第五章 幕開け

 クロスリー砦に来て分かったことだが、砦からベルム城は本当に目と鼻の先だった。

 砦の壁上に立つと、東側にベルム城が見える。


 クロスリー砦の東側はここまでの道が森林地帯だったのに対して、起伏の少ない平地が広がる。

 その高原の奥に、少し小高い丘を真横に切ったような形で城塞が存在する。ベルム城だ。


 ベルム城は所謂いわゆる、城塞都市だったようだ。

 今となっては古城となっている城の周りを、二重の城塞が大きく囲っている。

 また、外側の城塞は丘の上に存在することから、塁壁の下はそう高さはないが切り立った岩壁となっており、側面からの侵入を困難にさせているのが分かる。

 旧帝国時代に築き上げられた、天然の要害ようがいだ。


「かなりの規模の城だな」

「ああ、聞いていた通りだ」


 フィルはグレアムと連れ立って砦の壁上に上がり、ベルム城の有り様を見ていた。


「かなり荒れそう・・・・だな」


 グレアムが言うのは、城攻めのことだろう。

 ベルム城は外から見ているだけでも、かなりの大きさであることが分かるし、その中に巣食う魔物の数も相当なものだろう。


 クロスリー砦での快勝に酔っていた兵達も、勝利の後は陽気な表情を見せていたものの、ベルム城の様相を目の当たりにした兵達は緊張感を取り戻したのか、黙々と戦の準備をしている。

 フィルやグレアムもそうだが皆、決戦の時の訪れをそれぞれの心持ちで待っている。


「大隊長の所に向かおう。そろそろ皆集まっているだろう」

「そうだな」


 フィルはグレアムに声をかけ、カーティスが待つ天幕へと向かう。

 クロスリー砦を落としてから三日が経っており、城攻めの作戦を立てるために召集されている。

 カーティスの所に向かう前に、改めてベルム城の様子を見ておこうと、グレアムに声をかけられたのだ。


 クロスリー砦は、ベルム城攻略の準備を優先しているため、砦内の施設は破壊されたまま放置されており、依然野営用の天幕を使っている。

 そんなカーティスの天幕に二人で向かうと、面々がすでに集まっていた。


「おう、遅くなってすまなかったな」

「グレアム殿とフィル殿か、これで皆集まったか」


 カーティスは遅れてやってきたフィルとグレアムに、大して気にしていないように声をかけてくる。


「お、エイブラムじゃねえか」

「グレアム、また会ったな」


 見ると、後方支援に回ったはずのエイブラムも集まってきていた。

 先日、砦に着陣した部隊がいると思ったが、エイブラムの部隊だったようだ。


「なんでまた、ここまで来たんだ? 後方に回ったはずだろう」

「大隊長から召集があってな。急ごしらえだが兵も集めてきた」


 ベルム城の攻略には参加しないと思っていたエイブラムがいることに、グレアムがどういうことかと問い、エイブラムも簡単に答える。


「エイブラム殿には無理を言って来てもらった。もともと兵力が少ない故、城攻めの人員を減らすことはできないのだ」


 カーティスがそうとだけ言い、話し合いの開始を告げる。


「では、始めよう。話すべきことは一つ。ベルム城の攻略についてだ」

「私の方から概要をお話します」


 説明のために進み出たのは、カーティスの横に控えていた隊長のルーサーだ。

 ルーサーはベルム城や周辺の砦について話し始める。


「まず目標のベルム城ですが、周辺に二つの砦があります。ベルム城に近いほうの砦は南側にあり、少し離れた北側に一つです」

「南側の砦はフォーサイド砦、北側の砦はルーフィフ砦と名付けた!」

「はい。それで今回のベルム城攻めですが、この二つの砦も同時に攻めます」


 カーティスの相手も程ほどに説明を続けるルーサーに、グレアムが質問を投げる。


「同時に攻めるのか? 一個ずつ落とした方が確実じゃないのか?」

「仰る通りです。が、位置が良くありません。どちらの砦に向かうにしても、この規模の部隊を動かすとなると、ベルム城を横切っていくことになります。そのため、一部の部隊を砦攻めに当て、同時に攻めることとしました」

