追うようにして階段を降りていく。


「おらああ!!」


 壁下の地面で悶える巨体の魔物が身を起こそうとしている所に、階段を降っている途中から飛んだグレアムが、落下の勢いで敵の頭頂を目掛けて長槍を振り下ろす。

 これも片手で凌ぐ魔物は、振り払うようにグレアムを弾き飛ばした。


 グレアムを追うようにして、クレールとゴーシェが階段を飛び降り、クレールがこれも落下の勢いで、両手で大上段に構えたところからの一閃で敵の左手首を切りつける。


 クレールに少し遅れて階段から飛んだゴーシェは、落下する途中で石壁を蹴り・・、魔物の懐に飛び込む。


「ふっ!」


 肉薄するゴーシェに対して、左右の手で防ぐことのできない巨体の魔物はその接近を許す。

 壁を蹴った際に回転の勢いをつけたゴーシェは、振りかぶった左右の剣を敵の首筋に向けて振り抜く。


 体の最も脆い部分に勢いの付いた二連の斬撃を受けた魔物は、その首元を裂かれ、勢いよく噴き出す血しぶきと共にその重い体はゆっくりと後ろに倒れた。

 どおっ、と大音量を上げて地面に叩きつけられる魔物の体。


「おー、ゴーシェ馬鹿のくせに魅せるじゃねえか」

「馬鹿は余計だろ」


 グレアムが、ゴーシェを称えるように長槍の石突きで地面をどんどんと叩く。

 階段を降りている途中だったフィルは、あっという間の攻防を上から見ているだけだった。


「見事だった」

「流石ですね、ゴーシェさん。結局、私は何もできませんでした……」


 フィルと同じように階段を降りていたライルもゴーシェに追いつき、クレールと共にゴーシェの動きを賞賛する。

 フィルもグレアム達に追いつくように壁下の内側に降りていくが、壁の内側にはさほど魔物がおらず、巨体の魔物を倒したグレアム達を遠巻きにして威嚇しているようだった。


「内側にはあんま魔物がいなかったんだな。コイツが本命ってことか?」


 グレアムも周囲の魔物の様子を見ながら、そう言う。


「後片付けは任せてください!」

「私も行こう」


 巨体の魔物との戦闘で大して動けなかったことを気にしているのか、ライルが周囲の魔物の掃討に走り出し、クレールもそれに続いた。


「そういえば城門はまだ開いてないのか?」


 左舷と右舷共に、すでに相当数の兵が突入しているからか、投石は止んでいる。

 左舷側では、すでにハワーズの部隊が城壁の内側に突入しているが、右舷側も砦上で戦いの音が続いており、すでにいくらかの兵は壁下にも突入して来ている。


 だが、ゴーシェが言うように、正面の城門はまだ開いていないようだった。


「邪魔する敵はいないだろうし、すぐに門も開くだろう。俺たちも掃討に加わるぞ」


 フィルがグレアムとゴーシェ、トニに向かってそう言うと、ライル達が駆け出していった方を追って、魔物の群れがいる方に向かう。


 二段構えになっている城壁の奥から新たな魔物が出てくることはなく、城壁の間の魔物の掃討は、続々と突入してくる兵達の手によってそう時間がかかることなく終わった。

 また、両舷からなだれ込んだ部隊に遅れたものの、中央では城門を無事破り本隊も突入してきた。


 城壁内の魔物の掃討もほどほどに、二段構えの奥の城門に部隊の攻撃は集中する。


***


 城の外側の壁を破ったところで、カーティスはすぐに奥の城門を破るよう指示を出した。


 戦闘が開始してからすでにかなりの時間が経っており、早朝から始めた戦闘だが辺りはすでに日が暮れようとしていた。

 奥側の城壁上の魔物との戦闘は依然継続しており、戦いっぱなしの兵達には疲労の色が見える。


「このまま奥の門も突破するぞ。皆、激しい戦闘の後だと思うが、ここは踏ん張ってくれ」


 カーティスは普段の冷静さに反して、焦っていた。

 それは北側の砦に攻め入ったルーサーの部隊からの伝令が伝えてきた内容によるものだ。


 伝令が伝えてきたのは、ルーサーの部隊が対峙した北のルーフィフ砦の魔物の数、そしてルーサーの部隊が劣勢であることだった。


 本国に援軍を要請しているとは言え、そうすぐに駆けつけられるとも思えない。

 後ろの守りがない今、仮にルーサーの隊が抜かれた場合、ここベルム城の本隊は身を守る術を持たないのだ。