「なるほどな。じゃあ、今日の話は誰がどこを攻めるかの話か?」

「はい。先に言っておきますが、砦攻めの方は抑えが目的です。無理に攻め入るというよりは、ベルム城の攻略に側面からの邪魔が入らないように、ということです」


 ルーサーの説明に、他の隊長や傭兵団の団長が「了解」の意を示す。


「それでは、それぞれの役割ですが……まずはこちらで考えている布陣をお伝えします。北のルーフィフ砦には、私の隊から七百を出します。こちらは私が率います。そして南のフォーサイド砦には、こちらも私の隊から残りの三百と副将を、そしてエイブラム殿の部隊の五百を加えて、これにあたります」

「残った他の隊全てでベルム城にあたるってことか?」

「そうです。城の規模からするとそれでも少ないくらいです。砦側はベルム城を攻める間の抑えですので、城攻略にもそう日数をかけるわけにはいきません」


 確かに、フィルが見たベルム城の規模からすると、万単位の軍勢が必要にも思える大きさだった。

 国軍側が城攻めの準備をしていたということだったが、十分ではなかったということだろう。


「ここクロスリー砦の守備もそうですが、リオネル砦を出たタイミングで、ガルハッド本国に早馬を出して増援の要請をしています。あくまで主攻は我々で担いますが、後ろを守らせるくらいは、援軍でどうにかなるでしょう」

「俺たちだけでとにかく前に突き進め、ってことだな」

「簡単に言うと、そうなりますね」


 カーティスの軍勢がクロスリー砦で待機している間、五月雨のように着陣する部隊があると思っていたが、あれが恐らく本国からの援軍だろう。

 しかしフィルが見たところでは、現状ではそれも大した数ではない。


「では、ベルム城攻めの布陣に移ります。まず中央と右舷はカーティス様の部隊、そしてティムの部隊の千の兵にクラーク殿の部隊の五百の兵であたります。左舷はハワーズ様の部隊の千と、グレアム殿の部隊を五百での攻撃とします」

「右と中央で千五百、左に同じく千五百か。左舷側に戦力を寄せるんだな」

「はい、主攻は左舷側と考えています。地形的にも壁に取り付きやすいですし、中央の城門がかなり堅い・・でしょう。クラーク殿の部隊の投石器カタパルトで集中的に城門を攻撃して突破を考えていますが、そう簡単にはいかないと考えています。左舷側からの突入で、敵方を混乱させてもらうのが狙いです」


 ルーサーが言う主攻となる左舷側はハワーズとグレアムの全隊の投入と、かなり手堅い布陣となっている。攻撃の要となるため、責任も重大だろう。


「ふん、腕が鳴るわ」


 ここまでの砦攻めですっかり調子を取り戻したのか、ハワーズは気合十分という表情でルーサーの作戦を受け入れている。

 リオネル砦の敗走で手傷を負ったことを忘れさせるような様子だ。


「と、ここまでが全容となりますが、何か質問や意見はありませんか?」


 ルーサーが一同の顔を見回すが、声を上げるものはいない。

 兵力が少ないことは誰もが認識することだが、その中でも最善を尽くそうとする作戦であることが分かるため、異存はないということだ。


「では、攻撃は明日の朝一番からとなりますので、それまで各部隊の準備をお願いします。明朝はベルム城攻撃の全隊で隊列を組んでからの前進となりますが、各砦に向かう私の部隊とエイブラム殿の部隊は、森の迂回路を進んで砦に向かいますので、今夜中に出立します」

「ルーサー、抑えをよろしく頼むぞ。何度も言うようだが、城攻めの兵力は少ない。砦からの魔物に後ろに付かれたら、かなり苦しい戦いになるだろう。エイブラム殿も、急な要請の上に無理を強いて心苦しいがよろしく頼む」

「カーティス様……このルーサー、必ずやご期待に答えます」

「大隊長殿、もったいないです。なあに、魔物などに二度も不覚はとりませんよ」


 ベルム城の攻めに向かう全隊とは別行動となるルーサーとエイブラムは、カーティスの言葉に胸を打たれたような表情となり、それぞれに勝利を約束する。


 各隊長陣から特に意見もなかったため、話し合いはこれで終わりとなった。

 カーティスの天幕から、部隊の準備のために面々が出ていくところで、フィルは気になったことがあったため、カーティスに声をかける。


「大隊長殿」

「おお、フィル殿か。何かあったか?」


 天幕内にはカーティスとフィル、そしてルーサーのみが残っている。


「砦の名前だけど、北の砦の名前は……」

「ルーフィフ砦だな! うむ、ルーサーが攻める五番目の砦だからルーフィフ砦だ!」

「なるほど、南の砦は――」

「フォーサイド砦だな! ベルム城の横にある四番目の砦で、フォーサイド砦だ!」


 フィルの言葉に食い気味に答えるカーティスは、先ほどの緊張感とはうって変わって満面の笑みである。


「中々いい名前だろう! この一戦は歴史に残るだろうからな、名付けにも気合が入るというものだ!」

「あ、ああ……いいと思うよ」

「フィル殿もよろしく頼む。グレアム殿の部隊には申し訳ないが、正直期待をしている」


 カーティスの勢いに少し及び腰になっていたフィルも、力強い言葉と差し出される手に、胸にくるものがあった。


「気合を入れて臨ませてもらうよ。名将のもとで働くというのは、貴重な経験だ」

「ははは、褒めるなら勝利の後にしてもらいたいな」


 フィルとカーティスはがっしりと握手をし、フィルも明朝の出立の準備のために天幕を後にする。

 いよいよ本番、という空気にフィルは勿論だが、砦内が緊張を帯びているのが分かった。


 天幕を出たフィルは、グレアムが先に隊の方に戻っていたため、ライル達のもとに向かうことにした。

 宿舎代わりの隊の天幕に向かうと、ライル隊の面々、そしてゴーシェとトニがフィルを待っていた。


「フィル、どうだった?」

「ああ、予定通り明朝にベルム城への攻撃を始めるということだ。詳細は、グレアムの方から連絡があるだろう」


 声をかけてくるゴーシェに対して、フィルは決定事項だけを伝える。


「いよいよ明日ですか、震えがきますね……」

「なんだライル、ビビってるのか?」

「武者震いだ!!」


 今にも飛び出していきそうな顔をしているライルに、ルードが突っかかる。


「フィルさん……」


 ライル隊の面々が気合と緊張感で盛り上がる中、不安な顔をしたトニが寄ってきた。

 これまでの砦攻めに参加させているからと言って、トニの経験が少ないことに変わりはない。


「トニ、大丈夫だ。いつも通りやれば問題ないさ。いつも通りだ」

「うん……分かったよ! いつも通りだね!」


 恐らくトニの不安が消えることはなかっただろうが、自らを奮い立たされるようにして、納得したように「うん、うん」とトニも頷いている。


「まあフィルが言うように、いつも通りだ。何かあっても俺が守ってやるよ」

「ゴーシェさん……うん!」


 ゴーシェもトニが不安そうにしている様子に気が付いたのか、声をかけて頭をぽんぽんと叩いている。

 トニの脳裏には、狼の魔物に襲い掛かられた時にゴーシェが自分を守って、敵の爪にかかったことを思い出したのか、表情が少し暗くなるもののすぐに気を取り直したようだ。


(そう、いつも通りだ……)


 その晩、北と南の砦攻めに向かって出立するルーサーやエイブラムの部隊を見守りながら、ある者は勝利を確信して歓声を上げ、ある者は来るべき時に備えて精神を研ぎ澄ませ、ある者は仲間同士の信頼を信じて心を落ち着かせていた。