 目算が甘かったことは自らも知るところであったが、それでも少ない戦力で最善を尽くしているつもりだった。


 唯一の救いは、北側の砦の劣勢に対して、南側のフォーサイド砦の攻防はかなり優勢であるとの報告が入ったことだ。

 早急に砦を奪えた場合、一部の兵を砦に残して、ベルム城への援軍に向かってもらおうとも考えていた。


 しかし、戦場において不確定要素は勘定に入れるべきではない。

 早急に二重の城壁の主導権を得て、少しでも守備がしやすい状況にするのが得策と考えた。


 すでに全隊には夜通しの攻撃となる覚悟はするように、と通達している。


「カーティス様、城門が堅く中々破れません」


 カーティスに声をかけてくるのはティムだった。

 攻城塔は運び入れられないものの、破城槌を外側の城門から運び入れており、襲い掛かる魔物を退けながらもハワーズとクラークの部隊が今まさに城門の突破にかかっているところだ。


 外側の城壁の攻防に比べると魔物からの攻撃は苛烈さに欠け、城門を破るのも時間の問題だ、ともカーティスは考えていた。

 しかし、今は一刻も早く突破をしたい。


 そんなカーティスのもとに、前後から同時に報告が舞い込んだ。


「奥の城門、破れました!! ハワーズ隊長の部隊が突入をかけています!!」

「……北の砦にて、ルーサー隊長が討ち死にされました……! 少数残った部隊は撤退中とのことですが、敵の猛追撃を受けており撤退もままならない様子です……!」


 ほぼ同時にきたその報告は、吉報と凶報だった。


「ルーサーが死んだ、だと……?」

「兄上が……そんな……」


 信じられないものを見るようなカーティスの表情に、顔面蒼白となるティム。

 吉報の方は耳に入っていないようなカーティスだったが、すぐに表情を引き締めると伝令にグレアムを呼ぶように伝える。


「グレアム殿を呼んでくれ。ティム、お前はハワーズに加勢して城門を抑えるんだ」

「カーティス様、私に北の砦に向かわせて下さい! 兄上が死んだなど何かの間違いです! 今から救援に行けばきっと……!」

「ティム、貴様は国軍の将だ。ルーサーのことは残念に思うが、大局を見ろ。ルーサーほどの男が破れた魔物の軍勢を、貴様だけで相手できると思うのか?」

「カーティス様……」


 全く腑に落ちないが、何と言葉にして良いのか分からないというようなティムが押し黙っている間に、カーティスに呼びつけられたグレアムがこちらに向かってくる。


「大隊長殿、ルーサー隊長が敗れたという話を聞いたが……」


 城門攻めの後発にいたグレアムとフィル、そしてアランソンなどの傭兵団の面々がカーティスのもとに駆けつける。

 グレアムは伝え聞いた言葉をカーティスに投げるが、ティムの表情を見てすぐに事実だと知る。


「ああ、認めたくないが本当だ。そこでグレアム殿、相次いでの無理強いで申し訳ないが、後方の防衛に入って貰えないだろうか。北の砦からの魔物の軍勢がこちらに向かっている可能性がある。それを止めて欲しい」

「それは構わないが、俺たちだけで足りるのか?」

「すまないが、今城門攻めの攻撃の手を緩めるわけにはいかない。ティム、それでいいな?」

「カーティス様……分かりました……」


 ティムもグレアムの傭兵団が後方を守るのが最善と思ったのか、カーティスの言葉に従う。


「ではティム、貴様の部隊はすぐに城門に向かえ。城に押し攻めるのではない。城門を奪ったらすぐに防衛陣を張るんだ」

「承知しました……!」


 カーティスの言葉に意を決したのか、ティムも部隊の人間を連れて城門の方へ向かう。


「ではグレアム殿、我々はここで後方の門を守る」

「大隊長殿もここに残るんで?」

「ああ、この門を死守せねば城攻めどころではないからな。背水の陣の上にここが殿しんがりだ、笑えないがね」



 城門を破った後も前方での攻防は続き、それから少し後に無事城門の主導権を取ったようだったが隊は二分され、敵陣の真っ只中で前後に防衛の陣を張るのだった。

 カーティスは一度全軍で城外に出て北からの魔物を迎え撃つことも考えたが、防御という意味では主導権を取った城壁を利用する方が良いと判断し、布陣をそのままに迎え撃つための準備を進めることとした。