***


 誰もが興奮冷めやらぬ夜を過ごし、またクロスリー砦に着陣してから魔物の襲撃がないことを不安に思いながらも、砦に朝が来て兵達は出陣の準備をする。


 事前の取り決め通り、砦を出てベルム城方面に向かい、城からある程度距離がある所で戦列を整えるということだ。

 ティムの部隊を先頭とし、次いでカーティスの部隊、ハワーズの部隊、そしてフィル達がいるグレアムの部隊が続々と砦を出て行く。


 グレアムの部隊が進む中をフィルが歩いていると、前方のカーティスの部隊から伝令の馬がグレアムの所にやってくるのが見えた。


「予定通り、城の手前で戦列を組みます。しかし、敵が出てきて・・・・います」

「何だと? 敵はどうしているんだ?」

「それが、こちらと同じように城の前で戦列を組み始めているようで、こちらの出方を伺っているようにも見えます」


 伝令が伝えてきたのは、そんなようなことだった。

 これまでの三日間、一切動きが見えなかった魔物が動き始めているということだ。


「城を出てこちらを待ち構えている、か。随分と行儀のいい魔物がいたもんだな」

「しかしこれだと予定と違ってくるぞ」

「構わねえだろ。目の前のやつをぶっ潰したら、予定通り城に取り付きゃいい」


 フィルの言葉に、あくまでグレアムは目の前の敵を叩き潰すことしか考えていないと言う。


「まあお前の言うとおりだな。頼りにしてるぞ、オッサン」

「今度も俺が魔物共をぶっ潰して、お前がそんな減らず口を利けないようにしてやるよ」


 全隊が隊列を整える間、魔物側からは攻めてくるような気配はなかった。

 見たところ戦列を組んでいる魔物は三千ほど、こちらの数とほぼ同数というところだ。

 構成されている魔物は前方にオーガが並び、後方に弓や刀剣を持ったゴブリンが並ぶという感じで、リオネル砦で見たような新種の魔物はいないようだった。


 予定していた通りの布陣を終え、魔物の軍勢に対峙するために大盾を持った兵を前に出し、その後ろに弓兵を立たせる。


 隊列が組み終わり、全体が横に並ぶものの、同じく隊列を組んだ魔物達の軍勢は微動だにせず、軍勢同士でのお見合いとなってしまっていた。


 そんな中で隊列の前を、カーティスが全隊を鼓舞する叫びを上げながら馬で駆ける。


「少し予定とは違うが、ここで魔物の軍勢を叩き潰す! 目の前の敵を潰せ! それだけだ! 皆、心の準備は良いか!」

「おお!!」


 馬で駆けるカーティスに兵達が呼応し、全隊の意思が目の前の敵に集中した時、カーティスから攻撃合図が出る。


「弓隊、前に出ろ! 構え! ……放て!!」


 カーティスの指示で弓隊が進み出ると、号令と共に動きのない魔物の軍勢に向けて、矢が射掛けられる。

 放物線を描く矢の雨が魔物の軍勢に降り注ぐと同時に、魔物側にも動きがあった。


「ガアアアアアアアアアアッッ!!」


 轟くような魔物達の叫びが上がり、こちらの軍勢に駆けながら向かってくる。

 カーティスの号令により、弓隊が数度矢を放つが、やはり距離のある状態であると、魔力の強い固体の魔物には中々倒れるものがいない。


「重装歩兵、前に出ろ! 魔物を通すな!」


 弓隊と交代するような形で、待機していた大盾を持った重装備の歩兵達が前に進み出ると、盾を地面に置くように構えて戦列を組み、魔物の突進に備える。

 そして、魔物の軍勢と歩兵が横一線に組んだ隊列がぶつかる。


「うおおおおお!!」

「押せええええ!!」


 ほとんどの兵は叫び声を上げながら、魔物の突進を受け止めきるが、盾の壁を乗り越えるように飛び掛ってくるゴブリンや、大盾に打ちかまされるオーガの一撃を食らって怯む兵達のところから、すぐに綻びが見えてくる。


 後ろに構えている別の歩兵がすぐさまフォローに入ろうとするが、いくつかの穴が出来てしまい魔物の侵入を許してしまう。


「今までとは突破力が違うな……各隊、穴ができた所に当たれ! 抜かせるなよ!」

「おお!!」


 左舷側に構えていたフィル達のいるグレアムの部隊は、左舷前方のハワーズの部隊が突破を許してしまった魔物がこちらに向かってくるのを切り捨てる。

 各部隊共に後方の援護が効いており、穴が開いたところはすぐにフォローに入っているようで、左舷と右舷、そして中央共に、戦列が完全に崩れるところはない。


 最初の一合――魔物の突撃を辛うじて受け止め、前方で盾を構える歩兵達は手に持つ長槍で盾の隙間から、魔物を貫くなどして逆に押し返し始めている。

 魔物の勢いが一瞬切れたところで、反撃の狼煙のろしとばかりに、カーティスが声を上げる。


「全隊、前進だ! 押し返せ! 深追いはするなよ!」

「よっしゃあ、待ってました!! フィル、前に出るぞ!!」


 カーティスの号令に、まさに「待ってました」という表情のグレアムが長槍を担いで前方に駆けていく。


「あのオッサンはまたか……おい、ライル! 付いていくぞ、遅れるなよ!!」

「分かりました!!」

「我々も続きます!!」


 グレアムに追走するように走り出したフィルがライルに声をかけ、駆け出すフィルとゴーシェ、そしてトニを追うように、ライル隊の面々も続いていく。

 また、それを追うようにして声を返してきたアランソンが自分の部隊を引き連れて走る。


 盾を構えて列を組む部隊のところまで行くと、すでにグレアムはその戦線より前に出て、目の前の魔物達をちぎり飛ばすように槍を振るっている。


 フィル達はグレアムより一歩引いた所で魔物の軍勢を相手取りフィルとゴーシェ、そしてライル隊の主だった面々やアランソンが横一線に並び、魔物を切り捨てていく。

 

 切り抜けた魔物は相手取らず、前に前にと進むように次々に群がる魔物を相手していく。

 相手取らずというよりはグレアムが前に出るペースが早いため、止めまで刺している余裕がないのだが、後方をついてくるトニやライル隊の兵により、後始末は問題なさそうなのでそうしている。


「おう、アランソンのオッサンも動けるじゃねえの!」

「はっは、なんの。若い傭兵にはまだ負けませんよ!」


 軽口を叩くゴーシェの方を見ると、横で剣を振るうアランソンも問題なく魔物を切っていく姿が見えた。

 問題なくというよりむしろ、片手に持った身幅の狭いサーベルで、無駄のない一閃により確実に魔物を葬っているようにも見える。


「ゴーシェ、余裕こいて無駄口叩いてるなよ!」


 フィルが魔物の後方から狙い撃ってくる矢を剣で払いながらゴーシェをたしなめると、「分かってるよ!」と返ってくる。


「しかし、この前のデカいやつもいないようですし、少し余裕が出てきますね!」


 そう言うのはフィルの横で剣を振るうライルだが、見るとライル隊の面々は危なげなく魔物を相手している。

 それだけリオネル砦での魔物の衝撃が強かったということだろうが、経験を経て隊の地力が上がっているのを感じる。


 前方でがむしゃらに長槍を振るっているグレアムの所からは、ゴブリンどころかオーガまでもが宙に舞い、次々に魔物がちぎり飛んでいく。


(もはや、あいつは放っておいてもいいかもな……)


 そうこうして魔物の軍勢を切り抜けていくと、相手取っていた魔物の最後列ほどまで来ているようだった。


「フィル、このまま城門まで向かっちまうか!?」


 最後列の魔物を一人で相手しているグレアムから、フィルに声が掛かる。


「おいグレアム、待て! 深追いはするなと言ってたぞ!」


 フィルがそう叫んだ時、後方から騎馬に乗った兵が追い付いてきて、グレアムの方に声を投げた。


「グレアム殿、カーティス様より『突出し過ぎ』とのことです! 深追いはせずに、他の隊の援護をお願いします!」

「なんだよ、どいつもこいつもうるせえなあ!! 分かったよ!!」


 乗りに乗っているグレアムは単身でも城門に突入していきそうだったので、伝令の言葉は助かった。

 グレアムは向きを変えると、向かっていた右側、中央の魔物の側面に切り込んでいった。


 フィル達が突き進んできた左方は、ハワーズの部隊で抑えられているようだったので、中央側の援護をするということだろう。


(何も考えてないと思うが、アイツの動きは何か的を得てるんだよな……)


「ライル! 向きを変えるぞ! 中央側の援護に入る!」

「分かりました! 全隊、右方に向きを変えるぞ! 続け!!」


 フィルはグレアムへの評価を独りごちながらもライルに指示をだし、隊は右に傾くように進行方向を変える。

 横一線に並んでいた魔物の軍勢を縦に切り込んでいき、中央側の魔物を巻き込むような形で、向きを変えて切り進んでいく。


 中央の魔物は対峙していティムやカーティスの部隊に加え、後方からグレアムの部隊に襲いかかれる格好だ。

 両部隊ですり潰すように魔物に攻めかかり、中央の魔物は次第にその数を減らしていく。


「フィル、見ろ! 魔物が撤退していくぞ!」


 中央側の魔物に向けて突き進み、もう少しでティムの部隊とお見合いするというような頃合いで、ゴーシェから声が掛かった。

 見ると、中央と同様に右方側の部隊とぶつかり合っていた魔物の軍勢が城の方に戻っていくのが見えた。


「全隊、止まれ! 撤退する魔物は追うな! 隊列を整えるぞ!」


 カーティスの号令が上がり、兵達は鬨の声で呼応する。


「うおおおお!!」

「ざまあ見やがれ、魔物共が!! 逃げてくぞ!!」


 各隊共に、目の前に残った魔物を相手するに留め、兵達の声が上がる中、魔物は城へと撤退していく。


 カーティスから声がかかったこともあり、各部隊共に勝利の雄叫びも程ほどに、当初予定していた隊列を組み直していく。

 各部隊に目立った被害はなく、ベルム城での初戦は完全勝利だった。


***


 城に撤退する魔物達を尻目に、隊列を組み直したり攻城兵器の準備を進める兵達だったが、隊列の一部からざわめきが起き、フィルのいるライル隊の所にまでそれが伝搬してきた。