 あたりはとっくに日は落ち、かがり火を焚いた簡易の防衛陣を築く。

 城攻めの真っ最中にも関わらず、後方から強大な魔物の軍勢が迫っていることは、全ての兵の知るところとなり、夜を越す敵陣の中には悲壮感が漂っていた。


 前後で守りを固めるそれぞれの部隊の兵達は眠れない夜を過ごすのだった。


***


 そうして夜が開ける。


 夜のうちにベルム城の方から何度となく魔物が夜襲をかけてくるものの、ハワーズとティムの部隊がこれを防いでいた。

 両部隊は、城に攻め入りたい気持ちを秘めながらも、背後から迫る魔物の気配を感じていたため、防衛に徹した。


 北の砦からの魔物は、その夜のうちに城に向かってくることはなく、各隊は見張りを交代しながらの休息を取るものの、すでにどこの部隊も兵の疲労が限界であることが目に見えていた。


 そんな緊張の糸が張り詰めてた空気の中、外壁の上に立つ見張りが声を上げる。


「来ました!! 北からです!! 数、約一千です!!」


 見張りの声が、北からの魔物の軍勢が来たことを知らせる。

 外壁を守るのは、カーティスについたティムの部隊からの五百の兵と、グレアムの傭兵団の同じく五百の兵だ。

 ベルム城からは、無尽蔵に思える魔物が絶え間なく奥の城門に築いた防衛線に攻めかかり、こちらも兵を割く余裕はなかった。


「やはり来たか……ルーサーの部隊がここに戻らなかったということは、もはや全滅は認めざるを得ないだろうな……」


 カーティスが珍しく気落ちしているような声を出す。


「大隊長殿、撤退がないならやるしかないだろう。俺たちはいつでも出れるぜ」

「グレアム殿……そうだな、気落ちしている場合ではない。一千の兵で、ここを死守するぞ」


 カーティスは、無鉄砲だが前向きな姿勢を崩さないグレアムの言葉に、少し救われるような気持ちになった。

 しかし、そこに見張りの兵が続報を告げる。


「北から来る軍勢ですが……数はやはり約一千、ですが……例の巨体の魔物が五体見えます……」


 見張りの声はこちらに届いたものの、敵の軍勢を目の当たりにしたせいか最後には消え入るような声となっていた。


「馬鹿な、あの魔物が五体だと!! 魔物にそれほどの戦力があると言うのか……!」


 カーティスは見張りの言葉に信じられないとばかりに反発の声を上げる。

 しかし、壁上に立つ兵の表情からは、それが事実であると認めざるを得ない。


「おいおい、冗談だろ? あんなの五体も相手できるかよ。俺達だけでも逃げちまうか?」


 フィルの横に立つゴーシェは、こんな状況でも自らのスタンスを崩さないのか、無責任に言ってのける。

 しかし周りの傭兵も似たようなもので、あまりに非常識な状況にどの兵もそわそわとしている。所詮傭兵と言うのは金を貰って勝ち戦に乗るもので、決死の戦いなどはしない。


「おい、ゴーシェ大馬鹿野郎、あとフィル。こうなったら覚悟決めろよ。一人一体やればいい計算だ。簡単だろ?」

「大馬鹿野郎はアンタの方だろうが、オッサン。一人一体だとしても誰を勘定に入れてんだよ」

「俺だろ? あとフィルとお前。 あとは、ライル? それと、クレール?」

「……最後の方が疑問系になってるぞ」


 グレアムとゴーシェ、それとフィルが全く緊張感のないやり取りをするが、状況が絶望的なことには変わりがなかった。


「とにかくこんな狭いところで、あんなデカブツの相手してられねえよ。俺たちで門の外に出て引き付けるぞ」

「勝手なこと言ってんなよ、大隊長殿の指示を仰がないと」

「いや、その必要はない。グレアム殿、確かにそちらに引き付けてもらって分断できると有難い」


 いつの間にか、近くまで来ていたカーティスがグレアムに声をかける。

 先ほど、魔物の軍勢に取り乱していたように見えたが、すでに冷静さを取り戻しているようだ。


「見苦しいところを見せてしまったようだな、すまない。グレアム殿の所で半数でも引き付けてもらえれば、何とか守りきってみよう」

「それで決まりだな」

「おいおい、そんな適当でいいのかよ」