「一体、何の騒ぎだ?」

「フィルさん、それが……あちらを、城門の上を見てください」


 ベルム城の城壁の上や、城門の上には守備のためにか先程から魔物達の姿がちらほら見えていた。

 そんな壁の上、城に対峙する軍勢の真っ正面と言える城門の真上に、ライルが指し示す者がいた。


(あれは……何だ?)


 ライルに言われるがままに城門の上に視線を向けたフィルが絶句する。

 ライルやゴーシェまでもが、それを何と評していいのか分からないでいるように押し黙っていた。


「ありゃ何だ? 人間・・か?」


 等しく言葉を失っていたフィル達の沈黙を破ったのは、グレアムの頓狂な言葉だった。


***


 兵達から沸き起こるざわめきにカーティスも気付き、すぐにでも攻撃を開始しようとしていたものの、投石器の準備をしていたクラークに停止の命令を出して、横一線に並ぶ全部隊の前に進み出た。


 騎乗の状態で前に進んだカーティスに、同じく馬に乗るティムが付き従う。


「カーティス様……あれは」

「分からない。しかし、あれはどう見ても人間だ。人間が魔物の軍勢の中にいるなど、聞いた試しがないがな」


 時期を同じくして、頓狂と評されたグレアムの言葉だったが皆が同じ思いだったのだから、あながち間違っているとは言えない。


 城門の上に、周囲に魔物を従えて立っている者、その姿形は正に人間のそれだった。

 二本の足で立ち、金属の鎧をまとい、こちら――特にカーティスを見据えているように見える。


 物言わぬ人影に、このまま見合っていても始まらないと、攻撃命令を出そうかとカーティスが思ったところで、その人影は閉ざしていた口を開いた。


『――人間諸君、諸君等の相手をするなど全く忌々しい事この上ないが、まずはよくぞここまで、と言っておくべきだろう』


 口を開いた・・・・・、というのは物の例えでも何でもなく、正にその人影が口を開いたのだが、聞こえてくる抑制されたような低い声は、この世のものではないようだった。

 カーティスの軍勢が布陣するこの場所は、ベルム城から矢も届かないほどの距離があり、そんな声が届いてくるはずもなかったからだ。


 低く、抑えられたような声が、カーティスだけではなく、この場にいる全員に届いていた。

 発せられた言葉は、空気が震えるという感じでもなく、耳で聞いている感覚なのにまるで頭に直接響いてくるようなものだった。


『諸君等の健闘を純粋に称えよう。魔力も持たない矮小な存在である人間にここまでの抵抗ができるとは思わなかった。敵の力をも我が物とする、実に人間らしい狡猾こうかつなやり方ではあるが、正直驚かされた。だが、それもここまでだ。諸君等の消えゆく歴史の頁に、この戦いは刻まれるだろう』


 淡々と言葉を並べる目の前の存在に、軍勢を纏め上げるカーティスですら、どう反応したものかを戸惑っているようだった。

 あの存在が何なのかを見届けたい思いがあり、攻撃開始の合図を出せずにいる。


『そう、諸君等は我々のことを魔物、と呼んでいるのだったな。魔の者、魔物か。これも、敵対するものは悪しき者と考える、実に人間らしい発想で私は嫌いではない。然らば、我々はこれより魔族・・と名乗ろう。諸君等の中には生きて国に逃げ帰る者もいるだろうから、諸君等に敵対する我々の存在をよく伝えておいてくれ。それでは……、諸君等の更なる無意味な健闘を祈る』


 そう言うだけ言って、城門の上に立つ人影は、城の中に消えていった。


 ――魔族……? 何だそれは。

 耳に覚えのない響きに、カーティスは戸惑いを隠せなかった。


 少なくとも、魔族と名乗ったその男の態度は、敵同士で対峙しているにも関わらず、全くもって解せない態度だった。

 まるで、我々を殲滅するのがさも当然のことかのように。


「カーティス様、これは一体……魔法、なのでしょうか?」


 カーティスの横についているティムも、同じく戸惑いを隠せない様子である。

 先ほど、頭の中に鳴り響くように聞こえてきた魔族の言葉。それが魔法によるものであるのかも、定かではなかった。


「分からない。が、それが魔法であるにしても我々がやるべきことは変わらない。ティム、邪念を捨てろ。敵がかかってこいと言うのだ、完膚なきまでに叩き潰してやろうではないか」

「カーティス様……分かりました……」

「ティム、攻撃を開始するぞ。私は左舷の部隊の士気を整える。貴様は、自分の部隊を立て直せ」

「……はい!」


 そう言って、馬に乗ったカーティスとティムは、左右に分かれて走っていった。


***


 壁の上の男――であるのかも分からないが、その者の言葉を聞いて、カーティス同様にフィルも改めて言葉を失っていた。

 カーティスやフィルだけではないだろう。その場にいた全ての人間が、現実とは思えない光景に息を飲んでいた。


 言葉を終え、その人影が城の中に消えていくのを見届け、兵達の中に再度ざわめきが起こる。


「一体、これは何の冗談だ? あの声は何だ、魔法なのか?」

「おいゴーシェ、それを聞いて俺が答えられると思うか?」

「いや、何だ。すまない……」


 普段と違い、フィルの言葉に素直に謝るゴーシェ。

 兵達のざわめきも「あれは何だ」と言うことしかできないようだった。


「フィルさん……魔族、と名乗っていましたが」


 ライルも同じく、ただただ戸惑っているようで何とも言えない言葉をかけてくる。


「そうだな、何にせよ敵の素性が少し分かったってことだ。名乗ってくれただけマシじゃないか」

「そ、そうですね……」


 フィルもゴーシェに続いたライルの言葉に少しうっとおしくなってきたのか、適当な言葉を返す。


(どいつもこいつも俺に聞いて分かるわけがないだろう……俺の方が混乱してるくらいだってのに)


 胸中で周囲に苦言を吐くフィルの顔を見て察したのか、横に立つトニはちらりと見るだけで何も言わなかった。


 隊列を崩しはしないものの、ざわめきつづける兵達のもとに、それからすぐに馬に乗ったカーティスが声を上げて部隊の前を走っていく。


「兵達よ! 敵の言葉に惑わされるな! 諸君らの敵は何だ? 目の前の城だろう! 敵が何であろうと、我々は為すべき事を為すだけだ!」


 そう叫ぶカーティスの言葉に、まだ戸惑っている兵達はまばらに声を返す。


「目の前の敵以外のことは考えるな! 敵を切り倒せ! 城を奪い返せ! 魔物だろうと魔族だろうと、そんなことは知らん! この手で、敵を打ち滅ぼせ!」


 カーティスが上げる鼓舞の叫びに、徐々に兵達の声も強くなっていく。


「おおおおお!! やってやるぜ!! 難しいことはどうでもいい!! やるぞ野郎共!!」


 カーティスに感化されたのか、部隊の先頭にいるグレアムも叫び声を上げ、傭兵団の兵達は「おお!!」と声を返し、ようやく戦意を取り戻していった。


 傭兵団の勢いに周囲も感化されたのか、周囲の隊も次第にカーティスの声に力強い声を返すようになっている。


「兵達よ、覚悟を決めろ!! 攻撃開始だ!! 全隊突撃!!」

「おおおおおおおお!!」


 カーティスの攻撃開始の合図と共に、全部隊が前進していく。

 事前の取り決めでは、クラークの部隊の投石器により塁壁を攻撃してからの前進、ということだったが、敵により調子を狂わされたために多少の段取りの変更を余儀なくされたのだろう。


 重装の歩兵が先頭を進み、次いで弓隊が続くのは前と同じで、弓兵の進行と足並みを揃えるように、これも同じく左舷と右舷に二基ずつの攻城塔が進んでいく。

 後方に配置された投石器――左右に一基ずつ、城門の真正面に二基配置されたそれも、カーティスの攻撃の合図と共に、砲撃を開始する。


 丁度、二基の投石器が放り出した石塊が、城門とその周囲の壁を叩く音で、ベルム城の戦闘は再度幕を上げることとなった。

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