 あまりにあっさりとした決定に、ゴーシェが思わず口を挟んでしまう。


「城門に防御用の柵を立てたが、あの巨体に来られたら何の役にも立たないだろう。せめて敵を分断して、挟み撃ちの形に持ち込みたい」

「それまで部隊が持てば、だがな」


 グレアムも自分で言うほど状況を楽観視していないのか、カーティスの都合のいい話に口を出す。


「そう言われると弱いな。しかし、最早ここを守る以外の道はない。期待しているぞ、グレアム殿」

「大隊長殿に言われちゃしょうがねえな」


 カーティスも不本意だろうし、都合の良いように使われているグレアム本人はどう思っているのかは分からないが、共に覚悟を決めているのか二人はあっけらかんとしている。


「とにかく、俺達は打って出るぞ。ここまで来たんだ、嫌とは言わせねえぞ」


 半ば強引なグレアムに付き従い、傭兵団の面々は城門から外に出て、少し引いた所に隊列を組んだ。

 布陣としては、魔物の軍勢が城門に向かう道筋の少し手前というところだ。


 その意図は、魔物の軍勢が城門に向かうのであればグレアムの部隊がその側面をつき、グレアムの部隊に向かうのであれば逆にカーティスの部隊が側面をつく、という単純なものだ。

 もともと密集して戦うのを嫌ったため、軍勢を分断できるのであれば御の字というような単純な考えだった。


 ともあれ、グレアムの部隊はゆっくりと城門に向かってくる魔物の軍勢を待っている状態だ。


「とにかく初動でこっちに気を引くぞ。全部が城門に行ったら、終わりだろう」


 グレアムの言葉に、すでに覚悟を決めたのか傭兵団の面々も「応」と声を返す。

 しかしやはり魔物の軍勢は城門の方面に向かっていくようで、グレアムは兵達に指示を飛ばす。


「おい、弓隊前に出ろ! デカいのを集中して狙って、こっちに気を引かせろ! 撃て!」


 グレアムの号令と共に、一斉に射出される矢。

 約百人の弓隊と小勢ではあるが、矢の雨が魔物の軍勢に降り注ぐ。


 効いていないとは言えこちらからの攻撃に苛立ったのか、前方の方を歩く巨体の魔物のうち二体がこちらに向きを変える。


「お、気付いたな。おい、撃ちまくれ! 五体全部こっちに寄せろ!」


 周囲の兵達の気も知らずに勝手なことを言うグレアムだが、弓兵達は継続して矢を撃ち続ける。

 間断なく降り注ぐ矢を面倒だと言う様に払う巨体の魔物が更に二体、こちらに向かってくる。


「四体か、まあ一体くらい向こうでなんとかするだろ」

「おいグレアム、お前無責任にこっちに引き寄せるのはいいが、勝算はあるんだろうな……?」

「何言ってんだ? 全部ぶっ倒して終いだろうが」

「お前に聞いた俺が間違ってたよ……」


 一体でも手に余る巨体の魔物が、四体もこちらに向かってくるのを見て、傭兵団の各部隊に緊張が走る。

 今にも逃げ出しそうに震えている兵がいるくらいだ。


「ここで迎え撃つぞ!! 雑魚は適当にやれ、いくぞ野郎共!!」


 そう言うだけ言って、グレアムはいつものように単騎で駆けていく。

 いつものようにそれを追うフィルやゴーシェとライル達の部隊だが、皆胸中に不安を抱えているように口を結んでいる。


 小勢をなぎ払いながらグレアムが突き進むも、巨体の魔物と改めて対峙すると目算を誤ったと思わざるを得なかった。


 一体の巨体の魔物に対峙して打ちかかるが、長槍の一撃を防がれた上で反撃を避わすと、また別の一体からの追撃をもらいそうになり、危なげにそれを回避する。

 グレアムに追いついたフィル達が同じように攻めかかるも、やはりグレアムと同じように多方向からの攻撃が襲ってくるため、一体に集中して攻撃を仕掛けることができない。


 隙を見ては剣を振るおうとするも、別の巨体の魔物に阻まれ回避する、という動作を皆が繰り返している。

 ライル隊の主だった面々も、まだ攻撃をまともに食らうものは出ていないが、問題は向こうの攻撃がこちらの致命傷になるのに対して、こちらが相手に致命傷を与えるのには何段階も踏み込んだ攻めが必要なことだ。


 要するに、長引けば長引くほどこちらに不利、ということになる。


「おい、オッサンまずいんじゃないのかこれは! どうするんだ!」


 巨体の魔物の地面を叩きつけるような攻撃を避けながら、たまらず声を上げるゴーシェ。


「黙って剣を振れ! 俺が引き付けるから、他の奴を囲んでやれ!」


 そう言ってグレアムは二体を引き付けるように動く。

 フィル達も指示通りに、残った固体をそれぞれに囲もうとするが、あと一つの決定打に欠け、攻めあぐねている。


(……これは、本当にまずいかも知れないな。無理にでも攻めに出るべきか)


 フィルが、多少無理をしても攻めに転じるべきかと考えていたところで、城門の上の兵から声が上がった。


「北から軍勢です!! 騎馬隊がきます!! その数、五百ほど!!」


(……北からの援軍? ルーサーの部隊は壊滅したはずじゃ……)


 誰しもが兵が叫ぶ言葉の意味が分からず、魔物の相手をし続ける中、再度見張りの兵が叫ぶ。


「旗印は、アルセイダ国軍です!! アルセイダ国軍の騎馬隊が来ます!!」


(……アルセイダ国軍だと?)


 驚きを隠せないのは皆同じことだったが、フィルはことさらに驚いた。

 これまでガルハッド国とアルセイダ国は、独自に魔物領への侵攻を進めていたが、魔物に対峙するという状況下から同盟関係にあるものの共闘するようなことはなかったはずだ。


 北からこちらに猛進してくる騎馬隊は、フィルの記憶にもあるアルセイダ国軍のそれであり、約五百の騎馬隊が野戦で魔物を相手するグレアムの傭兵団の戦場になだれ込んでくる。


 騎馬隊は魔物の軍勢を切り開くように突入してくると、フィル達が手を焼いていた巨体の魔物を翻弄するように周囲を駆け、すれ違いざまに突き出される槍や、打ち出される矢などで、少しずつ削っていく。


 フィルと少し離れたところで、騎馬隊の援護により体勢を崩した巨体の魔物をグレアムが一体突き崩した。

 フィル達の方も同じく、徐々に削られていく魔物にダメ押しを入れるように下半身に集中的に攻撃を入れ、こちらもまた一体を切り崩した。


「どうなってるんだこれは? ありがたいにはありがたいが……」


 残りの巨体の魔物を相手取りながらも、困惑した様子でゴーシェが声を上げるが、フィルにはそれに返す言葉が見当たらなかった。


 一体、また一体と巨体の魔物が崩れ落ちた後、騎馬隊は城門の方に向かっていき、最後の一体の巨体をも打ち倒す。

 要となっていた巨体の魔物を一体残らず失った魔物の軍勢は、ガルハッド国軍の一千の兵と、事情は分からないが援軍に来たアルセイダ国軍の五百の騎馬隊に、あっという間に蹂躙されるのであった。


 城門外での野戦の後片付けをした後、訳も分からずという感じにグレアムを中心とした面々が城門の方に駆けつけるが、こちらも魔物の掃討が終わっていたようで、カーティスとアルセイダ国軍の人間が話していた。


 傭兵団の人間はもちろん、ガルハッド国軍の兵達もどういうことか分からないようで、周囲の兵達は困惑を隠せないという顔をしている。


(……あれは!)


 グレアムと共にカーティスの所に向かったフィルは、アルセイダ国軍の隊長格とも思える身なりの人物を見た時、胸中で「しまった」と叫んだ。


 その声なき声に返すような形で、フィルの方をちらりと見たアルセイダ国軍の隊長がはっと目を見開き、フィルに声をかける。


「……フェルナンド? フェルナンドじゃないか!」


 駆けつけた矢先で自らにかけられる声に、言葉を失うフィル。

 この窮地であった戦場に駆けつけたアルセイダ国軍の隊長が、古い知り合いのアルカド・ガーファングであることを知った。


 こちらに声をかけてくるアルカドは勿論のこと、カーティスやグレアムなど周囲の面々の視線が自分に集まることを感じ、フィルは何と言ったものかと重い心持ちで考えるのだった。

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